日蓮正宗法華講開信寺支部より

ようこそ開信寺へ

御書研鑚の集い

御書に学ぶ信心

日蓮大聖人は、諸法実相抄において「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」と言われています。
行学がなければ、仏法はない。
行学がなければ、信心があるとは、言えない。
と言う事ですよね。
もし、御書を読んで感動しないようでは、もはや大聖人の弟子とは、言えません。
日蓮大聖人は、一切衆生を仏にしようと極寒の佐渡で、また、人里離れた険しい山の中の身延で私達の為に自らの法門を書き綴(つづ)られているのです。
ましてや、それを読む気がしないなどと言うのでは、大聖人様を御本仏と拝していないことになります。
大事な人からの手紙であれば、まずは、何はともあれ、読むでしょう。
いくら創価学会などが御書根本などと言いつくろってみても、御書の中の自分に都合の良い所だけを取り出して、決して御書全体を拝していこうとは、していないのです。
所詮、自分の主義主張を御書によって正当化しているだけに過ぎません。
そんな邪宗邪義の輩は、御書に書かれている内容を真剣に学ぼうなどという気持ちは、まったくないのです。
ですから、本門戒壇の大御本尊を受持しないと言ってみたり、日顕猊下、日如猊下を悪し様に言うような大謗法を繰り返し、御書から、読み取ったというその内容も世間に迎合するような何の意味もないものばかりになってしまうのです。
それは、御書と言いながら、そのすべてが切り文ばかりで、その読み取った内容は、矛盾ばかりなのです。
そこには、大聖人の名前を利用するだけで、ほんとうに大聖人が主張されている事を学ぼうとか、広めて行こうというような謙虚な気持ちなどまったくない、外道の姿なのです。
御書は、依義判文と言って、その義に依って文を判じていかなければ意味がありません。
私達、日蓮正宗、法華講員は、御書を通して大聖人の心を心とし、そして御書から大聖人の仏法を学び、さらに御書によって大聖人の仏教を堂々と全世界に広めて行こうではありませんか。
そういう事で現在、有志が集まって御書の研鑚をしています。
希望者は、ふるって参加、願います。
また、創価学会員や部外者の方も歓迎します。
一緒に御書を研鑚していきましょう。

御書研鑚の集い 開目抄を学ぶ

背景と大意

第 1 回 内道と外道について

第 2 回 一念三千の法門を盗んで自らの説とする

第 3 回 二乗作仏について

第 4 回 久遠実成について

第 5 回 法華経の行者の証明

第 6 回 権経と実経について

第 7 回 開目抄(上)まとめ

第 8 回 開近顕遠を示す

第 9 回 諸宗を破折し正義を示す

第10回 経文の勝劣について

第11回 三類の強敵について

第12回 法華経の行者を顕わす

第13回 折伏こそ時に適うを明かす


御書研鑚の集い いままでの内容

第35回  「同生同名御書」

第36回  「阿仏房御書」

第37回  「大白牛車御消息」

第38回  「真言七重難」

第39回  「妙心尼御前御返事」

第40回  「日妙聖人御書」

御書研鑚の集い 過去の内容

第 1 回  「日妙聖人御書」

第 2 回  「草木成仏口決」

第 3 回  「如説修行抄」

第 4 回  「佐渡御書」 

第 5 回  「諸法実相抄」

第 6 回  「御義口伝 南無妙法蓮華経」

第 7 回  「十如是事」

第 8 回  「白米一俵御書」

第 9 回  「日興遺誡置文」

第10回  「草木成仏口決」

第11回  「百六箇抄」

第12回  「三車火宅の譬」

第13回  「月水御書」

第14回  「三世諸仏総勘文教相廃立」

第15回  「小乗大乗分別抄」

第16回  「木絵二像開眼の事」

第17回  「日女御前御返事」

第18回  「日妙聖人御書」

第19回  「月水御書」

第20回  「上野殿母尼御前御返事」

第21回  「日妙聖人御書」

第22回  「報恩抄」

第23回  「三世諸仏総勘文教相廃立」

第24回  「四条金吾殿女房御返事」

第25回  「当体義抄」

第26回  「産湯相承事」

第27回  「南無御書」

第28回  「木絵二像開眼の事」

第29回  「乙御前御消息」

第30回  「三大秘法稟承事」

第31回  「十如是事」

第32回  「南部六郎殿御書」

第33回  「上野殿御返事」

第34回  「念仏無間地獄事」

ページのトップへ戻る