日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


撰時抄 21 第二十章 念仏宗と禅宗と真言宗


【問ふ、】
重ねて質問します。

【いかなる秘法ぞ。】
「最大の深密の正法、経文の面に現前なり」とは、どのような秘法なのですか。

【先づ名をきゝ、次に義をきかんとをもう。】
まず、その秘法の名前を聞き、次にその意義を聞きたいと思います。

【此の事もし実事ならば釈尊の二度世に出現し給ふか。】
この事が、もし事実であるならば、釈尊が二度、この世に出現されたのでしょうか。

【上行菩薩の重ねて涌出せるか。】
それとも上行菩薩が涌出品の時のように、ふたたび涌き出されたのでしょうか。

【いそぎいそぎ慈悲をたれられよ。】
早急にお聞かせ願いたいものです。

【彼の玄奘〔げんじょう〕三蔵は六生を経て】
あの中国の玄奘三蔵は、経典を求めてインドへはいるのに六度も大難にあって死に

【月氏に入って十九年、法華一乗は方便教、】
七度目に生まれて十九年のすえ、訪ねあてた結論が、法華一乗は方便教であり、

【小乗阿含経は真実教。】
小乗の阿含経が真実の教であるとしました。

【不空三蔵は身毒〔けんどく〕に返りて】
不空三蔵は、中国へ渡り、もう一度インドへ帰って真実の教えを求めた結果、

【寿量品を阿弥陀仏とかゝれたり。】
寿量品の仏は、阿弥陀仏であるなどという、とんでもない事を書いています。

【此等は東を西という、日を月とあやまてり。】
これらは東を西といい、太陽を見て月なりと言っているようなものなのです。

【身を苦しめてなにかせん、】
経文を求めて、どんなに身を苦しめても、

【心に染みてようなし。】
どんなに心を込めてみても、これでは、意味がないのです。

【幸ひ我等末法に生まれて】
さいわい我々は、末法に生まれて、

【一歩をあゆまずして三祇〔さんぎ〕をこえ、】
一歩も歩む事もなく、小乗経の菩薩の三阿僧祇百大劫の修行を超え、

【頭を虎にかわずして】
釈尊の過去の修行のように身を虎に与えなくとも、

【無見頂相〔むけんちょうそう〕をえ〔得〕ん。】
無見頂相という成仏の位を得る事が出来るのです。

【答へて云はく、此の法門を申さん事は】
それに答えると、この秘密の法門は、

【経文に候へばやすかるべし。】
経文に説かれているので容易にわかると思います。

【但し此の法門には先づ三つの大事あり。】
ただし、この法門については、まず三つの大事があります。

【大海は広けれども死骸〔しがい〕をとゞめず。】
大海は、広いけれども死骸をとどめておくような事はありません。

【大地は厚けれども不孝の者をば載〔の〕せず。】
大地は、何よりも厚いけれども不孝の者をば大地の上に乗せておく事はないのです。

【仏法には五逆をたすけ、不幸をばすくう。】
仏法では、五逆罪を犯した者でも、不孝の者でも救う事が出来ますが、

【但し誹謗一闡提の者、】
ただし、正法誹謗の一闡提の者、

【持戒にして大智なるをばゆるされず。】
いかにも戒をたもつような、あざとい僧は、許されないのです。

【此の三つのわざわひとは所謂念仏宗と禅宗と真言宗となり。】
ようするに、この三つの災いとは、いわゆる念仏宗と禅宗と真言宗の事なのです。

【一には念仏宗は日本国に充満して、】
一に念仏宗は、日本の国に充満して、

【四衆の口あそびとす。】
四衆の口遊びになって念仏ばかり唱えています。

【二に禅宗は三衣〔さんね〕一鉢の大慢の比丘の四海に充満して】
二に禅宗は、三衣一鉢という質素な姿をして増上慢を起こした僧侶が四海に充満し、

【一天の明導〔みょうどう〕とをも〔思〕へり。】
我こそが天下の指導者であると思っているのです。

【三に真言宗は又彼等の二宗には】
三に真言宗は、この念仏や禅の二宗よりも、

【にるべくもなし。叡山・東寺・七寺・園城、】
はるかに大きい害毒を天下に流しているのです。比叡山、東寺、七大寺、園城寺、

【或は官主、或は御室〔おむろ〕、或は長吏〔ちょうり〕、】
比叡山の座主、仁和寺の御室、園城寺(三井寺)の長吏、

【或は検校〔けんぎょう〕なり。】
あるいは、熊野の検校など、権威のある地位の名僧が一人残らず真言なのです。

【かの内侍所〔ないしどころ〕の神鏡燼灰〔みかがみじんかい〕となししかども、】
かの宮中の賢所の神の鏡は、内裏が炎上した際、灰となってしまったので、

【大日如来の宝印〔ほういん〕を仏鏡〔ぶっきょう〕とたのみ、】
大日如来の宝印を仏の鏡として祭っていると言います。

【宝剣〔ほうけん〕西海〔さいかい〕に入りしかども、】
また神器のうちの宝剣は、安徳天皇とともに西海へ沈んでしまったので、

【五大尊をもって国敵を切らんと思へり。】
真言宗でいうところの五大尊を祭って国の敵を切らんと言っています。

【此等の堅固の信心は、】
このように、真言に対する堅固な信心は、

【設ひ劫石〔ごうじゃく〕はひすら〔薄〕ぐとも】
たとえ固い石を天の衣で擦り減らしてなくす事があろうとも、

【かたぶ〔傾〕くべしとはみへず。】
決して傾くとも思えないのです。

【大地は反覆〔はんぷく〕すとも疑心をこりがたし。】
おそらく大地がひっくり返っても疑いの心は、起きないでしょう。

【彼の天台大師の南北をせめ給ひし時も】
天台大師が中国で南三北七の十派を攻め落とした時も、

【此の宗いまだわたらず。】
真言宗は、まだ中国に渡っていませんでした。

【此の伝教大師の六宗をしえた〔虐〕げ給ひし時もも〔洩〕れぬ。】
日本の伝教大師が奈良六宗を破折した時にも、真言は破折から漏れていました。

【かたがたの強敵をまぬがれて、】
度々の法華経からの破折を免れているので、

【かへ〔却〕て大法をかすめ失う。】
かえって法華経をからめとってしまおうとしているのです。

【其の上伝教大師の御弟子、慈覚大師此の宗を】
その上、伝教大師の弟子の慈覚大師は、この真言宗を

【とりたてゝ叡山の天台宗をかすめを〔落〕として、】
とりたてて、比叡山の天台宗を掠め堕とし、

【一向真言宗になししかば、】
完全に真言宗としてしまったので、

【此の人には誰の人か敵をなすべき。】
この人に誰が逆らって敵となる事が出来るでしょうか。

【かゝる僻見〔びゃっけん〕のたよりをえて、】
このような僻見の中にあって

【弘法大師の邪義をもとが〔咎〕むる人もなし。】
弘法の邪義をとがめる人もなくなってしまいました。

【安然〔あんねん〕和尚すこし弘法を難ぜんとせしかども、】
安然は、少しばかり、弘法を非難しましたが、

【只華厳宗のところ計りとが〔咎〕むるににて、】
ただ、華厳経の事ばかりを、とがめるだけで、

【かへて法華経をば大日経に対して沈めはてぬ。】
かえって法華経を大日経に対して貶〔おとし〕めてしまったのです。

【たゞ世間のた〔立〕て入りの者のごとし。】
ただ、世間でいう仲介者のような存在だったのです。


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