日蓮正宗法華講開信寺支部より

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御書研鑚の集い 観心本尊抄 研鑚資料


観心本尊抄 総論

如来滅後五五百歳始観心本尊抄〔にょらいめつご、ごの、ごひゃくさいに、はじむ、かんじんのほんぞんしょう〕
文永一〇年四月二五日 五二歳
日本国、天台僧侶 日蓮 著作

第1章 一念三千の出処を示す
天台大師が著〔あらわ〕した摩訶止観の第五には「一心に十法界を具〔そな〕える。一法界には、また十法界を具えれば、つまりは、 百法界となる。この百法界の一界に三十種類の世間を具えたならば一心に三千種類の世間を具える事になります。(世間と如是とは、 ひとつであり、開合の違いがあります。)この三千世間は、一念の心にあり、もし、心がなければ三千を具える事はありません。少し でも仏を信じる心があれば、ようするに三千を具えるのです。これをもって不可思議境と言い、その心は、これにあるのです。」と説 かれています。(或本には、一界に三種類の世間を具えるとあります。)

第2章 一念三千を明かさざるを示す
この一念三千は、法華玄義にも法華文句にも、また摩訶止観の一巻から四巻までにも百界千如のみあって明かされていません。妙楽大 師の句決の第五に「もし、摩訶止観の第五の正観に相対すれば、それまでの一巻から四巻までは、未だ実際の修行方法を論じていない 。」とあります。また「それ故に摩訶止観によって正しく観法を明かす際に一念三千によってそれを指南した。ようするに、これが最 終的な究極の結論である。それ故に止観会本、章安の序の中で、己心の中で修行するところの自行の法門、一念三千を説く、とあるが 、願わくは、これを読む者は、この点を心において、間違って読む事がないようにしなければならない。」と書かれているのです。

第3章 一念三千を盗み取られる
その天台大師の弘教期間は、三十年に及びますが、二十九年の間は、玄義や文句などを説き、五時八教、百界千如を明かしました。こ れで五百余年にわたる中国の仏教界の間違いを責め、さらにインドの大論師さえ未だ理解出来なかった甚深の仏教の奥義を顕わしたの です。章安大師は、天台大師を賛嘆して「インドの大論師さえ、なお天台と比較する事が出来ない。ましてや中国の仏教学者など語る に及ばないのです。これは、驕り高ぶって言っているのではなく、天台大師の説かれた法が優れているからなのです。」と言われていま す。しかし、情けない事に天台宗の愚かな者達が華厳宗や真言宗の元祖に一念三千を盗み取られ、その門家となってしまい、章安大師 は、これを嘆いて「この一念三千の法義が、もし、将来失墜するようなことがあれば、実に悲しむべき事である。」と述べています。

第4章 一念三千情非情にわたるを明かす
また、百界千如は、有情界に限り、一念三千は、情非情にわたるのです。非情にまで十如是がわたり因果が具わるのであれば、草木に も心が有って有情と同じように成仏するのです。天台の難信難解には、二つあって、その一つの教門の難信難解とは、二乗と一闡提の 成仏、久遠実成であり、また、もう一つの観門の難信難解とは、百界千如一念三千であり、非情界に色心の二法、十如是を具している と説く点です。しかし、木像や画像を外道でも仏教の各宗派でも、これを本尊として崇めているでしょう。その意義については、それ は天台宗の一念三千より出たのであり、非情の草木の上に色心の因果を置かなければ、木画の像を本尊としてもまったく無意味となる からなのです。草木や国土の上の十如是の因果の二法は、摩訶止観の第五に「非情の国土にも十如是がある故に、悪国土には、悪国土 の相、悪国土の性、悪国土の体、悪国土の力など、それぞれの十如是を具しているのである。」と書かれているのです。金□論〔こんぺいろん〕には「 一本の草、一本の木、一つの礫、一つの塵など、すべて、ことごとく一つの仏性、一つの因果が具わっているのです。ようするに、す べては、本有常住の三因仏性を具足しており、有情非情を問わず成仏するのである。」と説かれているのです。

第5章 観心の意義を示す
観心とは、自分の心を具〔つぶさ〕に観て、自分の心に十法界がある(具足する)ことを知る事なのです。たとえば、他人の容姿を見 る事は出来ますが、自分自身の容姿を見る事が出来ないように、明るい鏡があってこそ、はじめて自分の容姿を見る事が出来るのです 。たとえ爾前経の中でいろいろな六道、四聖を説いていると言っても法華経や天台大師の述べられた摩訶止観などの明鏡がなければ、 自分の生命に具わっている十界、百界千如、一念三千を知る事など出来ないのです。

第6章 十界互具の文を引く
方便品には九界所具の仏界を顕わす「衆生に仏知見を開かせようと思うが故に諸仏は世に出現する。」とあり、寿量品に仏界所具の九 界の「私がもとより菩薩の修行を行って成就した所の寿命は、今なお未だ尽きず、その数に倍するのである。」とあり、提婆達多品に 地獄界所具の十界の「提婆達多は天王如来となる」とあり、陀羅尼品に餓鬼界所具の十界の「十羅刹女の第一は藍婆であり、十羅刹が 法華経の行者を護ると誓ったその福徳は無量である。」とあり、提婆達多品の畜生界所具の十界の「竜女が等正覚を成ず」とあり法師 品に修羅界所具の十界の「婆稚阿修羅王が此の経の一偈一句を聞いて随喜の心を起こすならば阿耨多羅三藐三菩提を得る。」とあり、 方便品に人界所具の十界の「もし、人々が仏を供養する為に仏像を建立するならば、この人は必ず仏道を成就するであろう。」とあり 、譬喩品に天界所具の十界の「大梵天王などは、必ず作仏するであろう。」とあり、譬喩品に声聞界所具の十界の「舎利弗は華光如来 となる。」と方便品に縁覚界所具の十界の「縁覚を求める僧や尼僧が合掌し敬う心で具足の道を聞こうと思った。」とあり、神力品に 菩薩界所具の十界の「地涌の菩薩は、この真浄の大法を得ようと思った。」とあり、寿量品には仏界所具の十界の「或は己身を説き或は他 身を説き、或いは己事を示し或いは他事を示す」とあり、真浄大法とは事の一念三千の南無妙法蓮華経の事なのです。

第7章 難信難解を示す
しかし、自分や他人の六根を見る事は、出来るけれども、十界は、少しも見えず、法華経の法師品には「難信難解」と説かれています。 宝塔品には六難九易の比喩をもって法華経の難信難解を説かれています。また天台大師は法華文句において「迹門では、二乗作仏、本 門では久遠実成を説いており、権教とは、まったく相い反するので難信難解である。」と書かれているのです。章安大師は「仏がこれ が最も大事であると言われているのですから、どうして理解しやすいなどと言う事があるでしょうか。」と言われています。伝教大師 は「この法華経は最も難信難解である。なぜなら仏が悟りのままを説いた随自意の教えであるからである。」と言われています。釈尊 在世の正しい機根を持った衆生は、過去世において下種を受けており、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏を始めとして地涌千界の大菩 薩、文殊、弥勒など諸菩薩が釈迦牟尼仏の説法を助けて、きちんと法華経を教えたのにも関わらず、それでもなお信じない者がいたの です。方便品の広開三顕一の時に五千人の増上慢が席を蹴って去り、宝塔品の時には多くの人界、天界の衆生が他の国土へ移って行っ たのです。正法時代や像法時代でさえ、このとおりであったのですから、釈迦滅後の闘諍堅固、白法隠没の末法ともなれば信じ難いの が当然であるのです。容易に信じられるとすれば、かえってそれは正法では有り得ないのです。

第8章 心具の六道を示す
いかるは地獄、むさぼるは餓鬼、おろかは畜生、うぬぼれは修羅、喜ぶは天界、穏やかなるは人界なのです。このように他人の相には 六道がすべて具わり、四聖は隠れていて日常には現われないけれども、詳しく調べて見れば必ず具わっているのです。

第9章 心具の三聖を示す
四聖もまたこれと同じなのです。世間の姿を見てみると、常に移り変わって行く有為転変している状態が眼の前にあります。この無常 を、日夜見ている事は、人界にすべての無常を悟ったという二乗界がある証拠ではないでしょうか。まったく他を顧りみることのない 悪人も、自分の妻子には慈愛の念を持っているのは、人界に具っている菩薩界の一分ではないでしょうか。ただし、仏界ばかりは、現 実には、現れ難いのです。しかし、すでに九界を具している事がわかった以上、強いて仏界がある事は信じて疑ってはならないのです 。法華経の方便品に人界を説いて「衆生をして仏の知見を開かしめんと欲する故に諸仏世尊はこの世に出現し給うのである。」と説か れています。涅槃経には「大乗を学する者は、物を見る時に肉眼で見ているが、それを仏眼であると言うのである。」と説かれていま す。このように末法の凡夫が人間と生まれてきて法華経を信ずるのは人界にもともと仏界が具わっている証拠なのです。

第10章 仏界を明かす
いかに十界互具が仏説ではあっても、それは自らを仏であると言っているのと同じであり、いくら方便品で一大事因縁を説かれて衆生 に仏知見があると言っても信じられないのは当然の事なのです。しかし、もう少し人界所具の仏界を説明すると仏教以前の時代では、 中国の道士が説く儒教やインドの外道の四韋陀という教えであっても、それが縁となって法華経の正しい仏知見へと入ることが出来た のです。また、賢い菩薩や凡夫などは、華厳、方等、般若などの諸大乗経を聞いた事によって、すでに過去に於いて大通智勝仏の時代 に法華経を聞き、下種を受けた事を思い出した者が大勢いたのです。この事を教外の得道というのです。逆に、もし、過去世において 法華経の下種がなく結縁がない者は、たとえ現在においても、法華経を信じているようであっても、権教や小乗経に執着してその知見 から離れられないでいるのです。自分の見解をもって正義とするゆえに、かえって法華経を小乗教や華厳や大日経と同じ教えに変えて しまい法華経をこれらの経よりも下に置くのです。このような法華経の師は、儒家や外道の賢聖よりも劣る者であり、とても法華経の 師とは呼べないのです。十界互具を信じる事は、何かの縁によってこれが事実となって現われれば、人々はこれを信ずるのです。人界 に仏界が具わっている事は、もっとも信じ難い事ではあるけれども、それでも、現実にそうなれば、信じるしかないのです。

第11章 教主に約して問う
しかしながら、教主釈尊は(これより本尊受持即観心にして堅固にこれを秘せよ)見思、塵沙、無明の三惑をすでに断じ尽くした仏で あり、このような仏が、どうして凡夫の心に居られるという事があるでしょうか。また、教主釈尊は、それ以前の五百塵点劫以前に成 仏しているのです。そうであれば、その原因も、また五百塵点劫以前となるのではありませんか。それ以来、娑婆世界と十方世界に分 身の仏をつかわして一代聖教を説いて、大地微塵のような多くの衆生に仏教を教えて来たのです。本門の弟子である衆生と迹門の弟子 である衆生を比較すれば一渧の水と大海の水を比べ、一塵と大山のような大きな相違があるでしょう。本門の地湧の菩薩と迹門の十方 世界から来集した文殊、観音などの菩薩を比較するならば、猿と帝釈天よりもさらに大きな相違があるのです。その他にも、十方世界 にあって見思惑を断じ尽くした二乗や、梵天、帝釈、日月、四天王、四輪王などの天界や、また無間地獄などが、すべて衆生の一念に あるのでしょうか。たとえ仏説であると言っても、これを信ずる事が出来るでしょうか。

第12章 教論に約して問う
以上のように十界互具、一念三千は信じられません。法華経の文章のどこに十界互具、百界千如、一念三千の明らかな証文があるので しょうか。そんなものはないのです。さらに法華経を開いて見ると方便品では「諸法の中の悪を断じ給えり」と説かれていて、仏界に は九界の悪が具わっていない事が説かれています。ゆえに天親菩薩の法華論にも、堅慧菩薩の宝性論にも十界互具は説かれていないの です。中国においても、天台以前の南三北七の十派におよぶ諸人師も、日本における七宗の末師の中にも、十界互具を述べたものはあ りません。ただ天台一人の間違った見解であり、伝教一人の誤り伝えたものなのです。得一は「愚かな天台よ、あなたは、いったい誰 の弟子なのか、三寸にも足らない舌をもって仏が説法した時をもてあそび、自己流の五時八教などを立てている。」と言い、日本の弘 法大師は「中国の人師は、六波羅蜜経の陀羅尼蔵を醍醐味として盗んで自宗に取り入れており、天台もまたこれと同じである。」と言 っています。このように一念三千の法門は、釈尊一代の権教にも実教にも説かれておらず、釈迦滅後の四依の論師も、その意義をのせ ていない。また、中国、日本の人師も誰一人、これを正しいとは思っていない。どうしてこれを信ずる事が出来るでしょうか。

第13章 教論の難を会す
このことは、難問中の難問であり、その為に法華経では一切衆生皆成仏道、久遠実成を説き顕わしています。天台大師は「天親や竜樹 は一念三千の法門を心の中では知っていたが、外に対しては、正法時代に合った権大乗経を弘めたのです。」と言われています。章安 大師は「仏教の発祥地たるインドの大論師さえ、なお天台には及ばない。ましてや中国の論師など、どうして論ずる必要があるでしょ うか。」と言われています。天親、竜樹、馬鳴、堅慧などの菩薩達は、内心では一念三千を知っていましたが、未だ正法時代で法華経 流布の時ではなかったので、これを弘通しなかったのです。それ以外の正法時代や像法時代の人師は、あるいは一念三千の珠を内心に 含み、あるいは、まったくこれを知らなかったのです。また天台以後の人師達は、初めは一念三千の法門を認めなかったものの後には 信じる者もありました。しかし、方便品の「諸法の中の悪を断じ給えり」の文章をはっきりさせなければなりません。この方便品の文 章は、爾前経の意義を説いている文であるから、爾前経に十界互具が書いてある事を否定しているようにみえます。しかし、この法華 経の文章をよくよく開いて、これを見たならば、明確に爾前経の中に十界互具を説いていることがわかるのです。ようするに「衆生を して仏の知見を開かしめんと欲す。」とは、衆生に仏の知見が本来具わっている事を説いている事は明らかなのです。

第14章 教主の難を会すにまず難信難解を示す
しかし、この矛盾を理解しがたい事は、教主釈尊にとって大きな難題だったのです。法華経、宝塔品において諸経は易信易解、法華経 は難信難解と六難九易の比喩を以って示しているのがこれなのです。天台大師も法華文句において「法華経の迹門に二乗作仏十界互具 を説き、本門に久遠実成を説くが、その二門ともに信じ難く、理解しがたい。戦場で剣の刃に弓矢が当たるほどに難しい事である。」 と書かれています。日本の伝教大師は「この法華経は最も難信難解である。なぜなら仏の悟りをそのまま説く随自意の教えであるから である。」と言われています。この正法を理解した者は、インドの釈尊と中国の天台大師と日本の伝教大師の三人であり、この三人は 、実に仏教において聖人と呼ぶべきなのです。竜樹や天親などは、心の中では知っていましたが、外には現わさなかった人達なのです 。法華経迹門の一部分の教義は、述べましたが、法華経本門と観心については、まったく説き顕す事はありませんでした。この時代で は、一念三千を未だ説くべき時代ではなかったのか、また、そういう機会でも時期でもなかったのでしょう。しかしながら、天台、伝 教以後は、一念三千を知る者が多くいて、すべて天台大師、伝教大師の優れた智慧によってそれを理解出来たのです。その後の仏教者 は、すべてはじめは、これに反逆したものの、最終的には、ことごとく天台に従わざるを得なかったのです。

第15章 所受の本尊の徳用を明かす
普賢経には「この大乗経典は、諸仏の宝の蔵であり、三世十方の諸仏の眼目であるのです。三世の諸仏は、この大乗経典によって生ま れたのです。」と説かれ「仏の報身、応身、法身の三身は、法華経により生れるのであり、この法華経こそ、すべての根本の原因であ り、生死の海を渡る道しるべなのです。このように法華経によって生死の海の中でこそ、三身如来の清浄な身体が生じるのです。この 報身、応身、法身の三種類の身体こそ、人界や天界の良質の田であるのです。」と説かれています。釈迦如来一代聖教では、末だに久 遠の本当の原因と結果を説き顕わしてはいません。三千塵点劫、五百塵点劫の久遠の過去を忘れて真実の成仏の原因は、まったくわか らないのです。もともと存在している三因仏性が説かれていないのに、どうして成仏の原因を決定する事が出来るのでしょうか。それ にもかかわらず、玄奘以後の者達は、中国へ仏教の経典を持ってきて翻訳する時に、天台の一念三千の法門を見聞して、自分の持って きた経文に盗み入れてインドの経文の原本に一念三千の法門があると主張したのです。天台の学者は、それなのにこれらの新訳の教義 を信じて、魔の通力によって愚かな虚栄心が出来し、仏教を破壊したのです。それらは仏になる為のほんとうの原因である一念三千で はないので、有情の成仏も木像、画像の本尊もまったくの有名無実であって、それになんの意味も利益もなかったのです。

第16章 受持即観心を明かす
涅槃経には「薩とは、妙であり、それは十界がお互いに具足するという意味なのです。」と説かれています。天台大師は「沙とは梵語 であり中国語に訳すれば妙という意味である。」と言われています。釈迦の成仏した原因である法は、すべて妙法蓮華経の五字に具わ っていると言う事なのです。この五字を受持さえすれば、自然に、この因果の功徳が譲り与えられるのです。法華経信解品で四大 声聞が「無上の宝聚を求めずして自ら得たり」と言っていますが、これは、私達、己心の声聞界がこの事を理解して喜んでいる姿なの です。寿量品には「成仏して以来、無量無辺百千万億那由佗劫」とあり、釈迦、多宝、すべての分身仏は、すべて久遠元初無作三身如 来である日蓮の仏界であり、末法の法華経の行者としての姿を現しているのです。日蓮とその弟子檀那の己心の仏界は、五百塵点劫に 現れた三身即一身の仏であって無始無終の古仏なのです。また同じく寿量品に「私がもとより菩薩の修行をして生じた寿命は、その五 百塵点劫に倍する時間なのである。」とあり、これは、日蓮と弟子旦那の己心の菩薩界であり、九界であるのです。さらに地涌千界の 菩薩は、己心の釈尊の部下であり、地涌の大菩薩は、すべて日蓮と弟子檀那の己心の菩薩なのです。妙楽大師は「身土は、一念の三千 である。それ故に仏に成る時は、この真実の理論にもとづいて、一身一念が法界と一体になるのである。」と言われているのです。

第17章 権迹熟益の本尊を明かす
釈迦が寂滅道場において成道して最初に説法した華厳経の華蔵世界から、沙羅林で最後に涅槃経を説くまで一代五十余年の間、華蔵経 で説く華蔵世界、大日如来が住するという密厳仏国、法華経迹門で説く三変の三土、涅槃経に説く四見の四つの国土は、すべて成住壊 空の四劫で変化し続ける無常の世界であり、これらはみな、方便土、実報土、寂光土、阿弥陀仏の西方浄土、薬師如来の東方浄瑠璃世 界、大日の密厳などの爾前迹門で説く国土なのです。それ故にインド出世の釈迦如来が涅槃に入るならば、その他の諸仏も一緒に滅し てしまうのです。そして、その仏と共に方便土、実報土、寂光土、西方浄土、東方浄瑠璃世界などの国土も同じように滅してしまうの です。

第18章 本門脱益の本尊を明かす
今、法華経の本門に至って、この娑婆世界は、三災にも犯されることなく、成住壊空の四劫を繰り返す事がない常住の浄土となったの です。仏は、まさに過去にも滅する事がなく未来にも生ずる事がない常住不滅の仏であって仏の説法を聞いている弟子もまた同じく常 住であるのです。これが釈迦在世における舎利弗などの己心の三千の具足、国土世間、衆生世間、五陰世間の三種の世間であったので す。迹門十四品には、未だこの事の一念三千が説かれなかったのは、法華経の内においても、時機が来ていなかったからなのです。

第19章 文底下種の本尊を明かす
この法華経の本門の最重要である南無妙法蓮華経の五字を釈迦牟尼仏は文殊や薬王などにも付属してはいないのです。それなのにどう して、それ以外の弟子にこれを付属する事があるでしょうか。ただ地涌千界の上行菩薩に対して涌出品から嘱累品に至る八品の間に、 これを付属したのです。この文底下種の大御本尊の姿は、久遠元初の本仏が出現される末法の娑婆世界の上に宝塔として曼荼羅の姿で 存在し、その宝塔の中において、妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏と多宝如来があって、その釈尊の脇士には上行などの地涌の四菩薩が 並び、文殊や弥勒などの迹化の菩薩は、本化四菩薩の眷属として末座にあって万民が大地にひれ伏して雲や月を仰ぎ見るように手を合 わせ、十方から集まった分身の諸仏は、大地の上で居住まいを正したのです。このような尊極無比の大御本尊は、法華経に至るまでは 、在世五十余年の説法にまったく現れなかったのです。法華経八年の説法の間にも涌出品から嘱累品に至るただ八品の間にだけ、これ を説き現して上行菩薩に付属されたのです。正像二千年の間には、小乗の釈尊は迦葉と阿難を脇士として本尊とし、権大乗や涅槃経、 法華経迹門などの釈尊は、文殊や普賢などの菩薩を脇士として本尊とされました。これらの仏は、正法、像法時代に作り描かれました が未だ寿量品に説かれた本尊は、建立されていないのです。末法に至って初めて本門寿量品文底下種の大御本尊が建立されるのです。

第20章 末法出現の本尊を問う
しかしながら、正像二千余年の間は、仏滅後に正しい仏法を弘めた四依の菩薩、人師などが阿弥陀仏や大日如来を本尊として、また小 乗、権大乗、爾前、迹門の釈尊などを本尊として寺を建立したけれども、本門寿量品の文底下種の大御本尊と地涌の菩薩をインド、中 国、日本の三国の王や民が未だこれを崇重し建立した例はないのです。

第21章 一代三段・十巻三段を示す
釈尊一代の仏教といえば、法華経の一部八巻二十八品、それ以前には、華厳より般若に至る前四味、それ以後には、涅槃経など実に広 大な経の数々ではあるが、これら一代の経をまとめてくくると、ただ一つの経となるのです。その経から考えると、始めの寂滅道場で 説いた華厳経より般若経に至るまでが序分となります。無量義経、法華経、普賢経の十巻は、それの正宗分となり、涅槃経など法華経 以後に説かれた経は流通分となります。また一代三段で正宗分と立てる十巻の中においても序分、正宗分、流通分があり、無量義経と 法華経の序品までが序分となります。方便品第二から分別功徳品のなかばの十九行の偈に至るまで十五品半が正宗分であり、分別功徳 品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分となるのです。

第22章 迹門熟益三段を示す
また法華経と開結二経をあわせた十巻においても、迹門と本門の二経があり、おのおの序分、正宗分、流通分を具〔そな〕えているの です。まず迹門の三段を明かすならば無量義経と序品は序分であり、方便品第二より人記品第九に至るまでの八品は正宗分であり、法 師品第十より安楽行品第十四に至るまでの五品は流通分なのです。この迹門を説いた教主を論じるならば、インドで成仏した始成正覚 の仏であり、過去の真実の原因を説かずに結果である現在の姿のみの百界千如を説いて、現在、過去、未来において、その中で最高の 難信難解の正しい法であると言っているのです。その過去を知ろうとすれば三千塵点劫の過去において釈迦が大通智勝仏の第十六番目 の王子の時に仏となる原因を作り、さらにインドに生まれて華厳経などの前四味を説いて仏となる原因を弟子達に理解させようとした のでした。釈迦在世の二乗や凡夫は、それによって、ついに仏となる原因を理解して己心の仏界を開顕をして仏となる事を得たのです 。また釈迦在世において始めて、この迹門の正宗分の八品を聞いた衆生は、その一句一偈を聞いて、下種となし、あるいは熟となし、 あるいは脱となして、普賢品、涅槃経によって、さらに正法、像法、末法の初めに衆生と生まれて小乗教や権教などを助けとして法華 経に入ったのです。あたかも釈迦在世に大通智勝仏の仏となる原因を理解した者のようなものなのです。

第23章 本門脱益三段を示す
また本門十四品の一経にも、序分、正宗分、流通分があります。涌出品の半品を序分となし、涌出品の後半と寿量品一品と分別功徳品 前半部、以上の一品二半を正宗分となし、その他はすべて流通分となります。この本門の教主を論ずるならば爾前経や法華経迹門の始 成正覚の仏ではありません。また、これらの法門も文底下種の独一本門に対すれば天と地ほどの違いが有るのです。本有の十界、久遠 の文底下種の独一本門に対するならば、本迹の一念三千の相違など、ほとんど竹の膜ほどのわずかなものなのです。また迹門や前四味 の爾前経、無量義経、涅槃経等など現在、過去、未来の説は、すべて他の者の質問によって説く、信じ易く解り易いものであり、文底 下種の独一本門は、これら、現在、過去、未来の説を超えるところの仏が自らの意志によって説く難信難解の法門なのです。

第24章 文底下種三段の序正を明かす
また、文底独一の本門においても序分、正宗分、流通分があります。インドで釈尊が説いた一代五十余年の諸経もすべて寿量品の文底 に隠された三大秘法の大御本尊の序分なのです。この一品二半で説明された大御本尊より外は、すべて小乗教であり、邪教であり、未 得道の教えであり、それを信ずる衆生の機根を論ずるならば、徳が薄く、悪業まみれで、幼稚であり、智慧が乏しく、独善的で彼らに は、爾前や迹門に説かれた三諦円融の法門ですら、まったく成仏の原因とはならないのです。ましてや華厳宗や真言宗などのような七 宗の論師や人師が我見で作った宗派などによって成仏するわけなどないのです。さらに、これを論じれば、すべて小乗経の三蔵教(蔵 教)、三乗の為の大乗初門(通教)、空仮中三諦(別教)の三教を出でず、ようするに、すべては蔵教、通教の範囲内の低い教えなの です。これらの宗派が自らの教えを甚深であると称しても、未だに成仏の原因である下種と修行方法の熟益、その未来における結果の 脱益を論じていないから、無余灰断〔むよけだん〕(灰身滅智)と同じであり、仏道修行の最初と最後の下種、熟益、脱益がわからな いのです。たとえば、王女であっても畜生の種を宿せば、その子供は、人間としてもっとも下賤な旃陀羅にさえ劣るのと同じようなも のなのです。経文がいかに正しくても、仏種であるところの本尊を間違えれば、成仏は有り得ないのです。

第25章 文底下種三段の流通を明かす
法華経の迹門十四品の正宗分の八品は、一往は、二乗をもって正意とし、菩薩や凡夫は、その席に連なっているに過ぎないのです。し かし、これを深く考えるならば末法の始めの凡夫をもって正意とするのが正しいのではないでしょうか。法華経の法師品には「この法 華経は、釈迦の在世ですら、なお怨嫉が多い。ましてや仏滅後にはさらに大きな怨嫉をうける。」と迹門の流通分で説かれているので す。宝塔品には、この宝塔品に来集した分身の諸仏は、釈迦牟尼仏の令法久住の心を知ると説かれており、在世を傍、滅後を正意とし ているのです。勧持品、安楽行品に於いても同じであり、迹門ですら、このように末法の為に説かれている事が明らかなのです。さら に法華経本門は、誰の為に説かれたかを論じるならば、当然、末法の始めをもって正しい時期としています。ようするに一往これを見 るときは久遠の過去に下種をされ、大通智勝仏から法華経迹門までを熟益とし、本門に至って等覚、妙覚の位に登ったように見えます 。しかし、これは文上であって本門は、序分、正宗分、流通分ともに末法の始めをもって正意としているのです。釈尊在世の本門と末 法の始めの本門は、いずれも、衆生が即身成仏する純円の教えなのです。ただし、正法、像法時代の本門と末法の本門の相違をいうな らば、正像は、脱益であり、末法は、下種であり、正法、像法時代は、一品二半であり、末法は、ただ題目の五字であるのです。

第26章 本門序分の文を引く
多くの菩薩は、ひとえに仏の意志を叶えようと思って、滅後の法華弘通を誓ったのです。しかし、仏の説く言葉は、まったく相異して 、多数の大菩薩の娑婆世界における法華弘通を止めてしまったのです。これでは、進退きわまって、凡夫の智慧では、まったく訳がわ かりません。天台大師は、法華文句の巻九上で他方の菩薩を制止した三つの理由と地涌の菩薩を召し出した三つの理由を説き明かされ ました。ようするに迹化の菩薩や他方の菩薩では、日蓮大聖人の内証の寿量品である文底下種の三大秘法を授与する事が出来なかった のです。なぜなら、末法の初めは、謗法の国土であり、濁悪の世であるから、迹化他方の菩薩では、とてもその弘通に耐えられないの で、地涌千界の大菩薩を招いて寿量品の肝心である妙法蓮華経の五字を全世界のすべての衆生に授与されたのです。また、迹化の菩薩 は、釈迦牟尼仏の五百塵点劫からの弟子ではないからなのです。天台大師は「地涌の菩薩は、釈迦牟尼仏の本弟子、五百塵点劫からの 弟子であるから、我が法を末法に弘めよと付嘱した。」と言われています。妙楽大師は「真実の弟子である地涌の菩薩が釈迦牟尼仏の 法を弘める事が出来る故に、世界にとって利益がある。」と言われています。このことを道暹〔どうせん〕が法華文句輔正記に 「法が久遠実成の法である故に久遠実成の上行菩薩に付嘱したのである。」と説明しています。

第27章 本門正宗の文を引く
寿量品には、久遠の下種を忘れた者について「誤って毒薬を飲んだ者は、医師である父が素晴らしい薬を与えたところ、すぐに病は、 回復する事が出来た。」と説かれています。この経文の意味は、久遠に下種され、すべての菩薩や二乗、人天などが法華経本門で成仏 する事を譬えているのです。また、この寿量品に「毒薬を飲んで本心を失っている者は、父が死んだと嘘を告げると、やっと父の言葉 を信じて薬を服し病を治す事が出来た。」と説かれています。また分別功徳品には「悪世末法の時」と説かれていますが、これもまた 寿量品が末法の為に説かれている証拠なのです。仏の使いというのは、四依の菩薩、人師のことです。四依には、四種類あります。第 一に小乗の四依は、迦葉、阿難を初めとして、その多くは正法時代の前五百年に出現しました。第二に大乗の四依は、竜樹、天親を初 めとして、多くは正法時代の後五百年に出現しました。第三に迹門の四依は、南岳大師、天台大師などで、多くは像法時代に出現し、 少しだけ末法の初めに出現しました。第四に本門の四依は、地涌千界の大菩薩であり、必ず末法に出現するのです。この「使い者」と は、地涌の菩薩の事です。「この素晴らしい良薬」とは寿量品の肝心である名体宗用教の南無妙法蓮華経、つまり三大秘法の大御本尊 の事なのです。この良薬を釈迦は、迹化の菩薩に授与しなかったのです。まして他国土の菩薩に付嘱するわけがないのです。

第28章 本門流通の文を引く
天台大師は「地涌の大菩薩の誓願のみが認められた。」と言い、道暹〔どうせん〕は「妙法の五字は、すでに久遠実成の法であるから 、久遠実成の人である地涌の菩薩に付属したのである。」と言っています。文殊や観音、薬王、普賢、これらの諸菩薩は、三大秘法の 御本尊を所持する人ではないので、末法に於いて法華経を弘教する能力がないのです。法華経神力品には「その肝要を取り上げて言う とすれば、如来のすべての所有している法、如来のすべての自由自在の神通力、如来のすべての秘要の蔵、如来のすべての甚深の事、 以上の四つの肝要をすべてこの法華経において説き顕した。」と説かれているのです。天台大師は「爾時仏告上行と言う文章より下は 、第三結要付属である。」と言われています。このように十の神通力を現じて妙法蓮華経の五字をもって上行、安立行、浄行、無辺行 の四大菩薩に授け与えたのです。神通力は、実際には、すべて滅後の為なのです。故にこの次の文には「仏滅後にこの経をよく持〔た も〕つ事によって、諸仏はみな歓喜して無量の神通力を現じ給う。」と説かれて、地涌の大菩薩を先頭にして迹化、他方の諸菩薩、及 び、梵天、帝釈、四天などにこの法華経を託したのです。この総付嘱が終わると分身の諸仏は、各々の本土へ帰られ、次の薬王品以後 から涅槃経までは、地涌の菩薩が本地へ帰ってしまった後で、迹化や他方の菩薩の為に重ねてこれを託されているのです。

第29章 本化出現の時節を明かす
法華経法師品には「いわんや滅度の後をや」と説かれ、法華経が在世よりも滅後を正とすることが説かれており、分別功徳品には「悪 世末法の時」と説かれ、薬王品には「後の五百歳に全世界に広宣流布」と明らかに末法の広宣流布を予言しているのです。釈迦牟尼仏 の出世は、末法の初めに出現する日蓮の為であり、地涌千界の大菩薩が正像二千年に出現しなかったのは、三大秘法の流布される時代 ではなかったからなのです。この時代の菩薩達は、釈迦在世の下種によって、その仏種で解脱出来たのです。その後、天台大師が出現 して、迹門を面とし、本門を裏となして、百界千如、一念三千の法門を説き、その意義を説き尽くしました。しかし、これは、ただ理 論的に仏界を具する事を論じたものであって事行の南無妙法蓮華経の五字ならびに本門の本尊については未だ広くこれを行ずることは なかったのです。それは、事行の南無妙法蓮華経が弘通される時代ではなかったからなのです。今、末法の初めとなって天地が顛倒す る大混乱の時代となり、諸天善神は、謗法の国を捨て去って守護せず、この時にあたって地涌の菩薩が初めて世に出現し、ただ妙法蓮 華経の五字をもって良薬として幼稚の衆生に服せしめるのです。妙楽大師が言った「法謗によって六悪道に堕ち、必ずそれによって大 利益を得る。」とはこの事なのです。我が弟子達は、地涌千界は教主釈尊の五百塵点劫からの弟子であることを知るべきなのです。

第30章 如来の謙識を明かす
伝教大師は「時代を語れば、像法時代の終わり、末法の初めであり、その土地は、中国の東、カムチャッカ半島の西であり、その時代 の人間はと言うと五濁が盛んで、まさに闘諍堅固の時代である。この言葉は、実に深い理由のある事である。」と言われているのです 。この闘諍の時と言うのは、今の自界叛逆、西海侵逼の二難を指すのです。この予言が的中した時に、地涌千界の大菩薩が世に出現し て、本門の釈尊を脇士となす、全世界、第一の本尊がこの国に建立されるのです。インドにも中国にも未だ出現する事がなかった前代 未聞の御本尊なのです。日本では、聖徳太子が四天王寺を建立したけれども、未だ大御本尊を建立される時ではなかったから、阿弥陀 仏を本尊としました。聖武天皇は、東大寺を建てましたが、いまだ法華経の実義を顕わさず、伝教大師は、ほぼ法華経の実義を顕わし 示めしたけれども、未だ未法の時ではないので薬師如来を本尊とし、法華経本門の四菩薩を顕わさなかったのです。末法に入っても未 だ出現しないならば、これは嘘と言うべきで、それを予言したはずの三仏の未来記も水の泡と同じように消え去ってしまうのです。し かし、正像には、未だかつてなかった大地震、大彗星などが最近になって次々に出て来ており、これらは、四大菩薩の出現する前兆な のでしょう。法華経を識る上行菩薩は、世法もおのずから明らかとなり、自界叛逆、西海侵逼がわかるのです。

第31章 総結
一念三千を識らない末法の衆生に、仏は大慈悲を起こされて、妙法五字の内にこの珠をつつみ、末代幼稚の衆生の首にかけさせたまう のです。四大菩薩が、この幼稚の衆生を守護する事は、太公、周公が文王に仕えてよく守護し、陝西(せんせい) 省商山に逃れた四 人の老人が恵帝に仕えたのと異ならないのです。
文永10年(西暦1273年)4月25日 日蓮、これを記述する。

第32章 観心本尊抄送状
観心本尊抄副状 文永10年(西暦1273年)4月26日 52歳御作
垂れ衣一つ、墨を三挺、筆を五管を確かに頂きました。観心の法門を、少しだけ取り出して大田殿、曾谷教信殿、その他、強信者の方 々に送りました。この事は、日蓮が身にあたる大事であります。これを他人には見せずに、大きな志によって、これを開いて読んでく ださい。この書は、疑問が多く答えが少ないのですが、前代未聞の事であるから、恐らく人々は、耳を疑い目を驚かす事でしょう。た とえ、理由が有って他人に見せる時でも、三人、四人と一緒にこれを読んではなりません。仏滅後、二千二百二十余年の間、未だこの 書の心が世に説き現される事はありませんでした。いま日蓮がこのような国難を受け、五の五百歳にあたる末法の初めを期して、この 未曾有の法門を述べ説き明かすのです。願はくば、これを一目でも見る者は、必ずこれを信じ、師弟ともに霊山浄土へと行って三仏の 顔を拝見しようではありませんか。怖れながら申し上げます。
文永10年(西暦1273年)4月26日 日蓮花押
富木殿御返事


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