日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 5 第四章 時いたらざれば説かず


【初成道の時は法慧〔ほうえ〕・功徳林〔くどくりん〕・】
釈尊が仏になって初めての時には、法慧、功徳林、

【金剛幢〔こんごうどう〕・金剛蔵〔こんごうぞう〕・】
金剛幢、金剛蔵、

【文殊〔もんじゅ〕・普賢〔ふげん〕・】
文殊、普賢、

【弥勒〔みろく〕・解脱月〔げだつがつ〕等の大菩薩、梵・帝・四天等の】
弥勒、解脱月などの大菩薩を初めとして、梵天、帝釈、四天王などの諸天や、

【凡夫大根性の者かずをしらず。】
凡夫の身でありながら仏法を志す者が数知れず集まっていました。

【鹿野苑〔ろくやおん〕の苑〔その〕には倶隣〔くりん〕等の五人、】
また阿含経を説いた鹿野苑の庭園には、倶鄰などの五人の僧侶や

【迦葉〔かしょう〕等の二百五十人、】
迦葉の弟子などが二百五十人、

【舎利弗等の二百五十人、八万の諸天、】
舎利弗の弟子などが二百五十人、八万の諸天が集まって、

【方等大会〔だいえ〕の儀式には】
また、次に説かれた方等大会の儀式では、

【世尊の慈父〔じふ〕の浄飯〔じょうぼん〕大王ねんごろに】
釈尊の父である浄飯大王の熱心な

【恋せさせ給ひしかば、仏宮に入らせ給ひて】
求めに応じて、王宮へ入られて、

【観仏三昧〔かんぶつざんまい〕経をとかせ給ひ、】
観仏三昧経を御説きになっています。

【悲母〔ひも〕の御ために忉利天〔とうりてん〕に】
また悲母の為には、忉利天に

【九十日が間籠〔こも〕らせ給ひしには摩耶〔まや〕経をとかせ給ふ。】
九十日の間こもって、摩耶経をお説きになりました。

【慈父悲母なんどにはいかなる秘法か惜しませ給ふべき。】
自分の父母の為であるならば、どんな秘法も惜しむわけがないのですが、

【なれども法華経をば説かせ給はず。】
法華経だけは、お説きにならなかったのです。

【せんずるところ機にはよらず、】
結局のところ、これは、衆生の理解度の問題ではなく、

【時いたらざればいかにもとかせ給はぬにや。】
法華経を説くべき時が、未だこなかったゆえであるのです。


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