御書研鑚の集い 御書研鑽資料
日女御前御返事(御本尊相貌抄)
【日女御前御返事 弘安二年八月二三日 五八歳】
日女御前御返事 弘安2年8月23日 58歳御作
【御本尊供養の御為に鵞目〔がもく〕五貫・白米一駄・菓子其の数】
御本尊への供養の為に、銭を五貫文、白米を一駄、菓子を幾らか
【送り給び候ひ畢〔おわ〕んぬ。】
御送り頂きました。
【抑〔そもそも〕此の御本尊は在世五十年の中には八年、】
そもそも、この御本尊は、釈尊五十年の説法のうち、最後の八年間、
【八年の間にも】
その八年間にわたって説かれた法華経二十八品のうちでも
【涌出品〔ゆじゅっぽん〕より嘱累品〔ぞくるいほん〕まで八品に】
涌出品〔ゆじゅつぽん〕から、嘱累品〔ぞくるいほん〕に至る八品の間に
【顕はれ給ふなり。さて滅後には正法・像法・末法の中には、】
顕わされたのです。さて、釈迦滅後においては、正法、像法、末法の中でも、
【正像二千年にはいまだ本門の本尊と申す名だにもなし、】
正像二千年間には、いまだ本門の本尊という名前さえありませんでした。
【何に況んや顕はれ給はんをや。】
まして、その本尊が現実の姿として、顕われるはずもなく、
【又顕はすべき人なし。】
また、その本尊を顕わすことができる人もいませんでした。
【天台・妙楽・伝教等は内には鑑〔かんが〕み給へども、】
像法時代の天台、妙楽、伝教などは、心の内では、悟っていましたが、
【故こそあるらめ言〔ことば〕には出だし給はず。】
なにか理由があったのでしょう。言葉に出しては、説かなかったのです。
【彼の顔淵〔がんえん〕が聞きし事、】
あたかも、中国の儒者・顔回〔がんかい〕が、師の孔子〔こうし〕から学んだことを
【意〔こころ〕にはさとるといへども言に顕はしていはざるが如し。】
心の中では、悟っていましたが、言葉に出して言わなかったのと同じなのです。
【然るに仏滅後二千年過ぎて、末法の始めの五百年に出現せさせ給ふべき由、】
しかしながら、釈尊滅後二千年を過ぎて、末法の始めの五百年に、
【経文赫々〔かくかく〕たり明々たり。】
この本尊が出現されるであろうことは、経文に明確に説かれているのです。
【天台・妙楽等の解釈分明〔ふんみょう〕なり。】
また、天台大師や妙楽大師などの解釈にも明らかに記〔しる〕されているのです。
【爰〔ここ〕に日蓮いかなる不思議にてや候らん、竜樹〔りゅうじゅ〕・】
ここに、日蓮は、いかなる不思議でしょうか、正法時代の竜樹〔りゅうじゅ〕、
【天親〔てんじん〕等、天台・妙楽等だにも】
天親〔てんじん〕など、像法時代の天台大師、妙楽大師などでさえ、
【顕はし給はざる大曼荼羅〔だいまんだら〕を、末法二百余年の比〔ころ〕、】
顕わすことのなかった大曼荼羅を、末法に入って二百余年を経たこの時に、
【はじめて法華弘通のはたじるし〔旗印〕として顕はし奉るなり。】
初めて法華・弘通の旗印として顕〔あら〕わしたのです。
【是全く日蓮が自作にあらず、】
この大曼荼羅は、日蓮が勝手に作り出したものでは、ありません。
【多宝〔たほう〕塔中〔たっちゅう〕の大牟尼世尊〔だいむにせそん〕・】
法華経で出現した多宝塔〔たほうとう〕の中の釈迦牟尼仏、並びに
【分身〔ふんじん〕の諸仏の】
十方分身〔ふんじん〕の諸仏の姿を、
【すり〔摺〕かたぎ〔形木〕たる本尊なり。】
版木で摺〔す〕るように、摺〔す〕り顕わした本尊なのです。
【されば首題の五字は中央にかゝり、】
したがって、首題の五字は、中央に懸〔かか〕り、
【四大天王は宝塔の四方に坐し、】
四大天王は、宝塔の四方に座を占め、
【釈迦・多宝・本化〔ほんげ〕の四菩薩肩を並べ、普賢〔ふげん〕・】
釈迦・多宝、本化の四菩薩は、肩を並べ、普賢〔ふげん〕、
【文殊〔もんじゅ〕等、舎利弗〔しゃりほつ〕・】
文殊〔もんじゅ〕など、舎利弗〔しゃりほつ〕、
【目連〔もくれん〕等座を屈し、】
目連〔もくれん〕などが座を屈し、
【日天・月天・第六天の魔王・竜王・阿修羅〔あしゅら〕・其の外〔ほか〕】
さらに、日天、月天、第六天の魔王や、竜王、阿修羅〔あしゅら〕が並び、その外、
【不動・愛染〔あいぜん〕は南北の二方に陣を取り、】
不動明王と愛染〔あいぜん〕明王が、南北の二方に陣を取り、
【悪逆の達多〔だった〕・愚癡〔ぐち〕の竜女一座をはり、】
悪逆の提婆達多〔だいばだった〕や愚癡の竜女〔りゅうにょ〕も一座をはり、
【三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神〔きしもじん〕・】
三千世界の人の寿命を奪う悪鬼の鬼子母神や
【十羅刹女〔じゅうらせつにょ〕等、加之〔しかのみならず〕日本国の守護神たる】
十羅刹女等、そればかりでなく、日本国の守護神である
【天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神々、総じて大小の】
天照太神、八幡大菩薩、天神七代、地神五代の神々、すべての大小の
【神祇〔しんぎ〕等、体の神つら〔列〕なる、】
神祇などの、すべての神が、この御本尊の中に列座しているのです。
【其の余の用〔ゆう〕の神豈〔あに〕もるべきや。】
それ故、その他の力用〔りきゆう〕の神が、どうして漏れるはずがあるでしょうか。
【宝塔品に云はく「諸の大衆を接して皆虚空〔こくう〕に在り」云云。】
宝塔品には「諸の大衆を接して、皆、虚空に在〔あ〕り」とあります。
【此等の仏・菩薩・大聖〔だいしょう〕等、総じて序品列座の】
これらの仏・菩薩・大聖など、さらに法華経・序品の会座に列〔つら〕なった
【二界・八番の雑衆等、一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、】
欲界・色界の八種類の雑衆など、一人も漏れずに、この本尊の中に住し、
【妙法五字の光明〔こうみょう〕にてらされて本有〔ほんぬ〕の】
妙法の五字の光明に照らされて、本来のありのままの
【尊形〔そんぎょう〕となる。是を本尊とは申すなり。】
尊〔とうと〕い姿となっているのです。これを本尊と言うのです。
【経に諸法実相と云ふは是なり。】
法華経・方便品にある「諸法実相」とは、この大曼荼羅の相貌のことをいうのです。
【妙楽云はく「実相は必ず諸法、諸法は必ず十如】
妙楽大師は、この文を「実相は、必ず諸法であり、諸法は、必ず十如是〔にょぜ〕が
【乃至十界は必ず身土」云云。】
具〔そな〕わり、十界は、必ず、身体と国土の上に実在する」と解釈しています。
【又云はく「実相の深理、本有の妙法蓮華経」等云云。】
また、「実相の深理とは、本有の妙法蓮華経のことである」と説かれています。
【伝教大師云はく「一念三千即自受用身〔じじゅ・ゆうしん〕、】
伝教大師は「一念三千とは、自受用身〔じじゅ・ゆうしん〕のことであり、
【自受用身とは出尊形の仏なり」文。】
自受用身とは、尊形を出た本有・無作の仏のことである」と説かれています。
【此の故に末曾有〔みぞう〕の大曼荼羅とは名付け奉るなり。】
この故に、未曾有〔みぞう〕の大曼荼羅と名づけるのです。
【仏滅後二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云ふ事なり。】
釈迦・滅後二千二百二十余年の間には、この御本尊は、未だ出現しなかったのです。
【かゝる御本尊を供養し奉り給ふ女人、現在には幸ひをまねき、】
このような尊い御本尊を供養する女性は、現在には、幸せを招きよせ、
【後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて、闇に】
後生〔ごしょう〕は、この御本尊が左右前後に添い立たれて、あたかも闇夜に
【灯〔ともしび〕の如く、険難の処に強力を得たるが如く、】
燈火〔ともしび〕を得たように、また、険しい路では、強い仲間を得るように、
【彼〔かし〕こへまはり、此へより、日女御前をかこ〔囲〕み】
あちらにまわり、こちらに寄りそって、日女御前の周りを取り囲み
【まぼ〔守〕り給ふべきなり。相構へ相構へて、とわり〔遊女〕を我が家へ】
護ることでしょう。よくよく心を引きしめて、遊女を我が家へ
【よ〔寄〕せたくもなき様に、謗法の者をせ〔塞〕かせ給ふべし。】
近づけさせたくないと思うように、謗法の者を近づけては、なりません。
【「悪知識を捨て善友に親近〔しんごん〕せよ」とは是なり。】
「悪知識を捨てて、善友に親近〔しんごん〕せよ」とは、このことなのです。
【此の御本尊全く余所〔よそ〕に求むる事なかれ。】
この御本尊は、全く他所〔よそ〕に求めては、なりません。
【只我等衆生、法華経を持ちて】
ただ、日蓮とその弟子・檀那〔だんな〕などのように、御本尊を信受して、
【南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり。】
南無妙法蓮華経と唱える胸の、その肉体の中におられるのです。
【是を九識〔くしき〕心王〔しんのう〕真如〔しんにょ〕の都とは申すなり。】
これを「九識心王真如〔しんのう・しんにょ〕の都〔みやこ〕」と言うのです。
【十界具足とは十界一界もか〔欠〕けず一界にあるなり。】
十界具足とは、十界の各界が一界も欠けず、そのまま一界に納まるということです。
【之に依って曼陀羅とは申すなり。曼陀羅と云ふは天竺〔てんじく〕の名なり、】
これによって本尊を曼陀羅というのです。曼陀羅というのは、インドの言葉であり、
【此には輪円〔りんねん〕具足〔ぐそく〕とも】
その意味を訳せば、円の輪と同じく、すべてが具〔そな〕わっているものとも、
【功徳聚〔くどくじゅ〕とも名づくるなり。】
功徳を聚〔あつ〕めたものともいうのです。
【此の御本尊も只信心の二字にをさまれり。】
この御本尊も、ただ、信心の二字に収まっているのです。
【以信得入〔いしん・とくにゅう〕とは是なり。】
法華経・譬喩品の「信を以って入ることを得たり」とあるのは、このことなのです。
【日蓮が弟子檀那等「正直捨方便」】
日蓮の弟子・檀那(だんな)等は、法華経の方便品の「正直に方便を捨てて」の文や
【「不受余経一偈〔ふじゅ・よきょう・いちげ〕」と】
法華経・譬喩品の「余経の一偈をも受持してはならない」との文の通り、
【無二に信ずる故によ〔因〕て、】
この御本尊のみを唯一無二に信ずることによって、
【此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり。たのもしたのもし。】
この御本尊の宝塔の中に入ることができるのです。まことに頼もしいことです。
【如何〔いか〕にも後生をたしな〔嗜〕み給ふべし、たしなみ給ふべし。】
なんとしても、後生のことを心がけて信心を続けてください。
【穴賢〔あなかしこ〕。】
心より申し上げます。
【南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤〔もっと〕も大切なり。】
それには、南無妙法蓮華経とだけ唱えて、成仏していくことが最も大切なのです。
【信心の厚薄によるべきなり。】
ひとえに成仏するか、しないかは、信心の厚薄〔こうはく〕によるのです。
【仏法の根本は信を以て源とす。】
仏法の根本は、信をもって源〔みなもと〕とするのです。
【されば止観の四に云はく「仏法は海の如し、】
それゆえ、天台大師の摩訶止観の第四巻には、「仏法は、海のようなものであり、
【唯信のみ能く入る」と。】
ただ、信によってのみ入ることができるのである」と説かれています。
【弘決の四に云はく「仏法は海の如し、】
同じく妙楽大師の弘決〔ぐけつ〕の第四巻には、摩訶止観の「仏法は海の如し、
【唯信のみ能く入るとは、孔丘〔こうきゅう〕の言〔ことば〕尚〔なお〕信を】
唯〔ただ〕信のみ能〔よ〕く入るとは、孔子の教えでさえも、信ずることを
【首〔はじめ〕と為す、況んや仏法の深理をや。】
第一としているのであり、まして、仏法の深い哲理は、当然、そうなのである。
【信無くして寧〔むし〕ろ入らんや。故に華厳〔けごん〕に信を道の元、】
信なくして、どうして入ることができようか。故に華厳経には、信は、道の根源、
【功徳の母と為す」等。又止の一に云はく】
功徳の母と為す」と説かれているのです。また、天台大師の摩訶止観の第一巻に
【「何〔いかん〕が円の法を聞き円の信を起こし円の行を立て】
「どのようにして円教の法を聞き、円教の信を起こし、円教の行を立て、
【円の位に住せん」と。】
円教の位に昇ることができるのであろうか」との言葉があり、
【弘の一に云はく「円信と言ふは】
これについて、妙楽大師は、弘決〔ぐけつ〕の第一巻に「円教の信というのは、
【理に依って信を起こす、信を行の本と為す」云云。】
円教の理によって信を起こし、その信を行の根本とする」と述べられています。
【外典に云はく】
外典の書にも、次のような話が記〔しる〕されています。
【「漢王臣の説を信ぜしかば河上の波忽〔たちま〕ちに氷り、】
「後漢の光武帝は、家臣の言葉を信じたので、河が凍〔こお〕り渡ることができた。
【李広〔りこう〕父の讐〔あだ〕なりと思ひしかば】
また、李広将軍は、父を殺した虎への復讐の一念で、矢を射〔い〕たところ、
【草中の石羽〔はね〕を飲む」と云へり。】
草の中の石に矢が突き刺さった」と言います。
【所詮天台・妙楽の釈分明〔ふんみょう〕に信を以て本とせり。】
このように天台大師、妙楽大師の解釈では、明らかに信を根本としているのです。
【彼の漢王も疑はずして大臣のことばを信ぜしかば】
後漢の光武帝も家臣の言葉を疑わずに信じた故に、
【立つ波こほり〔凍〕て行くぞかし。】
それまで波の立っていた水面が、たちまちに凍っていったのです。
【石に矢のたつ、是〔これ〕又父のかたき〔敵〕と思ひし信の故なり。】
石に矢が突き刺さったのも、父の敵〔かたき〕の虎と信じた一念の強さ故なのです。
【何に況んや仏法においてをや。】
まして、仏法においては、なおさらのことです。
【法華経を受け持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる、】
御本尊を受け持〔たも〕って、南無妙法蓮華経と唱えることが、
【即ち五種の修行を具足するなり。】
そのまま、受持・読誦・解説・書写の修行を具〔そな〕えていることになるのです。
【此の事伝教大師入唐〔にっとう〕して、道邃〔どうずい〕和尚に値ひ奉りて、】
このことを伝教大師が中国に渡り、道邃和尚〔どうずい・わじょう〕に会って、
【五種頓修の妙行と云ふ事を相伝し給ふなり。】
五種・頓修〔とんしゅう〕の妙行として相伝されたのです。
【日蓮が弟子檀那の肝要、】
日蓮の弟子・檀那〔だんな〕にとっての信心の肝要〔かんよう〕は、
【是より外に求むる事なかれ。】
このこと以外に求めては、ならないのです。
【神力品に云へり。】
これについては、法華経の神力品にも説かれていますが、
【委〔くわ〕しくは又々申すべく候。穴賢穴賢。】
詳しいことは、またの機会に申し上げることにします。恐れながら申し上げます。
【八月廿三日 日蓮花押 日女御前御返事】
8月23日 日蓮花押 日女御前御返事