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顕謗法抄 02 第1章 地獄の因果
第1章 地獄の因果
【顕謗法抄.弘長二年.四一歳】
顕謗法抄 弘長2年 41歳御作
【本朝沙門日蓮撰】
日本の公式の僧侶である日蓮の著作
【第一に八大〔はちだい〕地獄〔じごく〕の因果〔いんが〕を明かし、】
まず、第一に八大地獄の原因と結果を説明し、
【第二に無間〔むけん〕地獄の因果の軽重を明かし、】
第二に無間〔むけん〕地獄の原因と結果の軽重を説明し、
【第三に問答〔もんどう〕料簡〔りょうけん〕を明かし、】
第三に問答形式によって、謗法について解き明かし、
【第四に行者の弘経〔ぐきょう〕の用心を明かす。】
第四に法華経の行者の弘経の心構えを明確にします。
【第一に八大地獄の因果を明かさば、第一に等活〔とうかつ〕地獄とは、】
第一に八大地獄の原因と結果を説明すれば、第一の等活〔とうかつ〕地獄とは、
【此の閻浮提〔えんぶだい〕の地の下一千由旬〔ゆじゅん〕にあり。】
この閻浮提〔えんぶだい〕の地下、一千由旬〔ゆじゅん〕の深さの場所にあります。
【此の地獄は縦広〔じゅうこう〕斎等〔せいとう〕にして】
この地獄の広さは、縦と横が等しく
【一万由旬〔ゆじゅん〕なり。】
一万由旬〔ゆじゅん〕です。
【此の中の罪人はたがいに害心をいだく。】
この中の罪人は、互いに猜疑〔さいぎ〕心を持っており、相手を傷つけ合うのです。
【若〔も〕したまたま相見れば犬と猿とのあえるがごとし。】
たまたま、出会ったりすると、犬と猿とが、出会ったようなものなのです。
【各〔おのおの〕鉄〔くろがね〕の爪をもて互ひにつかみさく。】
おのおのが、鉄の爪で互いに身体をつかみあい、切り裂いて、
【血肉既に尽きぬれば唯骨のみあり。】
最後には、血肉がなくなって、ただ骨だけが残るのです。
【或は獄卒〔ごくそつ〕手に鉄杖〔てつじょう〕を取りて】
あるいは、獄卒〔ごくそつ〕が手に鉄の杖〔つえ〕を持って、
【頭より足にいたるまで皆打ちくだく。】
罪人の頭から足にいたるまで、打ち砕くのです。
【身体くだけて沙〔いさご〕のごとし。】
身体は、砕けて砂のようになるのです。
【或は利刀〔りとう〕をもて分々に肉をさく。】
あるいは、鋭い刀で細かく肉を切り裂〔さ〕きます。
【然れども又よみがへりよみがへりするなり。】
しかし、その度〔たび〕に、また身体は、元に戻って同じ苦しみを繰り返すのです。
【此の地獄の寿命は、人間の昼夜五十年をもて】
この等活〔とうかつ〕地獄にいる時間を説明すると、人間の五十年は、
【第一四王天〔しおうてん〕の一日一夜として、】
天界の六欲天、第一である四王天〔しおうてん〕においては、一日であり、
【四王天の天人の寿命五百歳なり。】
その四王天〔しおうてん〕の天の人の寿命は、五百歳なのですが、
【四王天の五百歳を此の等活地獄の一日一夜として、】
この四王天の五百歳を、この等活〔とうかつ〕地獄の一日として、
【其の寿命五百歳なり。此の地獄の業因〔ごういん〕をいはゞ、】
その寿命は、五百歳です。この地獄に堕ちる業因を言えば、
【ものゝ命をたつもの此の地獄に堕〔お〕つ。】
生き物の命を断つものが、この地獄に堕ちるのです。
【螻蟻〔ろうぎ〕蚊虻〔もんもう〕等の小虫を殺せる者も】
螻〔けら〕、蟻〔あり〕、蚊〔か〕、虻〔あぶ〕などの小さな虫を殺した者も、
【懺悔〔さんげ〕なければ必ず地獄に堕〔お〕つべし。】
命の大切さを理解できなければ、必ず、この地獄に堕ちるのです。
【譬へばはり〔針〕なれども水の上におけば沈まざることなきが如し。】
たとえ、小さな針であっても、水の上に置けば、必ず、沈むのと同じことなのです。
【又懺悔すれども懺悔の後に重ねて此の罪を作れば】
また、命の大切さを理解しても、重ねて、この罪を作れば、
【後の懺悔には此の罪きえがたし。】
後でいくら後悔しても、その後悔だけでは、この罪は、消え難いのです。
【譬へばぬすみ〔盗〕をして獄〔ひとや〕に入りぬるものゝ、】
譬えば、盗みをして牢屋に入れられた者が、
【しばらく経て後に御免を蒙〔こうむ〕りて獄を出づれども、】
しばらくして、後に許され、牢屋を出たとしても、
【又重ねて盗みをして獄に入りぬれば出でて】
また重ねて盗みをして牢屋に入れられたならば、
【ゆるされがたきが如し。】
今度は、容易には、許されないのです。
【されば当世の日本国の人は上一人より下万民に至るまで、】
それ故に今の日本の人々は、上一人から下万人に至るまで、
【此の地獄をまぬかるゝ人は一人もありがたかるべし。】
この地獄に堕ちない人は、一人も、いないでしょう。
【何〔いか〕に持戒〔じかい〕のおぼへをとれる持律〔じりつ〕の僧たりとも、】
いかに戒を持〔たも〕っていると言われている持律〔じりつ〕の僧であっても、
【蟻〔あり〕虱〔しらみ〕なんどを殺さず、】
蟻〔あり〕や虱〔しらみ〕などを殺さずに、
【蚊〔か〕虻〔あぶ〕をあやまたざるべきか。】
また、蚊〔か〕や虻〔あぶ〕を殺〔あや〕めないなどと言う事が可能でしょうか。
【況〔いわ〕んや其の外、山野の鳥鹿〔ちょうろく〕、】
まして、それ以外の山野の鳥や鹿、
【江海の魚鱗〔いろくず〕を日々に殺すものをや。】
入り江や海の魚を毎日、殺している者、
【何に況んや牛馬人等を殺す者をや。】
まして、牛馬や人を殺す者が、この地獄に堕ちない事があるでしょうか。
【第二に黒縄〔こくじょう〕地獄とは、】
第二に黒繩〔こくじょう〕地獄と言うのは、
【等活〔とうかつ〕地獄の下にあり、】
等活〔とうかつ〕地獄のさらに下にあって、
【縦広〔じゅうこう〕は等活地獄の如し。】
縦横の広さは、等活〔とうかつ〕地獄と同じです。
【獄卒〔ごくそつ〕、罪人をとらえて熱鉄〔ねってつ〕の地にふせ〔伏〕て、】
獄卒は、罪人をとらえて、熱く焼けた鉄の地面に押し倒し、
【熱鉄の縄〔なわ〕をもて身にすみ〔墨〕うて、】
熱く焼けた鉄の繩〔なわ〕で身体に黒い印〔しるし〕をつけて、
【熱鉄の斧〔おの〕をもて縄に随ってきりさきけづる。】
熱く焼けた鉄の斧で、その跡にそって斬〔き〕り裂〔さ〕き、削〔けず〕るのです。
【又鋸〔のこぎり〕を以てひく。又左右に大なる鉄の山あり。】
また、鋸〔のこぎり〕で引きます。また、左右に大きな鉄の山があり、
【山の上に鉄の幢〔はたほこ〕を立て鉄の縄をはり、】
その山の上の鉄塔に旗を立てて、その鉄塔と鉄塔の間に鉄の繩〔なわ〕を張り、
【罪人に鉄の山ををゝせて縄の上よりわたす。】
罪人に、その山の鉄を背負わせて、鉄の繩の上を渡らせるのです。
【縄より落ちてくだけ、或は鉄のかなえ〔鼎〕に堕とし入れてに〔煮〕らる。】
罪人は、繩から落ちて砕け、あるいは、鉄の鍋に突き落とされて煮られるのです。
【此の苦は上の等活地獄の苦よりも十倍なり。】
この苦悩は、前の等活〔とうかつ〕地獄の苦しみよりも十倍なのです。
【人間の一百歳は第二の忉利天〔とうりてん〕の一日一夜なり。】
人間の百歳は、六欲天の第二の忉利天〔とうりてん〕の一日です。
【其の寿一千歳なり。此の天の寿一千歳を】
その忉利天〔とうりてん〕の寿命は、一千歳であり、この天の寿命一千歳を
【一日一夜として、此の第二の地獄の寿命一千歳なり。】
一日として、この第二の黒縄〔こくじょう〕地獄の寿命は、一千歳なのです。
【殺生〔せっしょう〕の上に偸盗〔ちゅうとう〕とて、】
殺生の上に偸盗〔ちゅうとう〕と言って、
【ぬすみ〔盗〕をかさねたるもの】
幾世代にもわたって、盗みを重ねた者が、最後には、
【此の地獄にをつ。当世の偸盗のもの、】
この地獄に堕ちるのです。また、今の世の偸盗〔ちゅうとう〕の者の中で、
【もの〔物〕をぬすむ上、物の主を殺すもの此の地獄に堕つべし。】
物を盗む上に、その持ち主を殺す者も、この地獄に堕ちるのです。
【第三に衆合〔しゅごう〕地獄とは、黒縄地獄の下にあり。】
第三に衆合〔しゅごう〕地獄とは、黒繩〔こくじょう〕地獄のさらに下にあり、
【縦広は上の如し。多くの鉄の山二つづつ相向かへり。】
広さは、上の二つの地獄と同じです。多くの鉄の山が、二つずつ向かい合っており、
【牛頭〔ごず〕・馬頭〔めず〕等の獄卒〔ごくそつ〕、手に棒を取って】
牛の頭や馬の頭などの獄卒が、手に棒を持って
【罪人を駈〔か〕って山の間に入らしむ。】
罪人を駆りたて、その山の間に追い込むのです。
【此の時両の山迫〔せま〕り来たりて合はせ押す。】
この時、両側の山が迫って来て合わさり、罪人を押しつぶすのです。
【身体くだけて血流れて地にみつ。】
罪人の身体は、砕〔くだ〕けて、血が流れ、大地に満ち溢れます。
【又種々の苦あり。】
その他に、この地獄には、数々の苦悩があります。
【人間の二百歳を第三の夜摩天〔やまてん〕の一日一夜として】
人間の二百歳を六欲天の第三の夜摩天〔やまてん〕の一日として、
【此の天の寿二千歳。】
この夜摩天〔やまてん〕の寿命は、二千歳です。
【此の天の寿を一日一夜として此の地獄の寿命二千歳なり。】
この天の寿命を一日として、この地獄の寿命は、二千歳なのです。
【殺生〔せっしょう〕・偸盗の罪の上、】
殺生〔せっしょう〕や偸盗〔ちゅうとう〕の罪の上に、さらに
【邪淫〔じゃいん〕とて他人のつま〔妻〕を犯す者】
邪淫〔じゃいん〕と言って他人の妻を犯す者は、
【此の地獄の中に堕〔お〕つべし。】
この地獄に堕ちるのです。
【而るに当世の僧尼士女、多分は此の罪を犯す。】
ところが、今の世の僧や尼や在家の男女の多くは、この罪を犯しています。
【殊〔こと〕に僧にこの罪多し。】
とくに僧に、この罪を犯す者が多いのです。
【士女は各々互ひにまぼ〔守〕り】
在家の男女は、夫婦として、おのおのが互いに貞操〔ていそう〕を守り合い、
【又人目をつゝまざる故に此の罪ををかさず。】
また、人目があって、誤魔化〔ごまか〕せないので、この罪を犯さないのです。
【僧は一人ある故に淫欲〔いんよく〕とぼ〔乏〕しきところに、】
僧は、ひとりなので、淫欲〔いんよく〕を満たす機会が乏しいところに、
【若し孕〔はら〕むこと有らば父たゞ〔糾〕されてあらはれぬべきゆへに、】
もし、相手が身籠ると、父親が誰なのかを詮索されて、事が露見してしまうので、
【独りある女人をばをかさず。もしやかく〔隠〕るゝと】
独身の女性を犯さず、他人の妻であれば、隠し通せると思い、
【他人の妻をうかゞひ、ふかくかくれんとをもふなり。】
他人の妻をうかがい、犯した後も、これを隠しておこうと考えているのです。
【当世のほかたう〔貴〕とげなる僧の中に、】
今の世で思いの他、尊く見える僧の中に、
【ことに此の罪又多かるらんとおぼゆ。】
とくに、この罪を犯す者が多くいると思われるのです。
【されば多分は当世たうとげなる僧此の地獄に堕つべし。】
それ故に大部分は、今の世で、尊く見える僧が、この地獄に堕ちるのです。
【第四に叫喚〔きょうかん〕地獄とは、衆合の下にあり。】
第四に叫喚〔きょうかん〕地獄とは、衆合〔しゅごう〕地獄のさらに下にあり、
【縦広前に同じ。】
縦横の広さは、前の衆合〔しゅごう〕地獄と同じです。
【獄卒悪声〔あらきこえ〕出だして弓箭をもて罪人をいる。】
獄卒は、荒々しい声をあげて弓矢で罪人を射るのです。
【又鉄の棒を以て頭を打ちて、熱鉄の地をはし〔走〕らしむ。】
また、鉄の棒で罪人の頭を打って、熱く焼けた鉄の地面を走らせるのです。
【或は熱鉄のいりだな〔煎架〕にうちかへしうちかへし此の罪人をあぶる。】
あるいは、鉄で出来た網に乗せ、何度もひっくり返して罪人をあぶるのです。
【或は口を開〔あ〕けてわける銅のゆ〔湯〕を入るれば、】
あるいは、口を開き、煮えたぎった銅の湯を入れ、
【五臓やけて下より直に出づ。寿命をいはゞ、】
内臓が焼けて、下から、すぐに出てくるのです。この地獄の寿命を言うと
【人間の四百歳を第四の都率天〔とそつてん〕の一日一夜とす。】
人間の四百歳を六欲天の第四の都率天〔とそつてん〕の一日として、
【又都率天の四千歳なり。】
また、都率天〔とそつてん〕の寿命は、四千歳です。
【都率天の四千歳の寿を一日一夜として、】
その都率天〔とそつてん〕の四千歳の寿命を一日として、
【此の地獄の寿命四千歳なり。此の地獄の業因をいはゞ、】
この地獄の寿命は、四千歳です。この地獄に堕ちる業因を言うと
【殺生・偸盗・邪淫の上、】
殺生と偸盗〔ちゅうとう〕と邪淫〔じゃいん〕のうえに、
【飲酒〔おんじゅ〕とて酒のむもの此の地獄に堕つべし、当世の比丘〔びく〕・】
飲酒と言って、酒を飲む者が、この地獄に堕ちるのです。今の世の僧と
【比丘尼〔びくに〕・優婆塞〔うばそく〕・優婆夷〔うばい〕の四衆の】
尼僧と男性信者と女性信者の中で
【大酒なる者、此の地獄の苦免れがたきか。】
大酒を飲む者は、この地獄の苦悩を免〔まぬが〕れ難いのです。
【大論〔だいろん〕には酒に三十六の失〔とが〕をいだし、】
大智度論〔だいちどろん〕には、酒の三十六の過失を挙げて、
【梵網経〔ぼんもうきょう〕には酒盃〔さかずき〕をすゝめる者、】
梵網経〔ぼんもうきょう〕には、人に酒を勧める者は、
【五百生に手なき身と生まるととかせ給ふ。】
五百生の間、手のない身に生まれると説かれています。
【人師〔にんし〕の釈にはみゝず〔蚯蚓〕ていの者となるとみえたり。】
人師の注釈書には、ミミズのような者となると書かれています。
【況んや酒をうりて人にあたえたる者をや。】
ましてや、酒を売って人に与える者、
【何〔いか〕に況んや酒に水を入れてうるものをや。】
それにもまして、酒に水を入れて売る者においては、言うに及ばないのです。
【当世の在家の人々この地獄の苦まぬかれがたし。】
今の世の在家の人々は、この地獄の苦しみを免〔まぬが〕れ難いのです。
【第五に大叫喚〔だいきょうかん〕地獄とは、叫喚の下にあり。】
第五に大叫喚〔だいきょうかん〕地獄とは、叫喚〔きょうかん〕地獄の下にあり、
【縦広〔じゅうこう〕前に同じ。】
縦横の広さは、前の地獄と同じです。
【其の苦の相は上の四つの地獄の諸の苦に十倍して重くこれをうく。】
その苦悩は、上の四つの地獄のすべての苦悩の十倍も重い苦悩を受けるのです。
【寿命の長短を云はゞ、人間の八百歳は第五の】
寿命の長短を言うならば、人間の八百歳は、六欲天の第五の
【化楽天〔けらくてん〕の一日一夜なり。此の天の寿八千歳なり。】
化楽天〔けらくてん〕の一日であり、この天の寿命は、八千歳です。
【此の天の八千歳を一日一夜として、此の地獄の寿命八千歳なり。】
この天の寿命、八千歳を一日として、この地獄の寿命は、八千歳です。
【殺生・偸盗・邪淫・飲酒の重罪の上に】
殺生、偸盗〔ちゅうとう〕、邪淫〔じゃいん〕、飲酒の重罪のうえに、
【妄語〔もうご〕とてそらごとせる者此の地獄に堕〔お〕つべし。】
妄語といって嘘をついた者が、この地獄に堕ちるのです。
【当世の諸人は設〔たと〕ひ賢人〔けんじん〕・上人〔しょうにん〕なんど】
今の世の多くの人は、たとえ、賢人や上人などと
【いはるゝ人々も、妄語せざる時はありとも、妄語をせざる日はあるべからず。】
言われる人々でも、嘘をつかない時があっても、嘘をつかない日は、ないのです。
【設ひ日はありとも月はあるべからず。】
たとえ、嘘をつかない日があっても、嘘をつかない月は、ないのです。
【設〔たと〕ひ月はありとも年はあるべからず。】
たとえ、月は、あっても、年は、ないのです。
【設ひ年はありとも一期生〔いちごしょう〕妄語せざる者はあるべからず。】
たとえ、年は、あっても、一生の間、嘘をつかない者は、いないでしょう。
【若ししからば当世の諸人一人もこの地獄をまぬかれがたきか。】
そうであれば、今の世の人は、誰一人、この地獄を免〔まぬが〕れ難いのです。
【第六に焦熱〔しょうねつ〕地獄とは、大叫喚地獄の下にあり。】
第六に焦熱〔しょうねつ〕地獄とは、大叫喚〔だいきょうかん〕地獄の下にあり、
【縦広前にをなじ。此の地獄に種々の苦あり。】
縦横の広さは、前の地獄と同じです。この地獄には、種々の苦しみがあります。
【若し此の地獄の豆計りの火を閻浮提〔えんぶだい〕にを〔置〕けらんに、】
もし、この地獄の豆粒ほどの火を、閻浮提〔えんぶだい〕の上に置いたとすると、
【一時にやけ尽きなん。】
一瞬で閻浮提〔えんぶだい〕が焼け尽きてしまうでしょう。
【況〔いわ〕んや罪人の身の軟〔やわ〕らかなること】
まして、罪人の身は、一閻浮提の大地よりも、燃えやすく、
【わたのごとくなるをや。】
綿のようであり、激しく焼かれることは、言うまでもありません。
【此の地獄の人は前の五つの地獄の火を見る事雪の如し。】
この地獄の罪人は、前の五つの地獄の火を見れば、冷たい雪のように感じるのです。
【譬へば人間の火の薪〔たきぎ〕の火よりも】
譬えば、人間界の火でも、薪〔たきぎ〕の火よりも、
【鉄銅の火の熱きが如し。】
鉄や銅の火の方が熱く感じるのと同じなのです。
【寿命の長短は人間の千六百歳を第六の】
寿命の長短を言えば、人間の千六百歳を六欲天の第六、
【他化天〔たけてん〕の一日一夜として此の天の寿千六百歳なり。】
他化天〔たけてん〕の一日として、この化他天の寿命は、千六百歳なのです。
【此の天の千六百歳を一日一夜として、此の地獄の寿命一千六百歳なり。】
この天の寿命千六百歳を一日として、この地獄の寿命は、一千六百歳です。
【業因〔ごういん〕を云はゞ、殺生〔せっしょう〕・偸盗〔ちゅうとう〕・】
この地獄に堕ちる業因を言えば、殺生、偸盗〔ちゅうとう〕、
【邪淫〔じゃいん〕・飲酒〔おんじゅ〕・妄語〔もうご〕の上、】
邪淫〔じゃいん〕、飲酒、妄語の上に
【邪見〔じゃけん〕とて因果なしといふ者】
邪見〔じゃけん〕と言って仏法が説く因果を否定する者は、
【此の中に堕つべし。邪見とは、有る人の云はく、】
この地獄に堕ちるのです。邪見〔じゃけん〕とは、ある人が言うのには、
【人飢ゑて死ぬれば天に生まるべし等云云。】
人が飢えて死んだならば、天に生まれるなどと言う考え方です。
【総じて因果をしらぬ者を邪見と申すなり。】
総じて因果を知らない者を邪見〔じゃけん〕と言うのです。
【世間の法には慈悲なき者を邪見の者という。】
世間の法では、慈悲のない者を邪見〔じゃけん〕の者と言うのです。
【当世の人々此の地獄を免れがたきか。】
今の世の人々は、この地獄に堕ちることを免〔まぬが〕れ難いのです。
【第七に大焦熱〔だいしょうねつ〕地獄とは、焦熱の下にあり。】
第七に大焦熱〔だいしょうねつ〕地獄とは、焦熱〔しょうねつ〕地獄の下にあり、
【縦広〔じゅうこう〕前の如し。】
縦横の広さは、前の地獄と同じです。
【前の六つの地獄の一切の諸苦に十倍して重く受くるなり。】
前の六つの地獄の一切の苦しみを十倍にして、さらに重く受けるのです。
【其の寿命は半中劫〔はんちゅうこう〕なり。業因を云はゞ、】
その寿命は、半中劫です。この地獄に堕ちる業因を言えば、
【殺生・偸盗・邪淫・飲酒・妄語・邪見の上に】
殺生、偸盗〔ちゅうとう〕、邪淫〔じゃいん〕、飲酒、妄語、邪見の罪の上に、
【浄戒〔じょうかい〕の比丘尼〔びくに〕ををかせる者、此の中に堕つべし。】
戒を清浄に持〔たも〕っている尼僧を犯した者が、この地獄に堕ちるのです。
【又比丘、酒を以て不邪淫戒〔ふじゃいんかい〕を持〔たも〕てる婦女を】
また、僧が酒に酔って、不邪婬戒〔ふじゃいんかい〕を持〔たも〕っている婦女を
【たぼらかし、或は財物〔ざいもつ〕をあたへて犯せるもの此の中に堕つべし。】
騙〔だま〕したり、財産を与えて犯したりする者が、この地獄に堕ちるのです。
【当世の僧の中に多く此の重罪あるなり。】
今の世の僧の中で、多くの者が、この重罪を犯しています。
【大悲〔だいひ〕経の文に、末代には士女は多くは天に生じ、】
大悲〔だいひ〕経の文章に、末代には、在家の男女の多くは、天界に生じ、
【僧尼は多くは地獄に堕つべしととかれたるは】
僧尼の多くは、地獄に堕ちると説かれているのは、
【これていの事か。】
この事を言っているのでしょうか。
【心あらん人々はは〔恥〕づべしはづべし。】
心ある人々は、大いに恥じなければ、なりません。
【総じて上の七大地獄の業因は諸〔しょ〕経論〔きょうろん〕をもて】
総じて以上の七大地獄に堕ちる業因を多くの経論に依って、
【勘〔かんが〕え見るに当世日本国の四衆にあて見るに、】
考えて見ると現在の日本の衆生にあてはめると、
【此の七大地獄をはな〔離〕るべき人を見ず、又きかず。】
この七大地獄を離れられるような人は、見ないし、また聞きもしないのです。
【涅槃〔ねはん〕経に云はく】
涅槃経には、
【「末代に入りて人間に生ぜん者は爪上〔そうじょう〕の土の如し。】
「末法に入って、人間に生まれる者は、爪の上の土のように少ない。
【三悪道に堕〔お〕つるものは十方世界の微塵〔みじん〕の如し」と説かれたり。】
だが三悪道に堕ちる者は、十方世界の塵〔ちり〕のごとし」と説かれています。
【若〔も〕し爾〔しか〕らば我等が父母兄弟等の死ぬる人は】
もし、そうであるならば、私たちの父母や兄弟などで、死んだ人は、
【皆上の七大地獄にこそ堕ち給ひては候らめ。あさましともいうばかりなし。】
皆、上の七大地獄に堕ちているのでしょう。ひどいとしか言いようもありません。
【竜と蛇と鬼神と仏・菩薩・聖人をば未だ見ず、】
竜と蛇と鬼神と仏と菩薩と聖人を、未だに見ず、
【たゞをと〔音〕にのみこれをきく。】
ただ、その名前を聞くのみなのです。
【当世に上の七大地獄の業を造らざるものをば未だ見ず、】
今の世に上の七大地獄の業を作らない者を、未だ見たことがないし、
【又をとにもきかず。而〔しか〕るに我が身よりはじめて】
また、その名前を聞いたこともないのです。ところが自分自身をはじめとして、
【一切衆生七大地獄に堕つべしとをもえる者一人もなし。】
一切衆生の中で、七大地獄に堕ちると思っている者は、誰一人もいないのです。
【設〔たと〕ひ言〔ことば〕には堕つべきよしをさえづれども、】
たとえ、言葉では、地獄に堕ちると言っては、いても、
【心には堕つべしともをもはず。】
実際には、心では、堕ちるとは、思っていないのです。
【又僧尼士女、地獄の業をば犯すとはをもえども、】
また、僧や尼や在家の男女が、自分が地獄の業を作り、犯していると思っていても、
【或は地蔵菩薩等の菩薩を信じ、】
あるいは、地蔵菩薩などの菩薩を信じ、
【或は阿弥陀仏〔あみだぶつ〕等の仏を恃〔たの〕み、】
あるいは、阿弥陀仏などの仏を、たのみ、
【或は種々の善根を修したる者もあり。】
あるいは、種々の善根を修めた者もいて、
【皆をもはく、我はかゝる善根をもてれば】
皆、自分は、このような善根を持っているから
【なんどうちをも〔思〕ひて地獄をもをぢず。】
地獄になどに堕ちるはずがないと思っていて、地獄を恐れないのです。
【或は宗々を習へる人々は、】
あるいは、数々の宗教を学んでいる人々は、
【各々の智分〔ちぶん〕をたのみて又地獄の因ををぢず。】
各々が自分の頭の良さを頼みとして、地獄の業因を恐れないのです。
【而るに仏・菩薩を信じたるも、愛子夫婦なんどをあいし、】
しかし、仏や菩薩を信じていると言う人も、愛しい我が子や夫や妻を愛し、
【父母主君なんどをうやまうには雲泥〔うんでい〕なり。】
父母や主君などを敬うのに比べれば、その思いに雲泥の差があるのです。
【仏・菩薩等をばかろくをもえるなり。】
ようするに仏や菩薩などを父母や主君よりも、軽く思っているのです。
【されば当世の人々の、仏・菩薩を恃みぬれば、宗々を学したれば】
それ故に今の世の人々が、仏や菩薩をたのみ、また、数々の宗教を学んでいるので、
【地獄の苦はまぬかれなんなんどをもえるは】
地獄の苦悩を免〔まぬが〕れられると思っているのは、
【僻案〔びゃくあん〕にや。】
とんでもない間違いでは、ないでしょうか。
【心あらん人々はよくよくはかりをもうべきか。】
心ある人々は、この事を、よくよく考えるべきです。