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法華初心成仏抄 02 第一章 日本は釈尊所立の法華経の国
【法華初心成仏抄 弘安元年 五七歳】
法華初心成仏抄 弘安元年 57歳御作
【問うて云はく、八宗九宗十宗の中に何〔いず〕れか】
それでは、数多くの仏教の宗派の中で、いずれの宗が
【釈迦仏の立て給へる宗なるや。】
釈迦牟尼仏が立てられた宗派なのでしょうか。
【答へて云はく、法華宗は釈迦所立の宗なり。】
それは、法華宗が釈迦牟尼仏が立てられた宗派です。
【其の故は已説・今説・当説の中には】
その理由は、法華経法師品に過去、現在、未来に説いた経文の中では、
【法華経第一なりと説き給ふ。】
法華経が第一であると説かれており、
【是釈迦仏の立て給ふ処の御語〔みことば〕なり。】
これは、釈迦牟尼仏が定め置かれたものなのです。
【故に法華経をば仏立〔ぶつりゅう〕宗と云ひ、又は法華宗と云ふ。】
それ故に法華経を依経とする宗派を仏立宗と言い、また法華宗とも言うのです。
【又天台宗とも云ふなり。】
また、他にも天台宗とも言うのです。
【故に伝教大師の釈に云はく、天台所釈の法華の宗は】
それ故に伝教大師の解釈書では、天台大師の注釈にある法華の宗派は、
【釈迦世尊所立の宗と云へり。】
釈尊の立てられた宗派であると言っても良いと書かれています。
【法華より外〔ほか〕の経には全く已今当の文なきなり。】
法華経以外の経文には、過去、現在、未来の文章は、全く見当たりません。
【已説とは法華より已前の四十余年の諸経を云ひ、】
過去の説とは、法華経より以前の四十余年の諸経のことを言い、
【今説とは無量義経を云ひ、当説とは涅槃経を云ふ。】
現在の説とは、無量義経のことを言い、未来の説とは、涅槃経のことを言います。
【此の三説の外に法華経計り成仏する宗なりと仏定め給へり。】
この三説を超えた法華経のみが成仏する宗派であると仏は、定められたのです。
【余宗は仏涅槃し給ひて後、或は菩薩、或は人師達の建立する宗なり。】
他の宗派は、仏が涅槃された後に菩薩、または、人が作り出した宗派です。
【仏の御定〔ごじょう〕を背きて、菩薩人師の立てたる宗を用ふべきか、】
仏の仰せに背いて、菩薩や人が作った宗派を用いるべきでしょうか、
【菩薩人師の語を背きて、仏の立て給へる宗を用ふべきか、】
菩薩や人の言葉に背いて、仏の立てられた宗派を用いるべきでしょうか、
【又何れをも思ひ思ひに我が心に任せて】
また、そのいずれであっても、自分勝手に、
【志あらん経法を持つべきかと思ふ処に、】
その気分に合った宗派に依るべきかと考えてみると、
【仏是〔これ〕を兼〔か〕ねて知〔し〕ろし召〔め〕して、】
仏は、こうなる事を前々から知っていて、
【末法濁悪の世に真実の道心あらん人々の持つべき経を定め給へり。】
末法濁悪の世において真実に求道心がある人々の持つべき経文を定められたのです。
【経に云はく「法に依って人〔にん〕に依らざれ、義に依って語に依らざれ、】
涅槃経に「法に依って人に依らざれ、義に依って語に依らざれ、
【知に依って識〔しき〕に依らざれ、】
知に依って識〔しき〕に依らざれ、
【了義〔りょうぎ〕経に依って不了義経に依らざれ」文。】
了義〔りょうぎ〕経に依って不了義経に依らざれ」と説かれています。
【此の文の心は菩薩人師の言〔ことば〕には依るべからず、】
この文章の心は、菩薩や人の言葉に依っては、ならない。
【仏の御定を用ひよ、華厳・阿含・方等・般若経等、】
仏の経文を用いなさい。華厳宗、阿含宗、方等般若経などの、
【真言・禅宗・念仏等の法には依らざれ、】
真言宗、禅宗、念仏宗などの法に依ってはならない。
【了義経を持つべし、】
了義経に依るべきであると言う事です。
【了義経と云ふは法華経を持つべしと云ふ文なり。】
了義経によるべきであるとは、法華経に依るべきであると言うことなのです。
【問うて云はく、今日本国を見るに、】
それでは、今、日本を見てみると、
【当時五濁〔ごじょく〕の障〔さわ〕り重く、】
現在は、劫濁、煩悩濁、衆生濁、見濁、命濁の五濁の障害が重く、
【闘諍〔とうじょう〕堅固〔けんご〕にして瞋恚〔しんに〕の心猛〔たけ〕く、】
闘い争う心が盛んで、怒りの心が猛々〔たけだけ〕しく、
【嫉妬〔しっと〕の思ひ甚だし。】
嫉妬〔しっと〕の思いも甚〔はなは〕だしいのです。
【かゝる国かゝる時には、何れの経を弘むべきや。】
このような国、このような時には、いずれの経文を弘めるべきなのでしょうか。
【答へて云はく、法華経を弘むべき国なり。】
それについては、日本は、法華経を弘めるべき国なのです。
【其の故は法華経に云はく】
その理由は、法華経普賢菩薩勧発品に
【「閻浮提〔えんぶだい〕の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云。】
「閻浮提〔えんぶだい〕の内に広く流布させて、断絶させてはならない」と説かれ、
【瑜伽論〔ゆがろん〕には、】
瑜伽師地論〔ゆがしじろん〕には、
【丑寅〔うしとら〕の隅に大乗妙法蓮華経の流布すべき小国ありと見えたり。】
北東の隅に大乗、妙法蓮華経の流布すべき小国ありと説かれています。
【安然〔あんねん〕和尚云はく「我が日本国」等云云。】
安然〔あんねん〕和尚は、それを「我が日本国である」と言っています。
【天竺よりは丑寅の角〔すみ〕に此の日本国は当たるなり。】
インドから、この日本国は、北東の方角にあたるのです。
【又慧心〔えしん〕僧都〔そうず〕の一乗要決に云はく】
また、比叡山第十八代座主の慧心〔えしん〕僧都〔そうず〕の一乗要決には、
【「日本一州円機純一にして、】
「日本一州は、円機純一にして、
【朝野〔ちょうや〕遠近〔おんごん〕同じく一乗に帰し、】
朝廷も在野も、遠きも近きも同じく一乗に帰し、
【緇素〔しそ〕貴賎悉〔ことごと〕く成仏を期せん」云云。】
僧俗貴賎、皆、ことごとく成仏を期すべきである」とあります。
【此の文の心は、日本国は京・鎌倉・筑紫・鎮西〔ちんぜい〕・】
この文章の意味は、日本は、京都や鎌倉、筑紫、九州、
【みちをく〔陸奥〕、遠きも近きも法華一乗の機のみ有りて、】
陸奥〔みちのく〕など、遠くも近くも、法華一乗の機根ばかりで、
【上も下も貴きも賎しきも持戒も破戒も男も女も、】
上も下も、貴い人も、賎しい人も、戒を持つ者も、破戒の者も、男も女も
【皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なりと云ふ文なり。】
皆一様に法華経によって成仏する国であると言う文章なのです。
【譬へば崑崙〔こんろん〕山に石なく】
たとえば崑崙〔こんろん〕山には、玉〔ぎょく〕を多く産するので石がなく、
【蓬莱〔ほうらい〕山に毒なきが如く、】
蓬莱山〔ほうらいざん〕には、不老長寿の秘薬があって毒がないように、
【日本国は純〔もっぱ〕らに法華経の国なり。】
日本国は、純然たる法華経のみが弘まる国なのです。
【而るに法華経は元よりめでたき御経なれば、】
ところが、法華経は、もともと素晴らしい経文であるから、
【誰か信ぜざると語には云ひて、】
誰が信じない者が居るだろうかなどと口では、言いながら、
【而も昼夜朝暮〔ちょうぼ〕に弥陀念仏を申す人は、】
朝昼晩に念仏を称えている人は、
【薬はめでたしとほめて朝夕毒を服する者の如し。】
薬が大事だと言いながら、朝夕に毒を飲んでいる者と同じなのです。
【或は念仏も法華経も一〔ひと〕つなりと云はん人は、】
あるいは、念仏も法華経も同じであると言う人は、
【石も玉も上臈〔じょうろう〕も下臈〔げろう〕も】
石も玉も、身分の高い人も低い人も、
【毒も薬も一つなりと云はん者の如し。】
毒も薬も同じであると言う者と同じなのです。
【其の上法華経を怨〔あだ〕み嫉〔ねた〕み悪〔にく〕み毀〔そし〕り】
その上、法華経を怨〔あだ〕み嫉〔ねた〕み悪〔にく〕み毀〔そし〕り
【軽しめ賎しむ族〔やから〕のみ多し。】
軽〔かろ〕しめ賎〔いや〕しむ人が多いのです。
【経に云はく「一切世間多怨〔たおん〕難信〔なんしん〕」と。】
法華経安楽行品に「一切世間に怨〔あだ〕多くして信じ難し」と説かれ、
【又云はく「如来現在、猶多〔ゆた〕怨嫉〔おんしつ〕、】
また、法華経法師品に「如来の現在すら、なお怨嫉〔おんしつ〕多し、
【況滅度後〔きょうめつどご〕」の経文少しも違〔たが〕はず当たれり。】
いわんや滅度の後をや」と説かれており、その経文が少しも違わないのです。
【されば伝教大師の釈に云はく「代を語れば則ち像の終はり末の初め、】
そこで伝教大師の法華秀句には「代を語れば、すなわち像法の終り、末の初め、
【地を尋ぬれば唐の東、羯〔かつ〕の西、】
地を尋〔たず〕ねれば、中国の東、カムチャッカの西、
【人を原〔たず〕ぬれば則ち五濁の生闘諍〔とうじょう〕の時なり、経に云はく、】
人を尋〔たず〕ねれば、すなわち五濁の生、闘諍の時である。
【猶多怨嫉況滅度後と、】
経に猶多怨嫉〔ゆたおんしつ〕、況滅度後〔きょうめつどご〕とあり、
【此の言良〔まこと〕に以〔ゆえ〕有るなり」と。】
この言葉は、まことに理由があることである」と説明されているのです。
【此等の文釈をもって知んぬべし、】
これらの文章の解釈によって知るべきです。
【日本国に法華経より外の真言・禅・律宗・】
日本国には、法華経以外の真言宗、禅宗、律宗、
【念仏宗等の経教、山々・寺々・朝野遠近に弘まるといへども、】
念仏宗などの経文が、方々の山々、寺々の全国いたるところに弘まっていますが、
【正しく国に相応して、仏の御本意に相叶ひ、】
これらは、まさしく、この国に不相応の仏の本意ではない、
【生死を離るべき法にはあらざるなり。】
生死の苦悩を解決することができる法ではないのです。