日蓮正宗法華講開信寺支部より

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御書研鑚の集い 2019年2月27日


第37回 大白牛車御消息 研鑚資料

大白牛車御消息 (御書1582頁)

本抄は、御述作の年代も宛名も不明なのですが、一応、弘安四年(西暦1281年)、
聖寿六十歳の時に身延で在家の為に送られた御手紙ではないかとされています。
なお、御真筆は現存していません。


大白牛車御消息

【抑〔そもそも〕法華経の大白牛車〔だいびゃくごしゃ〕と申すは、我も人も法華経の行者の乗るべき車にて候なり。】
そもそも法華経に書いてある大白牛車という物は、私も皆さんも法華経の行者であるならば乗らなければならない車なのです。

【彼の車をば法華経の譬喩品と申すに懇〔ねんご〕ろに説かせ給ひて候。】
この車の事は、法華経の譬喩品〔ひゆぼん〕に丁寧に説かれております。

【但し彼の御経は羅什〔らじゅう〕、存略〔ぞんりゃく〕の故に委〔くわ〕しくは説き給はず。】
しかしながら、この経文には、訳者である羅什三蔵がその車の形は必要がないと思い略しており、詳しくは説かれてはいません。

【天竺の梵品には車の荘〔かざ〕り物、其の外、聞〔もん〕・信・戒・定・進・捨・慚〔ざん〕の七宝〔しっぽう〕まで委〔くわ〕しく説き給ひて候を、日蓮あらあら披見に及び候。】
インドの梵字で書かれた本には、車の装飾や、その他、聞法(正法を聞く)信受(正法を信じる)持戒(戒律を守る)禅定(怒らない)精進(修行に励む)喜捨(供養をする)慚愧(恥を知る)の七つの宝のことまで詳しく書かれているのを見て、日蓮は、だいたいのことはわかっております。

【先ず此の車と申すは縦広五百由旬の車にして、金〔こがね〕の輪を入れ、銀〔しろがね〕の棟〔むね〕をあげ、金の繩を以て八方へつり繩をつけ、三十七重のきだはしをば銀を以てみがきたて、八万四千の宝の鈴を車の四面に懸けられたり。】
まず、この車は、縦と横の長さが地球の半径ほどの大きさで、金の輪が付いており、 銀の棟があがっており、金の繩によって八方へ吊繩があり、三十七段の階段をば銀によってみがきたて、八万四千の宝石で出来た鈴が車の四面に取り付けらているのです。

【三百六十ながれのくれな〔紅〕ひの錦の旛〔はた〕を玉のさほ〔棹〕にかけながし、四万二千の欄干〔らんかん〕には四天王の番をつけ、又車の内には六万九千三百八十余体の仏菩薩宝蓮華に坐し給へり。】
三百六十の紅の錦の旛を玉の棹にかけて流し、四万二千の出窓には四天王が番をして、又、車の中には六万九千三百八十余の仏や菩薩が座る宝蓮華という座席があるのです。

【帝釈は諸の眷属を引きつれ給ひて千二百の音楽を奏し、梵王は天蓋〔てんがい〕を指し懸け、地神は山河大地を平等に成し給ふ。】
帝釈は、多くの家来をつれて千二百の音楽を奏で、梵王は、日傘を差して御供をし、地上の神々は、山河を削って大地を平にするのです。

【故に法性〔ほっしょう〕の空に自在にとびゆく車をこそ大白牛車とは申すなれ。】
それ故に真実の世界の空を自由自在に飛ぶことが出来る車を大白牛車と言うのです。

【我より後に来り給はん人々は、此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候。】
私より、後に来られる人々は、この車に乗って霊山へと御出でください。

【日蓮も同じ車に乗りて御迎ひにまかり向ふべく候。】
また日蓮も同じ車に乗って御迎えに参りましょう。

【南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。】
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経

【日蓮花押】
日蓮 花押

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