日蓮正宗法華講開信寺支部より

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報恩抄 第1回

【報恩抄 建治二年七月二一日 五五歳】
報恩抄 建治二年(西暦1276年)7月21日 55歳御作

第1章 報恩の道理を明かす

【夫〔それ〕老狐〔ろうこ〕は塚をあとにせず、白亀〔はくき〕は毛宝〔もうほう〕が恩をほう〔報〕ず。】
そもそも、古狐〔ふるぎつね〕は、生まれた住処〔すみか〕を忘れず、毛宝という人に助けられた白い亀は、その人に恩を返したと言います。

【畜生すらかくのごとし、いわ〔况〕うや人倫をや。】
動物ですら、このようであるのですから、人間は、報恩という事を忘れてはなりません。

【されば古〔いにしえ〕の賢者予譲〔よじょう〕といゐし者は剣〔つるぎ〕をのみて智伯〔ちはく〕が恩にあて、】
そうであればこそ、予譲という人は、主人である智伯を滅ぼした者に自分の報恩の想いを伝えようとして剣で自分を刺し、

【こう〔弘〕演と申せし臣下は腹をさ〔割〕ひて衛〔えい〕の懿公〔いこう〕が肝を入れたり。】
弘演という人は、主人の懿公の肝が捨ててあったのを見て、自分の腹を裂いてその肝を入れて死にました。

【いかにいわうや仏教をならはん者の父母・師匠・国恩をわするべしや。】
世間でもこのようであるのに、仏法を学ぼうと思う者は、親の恩、師の恩、国の恩を忘れてはいけないのです。

第2章 報恩の要術を明かす

【此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきわめ、智者とならで叶ふべきか。】
このように大切な恩を報ずる為には、必ず仏法を習い極め、智者とならなければならないのです。

【譬へば衆盲をみちびかんには生盲の身にては橋河〔きょうが〕をわた〔渡〕しがたし。】
目が見えない多くの衆生を導く為には、自らが目が見えないで、どうして、みんなを橋を渡らせて彼岸に着く事が出来るでしょうか。

【方風を弁〔わきま〕へざらん大舟〔おおふね〕は、諸商を導きて宝山にいたるべしや。】
風向きがわからないのに、どうやって多くの人々を船に乗せて目的地である宝の山に着く事が出来るでしょうか。

【仏法を習ひ極めんとをも〔思〕わば、いとまあらずば叶ふべからず。】
仏法を習い極めようと思うのであれば努力しなければ、報恩をする事は出来ません。

【いとまあらんとをもわば、父母・師匠・国主等に随ひては叶ふべからず。】
仏法を習い極めようと努力しないで、ただ父母や師匠、国主に従っていては、報恩は出来ないのです。

【是非につけて出離〔しゅつり〕の道をわきまへざらんほどは、父母・師匠等の心に随ふべからず。】
とにかく、報恩の為には、仏法を極めて生死を離れなければならず、父母や師匠の心に付き従ってはいけないのです。

【この義は諸人をも〔思〕わく、顕〔けん〕にもはづれ冥〔みょう〕にも叶ふまじとをもう。】
このように言うと人々は、報恩からは大きく外〔はず〕れ、その心も決して正しいとは言えないと思うことでしょう。

【しかれども、外典の孝経にも父母・主君に随わずして、忠臣・孝人なるやうもみえたり。】
しかし、世間の書物にも、父母や主君に従わずに忠臣であったり、孝行の人であったする例はあるのです。

【内典の仏経に云はく「恩を棄〔す〕て無為〔むい〕に入るは真実報恩の者なり」等云云。】
仏教の経典では「世間の報恩を捨てて仏法を行う事が真実の報恩である」と説かれています。

【比干〔ひかん〕が王に随はずして賢人のな〔名〕をとり、】
殷〔いん〕の紂王〔ちゅうおう〕の部下の比干が暴虐〔ぼうぎゃく〕な命令に従わずに賢人と呼ばれたのはこの例であり、

【悉達太子〔しったたいし〕の浄飯〔じょうぼん〕大王に背きて三界第一の孝となりしこれなり。】
後の釈迦牟尼仏である悉達太子が親の浄飯大王に背いて出家し、法華経を説いたのは、この世の中で最大の親孝行であるのです。

第3章 諸宗の迷乱を挙ぐ

【かくのごとく存じて父母・師匠等に随はずして仏法をうかゞいし程に、一代聖教をさとるべき明鏡十あり。】
そして過去に、このように理解して、父母や師匠に従わずに仏法を学び、釈迦牟尼仏の教えを覚ったと言う者が十人もいたのです。

【所謂〔いわゆる〕倶舎〔くしゃ〕・成実〔じょうじつ〕・律宗・法相〔ほっそう〕・三論・真言・華厳・浄土・禅宗・天台法華宗なり。】
それは、倶舎宗、成実宗、律宗、法相宗、三論宗、真言宗、華厳宗、浄土宗、禅宗、天台法華宗の指導者達です。

【此の十宗を明師として一切経の心をしるべし。】
この十の宗派の指導者によって、釈迦牟尼仏が説いた全ての経文の心がわかるというのです。

【世間の学者等をも〔思〕えり、此の十の鏡はみな正直に仏道の道を照らせりと。】
世間の学者もそう思い、この十の宗派の指導者の教えは、すべて正しく仏法の道を照らしていると思われているのです。

【小乗の三宗はしばら〔且〕くこれをを〔置〕く。】
小乗経である倶舎宗、成実宗、律宗は、しばらく、これを置きます。

【民の消息の是非につけて、他国へわたるに用〔ゆう〕なきがごとし。】
小乗経は、自分が勤めていた会社の経歴が別の会社では何の意味もないのと同じで、大乗経が説かれれば何の意味もないのです。

【大乗の七鏡こそ生死の大海をわたりて浄土の岸につく大船なれば、此を習ひほど〔解〕ひて我がみ〔身〕も助け、】
大乗経の七つの教えこそ、生死の大海を渡って成仏できる大船であって、これを習い極めて我が身も成仏し、

【人をもみち〔導〕びかんとをもひて習ひみるほどに、大乗の七宗いづれもいづれも自讃あり。】
人々をも導びこうと思って実際にこれらを学んでみると、いずれの宗派も自分で自分を褒め称えているだけであったのです。

【我が宗こそ一代の心はえ〔得〕たれえ〔得〕たれ等云云。】
これらはみんな、我が宗派こそ釈迦牟尼物の一代の真実の教えであると自画自賛するのみであったのです。

【所謂〔いわゆる〕華厳宗の杜順〔とじゅん〕・智儼〔ちごん〕・法蔵〔ほうぞう〕・澄観〔ちょうかん〕等、法相宗の玄奘〔げんじょう〕・】
華厳宗の杜順、智儼、法蔵、澄観。法相宗の玄奘、

【慈恩〔じおん〕・智周〔ちしゅう〕・智昭〔ちしょう〕等、三論宗の興皇〔こうこう〕・嘉祥〔かじょう〕等、】
慈恩、智周、智昭。三論宗の興皇、嘉祥。

【真言宗の善無畏〔ぜんむい〕・金剛智〔こんごうち〕・不空〔ふくう〕・弘法〔こうぼう〕・慈覚〔じかく〕・智証〔ちしょう〕等、】
真言宗の善無畏、金剛智、不空、弘法、慈覚、智証。

【禅宗の達磨〔だるま〕・慧可〔えか〕・慧能〔えのう〕等、浄土宗の道綽〔どうしゃく〕・善導〔ぜんどう〕・懐感〔えかん〕・源空〔げんくう〕等。】
禅宗の達磨、慧可、慧能。浄土宗の道綽、善導、懐感、源空。

【此等の宗々みな本経本論によりて我も我も一切経をさとれり仏意〔ぶっち〕をきわめたりと云云。】
これらの宗派の指導者は、みんな自らが信じる経文や経論で一切経を理解して仏法を極めたと説いているのです。

【彼の人々の云はく、一切経の中には華厳経第一なり。法華経・大日経等は臣下のごとし。】
華厳宗の者は、一切経の中で華厳経が第一であるとして、法華経や大日経は、その家来のような存在であると言っています。

【真言宗の云はく、一切経の中には大日経第一なり。余経は衆星のごとし。】
真言宗の者は、一切経の中で大日経が第一であるとして、他の経は、月に対する星のような存在であると言っています。

【禅宗が云はく、一切経の中には楞伽経〔りょうがきょう〕第一なり。乃至余宗かくのごとし。】
禅宗の者は、一切経の中で楞伽経が第一であるとしており、他の宗派も、これとまったく同じような主張をしています。

【而も上に挙ぐる諸師は世間の人々各々をも〔思〕えり。諸天の帝釈をうやまひ衆星の日月に随ふがごとし。】
このような各宗各派の指導者達を世間の人々も天神が帝釈を敬うように星が日月に従うように優れた人だと思っているのです。

第4章 涅槃経の遺訓

【我等凡夫はいづれの師なりとも信ずるならば不足あるべからず。】
私達にとっては、これらの各宗派の指導者は、いずれをとっても不足などないように思われます。

【仰いでこそ信ずべけれども日蓮が愚案は〔晴〕れがたし。】
しかし、いかに、それらを尊敬し、信じようと思っても日蓮の疑問は、まったく晴れないのです。

【世間をみるに各々我も我もといへども国主は但一人なり、二人となれば国土をだ〔穏〕やかならず。】
なぜならば、世間に於いても国王でさえ一人であり、それが二人となれば国は乱れて治〔おさ〕まることないのです。

【家に二の主あれば其の家必ずやぶる。一切経も又かくのごとくや有るらん。】
家に二人の主人が居れば、その家は、必ず滅びてしまいます。釈迦牟尼仏の教えである一切経もまた同じではないでしょうか。

【何〔いず〕れの経にてもをはせ一経こそ一切経の大王にてはをはすらめ。】
どのような経文であっても、一切経の王と呼ばれるものは、ひとつであるはずです。

【而るに十宗七宗まで各々諍論〔じょうろん〕して随はず。】
それなのに十の仏教の宗派、七つの大乗経の宗派が各々、別々の経文を一切経の王であると言い争い、

【国に七人十人の大王ありて、万民をだ〔穏〕やかならじ、いかんがせんと疑ふところに一つの願を立つ。】
まるでひとつの国に七人、十人の国王が居るように、万人が仏法に迷っている姿を見て、どのようにすればよいかと考えて一つの誓願を立てたのです。

【我〔われ〕八宗十宗に随はじ。】
私が、この八の宗派、十の宗派の中で、いずれが一番、優れているのかを調べてみようと考えたのです。

【天台大師の専〔もっぱ〕ら経文を師として一代の勝劣をかんがへしがごとく一切経を開きみるに、】
天台大師は、経文を師として釈迦牟尼仏の一代の経文の優劣を考えて一切経を読まれましたが、

【涅槃経と申す経に云はく「法に依って人に依らざれ」等云云。】
涅槃経という経文には「法に依って人に依ってはならない」と説かれています。

【依法〔えほう〕と申すは一切経、不依人と申すは仏を除き奉りて外〔ほか〕の普賢〔ふげん〕菩薩・文殊師利〔もんじゅしり〕菩薩】
「法に依る」とは一切経であり、「人に依らず」とは、仏以外の普賢菩薩や文殊菩薩、

【乃至上〔かみ〕にあぐるところの諸の人師なり。】
またその他の人々のことです。

【此の経に又云はく「了義経に依って不了義経に依らざれ」等云云。】
この経文には「了義経に依って不了義経に依ってはならない」と説かれています。

【此の経に指すところ了義経と申すは法華経、不了義経と申すは華厳経・大日経・涅槃経等の已今当の一切経なり。】
この涅槃経の示す了義経と言うのは、法華経であり、不了義経と言うのは、華厳経や大日経、涅槃経などの法華経以外の一切経のことなのです。

【されば仏の遺言を信ずるならば専ら法華経を明鏡として一切経の心をばしるべきか。】
そうであるならば、釈迦牟尼仏の遺言の通りに、法華経に説かれていることを拠り所として、一切経の心を知るべきでありましょう。

第5章 一代諸経の勝劣

【随って法華経の文を開き奉れば「此の法華経は諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。】
従ってこの法華経の文章を読んでみると、そこに「この法華経は、すべての経文の中において最も上位にある」と説かれているのです。

【此の経文のごとくば須弥山〔しゅみせん〕の頂に帝釈の居るがごとく、輪王の頂に如意宝珠〔にょいほうじゅ〕のあるがごとく、】
この経文によれば、須弥山の頂上の喜見城〔きけんじょう〕に帝釈天がいるように、転輪聖王〔てんりんじょうおう〕の王冠に如意宝珠が有るように、

【衆木の頂に月のやどるがごとく、諸仏の頂上に肉髻〔にくけい〕の住せるがごとく、】
多くの木々の頂上に月がかかるように、諸仏の額に白光を放つ肉髻があるように、

【此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の一切経の頂上の如意宝珠なり。】
この法華経は、華厳経、大日経、涅槃経などの一切経の頂上についている如意宝珠であるのです。

【されば専ら論師・人師をすてゝ経文に依るならば大日経・華厳経等に法華経の勝れ給へることは、】
そうであれば論師、人師を捨てて経文に依って考えれば、大日経や華厳経よりも法華経が優れている事は、

【日輪の青天に出現せる時、眼あきらかなる者の天地を見るがごとく高下〔こうげ〕宛然〔おんねん〕なり。】
太陽が晴天の空に昇れば、目が良い者が大地の隅々を見るように、その優劣は、まことに明らかなのです。

【又大日経・華厳経等の一切経をみるに此の経文に相似〔そうじ〕の経文一字一点もなし。】
大日経や華厳経などの一切経を見てみると、これらの経文には、法華経に相対〔あいたい〕する文章は、一字一句もないのです。

【或は小乗経に対して勝劣をとかれ、或は俗諦〔ぞくたい〕に対して真諦〔しんたい〕をとき、或は諸の空仮〔くうけ〕に対して中道をほめたり。】
あるいは小乗経に対しての優劣や、あるいは世間の法に対して仏法の優劣や、あるいは、空諦、仮諦に対して中諦の優劣を示しているに過ぎず、

【譬へば小国の王が我が国の臣下に対して大王というがごとし。】
小さな国の王が自分の部下に対して、自分は大王であると言っているようなものなのです。

【法華経は諸王に対して大王等と云云。但涅槃経計りこそ法華経に相似の経文は候へ。】
法華経こそ、諸王に対しての大王であり、ただ涅槃経のみが法華経に相対〔あいたい〕する経文と言えるのです。

【されば天台已前の南北の諸師は迷惑して、法華経は涅槃経に劣ると云云。】
そうであればこそ、天台大師以前の南北の仏法の指導者達は、その事に迷い惑い、法華経は、涅槃経に劣ると言っているのです。

【されども専ら経文を開き見るには無量義経のごとく華厳・阿含・方等・般若等の四十余年の経々をあげて、】
しかし、そう言いながら、経文を開いて無量義経のように華厳、阿含、方等、般若などの法華経以前の四十余年未顕真実の経文を取り上げて、

【涅槃経に対して我がみ〔身〕勝るとと〔説〕ひて、又法華経に対する時は】
その後に説かれた涅槃経の方が優れていると説いてはいても、同じくその後に説かれた法華経に対しては、涅槃経、如来性品第九の文章で

【「是の経の出世は乃至法華の中の八千の声聞に記□〔きべつ〕を授くることを得て大果実を成ずるが如く、】
「この経文が説かれた意義は、法華経の中で八千の声聞が未来において成仏するとの記別を受け、このような大きな果実を得て、

【秋収冬蔵〔しゅうしゅうとうぞう〕して更に所作〔しょさ〕無きが如し」等云云。】
秋にそれを収穫し、冬にそれを蔵にしまっているので、この経文では、何もやることがない。」と説かれているのです。

【我と涅槃経は法華経には劣るとと〔説〕ける経文なり。】
このように涅槃経には、自ら法華経に劣ると説いているのです。

【かう経文は分明なれども南北の大智の諸人の迷ふて有りし経文なれば、末代の学者能〔よ〕く能く眼をとゞ〔留〕むべし。】
このように涅槃経の文章に明確であっても、南北の大学者がそのことに迷っており、その後の学者は、よくよく、それを注意するべきです。

【此の経文は但法華経・涅槃経の勝劣のみならず、十方世界の一切経の勝劣をもし〔知〕りぬべし。】
この経文は、法華経と涅槃経の優劣だけではなく、すべての世界の一切経の優劣をも示しているのです。

【而るを経文にこそ迷ふとも天台・妙楽・伝教大師の御れうけん〔料簡〕の後は眼〔まなこ〕あらん人々はしりぬべき事ぞかし。】
いかにこの経文に迷うと言っても天台大師、妙楽大師、伝教大師がその優劣を示したからは、心がある人は、その優劣を知る事でしょう。

【然れども天台宗の人たる慈覚・智証すら猶〔なお〕此の経文にくら〔暗〕し、いわ〔況〕うや余宗の人々をや。】
しかしながら、その天台宗の人であるはずの慈覚や智証ですら、なお、この経文に暗く、ましてや他宗の人々は、その優劣が理解出来ないのです。

第6章 法華最第一を明かす

【或人〔あるひと〕疑って云はく、漢土日本にわたりたる経々にこそ法華経に勝れたる経はをは〔在〕せずとも、】
ある人は、この事に疑いを持ち、中国や日本に渡って来た経文には、法華経より優れた経文はなくても、

【月氏・竜宮・四王・日月・□利天〔とうりてん〕・兜率天〔とそつてん〕なんどには恒河沙〔ごうがしゃ〕の経々ましますなれば、】
インドや竜王、四天王、日月、帝釈天、兜率天などの世界には、川の砂のように多くの経典があり、

【其の中に法華経に勝れさせ給ふ御経やましますらん。】
その中には、法華経よりも優れた経文はあるのでは、と言うのです。

【答へて云はく、一をもって万を察せよ。庭戸〔ていこ〕を出でずして天下をしるとはこれなり。】
それに答えるならば、一をもって、すべてを察するべきでしょう。賢い者は、家を出ずとも天下の事が理解出来るとは、この事なのです。

【癡人が疑って云はく、我等は南天を見て東西北の三空を見ず。彼の三方の空に此の日輪より外の別の日やましますらん。】
愚か者が、南の空に太陽があるのを見て、他の三方向を見ていないので、そこにも太陽があるかも知れないと思うのと同じことなのです。

【山を隔〔へだ〕て煙の立つを見て、火を見ざれば煙は一定なれども火にてやなかるらん。】
愚か者が、山の向こう側に煙が出ているのに、火が見えないので火事ではないと言い張るのと同じことなのです。

【かくのごとくいはん者は一闡提〔いっせんだい〕の人としるべし。生き盲にことならず。】
このように言う者を目が有るのに何も見えていない不信、謗法〔ほうぼう〕の一闡提であると人は知るべきです。

【法華経の法師品に、釈迦如来金口〔こんく〕の誠言〔じょうごん〕をも〔以〕て五十余年の一切経の勝劣を定めて云はく】
法華経の法師品には、釈迦牟尼仏が自らの言葉によって、五十余年の一切経の優劣を定めて、

【「我が所説の経典は無量千万億にして已〔すで〕に説き今説き当〔まさ〕に説かん。】
「私の説いた経典は、無量千万億であって、過去にも説き、現在も説き、さらに未来にも説くのである。

【而も其の中に於て此の法華経は最も為〔こ〕れ難信難解なり」等云云。】
しかし、その中に於いて、この法華経こそが、もっとも信じ難く、もっとも理解し難いのである。」と説かれています。

【此の経文は但釈迦如来一仏の説なりとも、等覚已下は仰ぎて信ずべき上、多宝仏東方より来たりて真実なりと証明し、】
この経文は、ただ釈迦牟尼仏一人が説かれたものではあっても、菩薩以下はそれを信じ、多宝如来は、東方より来訪して、その真実を証明し、

【十方の諸仏集まりて釈迦仏と同じく広長舌〔こうちょうぜつ〕を梵天に付け給ひて後、各々国々へかへらせ給ひぬ。】
さらに、すべての方向から仏が集まって、この法華経が真実であると述べてから、それぞれの国へ帰られたのです。

【已今当〔いこんとう〕の三字は、五十年並びに十方三世の諸仏の御経一字一点ものこさず引き載せて、法華経に対して説かせ給ひて候を、】

この過去、現在、未来の三文字は、釈迦牟尼仏、五十年の説法と、すべての仏の経文を一字一句を残さずに、法華経と比較されての事であり、

【十方の諸仏此の座にして御判形〔ごはんぎょう〕を加へさせ給ひ、各々又自国に還〔かえ〕らせ給ひて、】
それに対してすべての仏がこの場にあって、真実であるとの印鑑を押して、それぞれ世界に帰ったのであり、

【我が弟子等に向かはせ給ひて、法華経に勝れたる御経ありと説かせ給はゞ、其の土の所化の弟子等信用すべしや。】
もし、その後に自らの弟子に対して、法華経より優れた経文があると説かれたとしても、その世界の弟子達の誰が信用するでしょうか。

【又我は見ざれば、月氏・竜宮・四天・日月等の宮殿の中に、法華経に勝れさせ給ひたる経やおはしますらんと疑ひをなさば、】
それでも、インドや竜王や四天王や日月等の宮殿の中に法華経よりも優れた経文があるかも知れないと言うのであれば、

【反詰〔はんきつ〕して云へ、されば今の梵釈・日月・四天・竜王は、法華経の御座にはなかりけるか。】
それでは、梵天、帝釈天、日月、四天王、竜王は、法華経の説かれた場所には、いなかったのでしょうか。

【若し日月等の諸天、法華経に勝れたる御経まします、汝はしらず、と仰せあるならば大誑惑〔おうわく〕の日月なるべし。】
もし、日月や諸天が法華経よりも優れた経文を持つのであれば、それを私は知らないなどと言うのは、大嘘つきであると言うべきでしょう。

【日蓮せめて云はく、日月は虚空〔こくう〕に住し給へども、我等が大地に処するがごとくして堕落し給はざる事は、】
日蓮は、それを責めて、太陽や月が空に留まって、私達が住んでいる大地に堕ちずに済んでいるのは、

【上品〔じょうぼん〕の不妄語戒〔ふもうごかい〕の力ぞかし。】
物理の法則が真実であり、まったく嘘ではなく、間違いではないから、なのではないですか。

【法華経に勝れたる御経ありと仰せある大妄語あるならば、恐らくはいまだ壊劫〔えこう〕にいたらざるに、】
もし、法華経より優れた経文があるという大嘘があるのであれば、おそらく宇宙が終わる時ではなくても、

【大地の上にどうとお〔落〕ち候はんか。無間大城〔むけんだいじょう〕の最下の堅鉄にあらずば留まりがたからんか。】
大地の上に太陽や月がどっと落ちて、そのまま、一番下の無間地獄まで落ち、やっとそこで止まる事が出来ることでしょう。

【大妄語の人は須臾〔しゅゆ〕も空に処して四天下を廻り給ふべからずと、せ〔責〕めたてまつるべし。】
大嘘つきでは、物理の法則さえ間違いとなり、少しの間も太陽や月が空から落ちることなく地球を周っている事は出来ないと責めるべきでしょう。

【而〔しか〕るを華厳宗の澄観等、真言宗の善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等の大智の三蔵・大師等の、】
それなのに華厳宗の澄観等、真言宗の善無畏、金剛智、不空、弘法、慈覚、智証などの三蔵法師や仏教の指導者などが

【華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと立て給ふは、我等が分斉〔ぶんざい〕には及ばぬ事なれども、】
華厳経や大日経が法華経に優れていると言うのは、日蓮の分際では批判は、出来ないのかも知れませんが、

【大道理のを〔推〕す処は、豈〔あに〕諸仏の大怨敵にあらずや。提婆〔だいば〕・瞿伽梨〔くがり〕もものならず。】
物理の法則が間違っていないのであれば、これらは、すべて提婆達多や瞿伽梨など問題にならないほどの諸仏の大怨敵であると言うべきです。

【大天・大慢外〔ほか〕にもとむべからず。彼の人々を信ずる輩はをそろしをそろし。】
仏滅後百年にインドで仏教教団を分裂させた大天やインドの外道で仏法僧を誹謗した大慢よりも、このような人々を信じる事は怖ろしい事なのです。

第7章 在世及び正法時代の値難

【問うて云はく、華厳の澄観・三論の嘉祥・法相の慈恩・真言の善無畏、乃至弘法・慈覚・智証等を、仏の敵との〔宣〕給ふか。】
それでは質問しますが、華厳の澄観、三論宗の嘉祥、法相宗の慈恩、真言宗の善無畏、弘法、慈覚、智証を仏の敵であると言うのですか。

【答へて云はく、此大なる難なり。仏法に入りて第一の大事なり。】
それに答えるとすれば、これは大いなる難問であり、仏法史上第一の大問題なのです。

【愚眼をも〔以〕て経文を見るには、法華経に勝れたる経ありといはん人は、設〔たと〕ひいかなる人なりとも謗法は免れじと見えて候。】
どんな愚か者が経文を読んでも、法華経よりも優れた経文が有ると言う人は、たとえどんな人であっても謗法はまぬがれられないと書いてあるのです。

【而るを経文のごとく申すならば、いかでか此の諸人仏敵たらざるべき。】
もし、この経文の言う通りだとすれば、誰がこの仏敵であるかは、明らかではないでしょうか。

【若〔も〕し又をそ〔恐〕れをなして指し申さずば、一切経の勝劣空〔むな〕しかるべし。】
もし、それを怖れて、それを言わなければ、一切経の優劣などつけようもないのです。

【又此の人々を恐れて、末の人々を仏敵といはんとすれば、彼の宗々の末の人々の云はく、】
また、この人々を怖れて、その末端の信者達を仏敵として破折すれば、その宗派の人々は、このように言うのです。

【法華経に大日経をまさ〔勝〕りたりと申すは我私〔わたくし〕の計らひにはあらず、祖師の御義なり。】
「法華経より大日経が優れていると言うのは、ただ私が言っているのではなく、これは、宗祖の教えであります。

【戒行の持破、智慧の勝劣、身の上下はありとも、所学の法門はたがふ事なしと申せば、彼の人々にとがなし。】
修行の進み方や智慧の優劣、身分の上下はあっても、仏教の法門という意味では、同じであり、我々に罪などありません。」

【又日蓮此を知りながら人々を恐れて申さずば、】
日蓮がこれを知りながら人々を怖れて、この事を言わないでいれば、

【「寧〔むし〕ろ身命〔しんみょう〕を喪〔うしな〕ふとも教を匿〔かく〕さゞれ」の仏陀の諫暁〔かんぎょう〕を用ひぬ者となりぬ。】
「たとえ身命を失うとも仏教を滅ぼしてはいけない」という釈迦牟尼仏の誡〔いまし〕めの言葉を無にする者となってしまいます。

【いかんがせん、い〔言〕はんとすれば世間をそ〔恐〕ろし、黙示〔もだ〕さんとすれば仏の諫曉のがれがたし。】
どのようにすれば良いのでしょうか。言えば、世間の敵となって怖ろしい結果になり、黙っていれば仏の言葉を無にする事になってしまいます。

【進退此に谷〔きわ〕まれり。】
まさに進退がきわまってしまいました。

【宜〔むべ〕なるかなや、法華経の文に云はく「而〔しか〕も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉〔おんしつ〕多し。況んや滅度の後をや」と。】
ここで考えて見ると、法華経法師品には、「この経は、仏がいる現在においても、なお怨嫉が多く、いわんや仏滅後にはさらに多い」とあり、

【又云はく「一切世間怨〔あだ〕多くして信じ難し」等云云。】
また法華経安楽行品には「一切世間の恨〔うら〕みが多くして信じる事が難しい」と説かれているのです。

【釈迦仏を摩耶夫人〔まやふじん〕はら〔孕〕ませ給ひたりければ、第六天の魔王、摩耶夫人の御腹をとを〔通〕し見て、】
釈迦牟尼仏を母親である摩耶夫人が懐妊した時には、それを第六天の魔王がその摩耶夫人の身体を透かし見て、

【我等が大怨敵法華経と申す利剣をはらみたり。事の成ぜぬ先にいかにしてか失ふべき。】
「我が大怨敵〔だいおんてき〕の法華経という利剣〔りけん〕を懐妊した。これを何とかして、けっして無事に生ませてはならない。」

【第六天の魔王、大医と変じて浄飯〔じょうぼん〕王宮に入り、】
そうして第六天の魔王は、医師に化けて浄飯王の宮殿に入り、

【御産安穏〔あんのん〕の良薬〔ろうやく〕を持ち候大医ありとのゝしりて、大毒を后〔きさき〕にまいらせつ。】
妃〔きさき〕の前で安産になるという薬を取り出すと、私は、優れた医師であると名乗って騙し、毒役を摩耶夫人に与えたのです。

【初生〔しょしょう〕の時は石をふらし、乳に毒をまじへ、城を出でさせ給ひしかば黒き毒蛇と変じて道にふさがり、】
さらに釈迦牟尼仏が無事に生まれてからは、時には石を投げつけ、乳に毒を混ぜて、城の外では、黒い毒蛇となって道を塞〔ふさ〕ぎ、

【乃至提婆〔だいば〕・瞿伽梨〔くがり〕・波瑠璃王〔はるりおう〕・阿闍世王〔あじゃせおう〕等の悪人の身に入りて、】
提婆達多や瞿伽梨、波瑠璃王、阿闍世王の悪人の身に入って、

【或は大石をなげて仏の御身より血をいだし、或は釈子をころし、或は御弟子等を殺す。】
大石を投げて怪我をさせて仏の身体から出血させ、釈迦牟尼仏の同族の者たちを殺し、弟子たちを殺したのです。

【此等の大難は皆遠くは法華経を仏世尊に説かせまいらせじとたば〔巧〕かり〔謀〕し、】
これらの大きな難は、法華経を仏に説かせないようにした謀〔はかりごと〕なのです。

【如来〔にょらい〕現在〔げんざい〕猶多怨嫉〔ゆたおんしつ〕の大難ぞかし。此等は遠き難なり。】
これが、釈迦牟尼仏の在世の怨嫉のよる大難なのです。しかし、これらは、まだ、私たちにとっては縁遠く、それほどの難ではないのです。

【近き難には舎利弗〔しゃりほつ〕・目連〔もくれん〕・諸大菩薩等も四十余年が間は、法華経の大怨敵の内ぞかし。】
近くにある大難とは、舎利弗、目連または、諸大菩薩などが未顕真実の四十余年の間の経文を信ずる事で、これこそ法華経の大怨敵なのです。

【況滅度後〔きょうめつどご〕と申して、未来の世には又此の大難よりもすぐれてをそ〔恐〕ろしき大難あるべしと、とかれて候。】
そして況滅度後には、仏滅後の未来において、この大難よりもさらに大きな怖ろしい難があると説かれているのです。

【仏だにも忍びがたかりける大難をば凡夫はいかでか忍ぶべき。いわ〔況〕うや在世より大なる大難にてあるべかんなり。】
このような仏であっても忍び難いほどの大難を凡夫は、どうやって忍ぶ事が出来るのでしょうか。いわんや仏の在世よりも大きな大難なのです。

【いかなる大難か、提婆が長三丈、広さ一丈六尺の大石、】
どのような大難かと言うと、提婆達多が長さ9m幅4mの大石を投げ、

【阿闍世王の酔象〔すいぞう〕にはす〔過〕ぐべきとはをも〔思〕へども、】
阿闍世王が酔った象を放って、釈迦牟尼仏を殺そうとした事よりも、超える大難であるのですが、

【彼にもす〔過〕ぐるべく候なれば、小失なくとも大難に度々値〔あ〕ふ人をこそ、滅後の法華経の行者とはし〔知〕り候わめ。】
しかし、これを超える大難があれば、何の罪もなく、何度もこの大難に遭う人こそ、釈迦牟尼仏の滅後の法華経の行者と知る事が出来るのです。

【付法蔵の人々は四依の菩薩、仏の御使なり。】
仏滅後に付属を受け、法蔵を弘めていった人々は、仏法をたもった菩薩であり、仏の使いなのです。

【提婆菩薩は外道に殺され、師子尊者は檀弥羅王〔だんみらおう〕に頭を刎ねられ、】
この仏の使いである、これらの提婆菩薩は、外道に殺され、師子尊者は、檀弥羅王に首を刎ねられました。

【仏陀蜜多〔ぶっだみった〕・竜樹菩薩等は赤幡〔あかきはた〕を七年・十二年さしとをす。】
仏陀蜜多は十二年間、竜樹菩薩は、七年間、赤旗を目印にして、外道に議論を挑んだのです。

【馬鳴〔めみょう〕菩薩は金銭三億がかわりとなり、如意論師はをも〔思〕ひじ〔死〕にゝ死す。】
馬鳴菩薩は、金三億銭で敵国に買われ、如意〔にょい〕論師は、議論で百人の内の一人を納得させられない事を恥て死にました。

【此等は正法一千年の内なり。】
これらは、釈迦滅後千年の正法時代の事です。

第8章 漢土天台大師の弘通

【像法に入って五百年、仏滅後一千五百年と申せし時、漢土に一人の智人あり。始めは智顗〔ちぎ〕、後には智者大師とがう〔号〕す。】
像法時代に入って五百年間、仏滅後千五百年の時に漢土に一人の智人が現れます。始めは、智顗と名乗り、後には智者大師と呼ばれました。

【法華経の義をありのまゝに弘通せんと思ひ給ひしに、天台已前の百千万の智者しなじなに一代を判ぜしかども、】
法華経の意義をありのままに弘通しようと思って、天台以前の百千万の智者達は、一生を使って法華経を理解しようと努めたものの、

【詮じて十流となりぬ。所謂南三北七なり。】
結局は、十の流派に分かれてしまいました。南に三派、北に七派です。

【十流ありしかども一流をも〔以〕て最とせり。所謂南三の中の第三の光宅寺の法雲法師これなり。】
しかし、その十派の中で南の三の中の第三である光宅〔こうたく〕寺の法雲法師の教えがもっとも勢力があったのです。

【此の人は一代の仏教を五にわかつ。其の五つの中に三経をえら〔撰〕びい〔出〕だす。所謂華厳経・涅槃経・法華経なり。】
この人は、釈迦牟尼仏の一代の仏教を五つに分けて、その五つの中に三つの経文を選び出しました。それが華厳経、涅槃経、法華経の三つです。

【一切経の中には華厳経第一、大王のごとし。涅槃経第二、摂政〔せっしょう〕関白のごとし。第三法華経は公□〔くぎょう〕等のごとし。】
すべての経の中で華厳経は第一で大王のようであり、涅槃経は第二で大臣のようであり、第三は、法華経であり、貴族のようなものである。

【此より已下〔いげ〕は万民のごとし。此の人は本より智慧かしこき上、】
それより外は、民衆のようなものだとしました。この人は、もともと智慧が優れており、

【慧観〔えかん〕・慧厳〔えごん〕・僧柔〔そうにゅう〕・慧次〔えじ〕なんど申せし大智者より習ひ伝へ給はるのみならず、】
慧観、慧厳、僧柔、慧次という大学者に学び、仏法を習い伝えるのみならず、

【南北の諸師の義をせめやぶり、山林にまじ〔交〕わりて法華経・涅槃経・華厳経の功をつ〔積〕もりし上、】
南北の諸師の教義を責め破り、各地を巡って法華経、涅槃経、華厳経の功徳を研究し続けたのです。

【梁〔りょう〕の武帝召し出だして、内裏〔だいり〕の内に寺を立て、光宅寺とな〔名〕づけて此の法師をあが〔崇〕め給ふ。】
梁の武帝は、彼を招いて自らの宮廷の中に寺を建てて光宅寺と名づけて、この法師を崇め尊びました。

【法華経をかう〔講〕ぜしかば天より花ふること在世のごとし。】
法華経を講義する姿は、天から花が降るように華やかで、まるで釈迦牟尼仏の在世のようであったとあります。

【天監〔てんかん〕五年に大旱魃〔かんばつ〕ありしかば、此の法雲法師を請じ奉りて法華経を講ぜさせまいらせしに、】
天監五年に大干ばつがあった時は、この法雲法師に祈雨の願〔ねが〕いが出されて、そこで法師が法華経を講義すると、

【薬草喩品の「其雨普等〔ごうふとう〕・四方倶下〔しほうくげ〕」と申す二句を講ぜさせ給ひし時、】
薬草喩品の中の「其〔そ〕の雨、普等〔ひと〕しく、四方〔しほう〕に倶下〔くだ〕る」という二句を言った時、

【天より甘雨下〔ふ〕りたりしかば天子御感のあまりに現に僧正〔そうじょう〕になしまいらせて、】
天より優しく雨が降り出したのを見て皇帝は、感激のあまり僧正の位に付けて、

【諸天の帝釈につかえ、万民の国王ををそ〔恐〕るゝがごとく我とつかへ給ひし上、】
まるで諸天が帝釈に仕え、民衆が国王を怖れるように自分自身が法雲法師に仕えたのです。

【或人〔あるひと〕夢みらく、此の人は過去の灯明仏〔とうみょうぶつ〕の時より法華経をかう〔講〕ぜる人なり。】
ある人は、夢を見て、法雲法師は、過去世において日月灯明仏の時より法華経を講義した人であると確信したとまで言っているのです。

【法華経の疏〔しょ〕四巻あり。此の疏に云はく「此の経未だ碩然〔せきねん〕ならず」と。】
この法雲法師は、法華経の解釈書を四巻作り、その中で「この経文は、未だ仏教の極理であると、はっきりとは言い難い」と言っています。

【亦云はく「異の方便」等云云。正しく法華経はいまだ仏理をきわめざる経と書かれて候。】
また、変わった方便の教えであるとも言っています。正しくは、法華経は未だに仏法の法理を極めているとは言えない経文であると書かれています。

【此の人の御義仏意〔ぶっち〕に相ひ叶ひ給ひければこそ、天より花も下り雨もふり候ひけらめ。】
この人の解釈が釈迦牟尼仏の意志にかなっているので天より花も降り雨も降るのであろう。

【かゝるいみじき事にて候ひしかば、漢土の人々、さては法華経は華厳経・涅槃経には劣るにてこそあるなれと思ひし上、】
このような事があって中国の人々は、法華経は、やはり華厳経、涅槃経には劣るのであると思い、その上、

【新羅〔しらぎ〕・百済〔くだら〕・高麗〔こま〕・日本まで此の疏ひろまりて、大体一同の義にて候ひしに、】
それが朝鮮半島の新羅、百済、高麗そして遠く日本まで、この解釈が広まって大体において同じような内容となったのです。

【法雲法師御死去ありていくばくならざるに、梁の末、陳の始めに、智顗〔ちぎ〕法師と申す小僧〔しょうそう〕出来せり。】
法雲法師が死去すると、梁の末、陳の始めに、智顗法師と言う位が低い名もなき僧侶が現れました。

【南岳大師と申せし人の御弟子なりしかども、師の義も不審にありけるかのゆへに、一切経蔵に入って度々御らん〔覧〕ありしに、】
南岳大師と言う人の弟子となりましたが、この師の言っている事にも不審を抱き、一切経を蔵に入って度々読んで調べていましたが、

【華厳経・涅槃経・法華経の三経に詮じいだし、此の三経の中に殊に華厳経を講じ給ひき。】
華厳経、涅槃経、法華経の三経を重要な経文と選び出し、この三経の中で特に華厳経を講義したのです。

【別して礼文〔らいもん〕を造りて日々に功をなし給ひしかば、世間の人をも〔思〕はく、此の人も華厳経を第一とをぼすかと見えしほどに、】
そしてそれを礼賛した文章を書いて、日夜、華厳経を読んでいたので、世間の人々もこの人もやはり華厳経を第一としていると思ったのです。

【法雲法師が、一切経の中に華厳第一・涅槃第二・法華第三と立てたるが、あまりに不審なりける故に、ことに華厳経を御らんありけるなり。】
しかし、実際は、法雲法師が、一切経の中で華厳第一、涅槃第二、法華第三と言っているのが、あまりに不自然なので特に華厳経を読んでいたのです。

【かくて一切経の中に、法華第一・涅槃第二・華厳第三と見定めさせ給ひてなげき給ふやうは、】
そして最終的に一切経の中で法華第一、涅槃第二、華厳第三と見定めて、嘆いて言われるには、

【如来の聖教は漢土にわたれども人を利益することなし。かへりて一切衆生を悪道に導くこと人師の誤りによれり。】
仏の聖教は、中国に渡って来たけれども、いままで人々に利益を与えず、かえって悪道に導いており、それは人師の誤りによると言われたのです。

【例せば国の長〔おさ〕とある人、東を西とい〔云〕ゐ、天を地とい〔云〕ゐい〔出〕だしぬれば万民はかくのごとくに心う〔得〕べし。】
例えば、国と指導者が、東を西と言い、天を地と言い出したならば、民衆は、ことごとく間違った事を信じてしまう事だろう。

【後にいやしき者出来して、汝等が西は東、汝等が天は地なりといわばもちうることなき上、】
その後に卑しき身分の者が出て来て、西は東であり、天は地であると言えば、それを用いられず、

【我が長の心に叶はんがために今の人をの〔罵〕りう〔打〕ちなんどすべし。】
指導者の心に従わないのは、許し難いとこの人を罵〔ののし〕り、叩いたりもするでしょう。

【いかんがせんとはをぼせしかども、さてもだ〔黙止〕すべきにあらねば、光宅寺の法雲法師は謗法によ〔依〕て地獄に堕ちぬとのゝしらせ給ふ。】
どうすれば良いかと思ったものの、黙っていられずに、ついに光宅寺の法雲法師は、謗法の罪に依って地獄に堕ちたと人々に教え知らしめたのです。

【其の時南北の諸師はち〔蜂〕のごとく蜂起し、からす〔烏〕のごとく烏合〔うごう〕せり。】
その時に、南北の諸師は、蜂の巣をつついたように大騒ぎになり、カラスのように集まって天台大師を攻撃したのです。

第9章 天台大師の公場対決

【智顗法師をば頭をわ〔破〕るべきか国を〔逐〕うべきか、なんど申せし程に、】
この南三北七の者が天台大師の頭をわって殺すべきか、それとも流罪にするべきかなどと、言っているのを、

【陳主此をき〔聞〕こしめ〔召〕して南北の数人に召し合わせて、我と列座してきかせ給ひき。】
陳の国王が聞いて、天台大師と南三北七の者を公場対決させる事にしたのです。

【法雲法師が弟子等慧栄〔ええい〕・法歳〔ほうさい〕・慧曠〔えこう〕・慧□〔えごう〕なんど申せし僧正・僧都〔そうず〕已上の人々百余人なり。】
そうして法雲法師の弟子である慧栄、法歳、慧曠、慧□などと言う僧正や僧都など百人余りが集まりました。

【各々悪口を先とし、眉をあげ眼をいか〔怒〕らし手をあげ拍子〔ひょうし〕をたゝく。】
彼らは、各々に天台大師に悪口を言って、眉を上げ目を怒らせて手を上げ拍子を叩き、騒ぐだけ騒いで罵〔ののし〕り続けたのでです。

【而れども智顗法師は末座に坐して、色を変ぜず言を誤らず威儀しづかにして諸僧の言〔ことば〕を一々に牒〔ちょう〕をとり、】
しかし、天台大師は、末座に座ったまま、顔色さえ変えずに言葉を過〔あやま〕たずに、あくまでも礼儀正しく静かに相手の悪口にひとつづつ、

【言ごとにせ〔責〕めかへ〔返〕す。】
反論して行ったのです。

【を〔押〕しかへ〔返〕して難じて云はく、抑〔そもそも〕法雲法師の御義に第一華厳・第二涅槃・第三法華と立てさせ給ひける証文は何れの経ぞ、】
そして逆に質問をして「そもそも、法雲法師の第一華厳経、第二涅槃経、第三法華経と言う証拠は、どの経文に説かれているのか」と言って、

【慥〔たし〕かに明らかなる証文を出ださせ給へとせめしかば、各々頭をうつぶせ色を失ひて一言の返事なし。】
そして天台大師が「その明らかな証文を出しなさい」と詰め寄ると南三北七の者は、みんな顔色を失い一言〔ひとこと〕の返事も出来なかったのです。

【重ねてせめて云はく、無量義経に正しく「次説方等十二部経・摩訶般若〔まかはんにゃ〕・華厳海空〔けごんかいくう〕」等云云。】
重ねて天台大師が無量義経には、次に説くところの方等十二部経、摩訶般若経、華厳経の海空三昧〔さんまい〕は、と言われて、

【仏、我と華厳経の名をよびあげて、無量義経に対して未顕真実と打ち消し給う。】
釈迦牟尼仏は、あえて華厳経の名をあげて、無量義経に対して未だ真実を顕していないと言われ、

【法華経に劣りて候無量義経に華厳経はせめられて候。】
法華経に劣った無量義経にさえ、華厳経は、責められているのです。

【いかに心えさせ給ひて、華厳経をば一代第一とは候ひけるぞ。】
法雲法師は、どのような心をもって華厳経を釈迦牟尼仏の一代聖教の中で第一としたのでしょうか。

【各々御師の御かたうど〔方人〕せんとをぼさば、此の経文をやぶりて、此に勝れたる経文を取り出だして、御師の御義を助け給へとせめたり。】
南三北七の方々は、法雲法師の味方をしようとするのであれば、この無量義経の文章を破って、これ以上の経文の文章を見つけ出すべきでしょう。

【又涅槃経を法華経に勝ると候ひけるは、いかなる経文ぞ。】
また、同じように涅槃経を法華経に勝〔まさ〕ると言う経文は、どこにあるのでしょうか。

【涅槃経の第十四には華厳・阿含・方等・般若をあげて、涅槃経に対して勝劣は説かれて候へども、】
涅槃経の第十四には、華厳経、阿含経、方等般若経をあげて、涅槃経に対しての優劣は説かれているけれども、

【また〔全〕く法華経と涅槃経との勝劣はみへず。】
まったく法華経と涅槃経との優劣は説かれていないではないですか。

【次上〔つぎかみ〕の第九の巻に法華経と涅槃経との勝劣分明なり。】
しかしながら、実は、涅槃経のその前の第九巻には、法華経と涅槃経の優劣がはっきりと書かれているのです。

【所謂〔いわゆる〕経文に云はく「是の経の出世は乃至法華の中の八千の声聞、記□〔きべつ〕を受くることを得て大菓実を成ずるが如し、】
なぜなら経文には「この経文の意義は、法華経の中で八千の声聞が記別を受けた事は、大果実が成ったようなものであり、

【秋収冬蔵して更に所作無きが如し」等云云。】
それを秋にこの涅槃経によって収穫して冬に蔵に入れる作業に似ているのです。」と説かれています。

【経文明らかに諸経をば春夏と説かせ給ひ、涅槃経と法華経とをば菓実の位とは説かれて候へども、】
この経文に明らかなように諸経を春夏と説いて、涅槃経と法華経を秋の果実の収穫の時期と説かれており、

【法華経をば秋収冬蔵大菓実の位、涅槃経をば秋の末〔すえ〕冬の始め□拾〔くんじゅう〕の位と定め給ひぬ。】
法華経を秋に収穫し冬に蔵に入れる大果実であり、涅槃経を秋の末の落穂ひろいと同じであると定められたのです。

【此の経文、正しく法華経には我が身劣ると、承伏し給ひぬ。】
この経文は、法華経に対して涅槃経は劣るという意味なのです。

【法華経の文には已説〔いせつ〕・今説〔こんせつ〕・当説〔とうせつ〕と申して、】
この法華経の文章には、過去に説いた経文、今現在に説く経文、そして未来に説くであろう経文と書かれおり、

【此の法華経は前と並びとの経々に勝れたるのみならず、後に説かん経々にも勝るべしと仏定め給ふ。】
この法華経は、過去に説いた経文、今現在説く経文に優れているのみならず、未来に説くであろう経文にも優れていると、仏は言っているのです。

【すでに教主釈尊かく定め給ひぬれば疑ふべきにあらねども、我が滅後はいかんがと疑ひおぼして、】
すでに教主釈尊がこのように定めているのであるから疑うべきではないけれども、釈迦牟尼仏は、自らの滅後を心配して、

【東方宝浄世界の多宝仏を証人に立て給ひしかば、多宝仏大地よりをど〔踊〕り出でて「妙法華経皆是真実」と証し、】
東方宝浄世界の多宝仏が証人として大地よりを踊り出でて「妙法華経は、皆、これ真実である」と告げられて証明し、

【十方分身の諸仏重ねてあつまらせ給ひ、広長舌を大梵天に付け又教主釈尊も付け給ふ。】
そのうえ、十方分身の諸仏も重ねて集まって口々にそれを証明をし、教主釈尊を助けたのです。

【然して後、多宝仏は宝浄世界えかへ〔帰〕り十方の諸仏各々本土にかへらせ給ひて後、多宝・分身の仏もをは〔在〕せざらんに、】
その後、多宝仏は宝浄世界へ帰って、十方の諸仏も各々に本土に帰った後に、多宝仏や分身の諸仏がいない状態で、

【教主釈尊、涅槃経をと〔説〕いて法華経に勝ると仰せあらば、御弟子等は信ぜさせ給ふべしやとせめしかば、】
教主釈尊が涅槃経を説いて法華経に勝〔まさ〕ると言ったならば、弟子は、それを聞いて信じて良いのでしょうか。

【日月の大光明の修羅の眼を照らすがごとく、漢王の剣の諸侯の頸にかゝりしがごとく、両眼をとぢ一頭〔いちず〕を低〔うなだ〕れたり。】
これを聞いて南三北七の者は、日月の光が修羅の眼を射るように、漢王の剣が諸侯の首にかかるように、両眼を閉じ、首をうなだれたのです。

【天台大師の御気色〔みけしき〕は師子王の狐兎〔こと〕の前に吼〔ほ〕えたるがごとし、】
その時の天台大師は、ウサギの前でライオンが吼えたのと同じような姿であったのです。

【鷹〔たか〕鷲〔わし〕の鳩〔はと〕雉〔きじ〕をせめたるにに〔似〕たり。】
鷹〔たか〕や鷲〔わし〕が鳩〔はと〕や雉〔きじ〕を襲いかかったのと似ていたのです。

【かくのごとくありしかば、さては法華経は華厳経・涅槃経にもすぐれてありけりと震旦〔しんだん〕一国に流布するのみならず、】
このことがあってからは、法華経は、華厳経、涅槃経よりも優れていると中国一国に流布するのみならず、

【かへりて五天竺までも聞こへ、月氏大小の諸論も智者大師の御義には勝たれず、】
還ってインドにまでも聞こへ、インドの大小の論師達もこの天台大師の説には勝てずに、

【教主釈尊両度出現しましますか、仏教二度あらわれぬとほめられ給ひしなり。】
ふたたび教主釈尊が出現したのであろうか、仏教が二度、現れたのだろうかと讃嘆したのでした。

第10章 天台滅後、三宗の迷乱

【其の後天台大師も御入滅なりぬ。陳隋の世も代はりて唐の世となりぬ。章安大師も御入滅なりぬ。】
その後、天台大師は、入滅され、陳〔ちん〕隋〔ずい〕の世も過ぎ去って唐の時代になり、天台大師の弟子の章安大師も入滅しました。

【天台の仏法やうや〔漸〕く習ひ失〔う〕せし程に、唐の太宗〔たいそう〕の御宇〔ぎょう〕に玄奘〔げんじょう〕三蔵といゐし人、】
天台大師の説いた法華経最勝の仏法も失しなわれ、唐の太宗の時代に玄奘三蔵と言う人が、

【貞観〔じょうがん〕三年に始めて月氏〔がっし〕に入り同十九年にかへりしが、月氏の仏法尋ね尽くして法相宗と申す宗をわたす。】
貞観三年に始めてインドに入り、同十九年に中国に帰って、インドの仏法を調べ尽くして法相宗と言う宗派を立てたのです。

【此の宗は天台宗と水火なり。】
この宗派は、天台宗とはまったく違っていました。

【而るに天台の御覧なかりし深密〔じんみつ〕経・瑜伽〔ゆが〕論・唯識〔ゆいしき〕論等をわたして、】
ようするに天台大師は、深密経や瑜伽論、唯識論などを知らずに、

【法華経は一切経には勝れたれども深密経には劣るという。】
法華経が一切経に優れていると思ったが、実は、深密経には法華経は劣るのであると主張したのです。

【而〔しか〕るを天台は御覧なかりしかば、天台の末学等は智慧の薄きかのゆへ〔故〕にさもやとをもう。】
それを聞いて、天台大師が知らなかったのならば、それも無理からぬことと天台の弟子達は、智慧が薄い故かそれを真実と思ってしまったのです。

【又太宗〔たいそう〕は賢王なり、玄奘の御帰依あさからず、いうべき事ありしかども、いつもの事なれば時の威ををそ〔恐〕れて申す人なし。】
また太宗皇帝は賢王であり、玄奘への帰依も深かったので、いつもそうであるように時の権威を怖れてそれを口に出す人はいなかったのです。

【法華経を打ちかへして三乗真実・一乗方便・五性各別と申せし事は心う〔憂〕かりし事なり。】
真実の法華経を投げ捨てて「三乗は、真実であり、一乗は方便、五性は各別」と主張した玄奘三蔵を信じた事はまことに残念な事だったのです。

【天竺よりはわたれども月氏の外道が漢土にわたれるか。】
その主張は、インドから渡って来たものではあるけれども、それはインドの外道の論理が漢土に渡って来たのも同じであったのです。

【法華経は方便、深密経は真実といゐしかば、釈迦・多宝・十方の諸仏の誠言〔じょうごん〕もかへりて虚〔むな〕しくなり、】
法華経は方便であり、深密経が真実であると言えば、釈迦、多宝、十方の諸仏の言葉は、すべて虚構となり、

【玄奘・慈恩こそ時の生身〔しょうじん〕の仏にてはありしか。】
玄奘三蔵やその弟子の慈恩こそ時の生身の仏なのでしょうか。

【其の後則天皇后〔そくてんこうごう〕の御宇〔ぎょう〕に、前〔さき〕に天台大師にせめられし華厳経に、又重ねて新訳の華厳経わたりしかば、】
その後、則天武后〔そくてんぶこう〕の時代に、先に天台大師に攻め落とされた華厳経に、また、新訳の華厳経がインドより渡って来て、

【さきのいきど〔憤〕をりをは〔果〕たさんがために、新訳の華厳をもって、天台にせめられし旧〔く〕訳の華厳経を扶〔たす〕けて、】
先の恨みを晴らそうと、新訳の華厳経によって、天台宗を責めて旧訳の華厳経を助け、

【華厳宗と申す宗を法蔵法師と申す人立てぬ。】
華厳宗と言う宗派を法蔵法師と言う人が立てたのです。

【此の宗は華厳経をば根本法輪、法華経をば枝末〔しまつ〕法輪と申すなり。】
この宗派は、華厳経を根本法輪と言い、法華経を枝末法輪と主張したのです。

【南北は一華厳・二涅槃・三法華、天台大師は一法華・二涅槃・三華厳、今の華厳宗は一華厳・二法華・三涅槃等云云。】
南三北七の者は、一華厳、二涅槃、三法華、天台大師は、一法華、二涅槃、三華厳、今の華厳宗は、一華厳、二法華、三涅槃などと主張しました。

【其の後玄宗〔げんそう〕皇帝の御宇に、天竺より善無畏〔ぜんむい〕三蔵大日経・蘇悉地〔そしっじ〕経をわたす。】
その後、玄宗皇帝の時代に、天竺より善無畏三蔵が大日経、蘇悉地経を中国に持って来たのです。

【金剛智〔こんごうち〕三蔵は金剛頂経をわたす。又金剛智〔こんごうち〕三蔵に弟子あり不空三蔵なり。】
同じ頃、金剛智三蔵が金剛頂経を持って中国に来ました。この金剛智三蔵に弟子がいて不空三蔵と言いました。

【此の三人は月氏の人、種姓〔すじょう〕も高貴なる上、人がらも漢土の僧ににず。】
この三人は、いずれもインドの人で高貴な生まれでもあり、人柄も中国の僧侶と違って立派でした。

【法門もなにとはしらず、後漢より今にいたるまでなかりし印と真言という事をあひ〔相〕そ〔副〕いてゆゝ〔由由〕しかりしかば、】
法門においても後漢より今に至るまで中国になかった印と真言と言うまったく新しいものを相い添えて、非常に魅力的なものであったので、

【天子かうべ〔頭〕をかたぶけ万民掌〔たなごころ〕をあわす。】
皇帝も尊び民衆も手を合わせて敬ったのです。

【此の人々の義にいわく、華厳・深密・般若・涅槃・法華経等の勝劣は顕教の内、釈迦如来の説の分なり。】
この人々の言うのには、華厳経、深密経、般若経、涅槃経、法華経などの勝劣は顕教の内であり、釈迦如来の説である。

【今の大日経等は大日法王の勅言なり。彼の経々は民の万言、此の経は天子の一言なり。】
この金剛頂経を含む大日経は、大日如来の説である。他の経は、民衆の言葉であり、この経は、皇帝の言葉である。

【華厳経・涅槃経等は大日経には梯〔はしご〕を立てゝも及ばず。但法華経計りこそ大日経には相似〔そうじ〕の経なれ。】
華厳経、涅槃経などは大日経には梯子〔はしご〕を立てても及ばず、法華経だけが大日経に肩を並べるのである。

【されども彼の経は釈迦如来の説、民の正言、此の経は天子の正言なり。言は似たれども人がら雲泥〔うんでい〕なり。】
しかしこの経も釈迦牟尼仏の説であって、民衆の言葉であり、皇帝の言葉ではない。言葉は、同じようであっても説いた人は、まったく違うのである。

【譬へば濁水の月と清水の月のごとし。月の影は同じけれども水に清濁ありなんど申しければ、】
たとえば濁った水に映った月と澄んだ水に映った月のようなもので、月は、同じではあっても水によって見え方が違うなどと勝手な事を言っており、

【此の由〔よし〕尋ね顕はす人もなし。諸宗皆落ち伏して真言宗にかたぶきぬ。】
その間違いを質す者は、誰もいなかったのです。そうして、すべての宗派が真言宗に傾いて堕ちて伏してしまったのです。

【善無畏・金剛智死去の後、不空三蔵又月氏にかへりて、菩提心論と申す論をわた〔渡〕し、いよいよ真言宗盛りなりけり。】
善無畏や金剛智三蔵が死去の後、不空三蔵がふたたびインドに戻って菩提心論と言う経論を持って来たのでいよいよ真言宗が盛んになったのです。

【但し妙楽大師と云ふ人あり。天台大師よりは六代二百余年の後なれども智慧賢き人にて、天台の所釈を見明らめてをはせしかば、】
そこに妙楽大師と言う人が出ました。天台大師より数えて六代目二百余年の後の事ですが、智慧が優れているで天台大師の理論を見てすべてを理解し、

【天台の釈の心は後に渡れる深密経・法相宗、又始めて漢土に立てたる華厳宗、大日経・真言宗にも法華経は勝れさせ給ひたりけるを、】
天台大師の真意は、後に渡れる深密経、法相宗や、また始めて中国に渡って来た華厳宗、大日経、真言宗よりも、法華経が優れていると知って、

【或は智慧の及ばざるか、或は人に畏〔おそ〕るか、或は時の王威をお〔怖〕づるかの故に云はざりけるか。】
天台大師の弟子達が智慧がなかったのか、善無畏や金剛智三蔵を怖れたのか、または権力を怖れたのか、それを主張せず、

【か〔斯〕うてあるならば天台の正義すでに失せなん。又陳隋已前の南北が邪義にも勝れたりとをぼ〔思〕して三十巻の末文を造り給ふ。】
このように天台大師の正義が滅びてしまっている事を嘆き、この事は、以前に南三北七の邪義よりもひどいと思い三十巻の書物を著したのです。

【所謂〔いわゆる〕弘決〔ぐけつ〕・釈籖〔しゃくせん〕・疏記〔しょき〕これなり。】
それがいわゆる、摩訶止観輔行伝弘決〔ふぎょうでんぐけつ〕十巻、法華玄義釈籤〔しゃくせん〕十巻、法華文句記疏記〔そき〕十巻なのです。

【此の三十巻の文は本書の重なれるをけづ〔削〕り、よわ〔弱〕きをたすくるのみならず、天台大師の御時なかりしかば、】
この三十巻の文は、元の文章の重複した部分を削〔けず)り、意味が明瞭でない部分をはっきりさせるだけではなく、天台大師の時代にはなく、

【御責めにものがれてあるやうなる法相宗と、華厳宗と、真言宗とを、一時にと〔取〕りひし〔拉〕がれたる書なり。】
天台大師の破折を免〔まぬが〕れていた法相宗や華厳宗、真言宗を一時に論破された優れた書物なのです。



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