日蓮正宗法華講開信寺支部より

日蓮正宗への帰依をお勧めします。


ようこそ開信寺へ


一般に信仰とは、年寄りがする先祖への供養や、何かを求める一種の精神修養や、観光旅行気分の寺院巡りや、自分の生活を楽しむ為の慈善活動やサークル活動ぐらいの認識しかない人が多いようです。また、困った時の神頼みや、社会的儀礼でもある墓参や法事で、なにがしかの神仏に手を合わせ、願をかけ、守り札などを大事にすることが、信仰だと思っている人もいます。しかし、真実の信仰とは、生、老、病、死の四苦を乗り越えて、いかなる苦悩に喘ぐ衆生をも救い助けていく力であるのです。したがって、正しい信仰とは、単なる現実からの逃避や気安めではなく、何よりも人間の生命の問題と、その生き方、人の幸不幸にかかわる、実に重大な意義を持っているのです。
私たちは、日常さまざまな事を信じながら生きています。人を信じ、国を信じ、社会を信じ、常識を信じ、いままでに教育された事を正しいと信じて生きているのです。また、それを信じていればこそ、善悪や、損得や、他人の評価を考慮して行動することが出来ます。幼児の頃は誰でも、母親を信じ、肉親を信じ、また、人々の善意を信じて生きて来たはずです。どんなに立派な人であっても自分一人で生きてこれた人はいません。みんな、周りの人々を信じて生きているのです。病気になれば病院へ行って医者にかかるのも、また、なにか緊急事態に遭遇すれば消防や警察に連絡するのもすべては、これらを信じているからではないでしょうか。
しかし、信仰の対象として、そのように信じられる宗教が実際にあるでしょうか。もし、信仰が趣味や道楽にすぎないのであれば、別に間違っていてもそれほどの問題は、ないかも知れません。しかし、それが人々の精神を侵〔おか〕し、そのことによって社会が狂ってしまうとしたら、どうでしょうか。日本は、かつて国家神道という間違った宗教を信じた為に国家そのものが滅びてしまいました。このことは、間違った宗教がどんなに怖ろしいものであったかを如実に知らしめています。正しい信仰とは、人間の思想の根本であり基本なのです。そしてそれは、思想だけの事ではなく、身体や人生、また、その人を取り巻く社会すら、変えていくのです。間違った宗教は、麻薬と同じです。それを使い続ければ、いずれ、その麻薬に精神だけではなく身体も犯されていきます。そうなれば、その人生は、滅茶苦茶になります。また、その人の周囲の人々がそれで悪い影響を受けないわけがないのです。そうやって、間違った宗教は、社会を麻薬のように狂わせてしまうのです。
それでは、どうやって信じるにたる正しい宗教を見分ける事が出来るのでしょうか。また、そのような宗教が実際に存在するのでしょうか。もちろん、それを我儘〔わがまま〕な子供のように好き嫌いで判断する事もできないし、また、まやかしのような妖〔あや〕しげなものを信じる事もできないでしょう。さらには、自分だけが利益を享受するようなものが信じるにたる正しい宗教とも思えません。ましてや、先祖代々やっているからとか、みんなが信じているからとかで正しい宗教がわかるはずもありません。なぜなら、そんな宗教によって人々が幸福になっているとはとても思えない現状があるからです。結局は、過去の人々によって書かれた文章を検証し、理性によって論理的に考え、実際にそれを検証してみるしかないのです。
日蓮大聖人は、徹底してその事を実践された方です。仏法のすべての経文を読まれて法華経こそ真実の教えであることを理解され、その経に書かれている通りの法華経の行者としての人生を歩まれたのです。そして自らが末法の御本仏である事を自覚され、三大秘法の大御本尊を御図顕され建立されたのです。それが現在、日蓮正宗、富士大石寺〔ふじたいせきじ〕に御安置されている大御本尊なのです。
この大御本尊に南無妙法蓮華経と唱えることが正しい信仰であり、その題目によって、すべての人々の苦悩を喜びに変え、大難を乗り越え、煩悩を菩提へ、生死を涅槃へ、裟婆の忍土を寂光の楽土へと転換させる事が出来るのです。また、現在の苦悩だけではなく、この御本尊にそなわる題目の功徳によって、父母を救い、先祖代々の人々を成仏させ、また、未来の子孫をも救済できる福徳を積むことができるのです。
日蓮大聖人は、妙法を信受する功徳について、聖愚問答抄で 「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福〔さいわい〕や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」(御書406頁) と教えられています。また立正安国論には、「汝〔なんじ〕早く信仰の寸心を改めて実乗の一善に帰せよ。」(御書250頁)と言われています。一刻もはやく、信仰の寸心を改めて、日蓮正宗への帰依をお勧めします。


宗祖御誕生会

二月十六日、開信寺において「宗祖御誕生会」が開催されました。
まだまだ新型コロナの影響が心配されている中、多くの方がマスク姿でした。
勤行、唱題の後、御住職から誕生会の意義について、お話がありました。
釈迦牟尼仏の御入滅は、二月十五日であり、日蓮大聖人は、貞応元年(西暦1222年)二月十六日にお生まれになられました。
実に不思議な符合であり、日興上人が記された「産湯相承事」(御書1708頁)には、日蓮大聖人の母、梅菊(法号妙蓮禅尼)が不思議な夢を見たと話をされています。
「清澄寺に通夜申したりし時、汝が志〔こころざし〕真に神妙なり、一閻浮提第一の宝を与へんと思ふなり。東条の片海に三国大夫〔みくにのたいふ〕と云ふ者あり、是を夫と定めよと云々。七歳の春三月廿四日の夜なり、正〔たしか〕に今も覚え侍〔はべ〕るなり。」と述べられ、父母が亡くなられた後、不思議にも夢の通りに三国大夫重忠〔しげただ〕へ嫁がれました。
ある夜、「叡山の頂に腰をかけて近江の湖水を以て手を洗ひ、富士の山より日輪の出でたまふを懐〔いだ〕き奉ると思ひて、」大変驚いた夢を見た後に妊娠したと、夫の三国大夫に話すと私も不思議な夢を見たと言われ、虚空蔵菩薩が可愛い小さな子供を肩に乗せて現れ、「此の小人我が為には上行菩提薩埵なり。日の下の人の為には生財摩訶薩埵なり。亦一切有情の為には行く末三世常恒の大導師なり。是を汝に与へんとの給ふ見て後、」貴女から懐妊したと聞いたと夫婦で語り相ったのでした。
これが日蓮大聖人の御誕生での出来事なのです。
又、出産の夜にも、富士山の頂に登って十方を見ると、掌の中を見るように三世が明らかに見え、梵天・帝釈・四大天王等の諸天悉く来下〔らいげ〕して、「本地自受用報身如来の垂迹上行菩薩の御身を凡夫地に謙下〔けんげ〕したまふ。御誕生は唯今なり、〔中略〕人・天・竜・畜共に白き蓮を各手に捧げて、日に向かって」「今此三界〔こんしさんがい〕、皆是我有〔かいぜがう〕、其中衆生〔ごちゅうしゅじょう〕、悉是吾子〔しつぜごし〕、唯我一人〔ゆいがいちにん〕、能為救護〔のういくご〕」と唱え奉る夢を見て驚いて、則ち出産されたことが書かれています。
釈迦牟尼仏は、釈迦国の王子として生まれ、輝く姿で人々に敬われましたが、末法今世では、衆生を救う事は、出来ないと自ら説かれています。
日蓮大聖人は、自らを旃陀羅〔せんだら〕が子と言われています。旃陀羅とは、インドのカースト制度の最下級以下の人々の事で、人として扱われない賤しい者とされていました。日蓮大聖人は、末法の一切の衆生を救う御本仏として、最下級以下の身分として生まれられたのです。
本山富士大石寺では、毎年二月十六日に御影堂にて誕生会が執り行われた後、御法主上人が五重塔に御出仕され、扉を開き、読経、唱題をして御誕生会を奉祝されるそうです。大石寺の建物は、総て南向きに建てられていますが、五重塔だけは西向きに建てられています。それは、月氏国(インド)で釈迦牟尼仏が仏教を説かれ、東に広まり、その最後の際〔きわ〕が日本の富士大石寺の五重塔であり、そこから西に還って行く意義を現されているのです。
諌暁八幡抄(御書1543頁)に「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国〔ふそうこく〕をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ。月は西より東に向かへり、月氏の仏法、東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相〔ずいそう〕なり。月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝〔まさ〕れり、五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。」と、日蓮大聖人がその意味を書かれています。
今年は、その日蓮大聖人、御生誕八百年として三月から本山への登山が開始されます。その意義深い年の日蓮大聖人の御誕生会は、とても大切な日に思えました。開信寺でも登山の募集がありましたが、すぐに一杯になったそうです。皆、待ちこがれていたのでしょう。いつもの年のように登山が行われるようになり、大変嬉しく思いながら、家路につきました。


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2023年01月10日


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● 彼岸会         春分の日  
● 立宗会         4月28日 
● 盂蘭盆会        8月15日 
● 彼岸会         秋分の日  
● 日蓮大聖人御会式    10月
● 日目上人法要(目師会) 11月15日
● 法華講開信寺支部登山別途年間予定による

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● 御講毎月第2日曜日
● 塔婆供養・諸祈念願毎日

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● 唱題
● 御書研鑚
● 折伏・弘教

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