日蓮正宗法華講開信寺支部より

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2020年(令和2年) 7月25日


1. 飛行機雲

就註法華経口伝 上 宝塔品(御書1754頁)に「第十一 摂諸〔せっしょ〕大衆(だいしゅ)皆在〔かいざい〕虚空〔こくう)の事 御義口伝に云はく、大衆とは聴衆なり、皆在虚空とは我等が死相なり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、生死即涅槃と開覚するを説くなり。」とあります。

2. 川辺の桜

上野尼御前御返事(御書1574頁)「妙法蓮華経と申すは蓮〔はちす)に譬へられて候。天上には摩訶〔まか〕曼陀羅華〔まんだらけ)、人間には桜の花、此等はめでたき花なれども、此等の花をば法華経の譬へには仏取り給う事なし。」とあります。また、この蓮華の花は、当体義抄(御書695頁)に「此の華草・因果倶時なること妙法の蓮華に似たり。」とあるように因果倶時をあらわしているのです。

3. 水に浮かぶ鳥

4. 天月

三世諸仏総勘文教相廃立(御書1415頁)に「十法界は十なれども十如是は一なり。譬〔たと〕へば水中の月は無量なりと雖も虚空〔こくう〕の月は一なるが如し。九法界の十如是は夢中の十如是なるが故に水中の月の如し。仏法界の十如是は本覚の寤の十如是なれば虚空の月の如し。是の故に仏界の一つの十如是顕はれぬれば、九法界の十如是の水中の月の如きも、一も欠減〔けつげん〕無く同時に皆顕はれて、体〔たい〕と用〔ゆう〕と一具〔いちぐ〕にして一体の仏と成る。十法界を互ひに具足して平等なる十界の衆生なれば、虚空の本月も水中の末月も、一人の身中に具足〔ぐそく〕して欠〔か〕くること無し。故に十如是は本末究竟して等しく差別無し。本とは衆生の十如是なり。末とは諸仏の十如是なり。諸仏は衆生の一念の心より顕はれ給へば衆生は是本なり。諸仏は是末なり。」と「虚空の月・水中の月」をあげて甚深の法門を御教示されています。



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