御書研鑚の集い 御書研鑽資料
善無畏抄 第一章 善無畏三蔵の堕地獄
【善無畏抄 文永八年 五〇歳】
善無畏抄 文永8年 50歳御作
【善無畏〔ぜんむい〕三蔵は月氏烏萇奈〔うちょうな〕国の】
善無畏〔ぜんむい〕三歳〔さんぞう〕は、インド、烏萇奈〔うちょうな〕国の
【仏種王の太子なり。七歳にして位に即〔つ〕き、】
仏種王〔ぶっしゅおう〕の太子です。七歳の時に王位につき、
【十三にして国を兄〔このかみ〕に讓り出家遁世〔とんせい〕し、】
十三歳の時、国を兄に譲って出家し、俗世間を離れ、
【五天竺を修行して五乗の道を極め】
全インドを修行し、人、天、声聞、縁覚、菩薩の五乗の道を極〔きわ〕め、
【三学を兼ね給ひき。】
戒定慧〔かいじょうえ〕の三学も兼ねて、習得したのです。
【達磨〔だるま〕掬多〔きくた〕と申す聖人に値ひ奉りて】
那爛陀〔ならんだ〕寺において達磨〔だるま〕掬多〔きくた〕という聖人に会って、
【真言の諸印契〔いんげい〕一時に頓受〔とんじゅ〕し、】
真言の秘法である諸々の手の指による印相を、またたく間に習い受け、
【即日に御潅頂〔かんじょう〕なし人天の師と定まり給ひき。】
その日のうちに潅頂〔かんじょう〕の儀式を受けて、人天の師の位についたのです。
【鶏足〔けいそく〕山に入りては迦葉〔かしょう〕尊者の髪をそ〔剃〕り】
鶏足〔けいそく〕山に入っては、迦葉〔かしょう〕尊者の髪を剃って仕え、
【王城に於て雨を祈り給ひしかば、】
王城において、雨乞いをしたところ、
【観音日輪の中より出でて水瓶〔すいびょう〕を以て水を灌〔そそ〕ぎ、】
観音菩薩が日輪の中から現われて、水瓶で水を注ぎ、雨を降らせ、
【北天竺〔てんじく〕の金粟〔こんぞく〕王の塔の下にして】
北インドの金粟〔こんぞく〕王が建造した塔の下で、
【仏法を祈請〔きしょう〕せしかば、文殊〔もんじゅ〕師利〔しり〕菩薩、】
王の願いによって祈祷したところ、文殊〔もんじゅ〕師利〔しり〕菩薩が、
【大日経の胎蔵〔たいぞう〕の】
大日経に説かれている、胎蔵〔たいぞう〕界
【曼荼羅〔まんだら〕を現はして授け給ふ。】
曼荼羅〔まんだら〕を顕わして、善無畏に授けました。
【其の後開元四年丙辰〔ひのえたつ〕に漢土に渡る。】
その後、開元四年(西暦716年)に中国に渡りました。
【玄宗皇帝】
この時の中国の玄宗〔げんそう〕皇帝は、
【之を尊むこと日月〔にちがつ〕の如し。】
この善無畏〔ぜんむい〕三蔵を日月のように敬ったのです。
【又大旱魃〔かんばつ〕あり。】
また、その頃、中国で大旱魃〔かんばつ〕があり、
【皇帝勅宣〔ちょくせん〕を下す。】
玄宗〔げんそう〕皇帝は、勅宣を下し、善無畏三蔵に祈雨を命じました。
【三蔵、一鉢に水を入れ暫く加持し給ひしに、】
善無畏三蔵は、鉢〔はち〕に水を入れ、暫〔しばら〕く祈祷をしたところ、
【水の中に指〔ゆび〕許〔ばか〕りの物有り変じて竜と成る。】
水の中に指ほどの大きさのものが現れ、それが竜になり、
【其の色赤色なり。白気立ち昇り、】
さらに、それが赤くなり、白い煙が立ち昇って、
【鉢より竜出でて虚空〔こくう〕に昇り忽〔たちま〕ちに雨を降〔ふ〕らす。】
その鉢〔はち〕から竜が出て大空に昇り、たちまちに雨を降らせたと言います。
【此くの如くいみじき人なれども、】
善無畏三蔵は、このように尊〔とうと〕い人でしたが、
【一時〔あるとき〕に頓死〔とんし〕して有りき。】
ある時、頓死〔とんし〕してしまったのです。
【蘇生〔よみがえ〕りて語りて云はく、】
やがて、息を吹き返して言うのには、
【我死につる時獄卒〔ごくそつ〕来たりて鉄の縄七筋〔すじ〕付け、】
自分が死んだ時、獄卒〔ごくそつ〕が来て、鉄の繩〔なわ〕を七重にかけ、
【鉄杖を以て散々にさいなみ、閻魔〔えんま〕宮に到りにき。】
鉄の杖で散々に打って、閻魔〔えんま〕王の宮殿に連れて行かれた。
【八万聖教一字一句も覚えず、】
その時、八万四千の聖教の一字一句も頭の中にはなく、
【唯法華経の題名許〔ばか〕り忘れず。】
ただ、法華経の題目だけを忘れないでいた。
【題名を思ひしに鉄の縄少しき許〔ゆ〕りぬ。】
その題目を頭に思い浮かべたところ、鉄の繩は、少し弛〔ゆる〕んだ。
【息〔いき〕続〔つ〕いで高声〔こうしょう〕に唱へて云はく】
息をついて、今度は、大きな声で、法華経、譬喩品〔ひゆほん〕の
【「今此〔こんし〕三界〔さんがい〕皆是〔かいぜ〕我有〔がう〕、】
「今、此の三界は、皆な是れ我が有〔う〕なり。
【其中〔ごちゅう〕衆生〔しゅじょう〕悉是〔しつぜ〕吾子〔ごし〕、】
其〔そ〕の中の衆生は、悉〔ことごと〕く是〔こ〕れ吾〔わ〕が子なり。
【而今〔にこん〕此処〔ししょ〕多諸〔たしょ〕患難〔げんなん〕、】
而〔しか〕るに今此の処は、諸の患難〔げんなん〕多し。
【唯我〔ゆいが〕一人〔いちにん〕能為〔のうい〕救護〔くご〕」等云云。】
唯〔た〕だ我れ一人のみ能〔よ〕く救護〔くご〕を為〔な〕す」という文を唱えた。
【七つの鉄の縄切れ砕け十方に散ず。】
すると、七重の鉄の繩は、砕け十方に散らばった。
【閻魔冠を傾けて】
閻魔〔えんま〕王は、善無畏三蔵に敬意を表し、頭を下げて、
【南庭に下り向かひ給ひき。】
南側の庭に下りて向かい合った。
【今度は命尽きずとて帰されたるなりと語り給ひき。】
そして、この度は、まだ寿命が尽きていないと言うことで帰されたと言うのです。
【今日蓮不審して云はく、善無畏三蔵は】
今、日蓮が不審に思うのは、次のことです。善無畏三蔵は
【先生〔せんじょう〕に十善の戒力あり。五百の仏陀に仕へたり。】
前世で十善戒という戒律を持〔たも〕ち、五百の仏陀〔ぶっだ〕に仕えました。
【今生には捨てがたき王位を】
その善根により国王となったのですが、今生には、その捨て難い王位を、
【つばき〔唾〕をす〔捨〕つるがごとくこれをす〔捨〕て、】
唾を吐くように、惜しげもなく捨てて、
【幼少十三にして御出家ならせ給ひて、月支国をめぐ〔廻〕りて諸宗を習ひ極め、】
わずか十三歳で出家し、インド各地を巡って諸宗派を習い極〔きわ〕め、
【天の感を蒙〔こうむ〕り、化導の心深くして】
諸天の感応、守護を受け、衆生を教化する心が強く、
【震旦〔しんだん〕国に渡りて真言の大法を弘めたり。】
中国に渡って、真言の大法を弘めたのです。
【一印一真言を結び誦すれば、】
真言宗においては、手に印〔いん〕を結び、口に真言を誦〔じゅ〕すれば、
【過去現在の無量の罪滅しぬらん。】
過去、現在の無量の罪も滅してしまったでしょうに、
【何の科〔とが〕に依りて閻魔〔えんま〕の責めをば蒙り給ひけるやらん、】
何の罪によって、閻魔〔えんま〕王の責めを受けたのでしょうか。
【不審極まり無し。善無畏三蔵真言の力を以て】
まことに、おかしなことです。このような善無畏三蔵でさえ、真言の法力をもって
【閻魔の責めを脱れずば】
なお、閻魔の責めを免〔まぬが〕れられないのであれば、
【天竺〔てんじく〕・震旦・日本等の諸国の真言師、】
どうして、インド、中国、日本などの諸国の真言師達が、
【地獄の苦を脱るべきや。】
地獄の苦しみを免〔まぬが〕れることができるでしょうか。
【委細に此の事を勘へたるに、】
よくよく、このことを考えてみると、
【此の三蔵は世間の軽罪は身に御〔おわ〕せず、】
この善無畏三蔵は、世間一般の軽い罪は、その身にありません。
【諸宗並びに真言の力にて滅しぬらん。】
そうした罪は、自ら修めた諸宗派や真言の力によって、滅しているでしょう。
【此の責めは別の故無し、法華経誹謗〔ひぼう〕の罪なり。】
このことは、他に理由があるのではなく、法華経を誹謗した罪によるのです。
【大日経の義釈を見るに「此の経は是法王の秘宝、】
大日経の義釈には「この大日経は、大日如来の秘法であり、
【妄〔みだ〕りに卑賎〔ひせん〕の人に示さず、】
みだりに卑〔いや〕しい者には、説き明かさない。
【釈迦出世の四十余年に】
釈迦牟尼仏が出世して、四十余年の説法の後に、
【舎利弗慇懃〔おんごん〕の三請〔さんしょう〕に因〔よ〕って】
舎利弗〔しゃりほつ〕の丁重な三度にわたる請願によって、
【方〔まさ〕に為に略して妙法蓮華の義を説くが如し。】
はじめて、略して妙法蓮華の義を説いたのと同じである。
【今此の本地の身は又是妙法蓮華最深秘処なり。】
今、この大日如来の本地の身もまた、この妙法蓮華の最深秘の処と同じである。
【故に寿量品に云はく、】
故に、寿量品には次のように説いている。
【常に霊鷲山及び余の諸の住処に在り。】
仏は、常に霊鷲山〔りょうじゅせん〕や、その他の諸の住所にいる。
【乃至我が浄土は毀〔やぶ〕れざるに而も衆は焼き尽くと見ると、】
〔中略)仏が住む浄土は、壊れないのに、衆生は、焼け尽きると思っていると。
【即ち此の宗瑜伽〔ゆが〕の】
即ち、真言宗は、瑜伽〔ゆが〕の法門、つまり
【意なるのみ。】
仏の身密、口密、意密に行者の身、口、意が合致するという三密の法門であり、
【又補処〔ふしょ〕の菩薩の慇懃の三請に因って】
また、仏の跡を継ぐ弥勒〔みろく〕菩薩が、大日如来に三度にわたって、
【方に為に之を説く」等云云。】
丁寧に請願したので、これを説く」などと記〔しる〕されているのです。
【此の釈の心は大日経に本迹二門、開三顕一・】
この解釈書の意味は、大日経にも、本迹二門、開三顕一〔かいさんけんいち〕、
【開近〔かいごん〕顕遠〔けんのん〕の法門有り。法華経の本迹二門の如し。】
開近顕遠〔かいごんけんのん〕の法門があり、法華経の本迹二門と同じである。
【此の法門は法華経に同じけれども、】
この法門は、法華経と同じであるけれども、
【此の大日経に印と真言と相〔あい〕加〔くわ〕はりて三密相応せり。】
この大日経には、印と真言とが加わって、身、口、意の三密に相応している。
【法華経は但意密許〔ばか〕りにて身口の二密欠けたれば、】
法華経は、ただ意密ばかりで身、口の二密が欠けているので、
【法華経をば略説と云ひ、大日経をば広説と申すべきなりと書かれたり。】
法華経を略説といい、大日経を広説と言うのであると書いているのです。
【此の法門第一の誤り、謗法の根本なり。】
この法門は、最大の間違いであり、謗法の根源なのです。
【此の文に二つの誤り有り。】
この解釈書の文中には、二つの間違いがあります。
【又義釈に云はく「此の経横に一切の仏教を統〔す〕ぶ」等云云。】
また、解釈書に「この大日経は、横に一切の仏教を統べている」と言っています。
【大日経は当分随他意〔ずいたい〕の経なるを誤りて】
大日経は、当分、随他意〔ずいたい〕の経であるのに、善無畏三蔵は、
【随自意〔ずいじい〕跨節〔かせつ〕の経と思えり。】
間違って、随自意〔ずいじい〕、跨節〔かせつ〕の経文であると思っているのです。
【かたがた誤りたるを実義と思〔おぼ〕し食〔め〕せし故に、】
このように、様々に間違っているものを、正しいと信じたが故に、
【閻魔の責めをば蒙りたりしか。】
閻魔〔えんま〕の責めを蒙〔こうむ〕ったのでしょう。
【智者にて御坐〔おわ〕せし故に、】
しかし、善無畏三蔵は、智者であったが故に、
【此の謗法を悔い還して法華経に翻〔ひるがえ〕りし故に、】
この謗法を悔〔く〕 い改めて、法華経に翻〔ひるがえ〕った為、
【此の責めを免〔まぬか〕るゝか。】
この責めを免〔まぬが〕れたのでしょうか。
【天台大師釈して云はく「法華は衆経を総括す。】
天台大師は、次のように解釈して「法華経は、あらゆる経々を統括している。
【乃至軽慢止〔や〕まざれば】
(中略)法華経を軽視し、慢心することを止めなければ、
【舌、口中に爛〔ただ〕る」等云云。】
その人の舌は、口の中で、ただれてしまう」と述べられています。
【妙楽大師云はく「已今当〔いこんとう〕の妙】
妙楽大師も次に「已今当〔いこんとう〕の三説の中で妙法蓮華経が、
【此に於て固く迷へり。】
はるかに優〔まさ〕っていることに、固く迷って、法華経を信じず、
【舌爛れて止まざるは猶〔なお〕華報と為す。】
舌がただれて治らないなどと言うことは、まだまだ軽いうちである。
【謗法の罪苦長劫に流る」等云云。】
法華経謗法の罪苦は、未来永劫にわたる」と述べられています。
【天台妙楽の心は、法華経に勝れたる経有りと云はむ人は】
天台大師、妙楽大師の真意は、法華経より優れている経文があると説く人は、
【無間〔むけん〕地獄に堕つべしと書かれたり。】
無間地獄に堕ちると説かれているのです。
【善無畏三蔵は、法華経と大日経とは理は同じけれども】
善無畏三蔵は、法華経と大日経とは、理論は、同じであるが、
【事の印真言は勝れたりと書かれたり。】
事の印と真言については、大日経の方が優れていると説いています。
【然るに二人の中に一人は】
そうであれば、天台大師、妙楽大師と善無畏三蔵の二者のうち、どちらかが
【必ず悪道に堕つべしとをぼふる処に、】
必ず地獄に堕ちると思うのですが、
【天台の釈は経文に分明なり、】
天台大師の解釈は、経文に明らかな根拠があります。
【善無畏の釈は経文に其の証拠見へず。】
しかし、善無畏三蔵の解釈については、経文にその証拠は、見られません。
【其の上閻魔王の責めの時】
そのうえ、閻魔〔えんま〕王の責めの時、
【我が内証の肝心とをぼ〔思〕しめ〔食〕す大日経等の三部経の内の文を誦せず。】
善無畏三蔵自身が内証の肝心と思っていた、大日経等の三部経の文を唱えず、
【法華経の文を誦して此の責めをまぬ〔免〕かれぬ。】
法華経の文を読んで、この責めを免〔まぬが〕れたのです。
【疑ひなく法華経に真言まさ〔勝〕りとをも〔思〕う誤りを】
これは、疑いなく、法華経より真言が優〔まさ〕っていると思っていた間違いを
【ひるがへ〔翻〕したるなり。其の上善無畏三蔵の】
翻〔ひるがえ〕した証拠なのです。そのうえ、善無畏三蔵の
【御弟子不空〔ふくう〕三蔵の法華経の】
弟子の不空〔ふくう〕三蔵が著わした、成就〔じょうじゅ〕妙法蓮華経
【儀軌〔ぎき〕には、】
王瑜〔おうゆ〕伽観智儀軌〔がかんちぎき〕には、
【大日経・金剛頂〔こんごうちょう〕経の両部の大日をば左右に立て、】
大日経と金剛頂経の両部の大日を左右に立て、
【法華経多宝仏をば不二の大日と定めて、】
法華経の多宝仏を不二の大日と定めて、
【両部の大日をば左右の臣下のごとくせり。】
両部の大日を左右の臣下のようにしているのです。