御書研鑚の集い 御書研鑽資料
法華本門宗血脈相承事(本因妙抄) 2.法華文句七面の口決
【文句七面の決とは一には依名の】
「法華文句七面の口決」とは、一には「依名判義(名に依って義を判ず)」の
【一面、其の義上の如し。】
一面であり、その意義は、法華玄義の五重玄〔ごじゅうげん〕の通りなのです。
【二には感応の一面、三時弘経に亘るべし。】
二には、「感応の一面」であり、これは、正法、像法、末法の弘経にわたるのです。
【爾前迹門、正像二千年の弘経の感応より、】
爾前、法華経・迹門、正像二千年の弘経の感応妙〔かんのうみょう〕より、
【本門末法弘通の感応は真実真実勝るゝなり。】
法華経・本門の末法・弘通の感応妙は、真実であり、真実に優れているのです。
【三には四教の一面。】
三には、「四教(蔵教・通教・別教・円教)」の一面なのです。
【四には五時の一面。】
四には、「五時(華厳時・阿含時・方等時・般若時・法華涅槃時)」の一面であり、
【五には本迹の一面。六には体用の一面。】
五には「本迹の一面」であり、六には「体用〔たいゆう〕の一面」なのです。
【七には入己心の一面。】
七には「入己心の一面」であり、法華玄義・第六巻の「但入己心」と同じなのです。
【悉く皆其の心前に同じ。】
すべて、その心は、前の「法華玄義七面の口決」と同じなのです。
【智威大師の伝には、】
中国の天台宗、章安大師の弟子・智威〔ちい〕大師の伝承では、
【玄義・文句の両部を爾前・迹・本の各三に十重の浅深を以て口決し給へり。】
法華玄義、法華文句を爾前・迹門・本門の各三に十重の浅深を以て口決したのです。
【具には伝教大師の七面決の如し。】
詳しくは、伝教大師の「法華玄義七面の決」にあるのです。
【又摩詞止観一部には十重顕観を立てゝ是を通じ給へり。】
また摩詞止観一部には、十重顕観を立て、これを通解しているのです。
【一に待教立観。爾前本迹の三教を破して】
一には「待教立観」であり、爾前経、法華経の本門、迹門の三教を破して、
【不思議実理の妙法蓮華経の観を立つ。】
不思議・実理の妙法蓮華経の観を立てているのです。
【文に云はく「円頓〔えんどん〕とは初めより実相を縁す」云云。】
その文には「円頓〔えんどん〕とは初めより実相を縁す」と述べられています。
【迹門をば理具の一念三千と云ふ、脱益の法華は】
迹門を理具の一念三千と言い、釈迦牟尼仏が説いた脱益〔だっちゃく〕の法華は、
【本迹共に迹なり。】
本門も迹門も共に、迹門なのです。
【本門をば事行の一念三千と云ふ、下種の法華は独一本門なり。】
その本門を事行の一念三千と言うのです。下種の法華は、独一本門なのです。
【是を不思議実理の妙観と申すなり。】
これを不思議・実理の妙観と言うのです。
【二に廃教立観。心は権教並びに迹執を捨て、】
二には「廃教立観」であり、その心は、権教や法華経・迹門への執着を捨てて、
【本門首題の理を取って】
本門の題名の「妙法蓮華経」の理〔り〕を取って、
【事行に用ひよとなり。】
事行〔じぎょう〕に用〔もち〕いよとされています。
【三に開教顕観。文に云はく「一切の諸法は本〔もと〕是〔これ〕仏法、】
三には「開教顕観」であり、文に「一切の諸法は本〔もと〕是〔これ〕仏法、
【三諦の理を具するを名づけて仏法と為す。云何〔いかん〕ぞ教を除かん」云云。】
三諦の理を具するを名づけて仏法と為す。いかんぞ教を除かん」と述べられており、
【文の意は観行理観の一念三千を開して、】
この文の意味は、観行〔かんぎょう〕・理観の一念三千を開き、
【名字事行の一念三千を顕はす。】
名字〔みょうじ〕・事行の一念三千を顕わすということです。
【大師の深意、釈尊の慈悲、上行所伝の秘曲是なり。】
伝教大師の深意、釈尊の慈悲、上行所伝の秘曲とは、このことなのです。
【四に会教顕観。教相の法華を捨てゝ】
四には「会教顕観」であり、教相〔きょうそう〕の法華を捨て、
【観心の法華を信ぜよとなり。】
観心〔かんじん〕の法華を信ぜよと言う事なのです。
【五に住不思議顕観。文に云はく】
五には「住不思議顕観」であり、妙楽大師の止観輔行伝弘決第一巻の文に
【「理は造作に非ず故に天真と曰ひ、】
「理は造作に非〔あら〕ず・故〔ゆえ〕に天真〔てんしん〕と曰〔い〕ひ、
【証智円明なるが故に独朗と云ふ」云云。】
証智円明〔えんみょう〕なるが故に独朗〔どくろう〕と云ふ」と述べられています。
【釈の意は口唱首題の理に造作無し、】
文章の意味は、口唱である南無妙法蓮華経の理〔り〕に造作無し、
【今日熟脱の本迹二門を迹と為し、】
今日、熟脱の本迹二門を迹と為〔な〕し、
【久遠名字の本門を本と為す。】
久遠・名字の本門を本となすという意味です。
【信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱へ奉れば】
信心が強盛〔ごうじょう〕であり、ただ余念なく南無妙法蓮華経と唱えれば、
【凡身即ち仏身なり。是を天真独朗の即身成仏と名づく。】
凡身は、そのまま仏身となるのです。これを天真独朗の即身成仏と言います。