御書研鑚の集い 御書研鑽資料
法蓮抄 05 第4章 遺竜と烏竜の故事
第4章 遺竜〔いりょう〕と烏竜〔おりょう〕の故事
【彼の諷誦〔ふじゅ〕に云はく】
あなたが読まれた追善供養の追悼文には、
【「慈父閉眼の朝〔あした〕より第十三年の忌辰〔きしん〕に至るまで】
「慈父が亡くなった日から十三回忌の日まで、
【釈迦如来の御前に於て自ら自我偈一巻を読誦し奉りて聖霊に回向す」等云云。】
釈迦如来の前で自ら自我偈一巻を読誦し奉って聖霊に回向しました」とあります。
【当時日本国の人、仏法を信じたるやうには見へて候へども、】
今の日本の人々は、仏法を信じているように見えますが、
【古〔いにしえ〕いまだ仏法のわたらざりし時は、】
昔、まだ仏法が日本に渡って来ていなかった時は、
【仏と申す事も法と申す事も知らず候ひしを、】
仏と言うものも法と言うものも知りませんでしたが、
【守屋〔もりや〕と上宮太子と合戦の後、】
物部守屋〔もののべのもりや〕と聖徳太子との合戦の後は、
【信ずる人もあり又信ぜざるもあり。漢土も此くの如し、】
信ずる人もおり、また、信じない人もおり、それは、中国も同様であったのです。
【摩騰〔まとう〕、漢土に入って後、道士と諍論〔じょうろん〕あり。】
インドの僧侶、摩騰〔まとう〕が中国に入って後、道教の修行者と論争があり、
【道士まけしかば始めて信ずる人もありしかども、】
道教の修行者が負けたので、初めて信ずる人も出て来ましたが、
【不信の人多し。】
それでも不信の人の方が多かったのです。
【されば烏竜〔おりょう〕と申せし能書は】
ところで、烏竜〔おりょう〕と言う書道家は、
【手跡〔しゅせき〕の上手なりしかば人之を用ふ。】
字を書く事が上手であったので、人々は、盛んに文字を書いてもらっていました。
【然れども仏経に於てはいかなる依怙〔たのみ〕ありしかども書かず。】
しかしながら、仏の経文だけは、どのように頼んでも書きませんでした。
【最後臨終の時、子息の遺竜〔いりょう〕を召して云はく、】
臨終の時、最後に息子の遺竜〔いりょう〕を呼んで、
【汝我が家に生まれて芸能をつぐ、】
「おまえは、我が家に生まれて書の技術を受け継いだ。
【我が孝養には仏経を書くべからず。殊〔こと〕に法華経を書く事なかれ。】
私の孝行の為に仏の経文を書いてはならない。とくに法華経を書く事がないように。
【我が本師の老子は天尊なり、天に二日なし。】
我が本師である老子は、天尊である。天に二つの太陽はない。
【而るに彼の経に唯我一人と説く、き〔奇〕くわ〔怪〕い第一なり。】
それなのに、仏教の経文には、唯我一人と説かれている。
【若し遺言を違へて書く程ならば、】
もし、この遺言を違〔たが〕えて、文字を書くような事があったならば、
【忽〔たちま〕ちに悪霊となりて命を断つべしと云って、】
すぐに悪霊となって命を断つ」と言って、
【舌八つにさけて頭七分に破〔わ〕れ、五根より血を吐いて死し畢〔おわ〕んぬ。】
舌が八つに裂け、頭が七分に割れ、眼、耳、鼻から血を吐いて死んでいったのです。
【されども其の子善悪を弁へざれば、】
しかし、その子の遺竜〔いりょう〕は、法の善悪を理解できなかったので、
【我が父の謗法のゆへに悪相現じて阿鼻地獄に堕ちたりともしらず、】
自分の父が謗法の故に、悪相を現わして、阿鼻地獄に堕ちたとも知らずに、
【遺言にまかせて仏経を書く事なし。】
それからも父の遺言に従って、仏の経文を書くことをしなかったのです。
【況んや口に誦〔じゅ〕する事あらんをや。】
ましてや口に誦する事などもなかったのです。
【かく過ぎ行く程に、時の王を司馬氏〔しばし〕と号し奉る。】
こうして時が過ぎるうちに、時の帝王が司馬氏となりました。
【御仏事のありしに、書写の経あるべしとて、】
仏事があった時に、経文を書写する事になり、
【漢土第一の能書を尋ねらるゝに遺竜〔いりょう〕に定まりぬ。】
中国一の書道家を尋ねたところ、遺竜〔いりょう〕に決定したのです。
【召して仰せ付けらるゝに再三辞退申せしかば、】
司馬氏に仰せられ、命じられたところ、再三にわたって辞退したので、
【力及ばずして他筆にて一部の経を書かせられけるが、帝王心よからず、】
やむをえず、他の書道家に一部の経文を書かせましたが、帝王は、気に入らず、
【尚遺竜を召して仰せに云はく、】
なおも遺竜〔いりょう〕を招いて、
【汝親の遺言とて朕〔ちん〕が経を書かざる事】
「親の遺言だからと言って、私が命ずる経文を書かないと言う事は
【其の謂〔いわ〕れ無しと雖〔いえど〕も且く之を免ず、】
まったく理由にならない事であるが、一応、それは、許す。
【但題目計りは書くべしと三度勅定あり。】
しかし、題目だけは書くように」と三度にわたって命じられたのです。
【遺竜猶〔なお〕辞退申す。】
再三にわたる勅命に遺竜〔いりょう〕は、なおも辞退し続けました。
【大王竜顔心よからずして云はく、天地尚〔なお〕王の進退なり。】
それに大王は、顔色を変えて、天の土地と言っても、王が支配しているのである。
【然らば汝が親は即ち我が家人にあらずや。】
そうであれば、おまえの親は、私に従うべき者ではないのか。
【私をもて公事を軽んずる事あるべからず。題目計りは書くべし。】
私事をもって公の事を軽んずる事があっては、ならず、題目だけは、書くように。
【若し然らずんば仏事の庭なりといへども】
もし、書かなければ、たとえ仏の事であっても、
【速やかに汝が頭を刎〔は〕ぬべしとありければ、題目計り書きけり。】
すぐに、おまえの首を斬ると言われたので、仕方なく題目だけは、書いたのです。
【所謂妙法蓮華経巻第一乃至巻第八等云云。】
それは、妙法蓮華経の第一巻から第八巻まででした。
【其の暮〔たそがれ〕に私宅に帰りて歎いて云はく、我親の遺言を背き、】
その夕暮れ、自宅に帰って、私は、親の遺言に背き、
【王勅術〔すべ〕なき故に仏経を書きて不孝の者となりぬ。】
王の命令に従い、仏の経文を書いて、不孝の者となってしまった。
【天神も地祇も定んで瞋〔いか〕り、不孝の者とおぼすらんとて寝〔いぬ〕る。】
天の神も地の神も、きっと怒り、不孝の者と思っているであろうと嘆き、
【夜の夢の中に大光明出現せり。】
いつの間にか寝てしまったのです。その夜、夢の中に大光明が出現しました。
【朝日の照らすかと思へば】
すでに陽が昇って、辺りを照らしているかと思っていると、
【天人一人庭上に立ち給へり。又無量の眷属〔けんぞく〕あり。】
天人が一人、庭の上に立たれ、また、無数の人々がいて、
【此の天人の頂上の虚空に仏、六十四仏まします。】
この天人の頭上の虚空に六十四の仏がおられたのです。
【遺竜合掌して問うて云はく、如何なる天人ぞや。】
遺竜〔いりょう〕が合掌して、いかなる天人でいらっしゃいますかと問うと、
【答へて云はく、我は是汝が父の烏竜〔おりょう〕なり、】
天人が、私は、おまえの父、烏竜〔おりょう〕であると答えて、
【仏法を謗ぜし故に舌八つにさけ、】
仏法を誹謗した為に、舌は、八つに裂け、
【五根より血を出だし、頭七分に破れて無間〔むけん〕地獄に堕ちぬ。】
五根から血を出し、頭は、七つに割れて、無間地獄に堕ちてしまい、
【彼の臨終の大苦をこそ堪忍〔かんにん〕すべしともおぼへざりしに、】
臨終の時の大苦でさえ、耐えられるとも思えなかったのに、
【無間の苦は尚百千億倍なり。】
無間地獄の苦しみは、さらに、その百千億倍であり、
【人間にして鈍刀をもて爪をはなち、】
人間の世界で鈍刀でもって爪をはがされ、
【鋸〔のこぎり〕をもて頸〔くび〕をきられ、炭火の上を歩〔あゆ〕ばせ、】
鋸〔のこぎり〕で首を斬られ、炭火の上を歩かされ、
【棘〔いばら〕にこめられなんどせし人の苦を、】
いばらの中に閉じ込められたりした人の苦しみも、
【此の苦にたと〔譬〕へばかず〔数〕ならず。】
この苦悩に比べれば、物の数ではなく、
【如何してか我が子に告げんと思ひしかどもかな〔叶〕はず。】
なんとかして遺竜〔いりょう〕に、これを知らせようと思ったけれども、かなわず、
【臨終の時、汝を誡〔いまし〕めて仏経を書くことなかれと】
臨終の時に、おまえを戒〔いさ〕めて、仏の経文を書く事がないようにと
【遺言せし事のくやしさ申すばかりなし。】
遺言した事の悔しさは、言いようもないほどであったが、
【後悔先にたゝず、我が身を恨み舌をせめしかどもかひなかりしに、】
後悔先に立たず、我が身を恨み、舌を責めたけれども、何の甲斐もなく、
【昨日の朝より法華経の始めの妙の一字、】
ところが、昨日の朝から、法華経の始めの妙の一字が、
【無間地獄のかなへ〔鼎〕の上に飛び来たって変じて金色の釈迦仏となる。】
無間地獄の青銅器の上に飛んで来て、変じて金色の釈迦仏となり、
【此の仏三十二相を具し面貌〔めんみょう〕満月の如し。】
この仏は、三十二相を具〔そな〕え、顔つきは、満月のようであり、
【大音声〔おんじょう〕を出だして説いて云はく】
大音声を出して
【「仮使〔たとい〕法界に遍く断善の諸の衆生も】
「たとえ法界のすべてにわたって善根を断ち切ってしまった諸々の衆生も、
【一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん」云云。】
ひとたび法華経を聞くならば、必ず悟りを成ずるであろう」と説いたので、
【此の文字の中より大雨降りて無間地獄の炎をけす。】
この文字の中から大雨が降ってきて、無間地獄の炎を消し、
【閻魔王は冠〔かんむり〕をかたぶけて敬ひ、獄卒は杖をすてゝ立てり。】
閻魔王は、冠を傾けて敬い、獄卒は、杖を投げ捨て立っており、
【一切の罪人はいかなる事ぞとあはてたり。】
すべての罪人は、何事かと慌てて、
【又法の一字来たれり、前の如し。又蓮、又華、又経此くの如し。】
また次には、法の一字が飛んで来て前と同様であった。また蓮、また華、また経と
【六十四字来たって六十四仏となりぬ。】
このようにして六十四の文字が飛んで来て、六十四の仏となったのである。
【無間地獄に仏六十四体ましませば、日月の六十四、天に出でたるがごとし。】
この無間地獄に仏が64体おられるので、64の日月が天空に出現したようであり、
【天より甘露をくだして罪人に与ふ。】
天から甘露を降らして罪人に与えたので、
【抑〔そもそも〕此等の大善は何〔いか〕なる事ぞと】
いったい、これらの大善は、どう言う事なのでしょうかと
【罪人等仏に問ひ奉りしかば、六十四の仏の答へに云はく、】
罪人らが、その仏に尋ねたところ、六十四の仏が、答えて言うのには、
【我等が金色の身は栴檀〔せんだん〕・宝山〔ほうせん〕よりも出現せず。】
我らの金色の身は、栴檀や宝の山から、出現したものではない。
【是は無間地獄にある烏竜〔おりょう〕が子の遺竜〔いりょう〕が書ける】
この身は、無間地獄にいる烏竜〔おりょう〕の子、遺竜〔いりょう〕が書いた
【法華経八巻の題目の八八・六十四の文字なり。】
法華経八巻の題目の六十四の文字である。
【彼の遺竜が手は烏竜が生める処の身分なり。】
彼の遺竜〔いりょう〕の手は、烏竜〔おりょう〕が生んだところの体の一分である。
【書ける文字は烏竜が書にてあるなりと説き給ひしかば、】
その手で書いた文字は、烏竜〔おりょう〕が書いた事になると説かれたのです。
【無間地獄の罪人等は我等も娑婆にありし時は、】
それを聞いて無間地獄の罪人らは、我らも娑婆〔しゃば〕にいた時は、
【子もあり婦〔つま〕もあり眷属〔けんぞく〕もありき。】
子もあり、妻もあり、仲間もいたのに、
【いかにとぶら〔訪〕はぬやらん。】
どうして弔〔とぶら〕おうとしないのか。
【又訪〔とぶら〕へども善根の用の弱くして来たらぬやらんと】
また弔〔とぶら〕っても、善根の力が弱いので、仏が来られないのであろうかと
【歎けども歎けども甲斐なし。或は一日二日・一年二年・半劫一劫になりぬるに、】
嘆いたけれども、それも甲斐なく、一日、二日、一年、二年、半劫、一劫と経って、
【かゝる善知識にあひ奉って助けられぬるとて、】
このような善知識の烏竜〔おりょう〕に会えて助けられたと言って喜び、
【我等も眷属となりて忉利天にのぼるか。】
我らも、烏竜〔おりょう〕とともに仲間になって、忉利天に昇り、
【先づ汝をおが〔拝〕まんとて来たるなりとかたりしかば、】
まず、遺竜〔いりょう〕の顔を見ようと来たのであると語ったので、
【夢の中にうれしさ身にあまりぬ。】
遺竜〔いりょう〕は、夢の中で嬉しさが身に溢れ、
【別れて後又いつの世にか見んと思ひし】
別れて後、また、いつの世にか、ふたたび会いたいと思っていた、
【親のすがたをも見奉り、仏をも拝し奉りぬ。六十四仏の物語に云はく、】
親の姿も見、仏も拝したのです。この六十四の仏が語って言うのには
【我等は別の主なし、汝は我等が檀那なり、】
我らには、別の主はいない。あなたは、我らの檀那である。
【今日よりは汝を親と守護すべし、汝をこ〔怠〕たる事なかれ。】
今日からは、あなたを親と思って守護しよう。あなたは、怠ってはならない。
【一期の後は必ず来たって都率〔とそつ〕の内院へ導くべしと御約束ありしかば、】
一生の後は、必ず来て、兜率の内院へ導こうと約束されたので、
【遺竜ことに畏〔かしこ〕みて】
遺竜〔いりょう〕は、とりわけ畏〔かしこ〕まって
【誓って云はく、今日以後外典の文字を書くべからず等云云。】
今日以後は、外典の文字を書くまいと誓ったのです。
【彼の世親菩薩が小乗経を誦せじと誓ひ、】
彼の世親菩薩が、小乗経を二度と読誦せずと誓い、
【日蓮が弥陀念仏を申さじと願ぜしがごとし。】
日蓮が、弥陀、念仏を唱えずと誓願したようなものです。
【さて夢さめて此の由を王に申す。大王の勅宣に云はく、】
さて、夢が覚めてから、この事を大王に申し上げたところ、
【此の仏事己〔すで〕に成じぬ。】
大王は、この仏事は、すでに成就した。
【此の由を願文に書き奉れとありしかば勅宣の如し。】
この事を願文に書き留めよと言われたので、その通りに行われたのです。
【さてこそ漢土・日本国は法華経にはならせ給ひけれ。】
このようにして中国、日本は、法華経を信ずるようになったのです。
【此の状は漢土の法華伝記に候。是は書写の功徳なり。】
この物語は、中国の法華伝記に書いてあります。これは、書写による功徳なのです。
【五種法師の中には書写は最下の功徳なり。】
五種法師の中では、書写は、最も低い功徳ですが、
【何に況んや読誦なんど申すは無量無辺の功徳なり。】
ましてや、読誦と言うのは、量り知れない功徳があるのです。
【今の施主十三年の間、毎朝読誦せらるゝ自我偈〔じがげ〕の功徳は】
今の施主が十三年の間、毎朝読誦されて来た自我偈の功徳は、
【唯仏与仏乃能究尽なるべし。】
ただ、仏と仏とのみが、よく究〔きわ〕められているものなのです。