御書研鑚の集い 御書研鑽資料
諫暁八幡抄 第六章 八幡大菩薩は正直の人を守護
【仏は且く阿含経を説き給ひて後、彼の行者を法華経へ入れんと】
仏は、しばらくの間、阿含〔あごん〕経を説かれて後、阿含経を修行する行者を
【たばか〔謀〕り給ひしに、一切の声聞等阿含経に著して】
法華経へ導き入れようとしたとき、一切の声聞などが、まだ阿含経に執着して、
【法華経へ入らざりしをば、いかやうにかたばからせ給ひし。】
法華経に入らなかったのに対し、どのようにされたのでしょうか。
【此をば仏説いて云はく「設ひ五逆罪は造るとも、】
このことについて、仏は「たとえ五逆の罪を作り、
【五逆の者をば供養すとも、罪は仏の種とはなるとも、】
また、五逆を犯した者に供養して、その罪業が仏になる種子になることはあっても、
【彼等が善根は仏種とならじ」とこそ説かせ給ひしか。】
彼らの善根が仏種にはならない」と説かれたのです。
【小乗・大乗はかわれども同じく仏説なり。】
小乗、大乗の違いは、あっても、同じ仏説なのです。
【大が小を破して小を大となすと、】
大乗が小乗を破折して、小乗の者を大乗に引き入れようとしたのと、
【大を破して法華経に入ると、】
更に大乗を破折して、実大乗の法華経に入れようとするのと、
【大小は異なれども】
破折の対象である法が大乗、小乗の違いは、あっても、
【法華経へ入れんと思ふ志は是一なり。】
法華経に導き入れようとする志〔こころざし〕は、一つなのです。
【されば無量義経に大を破して云はく「未顕真実」と。】
したがって、無量義経に権大乗経を破折して「未顕真実」と説かれ、
【法華経に云はく「此の事は為〔さだ〕めて不可なり」等云云。】
法華経方便品には「この事は、実際に不可なり」と説かれています。
【仏自ら云はく「我世に出でて華厳・般若等を説きて法華経をとかずして】
仏は、自ら「我、世に出て華厳、般若等の諸経を説き、法華経を説かずに
【入涅槃〔にゅうねはん〕せば、愛子に財〔たから〕ををし〔惜〕み、】
涅槃に入るならば、愛する子供に財〔たから〕を惜〔お〕しみ、
【病者に良薬をあたへずして死したるがごとし」と。】
患者に良薬を与えずに医者が死ぬようなものである」と説かれています。
【仏自ら記して云はく「地獄に堕つべし」と云云。】
仏は、自ら「我は、地獄に堕ちる」と述べられているのです。
【不可と申すは地獄の名なり。】
ここで「不可」というのは、地獄の名前なのです。
【況んや法華経の後、爾前の経に著して法華経へうつらざる者は、】
まして法華経が説かれた後も、爾前の諸経に執着して法華経に心を移さない者は、
【大王に民の従がはざるがごとし、】
大王の命令に家臣が従わないようなものであり、
【親に子の見〔まみ〕へざるがごとし。】
親に子が会おうとしないようなものなのです。
【設ひ法華経を破せざれども、】
たとえ、法華経を謗〔そし〕らなくても、
【爾前の経々をほむるは法華経をそしるに当たれり。】
爾前の諸経を讃嘆するのは、法華経を謗〔そし〕ることになるのです。
【妙楽云はく「若し昔を称歎〔しょうたん〕せば】
妙楽大師は、法華文句記で「もし、昔を讃嘆すれば、
【豈〔あに〕今を毀〔そし〕るに非ずや」文。】
これは、今を毀謗〔ひぼう〕していることと同じである」とあり、
【又云はく「発心せんと欲〔ほっ〕すと雖も】
また「発心しようと思っても、
【偏円を簡〔えら〕ばず、】
偏頗〔へんぱ〕な教えと円融〔えんゆう〕円満な教えとの区別をせず、
【誓ひの境を解〔さと〕らざれば未来に法を聞くとも】
菩薩の誓願を成就せしめる対境を解らなければ、未来に法を聞くとしても、
【何ぞ能く謗〔そしり〕を免れん」等云云。】
どうして謗法〔ほうぼう〕を免〔まぬが〕れることができようか」と述べています。
【真言の善無畏〔ぜんむい〕・金剛智〔こんごうち〕・不空・弘法・慈覚・】
真言宗の善無畏三蔵、金剛智三蔵、不空三蔵、弘法大師、慈覚大師、
【智証等は、設ひ法華経を大日経に相対して】
智証大師などは、たとえ、法華経を大日経と比較相対し、
【勝劣を論ぜずして大日経を弘通すとも、】
その優劣を論じないで、ただ大日経を弘通しただけだったとしても、
【滅後に生まれたる三蔵人師なれば】
仏滅後に生まれた三蔵であり、人師であるから、
【謗法はよも免れ候はじ。】
とうてい謗法を免〔まぬが〕れることは、できないのです。
【何に況んや善無畏等の三三蔵は、】
ましてや、善無畏などの三人の三蔵は、
【法華経は略説、大日経は広説と同じて、】
「法華経は、略説で、大日経は、広説である」として両経を同等に扱い、
【而も法華経の行者を大日経えすかし入れ、】
しかも法華経の行者を大日経へ巧〔たく〕みに欺〔あざむ〕き入れた者であり、
【弘法等の三大師は法華経の名をかきあげて戯論なんどとかゝれて候を、】
弘法などの三人は、法華経の名前を挙げて、戯論〔けろん〕などと書いており、
【大科を明〔あき〕らめずして此の四百余年】
その大罪を隠して、この四百余年の間に、
【一切衆生皆謗法の者となりぬ。】
一切衆生を皆、謗法の者としてしまったのです。
【例せば大荘厳〔だいしょうごん〕仏の末の四比丘が】
例えて言えば、大荘厳〔だいしょうごん〕仏の末法の時代の四人の僧侶が、
【六百万億那由他〔なゆた〕の人を皆無間地獄に堕とせると、】
六百万億那由他〔なゆた〕の人々を、皆、無間地獄に堕としたのと、
【師子音王仏〔ししおんのうぶつ〕の末の勝意比丘が】
師子音王仏〔ししおんのうぶつ〕の末法の勝意〔しょうい〕比丘が、
【無量無辺の持戒の比丘・比丘尼・うばそく〔優婆塞〕・うばい〔優婆夷〕を】
無量無辺の持戒の僧侶、尼僧、男女の信者を、
【皆阿鼻〔あび〕大城に導きしと、今の三大師の教化に随ひて、】
皆、阿鼻大城に導いたのと、今の三大師の教化に従って、
【日本国四十九億九万四千八百二十八人】
日本の49億9万4828人
【(或は云はく、日本記に行基数へて云はく、】
(あるいは、日本記に行基〔ぎょうき〕がいう人数、
【男女四十五億八万九千六百五十九人と云云。)の】
男女45億8万9659人)の
【一切衆生、又四十九億等の人々、四百余年に死して無間地獄に堕ちぬれば、】
一切衆生、また四十九億などの人々が、四百余年の間に死んで無間地獄に堕ち、
【其の後他方世界よりは生まれて】
その後、他方世界から生まれてきた人々も、
【又死して無間地獄に堕ちぬ。】
また、死んで無間地獄に堕ちてしまったのです。
【かくのごとく堕つる者大地微塵〔みじん〕よりも多し。】
このようにして、無間地獄に堕ちた者は、大地微塵よりも多く、
【此皆三大師の科〔とが〕ぞかし。此を日蓮此等を大いに見ながら】
これらは、皆、三大師の罪なのです。このような状態を日蓮が見ながら、
【いつわ〔偽〕りをろ〔疎〕かにして申さずば、倶〔とも〕に堕地獄の者となて、】
知らぬふりをして、これを言わなければ、ともに堕地獄の者となって、
【一分の科なき身が十方の大阿鼻地獄を経めぐるべし。】
少しの罪もない身が、十方の大阿鼻地獄を彷徨〔さまよ〕うことになるでしょう。
【いかでか身命をすてざるべき。】
どうして身命を捨て、謗法を責めずにいられるでしょうか。
【涅槃経に云はく「一切衆生の異の苦を受くるは】
涅槃経に「一切衆生が種々の苦しみを受けるのは、
【悉く是如来一人の苦なり」等云云。】
ことごとく、これ如来一人の苦なり」などと説かれています。
【日蓮が云はく、一切衆生の同一の苦は】
日蓮も、また同じく、一切衆生の一同が受ける苦悩は、
【悉く是日蓮一人の苦なりと申すべし。】
ことごとく、これ日蓮一人の苦悩であると言っています。
【平城〔へいぜい〕天皇の御宇に八幡の御託宣に云はく】
平城〔へいぜい〕天皇の時代に、八幡大菩薩の神託〔しんたく〕に
【「我は是日本の鎮守八幡大菩薩なり。】
「我は、日本の鎮守〔ちんじゅ〕神の八幡大菩薩である。
【百王を守護せん誓願有り」等云云。】
百王を守護する誓願あり」などと言っています。
【今云はく、人王八十一・二代隠岐〔おき〕の法皇、】
今、人が言うのには、第81代から第85代までの安徳天皇、隠岐の法皇、
【三・四・五の諸皇已に破られ畢んぬ。】
土御門〔つちみかど〕天皇、順徳天皇、仲恭〔ちゅうきょう〕天皇が臣下に負けて、
【残る二十余代今捨て畢んぬ。】
その後の二十余代の天皇も、今では、見捨てられてしまいました。
【已に此の願破るゝがごとし。】
このように、すでに八幡大菩薩の誓願は、破られてしまったのです。
【日蓮料簡〔りょうけん〕して云はく、】
日蓮が考えるには、
【百王を守護せんとい〔云〕ふは正直の王百人を守護せんと誓ひ給ふ。】
百王を守護すると云うのは、正しい王を百人守護すると誓われたのです。
【八幡の御誓願に云はく「正直の人の頂を以て栖〔すみか〕と為し、】
八幡大菩薩の誓願に「正しい人の頭上をもって住処〔すみか〕となし、
【諂曲〔てんごく〕の人の心を以て亭〔やど〕らず」等云云。】
媚〔こ〕び諂〔へつら〕う人の心をもって宿らず」と言われています。
【夫月は清水に影をやどす、濁水にすむ事なし。】
月は、清水に影を映〔うつ〕しますが、濁水に映〔うつ〕ることは、ありません。
【王と申すは不妄語の人、右大将家・】
王と言うのは、本来、不妄語の人なのです。右大将家の源頼朝や
【権の大夫殿は不妄語の人、正直の頂、】
権大夫〔ごんのだいぶ〕の北条義時殿は、不妄語の人であったので、
【八幡大菩薩の栖〔す〕む百王の内なり。】
八幡大菩薩が、正直の人の頭上に住むと云われた百王の中に入っているのです。