日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 8 第七章 末法はなはだ近きにあり


【問うて云はく、経文は分明に候。】
なるほど、経文に明確に書かれている事は、わかりました。

【天台・妙楽・伝教等の未来記の言はありや。】
それでは、天台、妙楽、伝教などが、このように未来を予言しているのでしょうか。

【答へて云はく、汝が不審逆〔さか〕さまなり。】
それは、あなたの質問は、実は、逆なのです。

【釈を引かん時こそ経論は】
経論の解釈をめぐって話を進めた時には、その経論を

【いかにとは不審せられたれ。】
調べるのは、当然であるけれども、

【経文に分明ならば釈を尋ぬべからず。】
経文が明らかであるならば、いまさら解釈を尋ねる必要はないのです。

【さて釈の文、経に相違せば経をすてゝ釈につくべきか如何。】
誰が注釈文が経文と相違した場合に、経文を捨てて解釈を正しいとするでしょうか。

【彼云はく、道理至極〔しごく〕せり。しかれども凡夫の習ひ、】
結局、仏法はどこまでも経文を基本とすべきなのです。しかし凡夫の習いとして、

【経は遠し釈は近し。】
経文の理解は容易でなく、その注釈文は、もっと理解しやすいので、

【近き釈分明ならば、】
その解釈が明らかになれば、

【いますこし信心をま〔増〕すべし。】
少しは、あなたの信じる心を増す事が出来る事でしょう。

【今云はく、汝が不審ねんごろなれば】
そう云う事で、あなたの疑問が真剣であるので、

【少々釈をいだ〔出〕すべし。】
少々、注釈文を取り出してあげましょう。

【天台大師云はく「後五百歳遠く妙道に沾〔うるお〕はん」と。】
天台大師は「後の五百歳では、遠く未来にいたるまで妙道に潤う」と言っています。

【妙楽大師云はく「末法の初め】
妙楽大師は「末法の初めに法華経の

【冥利〔みょうり〕無きにあらず」と。】
大利益がないなどと云う事はない」と言っています。

【伝教大師云はく「正像稍〔やや〕過ぎ已〔お〕はって】
伝教大師は、「正像二千年は、ほぼ過ぎ去って、

【末法太〔はなは〕だ近きに有り、法華一乗の機今正しく是其の時なり。】
末法、はなはだ近きにあり。法華一乗の機会は、今正しく、その時であり、

【何を以て知ることを得ん。安楽行品に云はく、】
何をもって、これを知る事が出来るかと言えば、安楽行品に法華経流布の時代を

【末世法滅の時なり」と。】
末法の法滅の時と予言しているからである」と言っています。

【又云はく「代〔よ〕を語れば則ち像の終はり末の初め、】
また「時代は、像法の終わり末法の初めであり、

【地を尋ぬれば唐の東・羯〔かつ〕の西、】
土地は、中国の東、靺羯〔まっかつ〕国の西、

【人を原〔たず〕ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり、】
その時代の衆生は、と言うと五濁悪世の中で相争っており、

【経に云はく、猶多怨嫉〔ゆたおんしつ〕況滅度後〔きょうめつどご〕と、】
法華経法師品第十にあるように、現在すら、なお怨嫉が多く況んや滅度後には、

【此の言良〔まこと〕に以〔ゆえ〕有るなり」云云】
とは、実に意味深い言葉である」と言っているのです。

【夫〔それ〕釈尊の出世は住劫第九の減〔げん〕、人寿百歳の時なり。】
釈尊の出世は住劫第九の減の時期であり、人間の平均寿命が百歳の時でした。

【百歳と十歳との中間〔ちゅうげん〕】
この百歳から百年に一歳を減じて人の寿命が十歳になるまでの間には、

【在世五十年滅後二千年と一万年となり。】
釈尊の在世五十年と滅後の正像二千年と末法一万年とに区別されます。

【其の中間に法華経の流布の時二度あるべし。】
また、その間に法華経流布の時が二度あるのです。

【所謂在世の八年、】
それは、釈迦在世の法華経を説いた八年間と、

【滅後には末法の始めの五百年なり。】
滅後の末法の初めの五百年の二度なのです。

【而るに天台・妙楽・伝教等は進んでは】
しかし、天台、妙楽、伝教などの人達は、

【在世法華の御時にももれさせ給ひぬ。】
それ以前の釈尊在世の法華経説法の時に生まれあわせず、

【退いては滅後末法の時にも生まれさせ給はず。】
また、滅後末法の時にも生まれあわせていないので、

【中間なる事をなげかせ給ひて】
その間に自分が生まれた事を嘆〔なげ〕き、

【末法の始めをこひ〔恋〕させ給ふ御筆〔おんふで〕なり。】
末法の始めを恋慕ってこのように筆にしたのです。

【例せば阿私陀〔あしだ〕仙人が悉達〔しった〕太子の生まれさせ給ひしを】
例えば、阿私陀仙人は、悉達太子(釈尊)の生まれたのを見て

【見て悲しんで云はく、】
悲しんで、このように言いました。

【現生には九十にあまれり、太子の成道を見るべからず、】
自分は、現在九十余歳になり、太子が仏道を成ずるまで生きておれず

【後生には無色界に生まれて五十年の説法の座にもつら〔連〕なるべからず、】
また後生には、無色界に生まれて釈尊五十年の説法の座にも連なる事も出来ない。

【正像末にも生まるべからずと】
さらに正像末にも生まれる事はないので

【なげきしがごとし。】
仏法に縁を持つ事が出来ないと歎いたようなものなのです。

【道心あらん人々は】
仏道を求める心ある人々は、

【此を見きゝて悦ばせ給へ。】
この事実を見聞きして仏法に巡り合えた事を悦びなさい。

【正像二千年の大王よりも、後世ををもは〔思〕ん人々は、】
正像二千年の大王と生まれるよりは、後世の成仏を念願する人々には、

【末法の今の民にてこそあるべけれ。】
末法の今の民衆である事こそ、大事な事なのです。

【此を信ぜざらんや。】
どうして、これを信じないでいられましょうか。

【彼の天台の座主よりも】
天台大師のように天台の座主となるよりは、

【南無妙法蓮華経と唱ふる癩人〔らいにん〕とはなるべし。】
南無妙法蓮華経と唱える末法の癩病人となるべきなのです。

【梁〔りょう〕の武帝の願に云はく】
梁の武帝の発願の文には

【「寧〔むし〕ろ提婆達多とな〔成〕て無間地獄には沈むとも、】
「釈迦牟尼仏に会って、その為に提婆達多となって無間地獄に堕ちる事があっても、

【欝頭羅弗〔うずらんほつ〕とは】
たとえ天界に生まれる事が出来たとしても、欝頭羅弗のような

【ならじ」云云。】
外道にはならない」とあるのです。


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