日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


唱法華題目抄 6 第五章 秘術をば未だ説き顕はさず


【問うて云はく、始めに智者の御物語とて申しつるは、】
始めに念仏の智者が云った話を述べたのは、

【所詮〔しょせん〕後世の事の疑はしき故に】
彼らが云った極楽往生を疑わしく思えた為であり、

【善悪を申して承らんためなり。】
極楽往生に善悪は関係ないと云う彼らの主張に対して意見を求めたのであり、

【彼の義等は恐ろしき事にあるにこそ侍〔はべ〕るなれ。】
このような悪知識は、あなたの言われるように、ほんとうに恐ろしい事です。

【一文不通の我等が如くなる者はいかにしてか法華経に信をとり候べき。】
そこで、文章力がない私たちは、どうして法華経を信じたらよいのでしょうか。

【又心ねをば何様〔いかよう〕に思ひ定め侍らん。】
また、どのような心根を以て、この事に思い定めていけばよいのでしょうか。

【答へて云はく、此の身の申す事をも】
それについては、この私が申しあげる事も、

【一定〔いちじょう〕とおぼしめさるまじきにや。】
一概に正しい事とも思われないでしょう。

【其の故はかやうに申すも】
その理由は、このような道理を申し上げても、

【天魔波旬〔はじゅん〕・悪鬼等の身に入って、】
もしかしたら、天魔、波旬、悪鬼などが私の身に入って、

【人の善〔よ〕き法門を破りやすらんとおぼしめされ候はん。】
人々が正しいと思っている法門を破壊しているのではと思われるからなのです。

【一切は賢きが智者にて侍るにや。】
すべては、賢い者が必ずしも智者ではなく法華経を信じないからなのです。

【問うて云はく、若しかやうに疑ひ候はゞ、】
それでは、もし、このようにすべてを疑ってかかるのであれば、

【我が身は愚者にて侍り、万〔よろず〕の智者の御語をば疑ひ、】
私自身は、愚かであり、万人の智者の言葉を疑い、

【さて信ずる方も無くして空しく一期〔ご〕過ごし侍るべきにや。】
すべて信じる者も無くして、空しく一生を過ごさなければならないのでしょうか。

【答へて云はく、仏の遺言に依法〔えほう〕不依人〔ふえにん〕と】
それについては、仏の遺言には「依法不依人」と

【説かせ給ひて候へば、経の如くに説かざるをば、】
説かれているので、経文の通りではないのであれば、

【何にいみじき人なりとも御信用あるべからず候か。】
どんなに立派な人であっても、それを信用してはいけないのです。

【又依了義経〔えりょうぎきょう〕・】
仏の道理を説いた了義経を根拠とし、

【不依不了義経〔ふえふりょうぎきょう〕と】
人々の理解力に合わせて説いた不了義経を根拠としてはならないと

【説かれて候へば、愚癡〔ぐち〕の身にして一代聖教の】
説かれているので、愚かな身で釈尊一代の聖教の

【前後浅深〔せんじん〕を弁〔わきま〕へざらん程は】
前後や浅深を理解出来ないならば、

【了義経に付かせ給ひ候へ。了義経・不了義経も多く候。】
了義経に付くべきであるのです。また了義経、不了義経にも多くあり、

【阿含小乗経は不了義経、華厳・方等・般若・浄土の観経等は了義経。】
阿含小乗経は、不了義経で、華厳、方等、般若、浄土の観経などは、了義経です。

【又四十余年の諸経を法華経に対すれば】
また四十年余りの諸経は、法華経と比較すると、

【不了義経、法華経は了義経。涅槃経を法華経に対すれば、】
不了義経であり、法華経は了義経となるのです。涅槃経と法華経を比較するならば、

【法華経は了義経、涅槃経は不了義経。】
法華経は了義経となり、涅槃経は不了義経となるのです。

【大日経を法華経に対すれば、大日経は不了義経、法華経は了義経なり。】
大日経と法華経を比較すれば、大日経は不了義経で法華経は了義経であるのです。

【故に四十余年の諸経並びに涅槃経を打ち捨てさせ給ひて】
したがって四十年余りの諸経並びに涅槃経は捨てて、

【法華経を師匠と御憑〔たの〕み候へ。】
法華経を師匠としなければならないのです。

【法華経をば国王・父母・日月・大海・須弥山〔しゅみせん〕・】
法華経を国王、父母、太陽、月、大海、須弥山、

【天地の如くおぼしめせ。】
天地のように思わなければならないのです。

【諸経をば関白・大臣・公卿〔くぎょう〕・乃至万民・衆星・江河・諸山・】
諸経は、関白、大臣、公卿、万民、星、江河、諸山、

【草木等の如くおぼしめすべし。】
草木等であると思うべきなのです。

【我等が身は末代造悪の愚者・鈍者・非法器の者、】
私たちの身は、末法の時代に悪を作る愚か者であり、鈍者、非法器の者です。

【国王は臣下よりも人をたすくる人、】
国王は、臣下よりも国民を助ける人であるのです。

【父母は他人よりも子をあはれむ者、】
父母は、他人よりも子を哀れむ者であるのです 。

【日月は衆星より暗〔やみ〕を照らす者、】
太陽や月は、多くの星よりも暗闇を照らすものなのです。

【法華経は機に叶〔かな〕はずんば況んや余経は助け難しとおぼしめせ。】
法華経が機に叶わないと云うのであれば余経はなおさら助け難いと思いなさい。

【又釈迦如来と阿弥陀〔あみだ〕如来・薬師〔やくし〕如来・多宝仏・観音・】
また釈迦如来と阿弥陀如来、薬師如来、多宝仏、観音、

【勢至〔せいし〕・普賢〔ふげん〕・文殊〔もんじゅ〕等の】
勢至、普賢、文殊などの

【一切の諸仏菩薩は我等が慈悲の父母、】
一切の諸仏、菩薩は、私たちの慈悲の父母であるのです。

【此の仏菩薩の衆生を教化する慈悲の極理は】
この仏や菩薩が衆生を教化する慈悲の極理は、

【唯法華経にのみとゞまれりとおぼしめせ。】
ただ法華経にのみ有ると思いなさい。

【諸経は悪人・愚者・鈍者・女人・根欠〔こんけつ〕等の者を救ふ】
諸経には、悪人、愚者、鈍者、女人、理解力がない者などを救う

【秘術をば未だ説き顕はさずとおぼしめせ。】
秘術は、いまだ説き顕わされていないと思いなさい。

【法華経の一切経に勝れ候故は但此の事に侍〔はべ〕り。】
法華経は、すべての経よりも優れており、理由はただ以上の事によるのです。

【而るを当世の学者、法華経をば一切経に勝れたりと讃〔ほ〕めて、】
それを今の時代の学者は、法華経はすべての経より優れていると褒めながら、

【而も末代の機に叶はずと】
末法の時代の時期には、適応しないと言うのです。

【申すを皆信ずる事豈〔あに〕謗法の人に侍らずや。】
この事を全ての者に信じさせて、どうして謗法の人とならない事があるでしょうか。

【只一口におぼしめし切〔き〕らせ給ひ候へ。】
ただ一口に思い切りなさい。

【所詮法華経の文字を破りさきなんどせんには】
ただ法華経の文字を破ったり裂いたりなどしても、

【法華経の心やぶるべからず。】
法華経の心を破る事は出来ないのです。

【又世間の悪業に対して云ひうとむるとも、人々用ゆべからず。】
世間の善悪によって法華経を嫌わせようとしても人々は信じないのです。

【只〔ただ〕相〔あい〕似〔に〕たる権経の義理を以て云ひうとむるにこそ、】
ただ、それと同じような権経の道理を言って嫌うようにさせてこそ、

【人はたぼらかさるれとおぼしめすべし。】
人は、騙されるものだと思いなさい。


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