日蓮正宗法華講開信寺支部より

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2019年(平成31年) 3月6日


1. 雲海に浮かぶ霊峰富士

日女御前御返事(御書1230頁)に「御布施七貫文送り給び畢〔おわ〕んぬ。属累〔ぞくるい〕品の御心は、仏虚空に立ち給ひて、四百万億那由佗〔なゆた〕の世界にむさしの〔武蔵野〕のすすき〔芒〕のごとく、富士山の木のごとく、ぞく〔簇〕ぞく〔簇〕とひざ〔膝〕をつめよせて頭を地につけ、身をま〔曲〕げ掌をあ〔合〕はせ、あせ〔汗〕を流し、つゆ〔露〕しげくおはせし上行菩薩等・文殊〔もんじゅ〕等・大梵天王・帝釈〔たいしゃく〕・日月・四天王・竜王・十羅刹〔らせつ〕女等に、法華経をゆづらんがために、三度まで頂をなでさせ給ふ。」とあります。

2. 新六万塔から望む富士

新六万塔は、平成6年(西暦1994年)4月28日に建立されました。塔身が六角であるのは、六万恒河沙の地涌の菩薩が、妙法弘通のために涌出したことを表しています。

3. 樹林の中にたたずむ五重塔

大石寺の建物は、すべて南向きに立てられていますが、五重塔だけは、インド発祥釈迦仏法が西から東に渡って来たのに対して、日蓮大聖人の久遠元初の仏法が東から西に広まる(諌暁八幡抄趣意)という意味から、大石寺境内で唯一西向き(インド方向)に立てられています。この五重塔は、享保年間、第26世日寛上人の時代に第6代将軍徳川家宣夫人の天英院が志をもってその資金を残し、その後、第31世日因上人時代に板倉勝澄の供養によって、寛延2年(西暦1749年)6月に建立されました。その為、その内部には、日因上人の御本尊が安置されています。その後、昭和41年(西暦1966年)6月11日に国の重要文化財に指定されました。

4. 暗闇に浮かび上がる夜の裏門

また、六壺へ向かう正面参道の南側に裏門が建てられています。この門は、表門である鬼門に対する門との意義から裏門と称されています。創建年代は明らかではありませんが、江戸時代中期の大石寺地図に載せられており、文政6年(西暦1823年)、総本山第49世日荘上人の代に再建新築された記録が残されています。以前は、現在の大講堂の東側付近に建てられていましたが、昭和63年(西暦1988年)に大石寺開創七百年の記念事業の一環として、日顕上人猊下によって現在の位置に移転新築されました。



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