日蓮正宗法華講開信寺支部より

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御書研鑚の集い 2020年2月20日


第49回 月満御前御書 研鑚資料

月満御前御書(御書462頁)

この御書は、文永8年(西暦1271年)5月8日、日蓮大聖人が御年50歳の時に、鎌倉で書かれたものです。
御真蹟は、現存しません。
本抄は、かつては、四条金吾殿に与えられた御書とされてきましたが、この御書の「若童生まれさせ給ひし由承り候」という内容と同年同月付の「四条金吾女御書」にある「懐胎のよし承り候ひ畢んぬ」(御書464頁)の内容が時期的に合わないことから、対告衆は四条金吾ではなく、それ以外の鎌倉在住の人ではないかとも思われます。
また、本抄には、御述作の年次が記されていませんが、本文の内容から、文永8年、大聖人が鎌倉在住の時期に御述作されたものと考えられます。
この御書では、この夫婦が子供を無事授かりたいと日蓮大聖人に願い出て御秘符を頂いていたことがわかります。
これは、その甲斐あって無事、女の子が生まれたとの知らせに対する御返事であり、何よりもこのような良い結果をもたらせたのは、御本尊様の力であり、また、法華経の行者である日蓮大聖人を護ると誓いを立てた十羅刹、天照太神、八幡大菩薩という御本尊様に示されている諸天善神の働きであることを述べられています。
そして、その結果として、すべての衆生を苦悩から救うことが出来る御本尊様に南無妙法蓮華経と唱える事が出来る人の身となったことを教えられています。

月満御前御書

【月満御前御書 文永八年五月八日 五〇歳】
月満御前御書 文永八年(西暦1271年)5月8日 50歳御作

【若童〔わらわべ〕生まれさせ給ひし由承り候。目出たく覚へ候。殊〔こと〕に今日は八日にて候。彼と云ひ、此と云ひ、】
子供が生まれたと御知らせ頂き、まことにおめでとうございます。さらに今日は、吉日であり、子供が生まれた事も、その日が吉日であった事も、

【所願しを〔潮〕の指すが如く、春の野に華の開けるが如し。】
すべて御本尊様に願われた通りになったことは、まるで潮の満ちるようであり、また、春の野に花が咲くようであり、ほんとうに、めでたいことです。

【然ればいそぎいそぎ名をつけ奉る、月満〔つきまろ〕御前と申すべし。】
そうであれば、頼まれていた名前を急いで考えさせてもらいました。月満御前という名前は、どうでしょうか。

【其の上此の国の主〔あるじ〕八幡大菩薩は卯月八日にうまれさせ給ふ。娑婆世界の教主釈尊も又卯月八日に御誕生なりき。】
その上、この日本の国主である八幡大菩薩は、四月八日に生まれられました。娑婆世界の教主である釈迦牟尼仏も、また八日に誕生されました。

【今の童女、又月は替はれども八日にうまれ給ふ。釈尊・八幡のうまれ替はりとや申さん。】
今日、この少女は、月は違っていても、同じ八日に生まれました。そうであれば釈尊、八幡の生まれ変わりとも言えます。

【日蓮は凡夫なれば能〔よ〕くは知らず。是併〔しかしなが〕ら日蓮が符を進〔まい〕らせし故なり。】
日蓮は、凡夫なので詳しくはわかりませんが、しかしながら、日蓮が御秘符を書いて差し上げたから、このような事が起こったのでしょう。

【さこそ父母も悦び給ふらん。】
そうであればこそ、父母である、あなた方もこのように喜んでおられるのでしょう。

【殊に御祝として餅〔もちい〕・酒・鳥目〔ちょうもく〕一貫文送り給び候ひ畢〔おわ〕んぬ。是また御本尊・十羅刹に申し上げて候。】
それで御祝いの印として餅〔もち〕や酒や銭一貫文を日蓮に贈られたのでしょう。この事は、御本尊様に御報告し、また十羅刹にも言っておきました。

【今日の仏生まれさせまします時に三十二の不思議あり。此の事、周書異記と云ふ文にしるし〔記〕置けり。】
現在の釈迦牟尼仏が生まれた時に三十二の不思議な事があったと言います。この事は「周書異記」と言う文書に記されております。

【釈迦仏は誕生し給ひて七歩し、口を自ら開きて】
その中の一つとして釈迦牟尼仏は、誕生して、すぐに七歩、歩いて、

【「天上天下唯我独尊、三界皆苦我当度之〔かいくがとうどし〕」】
「天上天下に、ただ、私ひとりが尊いのである。なぜならば、三界は、すべて苦悩の世界であり、私のみが、これを救う事が出来るからなのです。」

【の十六字を唱へ給ふ。今の月満御前はうまれ給ふて、うぶごゑ〔産声〕に南無妙法蓮華経と唱へ給ふか。】
と言う十六文字を唱えました。それで末法である現在では、月満御前が生まれてすぐに産声で御本尊様に南無妙法蓮華経と唱えられたのでしょうか。

【法華経に云はく「諸法実相」と。天台の云はく「声仏事を為〔な〕す」等云云。日蓮又かくの如く推〔すい〕し奉る。】
法華経には「諸法実相」と説かれており、天台大師は「声仏事をなす」と言われています。日蓮は、そうであると推察します。

【譬へば雷の音、耳しい〔聾〕の為に聞く事なく、日月の光、目くらの為に見る事なし。】
なぜなら、雷の音であったとしても耳が聞こえない者には聞こえず、太陽や月の光であっても、目が見えない者は見る事が出来ないからです。

【定んで十羅刹女は寄り合ひて、うぶ〔産〕水をなで養ひ給ふらん。】
このように生まれて来なければ何も出来ないのです。おそらく、羅刹女が力を合わせて産湯を持ち合い、子供を授けられたのでしょう。

【あらめでたやあらめでたや。御悦び推〔お〕し量〔はか〕り申し候。念頃〔ねんごろ〕に十羅刹女・天照太神等にも申して候。】
ほんとうにめでたいことです。この喜びは、推し量る事が出来ません。心を込めて十羅刹女、天照太神などにも申し上げております。

【あまりの事に候間委〔くわ〕しくは申さず。是より重ねて申すべく候。】
しかし、あまりの嬉しさに詳しくは申してはおりません。これより、重ねて申し上げることにします。

【穴賢〔あなかしこ〕穴賢。日蓮花押】
恐れながら申し上げます。日蓮花押

【月満御前え】
月満御前へ



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