日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 6 第五章 一閻浮提の内に広宣流布


【問うて云はく、】
それでは、質問しますが、

【何なる時にか小乗権経をとき、何なる時にか法華経を説くべきや。】
どのような時に小乗経や権経を説き、どのような時に法華経を説くのでしょうか。

【答へて云はく、十信の菩薩より等覚の大士にいたるまで、】
それは、下は十信の菩薩から上は等覚の大菩薩にいたるまで、

【時と機とをば相知りがたき事なり。何に況んや我等は凡夫なり。】
その時期と衆生の理解度は、知り難いのです。まして、私達は、凡夫なのですから、

【いかでか時機をしるべき。】
どうやって、その時機を知る事が出来るのでしょうか。

【求めて云はく、すこしも知る事あるべからざるか。】
しかしながら、少しは、知る事も出来るのでは、ないでしょうか。

【答へて云はく、仏眼をか〔借〕って時機をかんがへよ。】
それは、仏眼である経文によって、その時機を考えてみるのです。

【仏日を用〔もっ〕て】
太陽のような仏の力でもって

【国をてらせ。】
国土を照らせば、はっきりと解るのでは、ないでしょうか。

【問うて云はく、其の心如何。】
それでは、お尋ねしますが、それは、どういう意味なのでしょうか。

【答へて云はく、大集経に大覚世尊、月蔵〔がつぞう〕菩薩に対して】
それは、釈迦牟尼仏は、大集経において月蔵菩薩に対し

【未来の時を定め給えり。所謂我が滅度の後の五百歳の中には】
未来のその時期を定めています。それによれば釈迦滅度の日から最初の五百年間は、

【解脱堅固〔けんご〕、】
解脱堅固の時代であり、仏教によって多くの人が解脱する事が出来る時代なのです。

【次の五百年には】
次の第二の五百年は

【禅定堅固(已上一千年)、】
禅定堅固であって、仏法をより深く理解しようと考える時代となります。

【次の五百年には読誦多聞堅固、】
次に第三の五百年は読誦多聞堅固であって、経典を読み聞く事が盛んとなります。

【次の五百年には】
次に第四の五百年は、

【多造塔寺堅固(已上二千年)、】
多造搭寺堅固であって、多くの塔寺を盛んに造立する時代となります。

【次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟〔とうじょうごんしょう〕して】
さて次に第五の五百年は、仏法の中において言い争いに明け暮れ、

【白法〔びゃくほう〕隠没〔おんもつ〕せん等云云。】
正しい仏法が覆〔おお〕い隠されてしまうような事になると予言しています。

【此の五の五百歳、】
ところが、この第五の五百年、

【二千五百余年に人々の料簡〔りょうけん〕さまざまなり。】
二千五百余年について人々の考えは、さまざまなのです。

【漢土の道綽〔どうしゃく〕禅師が云はく、】
中国の道綽禅師が言うには、

【正像二千、四箇の五百歳には小乗と大乗との白法盛んなるべし。】
正像二千年、四つの五百年間には、小乗と大乗の正しい仏法が盛んになるが、

【末法に入っては彼等の白法皆消滅して、】
その後の末法に入っては、これらの正しい仏法はすべて消滅し、

【浄土の法門念仏の白法を修行せん人計り】
浄土の法門である念仏を唱えると云う正しい修行をする人だけが、

【生死をはなるべし。日本国の法然が料簡して云はく、】
生死から離れると言っています。また、日本の法然が考えたところによると

【今日本国に流布する法華経・華厳経並びに大日経・諸の小乗経、】
現在、日本に流布するところの法華経、華厳経、大日経や数々の小乗教、

【天台・真言・律等の諸宗は、大集経の記文〔きもん〕の】
天台、真言、律などの諸宗は、大集経の予言に記された

【正像二千年の白法なり。】
正像二千年間だけの正しい仏法であり、

【末法に入っては彼等の白法は皆滅尽〔めつじん〕すべし。】
末法に入っては、それらの仏法は、すべて消滅し尽くしてしまうというのです。

【設〔たと〕ひ行ずる人ありとも一人も】
たとえ行ずる人が、あっても一人として

【生死をはなるべからず。】
生死から離れる事は、出来ないと言っているのです。

【十住毘婆沙論〔びばしゃろん〕と曇鸞〔どんらん〕法師の難行道、】
竜樹菩薩の十住毘婆沙論と曇鸞法師の言っている難行道というのがこれであり、

【道綽の未有一人得者〔みういちにんとくしゃ〕、】
道綽は、念仏以外の教えでは、未だ一人も得た者は、いないと言い、

【善導〔ぜんどう〕の】
善導は、念仏以外では、

【千中無一これなり。】
千人の中に一人も得道する事が出来ないと言っているのです。

【彼等の白法隠没の次には】
それらが力を失なった後、

【浄土の三部経・弥陀称名〔みだしょうみょう〕の一行計り】
浄土の三部経、阿弥陀の名号を称える念仏の一行だけが

【大白法として出現すべし。】
大白法として出現すると言っているのです。

【此を行ぜん人々はいかなる悪人愚人なりとも、】
これを修行する人々は、いかなる悪人、愚人であっても

【十即十生・百即百生、】
十即十生、百即百生であって、ことごとく極楽浄土へ往生する事が出来ると云い、

【唯浄土の一門のみ有って通入すべき路〔みち〕なりとはこれなり。】
ようするに、ただ浄土の一門だけが正しく、唯一の道だと言うのです。

【されば後世を願はん人々は】
そうであれば、後世を願う人々は、

【叡山〔えいざん〕・東寺〔とうじ〕・園城〔おんじょう〕・】
比叡山、東寺、園城寺、

【七大寺等の日本一州の諸寺諸山の御帰依をとゞめて、】
さらに七大寺などの日本全国のすべての寺への帰依をやめてしまい、

【彼の寺山によせ〔寄〕をける田畠郡郷を奪いと〔取〕て念仏堂につけば、】
さらには、その寺に寄進した田畠や土地を取り戻し、念仏堂へ再度、寄進して、

【決定〔けつじょう〕往生南無阿弥陀仏とすゝめければ、】
往生が疑いなしの南無阿弥陀仏を唱えよと勧めたので、

【我が朝一同に其の義になりて今に五十余年なり。】
我が日本国は、一同にその言い分を信じて、今までに五十余年となったのです。

【日蓮此等の悪義を難じやぶ〔破〕る事は事ふり候ひぬ。】
日蓮は、立宗以来、この念仏の邪義を議論で破り続けていますが、

【彼の大集経の白法隠没の時は】
あの大集経の白法隠没の時とは、

【第五の五百歳当世なる事は疑ひなし。】
五の五百歳の事であり、現在の事である事は疑いようがなく、

【但し彼の白法隠没の次には法華経の肝心たる】
ただし、この白法隠没の次には、法華経の肝心である

【南無妙法蓮華経の大白法の、】
南無妙法蓮華経が大白法として唱えられ、

【一閻浮提〔いちえんぶだい〕の内に八万の国あり、】
全世界の中に数多くの国々があり、

【其の国々に八万の王あり、王々ごとに臣下並びに万民までも、】
さらにその国々の中に、それぞれの王がいて、これらの王の配下や民衆までもが、

【今日本国に弥陀称名を四衆の口々に唱ふるがごとく、】
今、日本国のすべてが阿弥陀仏の称名を口々に唱えているように、

【広宣流布せさせ給ふべきなり。】
法華経の肝心である南無妙法蓮華経が広宣流布されるべきなのです。


ページのトップへ戻る