日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


下山御消息 7 第六章 弘法大師と申す大妄語の人


【而るに彼等が大悪法を尊まるゝ故に理不尽の政道出来す。】
しかし、国主が良観坊の大悪法を崇めている故に理不尽な政道がまかり通り、

【彼の国主の僻見〔びゃっけん〕の心を推するに、】
この国主の僻見の心を推し量れば、

【日蓮は阿弥陀仏の怨敵〔おんてき〕、】
日蓮は、阿弥陀仏の怨敵であり、

【父母の建立の堂塔の讎敵〔しゅうてき〕なれば、】
父母の建立した阿弥陀堂や仏塔の敵〔かたき〕であるから、

【仮令〔たとい〕政道をまげたりとも仏意には背かじ、】
たとえ政道を曲げる事になったとしても、

【天神もゆるし給ふべしとをも〔思〕はるゝか、はかなしはかなし。】
その事は、天神も許すとでも思っているのでしょうか。実に浅はかな考えなのです。

【委細にかたるべけれども此は小事なれば申さず。】
さらに詳細に語る事もあるのですが、些細な事ですので、ここでは述べません。

【心有らん者は推して知りぬべし。上に書き挙ぐるより】
心ある人は、推して知るべきでしょう。また、これまで書いて来た事よりも、

【雲泥〔うんでい〕大事なる日本第一の大科此の国に出来して年久しくなる間、】
さらに天地雲泥の大きな罪が、日本国に現れてから、ずいぶん経った為に、

【此の国既に梵釈・日月・四天大王等の諸天にも捨てられ、】
この国は、梵釈、日月、四天王などの諸天善神にも捨てられ、

【守護の諸大善神も還って大怨敵となり、法華経守護の梵帝等、】
守護の諸大善神も返って日本国の大怨敵となって、法華経守護の梵天、帝釈は、

【隣国の聖人に仰せ付けて日本国を治罰し、】
隣国の聖人に命じて日本国に治罰を与えて

【仏前の誓状〔せいじょう〕を遂げんとをぼしめす事あり。】
仏前の誓いを果たそうとしているのです。

【夫〔それ〕正像の古〔いにしえ〕は世濁世に入るといへども、】
そもそも、正法、像法時代の昔は、世の中が濁世の時代に入ったと云っても

【始めなりしかば国土さしも乱れず、聖賢も間々〔まま〕出現し、】
初期であったので、国土もそれほど乱れず、聖人、賢人も時々、現れ、

【福徳の王臣も絶えざりしかば政道も曲がる事なし。】
福徳ある王臣も途絶ず、それほど政道も曲がる事は、なかったのです。

【万民も直〔なお〕かりし故に、小科を対治せんがために】
万民も、また素直であった故に小さな罪科を対治する為に

【三皇・五帝・三王・三聖等出現して、墳典〔ふんてん〕を作りて代を治す。】
三皇、五帝、三王、三聖などが出現して、儒教の書物を著して世を治めたのです。

【世しばらく治まりたりしかども、】
こうして世の中が、しばらく治まっていたのですが、

【漸々にすへになるまゝに、】
徐々に世の中が末になるにつれて、

【聖賢も出現せず、福徳の人もすくなければ三災は多大にして】
聖人、賢人も現れず、福徳のある人も少なくなった為に、三災が多発増大し、

【七難先代に超過せしかば外典及びがたし。】
七難は、先代にも増して現れ、外典の力では、どうする事も出来なくなったのです。

【其の時治を代へて内典を用ひて世を治す。】
そこで治世の方針をかえて、内典を用いて世を治めたところ、

【随って世且くはおさまる。されども又世末になるまゝに、】
世の中は、しばらく治まったのです。しかし、また時代が進んで末期になるにつれ、

【人の悪は日々に増長し、政道は月々に衰減するかの故に、】
人々の悪業は、日に日に増し、政道は、月々に衰えて云った為に、

【又三災七難先よりいよいよ増長して、小乗戒等の力験〔しるし〕なかりしかば、】
三災七難がこれまで以上に増し、小乗戒の効力が失われてしまったので、

【其の時治をかへて小乗の戒等を止めて大乗を用ゆ。】
今度は、小乗戒を止めて大乗教を用いて世を治めたのです。

【大乗又叶はねば】
さらに大乗教でも叶わなくなると、

【法華経の円頓〔えんどん〕の大戒壇を叡山に建立して代を治めたり。】
法華経の円頓の大戒壇を比叡山に建立して世を治めたのです。

【所謂〔いわゆる〕伝教大師、日本三所の小乗戒】
いわゆる伝教大師が日本の三か所の小乗戒壇、

【並びに華厳・三論・法相の三大乗戒を破失せし是なり。】
および、華厳、三論、法相の三大乗戒を打ち破ったのがこれなのです。

【此の大師は六宗をせめ落とさせ給ふのみならず、禅宗をも習ひ極め、】
この伝教大師は、六宗を責め落とすだけではなく、禅宗をも習い極められたのです。

【剰〔あまつさ〕へ日本国にいまだひろまらざりし】
更には、日本国にいまだ広まっていなかった

【法華宗・真言宗をも勘へ出だして勝劣の鏡をかけ、】
法華宗、真言宗をも研究され、その優劣を仏法の鏡に照らして判別し、

【顕密の差別黒白なり。然れども】
顕教と密教の相違を明らかにされたのです。

【世間の疑ひを散じがたかりしかば、去ぬる延暦年中に御入唐〔ごにっとう〕、】
しかし、世間の人々の疑いを晴らす為に、延暦年中に入唐されたのです。

【漢土の人々も他事には賢〔かしこ〕かりしかども、法華経と大日経、】
中国の人々も他の教理については、通じていたのですが、法華経と大日経、

【天台と真言の二宗の勝劣浅深は分明に知らせ給はざりしかば、】
天台宗と真言宗の二宗の優劣、浅深については、明確には、知らなかったので、

【御帰朝の後、本〔もと〕の御存知の如く、】
伝教大師は、中国から帰朝されて後も、もともと考えられていた通り、

【妙楽大師の記の十の不空三蔵の改悔〔かいげ〕の言〔ことば〕を】
妙楽大師の法華文句記巻第十に記された不空三蔵が改悔して述べたという

【含光〔がんこう〕がかたりしを引き載せて、】
含光の話を聞いて依憑集に引用し、

【天台勝れ真言劣なる明証〔めいしょう〕を依憑〔えひょう〕集に定め給ふ。】
天台宗が優れ、真言宗が劣っていると云う明らかな文証とされたのです。

【剰へ真言宗の宗の一字を削り給ふ。其の故は】
それだけではなく真言宗の「宗」の一字を削られたのです。その理由は、

【善無畏・金剛智・不空の三人、一行〔いちぎょう〕阿闍梨をたぼらかして、】
善無畏、金剛智、不空の三人が、天台僧であった一行阿闍梨をあざむいて、

【本はなき大日経に天台の己証〔こしょう〕の】
もともと一念三千の法門がない大日経に天台大師の己心の悟りである

【一念三千の法門を盗み入れて、人の珍宝を我が有〔もの〕とせる】
一念三千を盗み入れ、他人の貴重な宝物を自らのものとした

【大誑惑〔おうわく〕の者と心得給へり。例せば澄観〔ちょうかん〕法師が】
大誑惑の者であるとわかっていたからなのです。例えば、澄観法師が

【天台大師の十法成乗〔じっぽうじょうじょう〕の観法を】
華厳の教えにはない天台大師の十法成乗の観法を

【華厳経に盗み入れて、還って天台宗を末教と下すがごとし、御存知あて、】
華厳宗の教義に盗み入れ、逆に天台宗を最低の教えと見下した事と同じであり、

【宗の一字を削りて】
そのような真言宗は、宗派の資格もないので宗の一字を削って、

【叡山は唯七宗なるべしと云云。】
比叡山は、南都の六宗に天台法華宗を加えて七宗とされたのです。

【而るを弘法大師と申す天下第一の自讃毀他の大妄語の人、】
それなのに弘法大師と云う、天下第一の自讃毀他の大妄語の人が、

【教大師御入滅の後、対論〔たいろん〕なくして】
伝教大師が入滅した後に、対論もないままに、

【公家〔くげ〕をかすめたてまつりて八宗と申し立てぬ。】
朝廷をごまかし、真言宗を加えて八宗と申し立てたのです。

【然れども本師の跡を紹継〔しょうけい〕する人々は、】
しかし、本師、伝教大師の跡を継ぐ人々は、

【叡山は唯七宗にてこそあるべきに、】
比叡山は、ただ七宗に限るべきであると主張すべきなのに、

【教大師の第三の弟子慈覚大師と叡山第一の座主義真〔ぎしん〕和尚の】
伝教大師の第三の弟子である慈覚大師と比叡山延暦寺、第一座主、義真和尚の

【末弟子智証大師と、此の二人は漢土に渡り給ひし時、】
末弟子である智証大師の二人は、中国に渡たった折、

【日本国にて一国の大事と諍論せし事なれば、】
天台と真言の優劣は、日本において一国の大事であり、論争の的であったので、

【天台・真言の碩学〔せきがく〕等に値ひ給ふ毎に勝劣浅深を尋ね給ふ。】
天台、真言の優れた学者たちに会う度にその優劣、浅深について尋ねたのですが、

【然るに其の時の明匠等も或は真言宗勝れ、或は天台宗勝れ、】
しかし、その時の優れた学者たちも、或いは真言宗と云い、或いは天台宗と云い、

【或は二宗斉等、或は理同事異といへども、】
また、或いは二宗は等しいと云い、或いは理論は同じで事において異なると云い、

【ともにたしかの証文をば出ださず。】
いずれも明らかな証文を示す事がなかったので、

【二宗の学者等併〔しかしなが〕ら胸臆〔くおく〕の言なり。】
二宗のいずれの学者たちも、ただの憶測で答えたに過ぎなかったのです。

【然るに慈覚大師は学び極めずして帰朝して】
ところが慈覚大師は、学び極めないまま、帰国して、

【疏十四巻を作れり。所謂金剛頂〔こんごうちょう〕経の疏七巻、】
二経の注釈書十四巻を作ったのです。つまり、金剛頂経の注釈書七巻と

【蘇悉地〔そしっじ〕経の疏七巻なり。】
蘇悉地経の注釈書七巻なのです。

【此の疏の為体〔ていたらく〕は法華経と大日経等の三部経とは】
この注釈書の内容は、法華経と大日経の三部経とは、

【理は同じく事は異なり等云云。】
理においては、同じであり、事においては、異なると云うのです。

【此の疏の心は大日経の疏と義釈との心を出だせるが、】
この注釈書の趣旨は、大日経の注釈書と意義の解釈を要旨に基づいたものでしたが、

【なを不審あきらめがたかりけるかの故に本尊の御前に疏を指し置きて、】
それでも不審が残ったのか、慈覚大師は、本尊の御前にこの注釈書を安置し、

【此の疏仏意に叶へりやいなやと祈せい〔誓〕せし処に、】
この注釈書が、仏意に叶っているかを祈祷したところ、

【夢に日輪を射ると云云。うちをどろきて、吉夢〔きつむ〕なり、】
夢で日輪を射たと云うのです。これに目を覚まして吉夢であり、

【真言勝れたる事疑ひなしとおもひて宣旨を申し下す。】
真言が優れている事は、疑いがないと思って天皇に宣旨を願い出たのです。

【日本国に弘通せんとし給ひしが、】
そして日本国に広く伝えようとしましたが、

【ほどなく疫病やみて四箇月と申せし日には跡もなくう〔失〕せ給ひぬ。】
ほどなく疫病にかかり四ケ月もしないうちに跡形もなく消えてしまったのです。

【而るに智証大師は慈覚の御為にも御弟子なりしかば、】
ところが智証大師は、慈覚にとっても弟子であったので、

【遺言に任せて宣旨を申し下し給ふ。】
慈覚の遺言に従い、ふたたび宣旨を願い出て、

【所謂真言法華斉等なり。譬へば鳥の二の翼、人の両目の如し。】
真言と法華は、同等であり、例えば鳥の二つの翼、人の両目のようなものであり、

【又叡山も八宗なるべしと云云。】
また叡山を中心とする七宗に真言宗を加え八宗とすべきと云うものでした。

【此の両人は身は叡山の雲の上に臥〔ふ〕すといへども、】
この二人は、その身は、叡山の雲の上にあると云っても、

【心は東寺里中の塵にまじ〔交〕はる。】
その心は、東寺の里中の塵に交わっていたのです。

【本師の遺跡を紹継する様にて、】
本師、伝教大師の遺跡を紹継するように見えて、

【還って聖人の正義を忽諸〔こっしょ〕にし給へり。】
返って聖人の正義をないがしろにされたのです。

【法華経の於諸経中最在其上の上の字を、うちかへして大日経の下に置き、】
法華経安楽行品の「於諸経中最在其上」の上の字を打ち返して大日経の下に置き、

【先づ大師の怨敵となるのみならず、存の外に釈迦・多宝・十方分身・】
まず伝教大師の怨敵となるのみならず、思いもかけず、釈迦、多宝、十方分身、

【大日如来等の諸仏の讎敵〔しゅうてき〕と成り給ふ。】
大日如来の諸仏の敵となってしまったのです。

【されば慈覚大師の夢に日輪を射〔い〕ると見し是なり。】
慈覚大師が夢の中で日輪を射るのを見たとは、この事なのです。

【仏法の大科此よりはじまる。】
日本国における仏法の大謗法は、実にここから始まったのです。

【日本国亡国となるべき先兆なり。】
また、これは日本国が亡国となるべき先兆でもあったのです。

【棟梁〔とうりょう〕たる法華経既に大日経の椽梠〔てんりょ〕となりぬ。】
棟梁であるべき法華経は、既に大日経の従者となってしまったのです。

【王法も下剋上〔げこくじょう〕して、】
世間においても下剋上の世となり、

【王位も臣下に随ふべかりしを、】
王がその臣下に従わなければならなくなったのですが、

【其の時又一類の学者有って堅く此の法門を諍論せし上、】
この時は、まだ、天台、真言の優劣、浅深について論争を行う学者もいた上、

【座主も両方を兼ねて事いまだきれざりしかば、世も忽ちにほろびず有りけるか。】
天台座主も法華経と大日経とを併せ持ち、世の中もすぐには滅びなかったのです。

【例せば外典に云はく「大国には諍臣七人、中国には五人、小国には三人】
それは例えば外典に「大国に王を諫める家臣が七人、中国に五人、小国に三人いて、

【諍論すれば、たとひ政道に謬誤〔みょうご〕出来すれども国も破れず、】
常に議論をすれば、たとえ政道に誤りが起きても国が破れず、

【乃至家に諌〔いさ〕むる子あれば親不義におちず」と申すが如く、】
家の中に諫める子がいれば親が不義に堕ちず」と述べています。

【仏家も又是くの如し。】
仏教においても、また同じなのです。

【天台・真言の勝劣浅深事〔こと〕きれざりしかば】
天台と真言の優劣、浅深について議論が続いていれば、

【少々の災難は出来せしかども、】
少々の災難は、起きたけれども

【青天〔せいてん〕にも捨てられず、黄地〔おうじ〕にも犯されず。】
青天に捨てられる事もなく、大地に犯される事もなく、

【一国の内の事にてありし程に、】
災害も一国の内に限られて来たのですが、

【人王七十七代後白河の法皇の御宇に当たりて、】
人王七十七代の後白河法皇の時代になって、

【天台座主の明雲〔みょううん〕、】
天台座主の明雲が

【伝教大師の止観院の法華経の三部をすてゝ、】
伝教大師が建立した止観院の法華経、金光明経、人王経の三部を捨てて、

【慈覚大師の総持院の大日の三部に付き給ふ。】
慈覚大師の総持院に安置した大日経の真言三部経についてしまったのです。

【天台山は名計りにて真言山になり、】
この為、比叡山は、天台法華とは、名ばかりでその実は、真言の山となり、

【法華経の所領は大日経の地となる。】
法華経の所領は、大日経の領地となってしまったのです。

【天台と真言と、座主と大衆と敵対あるべき序〔ついで〕なり。】
これは、天台と真言、座主と大衆との敵対が始まる前兆であり、

【国又王と臣と諍論して王が臣に随へらるべき序なり。】
国においても、王とその臣下とが争い、王がその臣下に従う時代の前兆であり、

【一国乱れて他国に破らるべき序なり。】
一国が乱れて他国に破られる前兆でもあったのです。

【而れば明雲は義仲に殺され、】
それ故、明雲は、義仲に殺され、

【院も清盛に随へられ給ふ。】
院もその臣下たる清盛に従えられてしまったのです。

【而れども公家も叡山も共に此の故としらずして、】
しかし公家も比叡山も、この原因が法華経を大日経に変えた為であると知らずに、

【世静かならずして過ぐる程に、】
世の中は、静まらないままに時が過ぎてゆくにつれて、

【災難次第に増長して人王八十二代隠岐〔おき〕の法王の御宇に至りて、】
災難は、次第に増し、人王八十二代の後鳥羽院上皇の時代に至って、

【一災起これば二災起こると申して禅宗・念仏宗起こり合ひぬ。】
一災起これば二災起こると云うように禅宗、念仏宗が相次いで起こったのです。

【善導房は法華経は末代には千中無一とかき、】
善導房は、法華経によって成仏する者は、末代では「千中無一」であると書き、

【法然は捨閉閣抛〔しゃへいかくほう〕と云云。】
法然は、法華経を「捨てよ、閉じよ、閣け、抛て」と言い、

【禅宗は法華経を失はんがために教外別伝・不立文字とのゝしる。】
また禅宗は、法華経を排除する為に「教外別伝、不立文字」と主張したのです。


ページのトップへ戻る