御書研鑚の集い 御書研鑚資料
法華本門宗血脈相承事(本因妙抄) 背景と大意
本因妙抄は、正確には「ほんにんみょうしょう」と読み、弘安5年(西暦1282年)10月11日、日蓮大聖人が入滅〔にゅうめつ〕される二日前に池上邸で、大聖人から日興〔にっこう〕上人に与えられた最要深秘の相伝〔そうでん〕書であって、百六箇抄と共に両巻相承〔そうじょう〕、血脈〔けちみゃく〕抄と呼ばれます。
最初に伝教大師が入唐中に、天台山仏竜寺の行満〔ぎょうまん〕から相伝された三大章疏七面七重口決について説明されています。
この三大章疏七面七重口決とは、天台の三大部、法華玄義・法華文句・摩訶止観の実義を、それぞれ玄義七面の決、文句七面の決、摩訶止観七面の決として著わし、三大部相互の同異点を一同十異、四同六異をもって著わしたものです。
次に大聖人と天台の法門の勝劣を二十四番勝劣として明かされ、天台の理の一念三千は、大聖人の事の一念三千に劣り、また天台の法門の勝劣の勝は、教相の文上の範囲で定められた一往〔いちおう〕のもので、再往〔さいおう〕は、大聖人の寿量品文底下種の仏法からみれば勝劣の劣となることが示されています。
最後に寿量品文底の大事の秘法が、事の一念三千の南無妙法蓮華経であることを明かされています。
この題の本因妙〔ほんにんみょう〕の本因とは、仏に成る為の根本の修行(因行)のことで、その結果(果徳)の本果と合わせて、本因本果と言います。
この本因本果は、非常に微妙不可思議な仏の境界である故に、本因妙、本果妙とも言います。
天台大師は、法華文句の中で法華経寿量品の「我れ本〔もと〕、菩薩の道〔どう〕を行〔ぎょう〕じて成〔じょう〕ぜし所の寿命、今〔いま)猶〔なお)未〔いま〕だ尽きず。復〔また〕上〔かみ〕の数に倍せり」という文に、釈迦牟尼仏の本因妙が説かれていると説明しています。
つまり、釈迦が過去において菩薩道を行じて、その仏果である仏の寿命を得て、その寿命は、未だ尽きていないことを明かしているのです。
また天台大師は、法華玄義の中においても、本因妙の実義を説いています。
そこでは、釈迦牟尼仏が五百塵点劫〔じんでんごう〕の過去において、仏になる前の菩薩道には、久遠本仏の智慧と、一切の修行を包含する根本の修行、そして中道の理を証得する初住位〔しょじゅうい〕が具〔そな〕わっていると述べています。
このように法華経の如来寿量品には、釈迦牟尼仏の仏種〔ぶっしゅ〕となった本因とともに本果の久遠実成を説き、さらに裟婆〔しゃば〕世界における常住の化導〔けどう〕が説かれているのです。
しかし、この寿量品には、釈迦が仏になった法と修行の内容が、説かれていないのです。
また、天台大師も本因妙の実義を知ってはいましたが、時なく、機なく、付嘱がない為に根本の法と修行を述べることはできませんでした。
ここに、文上脱益〔もんじょう・だっちゃく〕の本因妙を説く釈尊仏法の限界があるのです。
日蓮大聖人は、この文底本因下種の法体〔ほったい〕を所有されているので、この本因妙抄に「文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是〔これ〕なり」(御書1684頁)と御教示されています。
また、第二十六世・日寛〔にちかん〕上人は、その御相伝の深義を六巻抄の三重秘伝抄に「本因初住の文底に久遠名字の妙法・事の一念三千を秘沈し給えり云云、応に知るべし後々の位に登るは前々の行に由るなり」と述べられています。
法華経・寿量品の「我本行菩薩道」の文底には、久遠名字の妙法・事の一念三千が秘沈されているのです。
日蓮大聖人は、総勘文抄〔そうかんもんしょう〕に「釈迦如来五百塵点劫〔じんでんごう〕の当初〔そのかみ〕、凡夫にて御坐〔おわ〕せし時、我が身は地水火風空なりと知ろしめして即座に悟〔さと〕りを開きたまひき」(御書1419頁)とあるように、釈迦は、過去の五百塵点劫のさらに過去(久遠元初)において「我が身は地水火風空なり」と知って即身成仏したと、その修行の内容を述べられています。
さらに日蓮大聖人は「五行とは地水火風空なり。(中略)今経〔こんきょう〕に之を開して、一切衆生の心中の五仏性、五智の如来の種子と説けり。是則ち妙法蓮華経の五字なり。此の五字を以て人身の体を造るなり。本有常住〔ほんぬ・じょうじゅう〕なり、本覚の如来なり」(御書1419頁)と述べられており、日寛上人は、当流行事抄で「我が身地水火風空と知ろしめす」と言うのは、そのまま法華経・方便品に説かれている「法は常に無性」と同じ意味であり、それは、天台大師が「中道無性は即ち是れ仏種なり」という説明を引いて「一切衆生成仏の種子なるが故なり」と御教示されています。
この「一切衆生成仏の種子」とは、日蓮大聖人であり、日蓮大聖人が顕された弘安二年の大御本尊なのです。
それ故に、六巻抄の当流行事抄に「末法今時は全く是れ久遠元初なり・運〔うん〕末法に居すと雖も而も宗は久遠に立つ、久遠は今に在り今は則ち久遠なり」とされ、五百塵点劫の当初〔そのかみ〕とは、弘安二年を指して、久遠元初と述べられているのです。
つまり、日蓮大聖人こそ「本因妙の教主」(御書1685頁)であり、その「本因妙」とは、事行〔じぎょう〕の一念三千の南無妙法蓮華経であり、三大秘法の大御本尊なのです。
したがって、本抄の最初にある「外用〔げゆう〕の師・伝教大師」(御書1676頁)の「外用」とは、本来の姿である内証を隠して、外面に現れる姿を言うのです。
日寛上人の文底秘沈抄には「若し外用の浅近に望めば上行の再誕日蓮なり、若し内証の深秘に望まば本地自受用の再誕日蓮なり」とあります。
また「大唐の貞元二十一(太歳乙酉)五月三日」とあるのは、延暦寺・伝教大師・請来目録〔しょうらい・もくろく〕にある貞元〔ていげん〕21年(西暦805年)5月13日の日付と思われます。
さらに「三種の教相」とは、法華玄義第一巻上にある①根性の融不融の相(迹門と権教の相違)②化導の始終不始終の相(迹門と権教の相違)③師弟の遠近不遠近の相(始成正覚と久遠実成の相違)となりますが、これも妙楽大師の法華玄義・釈籤・第一巻に「前の両意は迹門に約し、後の一意は本門に約す」とあるように、日蓮大聖人の本意は、①第一法門(権実相対)②第二法門(本迹相対)③第三法門(種脱相対)となるのです。
このように法華経・本門と迹門を比較相対する本迹相対も、日蓮大聖人の第三の法門に依れば、法華経の本迹は、すべて種脱相対の脱益〔だっちゃく〕となり、迹門となるのです。
真実の本門とは、法華経・如来寿量品の文の底に秘沈された文底独一本門、つまり三大秘法の大御本尊のことなのです。