日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


法華取要抄 5 第四章 広開近顕遠と略開近顕遠


【問うて曰く、法華経は誰人の為に之を説くや。】
それでは、法華経は、誰の為に説かれたのでしょうか。

【答へて曰く、方便品より人記品に至るまでの八品に二意あり。】
それは、方便品第二より人記品第九までの八品には、二つの意味があるのです。

【上より下に向かって次第に之を読めば第一は菩薩、】
上から下に向かって、これを読めば、第一は、菩薩、

【第二は二乗、第三は凡夫なり。安楽行〔あんらくぎょう〕より観持〔かんじ〕・】
第二は、二乗、第三は、凡夫に説かれたのです。安楽行品第十四、勧持品第十三、

【提婆〔だいば〕・宝塔〔ほうとう)・法師〔ほっし〕と逆次〔ぎゃくじ〕に】
提婆達多品第十二、見宝塔品第十一、法師品第十と逆に、

【之を読めば滅後の衆生を以て本と為〔な〕す。】
これを読めば、釈尊滅後の衆生をもって本意としており、

【在世の衆生は傍〔ぼう〕なり。】
釈尊在世の衆生は、二の次なのです。

【滅後を以て之を論ずれば正法一千年・】
釈迦滅後について、それを論じるならば、正法の一千年、

【像法一千年は傍なり。末法を以て正と為す。】
像法の一千年は、本意ではなく、末法をもって本意とするのです。

【末法の中には日蓮を以て正と為すなり。】
末法の中では、日蓮をもって本意とするのです。

【問うて曰く、其の証拠如何。】
それでは、その証拠とは、何なのですか。

【答へて曰く「況滅度後〔きょうめつどご〕」の文是なり。】
それは、法師品第十の「況んや滅度の後をや」と云う文章がその証拠なのです。

【疑って云はく、日蓮を正と為す正文如何。】
それは、本当でしょうか。それでは、日蓮を本意とする文章とは、何でしょうか。

【答へて云はく「諸の無智の人の、悪口罵詈〔めり〕等し、】
それは、勧持品第十三に「諸の無智の人が悪口〔あっく〕罵詈〔めり〕し、

【及び刀杖〔とうじょう〕を加ふる者有らん」等云云。】
刀杖を加える者がいる」と説かれているのです。

【問うて曰く、自讃〔じさん〕は如何。】
それでは、どうして、そのように自讃されるのでしょうか。

【答へて曰く、喜び身に余るが故に堪へ難くして自讃するなり。】
それは、喜びが身に余る故に、それに耐えきれずに自讃するのです。

【問うて曰く、本門の心は如何。】
それでは、本門の本意とは、どのようなものでしょうか。

【答へて曰く、本門に於て二の心有り。一には涌出品〔ゆじゅっぽん〕の】
それは、本門には、二つの本意があるのです。第一には、涌出品の

【略〔りゃく〕開近〔かいごん〕顕遠〔けんのん〕は】
略開近顕遠は、

【前四味〔ぜんしみ〕並びに迹門の諸衆をして脱せしめんが為なり。】
爾前経と迹門の諸衆を法華経本門へと導く為に説かれたのであり。

【二には涌出品の動執生疑〔どうしゅうしょうぎ〕より一半並びに】
第二には、涌出品の動執生疑以下の半品

【寿量品・分別〔ふんべつ〕功徳品〔くどくほん〕の半品、】
そして寿量品さらに分別功徳品の前の半品、

【已上一品二半を広〔こう〕開近〔かいごん〕顕遠〔けんのん〕と名づく。】
以上の一品二半を広開近顕遠と名付け、

【一向に滅後の為なり。】
これは、ひとえに釈尊滅後の為に説かれたのです。

【問うて曰く、略開近顕遠の心は如何。】
それでは、略開近顕遠の本意とは、いかなるものなのでしょうか。

【答へて曰く、文殊・弥勒等の諸大菩薩。】
それは、文殊菩薩、弥勒菩薩の諸大菩薩や、

【梵天・帝釈・日・月・衆星・竜王等、】
大梵天王、帝釈天、日天子、月天子、衆星、竜王などは、

【初成道の時より般若経に至る已来】
釈尊が、初めて成道した時から般若経を説き終わるまでは、

【一人も釈尊の御弟子に非ず。】
一人として釈尊の弟子ではなかったのです。

【此等の菩薩・天人は初成道の時、】
これらの菩薩や天人達は、釈尊が初めて成道した時に、

【仏未だ説法したまはざる已前に】
仏が、まだ説法をされていない以前から、

【不思議解脱に住して我〔われ〕と別円二教を演説す。】
不思議解脱と云う悟りの境界に在って、すでに別教と円教を理解していたのです。

【釈尊其の後に阿含・方等・般若を宣説したまふ。】
釈尊は、その後に阿含経や方等経や般若経を説かれたけれども、

【然りと雖も全く此等の諸人の得分〔とくぶん〕に非ず。】
全く、これらの人々の得るところとは、ならなかったのです。

【既に別円二教を知りぬれば蔵通をも又知れり。】
すでに別教と円教の二教を知っていたので蔵教と通教も理解していたのです。

【勝は劣を兼〔か〕ぬる是なり。】
大は、小を兼ねるとは、この事なのです。

【委細〔いさい〕に之を論ぜば或は釈尊の師匠なるか、】
詳細に、これを論じる者がいるとすれば、その人は、まさに釈尊の師匠でしょうか。

【善知識とは是なり。釈尊に随ふに非ず。】
善知識とは、この事なのです。釈尊に従った訳ではないのです。

【法華経の迹門の八品に来至して始めて未聞の法を聞いて】
それが、法華経の迹門の八品に至って、始めて未聞の法を聞いて、

【此等の人々は弟子と成りぬ。】
これらの人々は、初めて釈尊の弟子と成ったのです。

【舎利弗・目連等は鹿苑〔ろくおん〕より已来初発心〔しょほっしん〕の弟子なり。】
舎利弗や目連らは、釈尊が小乗を説いた鹿野苑の時に、初めて発心した弟子ですが、

【然りと雖も権法のみを許せり。】
釈尊は、爾前経の間は、権法だけを説かれたのであり、

【今法華経に来至して実法を授与〔じゅよ〕し、】
今、法華経に至って真実の法門を授与し、

【法華経の本門の略開近顕遠に来至して、】
法華経本門の略開近顕遠に至って、

【華厳よりの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日・月・四天・】
華厳経以来の大菩薩も二乗も、大梵天王、帝釈天、日天子、月天子、四天王、

【竜王等位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり。】
竜王などらの天人も、妙覚の隣の位に登り、また妙覚の位に入ったのです。

【若し爾〔しか〕れば今我等天に向かって之を見れば】
そうであれば、私たちが今、菩薩、二乗、天界のこれらの人々を見たとすれば、

【生身〔しょうじん〕の妙覚の仏が本位〔ほんい〕に居〔こ〕して】
生身の妙覚の仏が不思議解脱に住して

【衆生を利益する是なり。】
衆生を利益するとは、是の事なのです。

【問うて曰く、誰人の為に広開近顕遠の寿量品を演説するや。】
それでは、釈尊は、誰の為に広開近顕遠の寿量品を説いたのでしょうか。

【答へて曰く、寿量品の一品二半は始めより終はりに至るまで】
それは、寿量品を中心とした広開近顕遠の一品二半は、初めから終りに至るまで、

【正しく滅後の衆生の為なり。】
まさしく、釈迦滅後の衆生の為に説かれたのです。

【滅後の中には末法今時の日蓮等が為なり。】
滅後の中では、末法、現在の日蓮とその弟子、檀那の為なのです。

【疑って云はく、此の法門前代に未だ之を聞かず、】
しかし、この法門は、前代に未だ聞いた事がありません。

【経文に之有りや。】
経文の何処に、この事が説かれているのでしょうか。

【答へて曰く、予が智前賢〔ぜんけん〕に超〔こ〕えず、】
それは、私の智慧では、前代の賢人を超える事はないので、

【設〔たと〕ひ経文を引くと雖も誰人か之を信ぜん。】
たとえ、経文を引いたとしても、誰が私を信じるでしょうか。

【卞和〔べんか〕が啼泣〔ていきゅう〕、】
それは、昔、楚の卞和が正しい事が受け入れられず、声をあげて泣き、

【伍子胥〔ごししょ〕が悲傷〔ひしょう〕是なり。】
呉の伍子胥が諫言を聞き入れられなかった為に心を痛めたのと同じ事なのです。

【然りと雖も略開近顕遠・動執生疑の文に云はく】
しかし、湧出品の略開近顕遠、動執生疑の経文には、

【「然〔しか〕も諸の新発意の菩薩、仏の滅後に於て、】
「しかも諸々の初めて発心した菩薩は、釈迦滅後においても、

【若し是の語を聞かば、或は信受せずして、】
もし、この言葉を聞いたならば、あるいは信受せずに、

【法を破する罪業の因縁を起こさん」等云云。】
法を破壊する罪業の因縁を作るであろう」と説かれているのです。

【文の心は寿量品を説かずんば】
この文の意味は、釈尊が寿量品を説かなければ、

【末代の凡夫皆悪道に堕せん等なり。】
末代の凡夫は、すべて悪道に堕ちてしまうであろうと云う事なのです。

【寿量品に云はく「是の好き良薬を今留〔とど〕めて此に在〔お〕く」等云云。】
その寿量品には「是の好き良薬を今留めてここにおく」と説かれているのです。

【文の心は上〔かみ〕は過去の事を説くに似たる様なれども、】
この経文の前に説かれた広開近顕遠の文は、過去の事を説いたように思えますが、

【此の文を以て之を案ずるに滅後を以て本と為す。】
この文章を以て考えてみれば、釈尊の滅後を本意としているのです。

【先づ先例を引くなり。】
これは、まず過去の例を引いて、未来の事を示したのです。

【分別〔ふんべつ〕功徳品に云はく「悪世末法の時」等云云。】
さらに、分別功徳品には「悪世末法の時」と説かれています。

【神力品に云はく「仏の滅度の後に能く是の経を持たんを以ての故に、】
神力品には「仏の滅度の後によく法華経を持つ故に、

【諸仏皆歓喜して無量の神力を現じたまふ」等云云。】
諸の仏は、皆、歓喜して無量の神力を現わされる」と説かれています。

【薬王品に云はく「我が滅度の後、後五百歳の中に広宣流布して】
薬王品には「我が滅度の後、後の五百歳のうちに法華経を広宣流布して、

【閻浮提〔えんぶだい〕に於て断絶せしむること無〔な〕けん」等云云。】
閻浮提において断絶するような事はない」と説かれているのです。

【又云はく「此の経は則ち為〔こ〕れ閻浮提の人の病の良薬なり」等云云。】
さらに「この経は、すなわち閻浮提の人の病の良薬である」と説かれているのです。

【涅槃経に云はく「譬へば七子あり、父母平等ならざるに非ざれども】
涅槃経には「たとえば、父母は、七人の子に対して平等でないと云う事はないが、

【然も病者に於て心即〔すなわ〕ち偏〔ひとえ〕に重きが如し」等云云。】
それでも病気の子に対しては、特に心を砕く」と説かれています。

【七子の中の第一第二は一闡提〔いっせんだい〕謗法の衆生なり。】
七子の中の第一番と第二番は、一闡提、謗法の衆生の事です。

【諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり。】
諸々の病気の中では、法華経を誹謗する事が第一の重病なのです。

【諸薬の中に南無妙法蓮華経は第一の良薬なり。】
多くの薬の中では、南無妙法蓮華経が第一の良薬なのです。

【此の一閻浮提は縦広〔じゅうこう〕七千由善那〔ゆぜんな〕八万の国之有り。】
この一閻浮提は、縦、横、それぞれ七千由善那あり、八万の国々があります。

【正像二千年の間未〔いま〕だ広宣流布せざる法華経を】
正法、像法二千年の間には、未だ広宣流布していない法華経を、

【当世〔とうせい〕に当たって流布せしめずんば】
末法において流布させなければ、

【釈尊は大妄語〔だいもうご〕の仏、】
釈尊は、大妄語を説いた仏となり、

【多宝仏の証明は泡沫〔ほうまつ〕に同じく、】
多宝如来の証明は、泡のように儚いものとなり、

【十方分身の仏の助舌〔じょぜつ〕も芭蕉〔ばしょう〕の如くならん。】
十方分身の仏が証明の為に出した舌も芭蕉の葉のようになってしまうのです。


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