日蓮正宗法華講開信寺支部より

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講員紹介

第11回 ラビットさん

【インタビュアー】入信の動機は、どういうものだったのでしょうか?
【ラビットさん】平成4年2月頃、創価学会から法華講に入講致しました。
【インタビュアー】そうですか。
【ラビットさん】それで今回は、脱会するまで感じた事をお話しします。
【インタビュアー】よろしくお願いします。
【ラビットさん】平成2年11月16日の創価学会の全国中継がありました。その時の池田会長のスピーチを聞き本当にびっくりした事を今も覚えています。内容は、日顕猊下を誹謗するもので、ほんとうに頭が真っ白になりました。
【インタビュアー】全国中継で日顕猊下を誹謗ですか?
【ラビットさん】それからは、創価学会は、登山については、またお寺さんとの関係が良くなったら登山が出来るようになる。お寺参詣は、それまでは、出来ないなどと言っていました。
【インタビュアー】なにを根拠にそんな事を言っているんでしょうかねえ。
【ラビットさん】私達夫婦は、それまで信心根本に生活していましたが、主人が仏壇店で働いていましたから、信心なくしては、なりたたない仕事でした。それで本当にどっぷり学会組織に入っていました。それで学会活動として真面目に聖教新聞の配達を夫婦で頑張ってやっておりました。
【インタビュアー】ほんとに学会一筋ですね。
【ラビットさん】でも平成2年11月のスピーチから、学会は、宗門攻撃を様々な形で始めました。一番、びっくりしたのは、自宅の周りを街宣車が日顕猊下の悪口をマイクを通して言っていた事です。周りの空気が凍りついた感じがしたのを今でもはっきりと覚えています。
【インタビュアー】街宣車ですか。凄いですね。
【ラビットさん】その後、宗門により、このスピーチから1年後に創価学会は、破門になりました。
【インタビュアー】あたりまえでしょう。街宣車で日顕猊下の悪口を言っているのですから。
【ラビットさん】私達は、それでも聖教新聞を配っておりました。それまでは、仏様のお手紙を配っていると思っていましたが、主人が配っているときにバイクで接触事故を起こしてしまいました。ひどくは、ありませんでしたが、それでもこんな事は、はじめてで、なんで仏様のお手紙を配っているのにとほんとに不審に思いました。それでも、その年に公明党の選挙があり、近所の方に頼んでまわりました。
【インタビュアー】やっぱり、学会一筋だったんですね。
【ラビットさん】そのさなか、娘と帰宅途中に強風で娘の目の中に砂が入り、翌日、眼が真っ赤になっていました。これは、ただごとではないと眼科にいきましたところ「すぐに手術しなければ失明しますよ」と言われてびっくりしました。鉄粉が刺さっていたのです。
【インタビュアー】それは、たいへんだったですねえ。
【ラビットさん】こんな事が次々に起きる様になりました。
【インタビュアー】それは、当然でしょうねえ。日顕猊下を誹謗中傷している聖教新聞を配っていたんですから。
【ラビットさん】そんな時に仏壇店をなさっている方から「これを読んで」と、主人が何かを持って帰って来ました。その中に本尊摸刻の事が書いてあり、それを知ってすぐにこれは、創価学会が悪いと判断いたしました。まず主人が家族に自分が先にお寺に行くと言いました。それで主人が先にお寺についたのです。その後、無事、私達(子供達)もお寺の方につく事が出来ました。
【インタビュアー】それで、やっと安心出来ました。
【ラビットさん】ほんとうにお寺につけて良かったと心の底から思います。
【インタビュアー】ほんとうに良かったですね。
【ラビットさん】私は、人と話をするのがあまり得意ではなく、自分の意思を人に伝える事も出来ませんでしたが、今は、人と話をするのが楽しくて、積極的に折伏しています。これも日蓮正宗に戻ったおかげだと思っています。
【インタビュアー】本日は、貴重なお話を有難う御座いました。

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