日蓮正宗法華講開信寺支部より

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御書研鑚の集い 2019年2月10日


第35回 同生同名御書 研鑚資料

同生同名御書 (御書595頁)

本抄は、文永九年(西暦1272年)四月、日蓮大聖人が五十一歳の時に四条金吾の妻に与えられた御手紙です。
御真蹟は、存在せず、最古の写本である本満寺本にも年月日が記されていない為に、古来、書かれた年には諸説がありました。
しかし本抄中に「日蓮が大難に値ふことは法道に似たり」とあることから、佐渡在島中の文永九年四月の御手紙であると思われます。
前年の文永八年九月に竜の口の法難に対して、日蓮大聖人の一大事に駆けつけた四条金吾は、竜の口の処刑場まで御供をしました。
その信心に大聖人は、「一閻浮提〔えんぶだい〕第一の法華経の御かたうど〔方人〕」(御書1287頁)と賞賛されています。
その後、大聖人は佐渡流罪を言い渡され、11月1日に佐渡の塚原三昧堂に入られました。
またその一方で鎌倉においては、五人の門下、檀越が牢獄に入れられたり、所領を失い、領地を追い出されるなどの大弾圧が行われました。
そうした厳しい状況で多くの弟子や檀那が退転し、その中には、我賢しと大聖人を公然と批判する者まで現れるに至ったのです。
その後、こうした人々に対して日蓮大聖人は、「かへりて日蓮を教訓して我賢〔かしこ〕しと思はん僻人〔びゃくにん〕等が、念仏者よりも久しく阿鼻地獄にあらん事、不便とも申す計りなし。」(同583頁) と言われて、その慢心を厳しく戒められ、師敵対の恐ろしさを指弾されています。
そのような中、翌年に大聖人が一谷〔いちのさわ〕へ移られた頃に、四条金吾が遥々鎌倉より大聖人を訪ねて来ました。 大聖人は、その四条金吾の赤誠の信心を称えられ、さらに佐渡への危険な旅路に夫を送り出した、その妻の健気な信心を愛でられて四条金吾に託された御手紙が本抄であると思われます。


同生同名御書 文永九年四月 五一歳

【大闇〔おおやみ〕をば日輪やぶる。】
暗闇をも太陽は、明るくしてしまう。

【女人の心は大闇のごとし、法華経は日輪のごとし。】
女性の心は、暗闇のようなものであって、御本尊様は、太陽のようなものです。

【幼子〔おさなご〕は母をしらず、母は幼子をわすれず。】
幼い子供は、母親が誰かわからないのに、母親は、幼い子供を忘れたりしないでしょう。

【釈迦仏は母のごとし、女人は幼子のごとし。】
釈迦牟尼仏は、母親のようであって、女性は、幼い子供のようなものです。

【二人たがひに思へばすべてはなれず。】
その二人は、御互いに相手がわかれば、離れる事はありませんね。

【一人は思へども、一人思はざればあるとき〔或時〕はあひ、あるとき〔或時〕はあわず。】
片方が相手を知っていても片方が知らない時は、或る時は、会い、或る時は、別れてしまうこともあります。

【仏はをも〔思〕ふもののごとし、】
仏は、知っている者のようで

【女人はをも〔思〕はざるもののごとし。】
女性は、知らない者のようなものです。

【我等仏をおもはばいかでか釈迦仏見え給はざるべき。】
私達が仏を知っていれば、どうして釈迦牟尼仏が私達を知らないと言う事がありましょうか。

【石を珠といへども珠とならず、】
ただの石ころを宝石と言っても宝石とはなりません。

【珠を石といへども石とならず。】
宝石をただの石ころと言ってもただの石ころにはなりません。

【権経の当世の念仏等は石のごとし。】
仮〔かり〕の教えである今の念仏は、ただの石ころのようなものです。

【念仏は法華経ぞと申すとも法華経等にあらず。】
南無阿弥陀仏をどんなに南無妙法蓮華経であると強弁しても南無妙法蓮華経にはなりません。

【又法華経をそしるとも、珠の石とならざるがごとし。】
また御本尊様をどんなに謗〔そし〕ったとしても宝石がただの石ころにならないのと同じなのです。

【昔、唐国〔もろこし〕に徽宗〔きそう〕皇帝と申せし悪王あり。】
昔、中国に徽宗〔きそう〕皇帝と云う悪い王様がいました。

【道士と申すものにすか〔欺〕されて、仏像経巻をうしなひ、】
道教の信者に欺〔あざむ〕かれて、多くの仏像や経巻を壊し焼いて失いました。

【僧尼〔そうに〕を皆還俗〔げんぞく〕せしめしに、一人として還俗せざるものなかりき。】
また僧や尼をすべて還俗させて一人として還俗しなかった者はいませんでした。

【其の中に法道三蔵と申せし人こそ、勅宣をおそれずして面〔かお〕にかなやき〔火印〕をやかれて、】
その中に法道三蔵という人がいて、王の命令をおそれず、顔に金焼きをされて、

【江南〔こうなん〕と申せし処へ流されて候ひしが、】
中国の江南というところへ流罪されてしまいました。

【今の世の禅宗と申す道士の法門のようなる悪法を御信用ある世に生まれて、日蓮が大難に値うことは法道に似たり。】
今の世の禅宗と言う、その時代の道教のような間違った宗教を信用している世の中に生まれて、日蓮が大きな難に遭う事は、この法道三蔵とよく似ています。

【おのおのわずかの御身と生まれて、鎌倉にゐながら人目をもはばからず、命をもおしまず、法華経を御信用ある事、ただ事ともおぼえず。】
御互いに名も無い家に生まれて、世間の目が厳しい鎌倉に居ながら人の目を怖れず、命さえ惜しまず、未だに御本尊様を信用している事は、普通の事とは思えません。

【但おしはかるに、濁〔にご〕れる水に玉を入れぬれば水のすむ〔清〕がごとし。】
ただ、考えてみますと、濁った水であっても水晶の玉の表面につく水滴は、澄んでいるようなものです。

【しらざる事をよき人におしえられて、其のままに信用せば道理にきこゆるがごとし。】
知らない事を正しい事を知っている人に教えられて、そのまま信用してやってみれば上手くいくのと同じことなのです。

【釈迦仏・普賢〔ふげん〕菩薩・薬王菩薩・宿王華〔しゅくおうけ〕菩薩等の各々の御心中に入り給(たま)へるか。】
正しいことを知っている釈迦牟尼仏や普賢菩薩、薬王菩薩、宿王華菩薩などがそれぞれの心の中に入られているのでしょうか。

【法華経の文に閻浮提〔えんぶだい〕に此の経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし。】
法華経に全世界にこの経文を信じている人がいるというのは、普賢菩薩の力であるという文章があります。

【女人はたとへば藤のごとし、をとこは松のごとし。】
女性は、また例えて言うならば、藤のようなもので、男性は松のようなものです。

【須臾〔しゅゆ〕もはな〔離〕れぬれば立ちあがる事なし。】
ほんの少しでも離れていれば、藤が松にからまって上に伸びる事は出来ませんね。

【然るにはかばかしき下人もなきに、かかる乱れたる世に此のとの〔殿〕をつかはされたる心ざし、大地よりもあつし。】
ところが、私の身の周りの事さえしてくれる人が居ないこの時に、このような乱れた世の中で御主人を使わされた志は、大地よりも厚いものです。

【地神定んでしりぬらん。】
地上の神もその尊い志は、当然知っている事でしょう。

【虚空よりもたかし、梵天帝釈もしらせ給ひぬらん。】
またその志は、空よりも高いものでありますから、梵天や帝釈にも知らせていることでしょう。

【人の身には同生同名と申す二〔ふたり〕のつか〔使〕ひを、天生るる時よりつけさせ給ひて、】
人間の身には、同生同名という二人の使いが生まれた時からついていて、

【影の身にしたがふがごとく須臾〔しゅゆ〕もはなれず、】
影のように付き従って少しも離れずに

【大罪・小罪・大功徳・小功徳すこしもおとさず、】
どんな大きさの悪い行いであってもどんな大きさの良い行いであっても少しも洩れなく

【遥々〔はるばる〕天にのぼ〔上〕て申し候と仏説き給ふ。】
はるばる遠く天に昇って知らせると仏は、説いています。

【此の事は、はや天もしろしめしぬらん。】
ですから、この事は、天上の神である梵天や帝釈も知っていることでしょう。

【たのもし、たのもし。】
ほんとうに心強いことです。

【日蓮 花押】

【此の御文は藤四郎殿の女房と、常によりあひて御覧あるべく候。】
この手紙は、藤四郎殿の奥様と、常に寄り添って観て頂きたいものと存じております。

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