日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 9 第八章 解脱堅固の時を示す


【問うて云はく、竜樹・天親等の論師の中に此の義ありや。】
それでは、竜樹、天親などの論師の中で、これと同じ考えがあるのでしょうか。

【答へて云はく、竜樹・天親等は内心には存ぜさせ給ふとはいえ〔雖〕ども、】
それは、竜樹、天親などは、内心では、わかっていたけれども、

【言には此の義を宣べ給はず。】
言葉に出して、この考えを述べる事は、ありませんでした。

【求めて云はく、いかなる故にか宣べ給はざるや。】
さらに質問しますが、どうして述べなかったのでしょうか。

【答へて云はく、多くの故あり。】
それには、多くの理由があるのです。

【一には彼の時には機なし、二には時なし、】
一には、衆生に理解力がなく、二には、未だ時が来たらず、

【三には迹化なれば付嘱せられ給はず。】
三には、付嘱がなかったからなのです。

【求めて云はく、願はくは此の事よくよくき〔聞〕かんとをもう。】
それでは、この事について、もう少し詳しく聞かせてもらえないでしょうか。

【答へて云はく、夫〔それ〕仏の滅後二月十六日よりは正法の始めなり。】
それは、仏の滅後二月十六日よりは、正法時代の始めなのです。

【迦葉〔かしょう〕尊者仏の付嘱をうけて二十年、次に阿難尊者二十年、】
迦葉尊者が仏の付嘱を受けて二十年、次に阿難尊者が二十年、

【次に商那和修〔しょうなわしゅ〕二十年、次に優婆崛多〔うばくつた〕二十年、】
次に商那和修が二十年、次に優婆崛多が二十年、

【次に提多迦〔だいたか〕二十年、】
次に提多迦が二十年、

【已上一百年が間は但〔ただ〕小乗経の法門をのみ弘通して、】
以上、百年の間は、ただ小乗経の法門のみが弘まって、

【諸大乗経は名字もなし。何に況んや法華経をひろむべしや。】
諸大乗経は名前もなかったのです。ましてや法華経が弘まる事などなかったのです。

【次には弥遮迦〔みしゃか〕・仏陀難提〔ぶっだなんだい〕・】
次には、弥遮迦、仏陀難提、

【仏駄密多〔ぶっだみった〕、脇比丘〔きょうびく〕、】
仏駄密多、脇比丘、

【富那奢〔ふなしゃ〕等の四・五人、】
富那奢などの四、五人が出て、

【前の五百余年が間は大乗経の法門少々出来せしかども、】
この五百余年の間には、大乗経の法門が少々出て来たけれども、

【とりたてゝ弘通し給はず、但小乗経を面〔おもて〕としてやみぬ。】
たいして弘まる事は、なかったのです。ただ小乗経を表としていました。

【已上大集経の先の五百年、解脱堅固〔けんご〕の時なり。】
以上、大集経の先の五百年、解脱堅固の時なのです。


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