日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 16 第十五章 機に随って法を説くは僻見


【疑って云はく、】
本当にそうでしょうか。

【設ひ正法の時は仏の在世に対すれば根機劣〔れつ〕なりとも、】
たとえ正法時代が仏の在世に比べれば、いかに衆生の理解力が劣っていると言っても

【像末に対すれば最上の上機なり。】
像法時代、末法時代の衆生に比べれば、最も上の理解力なのです。

【いかでか正法の始めに法華経をば用ひざるべき。】
どうして、正法時代の初めに法華経を用いないなどと、いう事があるでしょうか。

【随って馬鳴〔めみょう〕・竜樹・提婆〔だいば〕・無著〔むじゃく〕等も】
したがってインドの馬鳴、竜樹、提婆、無著なども、

【正法一千年の内にこそ出現せさせ給へ。天親菩薩は千部の論師、】
正法一千年の間に仏法を弘めたのです。天親菩薩は、千部の論師と言われ、

【法華論を造りて諸経の中第一の義を存す。】
法華経を諸経の中で第一とその意義を説明しました。

【真諦三蔵の相伝に云はく、月支に法華経を弘通せる家〔 いえ〕】
真諦三蔵の相伝によればインドで法華経を弘めた者は、

【五十余家〔よけ〕、天親は其の一なりと。已上正法なり。】
五十余もあり、天親もそのひとりと言っています。これは正法時代の事です。

【像法に入っては天台大師像法の半ばに漢土に出現して】
像法時代に入っては、天台大師が像法時代の半ばに中国に出現して、

【玄〔げん〕と文〔もん〕と止〔し〕との三十巻を造りて】
法華玄義、法華文句、摩訶止観の三十巻を造って

【法華経の淵底を極めたり。】
法華経の奥底を極められました。

【像法の末に伝教大師日本に出現して】
その後、像法の末には、伝教大師が日本に出現して、

【天台大師の円慧〔えんね〕、円定〔えんじょう〕の二法を、】
そして天台大師の円慧、円定の二法を

【我が朝に弘通せしむるのみならず、】
我が国に弘めたのみか、

【円頓〔えんどん〕の大戒場を叡山に建立して】
円頓の大戒壇を比叡山に建立し、

【日本一州皆同じく円戒の地になして、】
日本全国をみな同じく円戒の地となし、

【上一人より下万民まで延暦寺を師範と仰がせ給ふは、】
上一人から下万民にいたるまで、延暦寺を仏法の師範と仰ぐようになったのです。

【豈に像法の時法華経の広宣流布にあらずや。】
これこそ、像法時代に法華経が広宣流布した事になるのではないでしょうか。

【答へて云はく、如来の教法は必ず機に随ふという事は】
それは、如来の教法は、必ず衆生の理解力によって説かれるのだと云う事は、

【世間の学者の存知なり。しかれども仏教はしからず。】
世間の学者の通常の考え方なのですが、仏教は、そうではないのです。

【上根上智の人のために必ず大法を説くならば、】
理解力が高い智慧のある衆生の為に、必ず大法を説くと云うのならば、

【初成道〔しょじょうどう〕の時なんぞ法華経をとかせ給はざる。】
釈尊が初めて成道した時に、どうして法華経を説かなかったのでしょうか。

【正法の先五百余年に】
正法時代の前半の五百年は、

【大乗経を弘通すべし。】
どうして大乗を弘めないで、小乗経を弘めたのでしょうか。

【有縁の人に大法を説かせ給ふならば、】
また仏教に縁がある人に大法を説くと云うのであれば、

【浄飯〔じょうぼん〕大王・摩耶〔まや〕夫人に】
仏の父である浄飯王や母の摩耶夫人の為に

【観仏三昧〔かんぶつざんまい〕経・摩耶経をとくべからず。】
観仏三昧経や摩耶経のような権教を説くのは、おかしいのではないでしょうか。

【無縁の悪人謗法の者に秘法をあたえずば、】
また仏に縁のない悪人や謗法の者に秘法を与えないと云うのであれば、

【覚徳比丘は無量の破戒の者に涅槃経をさづくべからず。】
覚徳比丘は、無量の破戒の者に涅槃経を授けるわけがないではないですか。

【不軽菩薩は誹謗の四衆に向かっていかに法華経をば弘通せさせ給ひしぞ。】
不軽菩薩は、誹謗の四衆に向かって、どうして法華経を弘めたのでしょうか。

【されば機に随って法を説くと申すは大なる僻見〔びゃっけん〕なり。】
ですから衆生の理解力に従って法を説くと云うのは、大きな誤りなのです。


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