日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


下山御消息 2 第一章 念仏を止めた理由を述べる


【下山御消息 建治三年六月 五六歳】
下山御消息 建治三年六月 五六歳御作


【「例時〔れいじ〕に於ては尤も阿弥陀経を読まるべきか」等云云。】
「勤行の時には、何よりも阿弥陀経を読むべきではないか」との仰せですが、

【此の事は仰せ候はぬ已前より、親父の代官といひ、】
この事については、仰せ以前から、父の代わりとしても、

【私と申し、此の四五年が間は退転無く】
私自身としても、この四、五年の間は、怠ることなく、

【例時には阿弥陀経を読み奉り候ひしが、】
勤行の時には、阿弥陀経を読んで来ましたが、

【去年の春の末夏の始めより、阿弥陀経を止〔や〕めて】
去年の春の末、夏の始めから、阿弥陀経をやめて、

【一向に法華経の内、自我偈を読誦し候。】
法華経の内の如来寿量品の自我偈を読んでおります。

【又同じくば一部を読み奉らんとはげみ候。】
また同じく、法華経全巻を読もうと励んでおります。

【これ又偏〔ひとえ〕に現当の御祈禱のためなり。】
これも、またひとえに父母、兄弟の幸せの為なのです。

【但し阿弥陀経念仏を止めて候事は、】
ただ、阿弥陀経と念仏を止めてしまったのには、

【これ日比〔ひごろ〕日本国に聞こへさせ給ふ】
この頃、日本国中で話題になっている

【日蓮聖人去ぬる文永十一年の夏の比、】
日蓮聖人が去る文永十一年の夏の頃、

【同じき甲州飯野〔いいの〕御牧〔みまき〕】
同じ甲州の飯野御牧の内、

【波木井の郷の内身延の嶺と申す深山に御隠居せさせ給ひ候へば、】
波木井郷の中の身延の嶺と云う深い山中に隠居されたのですが、

【さるべき人々御法門承るべき由候へども、御制止ありて入れられず。】
身分のある人でさえ、その話を聞こうと思っても中には入れてもらえず、

【おぼろげの強縁〔ごうえん〕ならではかなひがたく候ひしに、】
よほどの縁がなければ、聴聞は、適わないと思っていたところ、

【ある人見参〔げんざん〕の候と申し候ひしかば、】
ある人が日蓮聖人にお目にかかれると云う事でしたので、

【信じまいらせ候はんれう〔料〕には参り候はず、】
信仰しようという考えではなかったのですが、

【ものゝ様をも見候はんがために】
ただ、その様子だけでも見ようと

【閑所〔かんしょ〕より忍びて参り、御庵室の後にかくれ、】
人目のない所から、忍び込んで庵室の後ろに隠れ、

【人々の御不審に付きてあらあら御法門とかせ給ひ候ひき。】
人々の数々の疑問について法門を説かれるのを、このように聞いたのです。

【法華経と大日経・華厳・般若・深密〔じんみつ〕・楞伽〔りょうが〕・】
法華経と大日経、華厳経、般若経、深密経、楞伽経、

【阿弥陀経等の経々の勝劣浅深等を先として説き給ひしを承り候へば、】
阿弥陀経などの経文の優劣、浅深などが有るのですが、

【法華経と阿弥陀経の勝劣は】
法華経と阿弥陀経の優劣は、

【一重〔いちじゅう〕二重のみならず、天地雲泥〔うんでい〕に候ひけり。】
一重二重の差ではなく天地雲泥の差であるのです。

【譬へば帝釈と猿猴〔えんこう〕と、鳳凰〔ほうおう〕と烏鵲〔かささぎ〕と、】
その差は、たとえば、帝釈天と猿、鳳凰とカササギ、

【大山〔たいざん〕と微塵〔みじん〕と、】
大きな山と微小の塵〔ちり〕、

【日月と蛍炬〔けいこ〕等の高下勝劣なり。】
日、月とホタル火ほどの優劣、浅深だったのです。

【彼々の経文と法華経とを引き合はせてたくらべさせ給ひしかば】
それらの経文と法華経とを比較して検討すれば、

【愚人も弁〔わきま〕へつべし。白々なり赤々なり。】
どんなに愚かな者でも、はっきり分かるほど、その優劣は明白なのです。

【されば此の法門は大体人も知れり、】
実は、この法門の事は、日蓮の説法によって人々も大体、知っていて、

【始めておどろくべきにあらず。】
いまさら別に驚くべき事でもないのです。

【又仏法を修行する法は必ず経々の大小・権実・顕密を弁ふべき上、】
また、仏法を修行する為には、経典の大小、権実、顕密をわきまえ、

【よくよく時を知り、機を鑑〔かんが〕みて申すべき事なり。】
よくよく時期を知り、人々の理解力を考えて話をするべきなのでしょう。


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