日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 12 第十一章 玄奘三蔵


【像法の後の五百歳は唐の始め】
像法時代の後半の五百年について述べれば、中国では唐の初めであり、

【太宗〔たいそう〕皇帝〔こうてい〕の御宇〔ぎょう〕に】
太宗皇帝の時でした。

【玄奘〔げんじょう〕三蔵、月支に入って十九年が間、】
この時、玄奘三蔵は、インドに入って十九年の間、

【百三十箇国の寺塔を見聞して多くの論師に値ひたてまつりて、】
百三十か国の寺塔を見聞きして多くの論師に会って、

【八万聖教十二部経の淵底〔えんでい〕を習ひきわめしに、】
八万聖教、十二部経と云われる仏教の奥底を習い極め、

【其の中に二宗あり、所謂法相宗・三論宗なり。】
その中に二つの宗派があったのです。ようするに法相宗と三論宗という大乗経です。

【此の二宗の中に法相大乗は】
この二宗の中の法相大乗と言うのは、

【遠くは弥勒・無著〔むじゃく〕、】
遠くは弥勒菩薩が降臨して説いた法を無著菩薩が広め、

【近くは戒賢〔かいげん〕論師〔ろんし〕に伝へて、】
当時は戒賢論師にまで伝えられていた。

【漢土にかへりて】
玄奘三蔵は、戒賢論師からこの法相宗を習い、中国へ持ち帰り

【太宗皇帝にさづけさせ給ふ。】
太宗皇帝に伝えたのです。

【此の宗の心は、仏教は機に随ふべし、】
この法相宗の心は、仏教は衆生の理解力に従うべきであると云うのです。

【一乗の機のためには三乗方便・】
その為、理解力が一乗の衆生には、三乗の説法は、方便であり、

【一乗真実なり、所謂法華経等なり。】
一乗の説法が真実となり、これが法華経の事です。

【三乗の機のためには三乗真実・】
これとは、逆に理解力が三乗の衆生の為には、三乗の説法が真実であり、

【一乗方便、所謂深密〔じんみつ〕経・勝鬘〔しょうまん〕経等此なり。】
一乗の説法は、方便となります。これが深密経、勝鬘経などの事です。

【天台智者等は此の旨を弁へず等云云。】
天台大師は、これを聞き入れず、法華経こそが正しい経文であると主張したのです。

【而も太宗は賢王なり。当時名を一天にひゞかすのみならず、】
太宗皇帝は賢王であり、当時は、その名声は、天下に響き、のみならず

【三皇にもこえ五帝にも勝れたるよし】
三皇や五帝よりも優れていると称えられ、

【四海にひゞき、漢土を手ににぎるのみならず、】
しかもその名は、遠く海外に鳴り響いており、中国全土を平定したのみか、

【高昌〔こうしょう〕・高麗〔こうらい〕等の一千八百余国をなびかし、】
西は、インドとの国境である高昌まで、東の方は、高麗までの一千八百余国を従え、

【内外を極めたる王ときこえし】
その勢力は、国の内外にまで及んでおり、

【賢王の第一の御帰依の僧なり。】
玄奘は、実にこの賢王の帰依を受けていたのです。

【天台宗の学者の中にも】
それゆえに、天台宗の学者の中でも、

【頸をさしいだす人一人もなし。】
天台大師の教えを主張する人は、誰一人いなかったのです。

【而れば法華経の実義すでに一国に隠没しぬ。】
そして、この法華経の実義は、すでにこの一国で断絶してしまったのです。

【同じき太宗の太子高宗〔こうそう〕、】
同じく、この太宗の太子の高宗および

【高宗の継母〔けいぼ〕則天皇后の御宇に法蔵法師と云ふ者あり。】
高宗の継母たる則天皇后の時代に法蔵法師という者がいました。

【法相宗〔ほっそうしゅう〕に天台宗のをそ〔襲〕わるゝところを見て、】
天台宗が法相宗に襲われているのを見て、

【前に天台の御時せめられし華厳経を取り出だして、】
前に天台の時に破られた華厳経をとり出し、

【一代の中には華厳第一、法華第二、涅槃第三と立てけり。】
華厳第一、法華第二、涅槃第三と立てました。

【太宗第四代玄宗〔げんそう〕皇帝の御宇、】
太宗の第四代玄宗皇帝の時代の

【開元四年と同八年に、西天〔せいてん〕印度より】
開元四年と同八年に、西の方、インドから

【善無畏〔ぜんむい〕三蔵〔さんぞう〕・金剛智〔こんごうち〕三蔵・】
善無畏三蔵、金剛智三蔵、

【不空〔ふくう〕三蔵、】
不空三蔵のいわゆる三三蔵が、

【大日経・金剛頂〔こんごうちょう〕経・蘇悉地〔そしっじ〕経を持て渡り】
大日経、金剛頂経、蘇悉地経を持って来て

【真言宗を立つ。此の宗の立義に云はく、】
真言宗を立てたのです。この宗派の主張によれば、

【教に二種あり、一には釈迦の顕教、所謂華厳・法華等。】
教えに二種類あり、一には、釈尊の顕教と云われる華厳や法華の事です。

【二には大日の密教、所謂大日経等なり。】
二には、大日如来の密教で、それが大日経の事なのです。

【法華経は顕教の第一なり。】
法華経は、顕教の中では第一では、ありますが、

【此の経は大日の密教に対すれば極理は少し同じけれども、】
大日経の密教に対すれば、その極理は、ほとんど同じであるけれども、

【事相の印契〔いんげい〕と真言とはた〔絶〕えてみへず。】
事相の印契と真言は、法華経にまったく説かれておらず、

【三密相応せざれば不了義経等云云。】
身口意の三密が相応しないので、不了義経であると言うのです。

【已上法相・華厳・真言の三宗】
以上のように、法相、華厳、真言の三宗は、

【一同に天台法華宗をやぶれども、】
一同に天台法華宗を破って各自の邪義を立てたけれども、

【天台大師程の智人法華宗の中になかりけるかの間、】
天台大師ほどの智者が法華宗の中にはおらず、

【内々はゆはれなき由は存じけれども、】
内々では、これらが、いわれのないものだと知っていたのですが、

【天台のごとく公場にして論ぜられざりければ、】
天台のように公場で議論しなかったので、

【上国王大臣、下一切の人民にいたるまで、】
上は、国王、大臣より下は、すべての人々にいたるまで、

【皆仏法に迷ひて衆生の得道みなとゞまりけり。】
みんな、仏法に迷い、衆生の得道は、消滅してしまったのです。

【此等は像法の後の五百年の前二百余年が内なり。】
これらの事は、像法時代の後の五百年の前、二百年頃の話しです。


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