日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


阿仏房御息文 14 千日尼御返事(阿仏房抄)

【千日尼御返事(阿仏房抄) 弘安三年七月二日 五九歳】
千日尼御返事(阿仏房抄) 弘安3年7月2日 59歳御作


【こう入道殿の尼ごぜんの事、なげき入って候。】
国府入道殿の尼御前のこと、嘆き入っております。

【又こい〔恋〕しこい〔恋〕しと申しつたへさせ給へ。】
また、恋しく恋しく思っていると御伝えください。

【鵞目〔がもく〕一貫五百文・のり〔海苔〕・わかめ・ほ〔干〕しい〔飯〕、】
銭一貫五百文、海苔、わかめ、干飯〔ほしいい〕など、

【しなじなの物給〔た〕び候ひ了〔おわ〕んぬ。】
数々の御供養を確かに頂きました。

【法華経の御宝前に申し上げて候。】
法華経の御宝前に申し上げました。

【法華経に云はく「若し法を聞く者有らば】
法華経、方便品第二に「もし法を聞く者があらば、

【一〔ひとり〕として成仏せざること無し」云云。】
一人として成仏せざることなし(若有聞法者・無一不成仏)」とあります。

【文字は十字にて候へども法華経を一句よみまいらせ候へども、】
文字は、ただの十文字ですが、法華経は、一句、読んだだけでも、

【釈迦如来の一代聖教をのこ〔残〕りな〔無〕く読むにて候なるぞ。】
釈迦如来の一代聖教を、すべて読むことになるのです。

【故に妙楽大師云はく】
ゆえに妙楽大師は、法華玄義釈籖〔ほっけげんぎしゃくせん〕第三に

【「若し法華を弘むるには凡〔およ〕そ一義を消するも】
「もし、法華経を弘めるには、およそ一義を解釈するにも、

【皆一代を混〔こん〕じて】
皆、釈迦牟尼仏の一代聖教をすべて、

【其の始末を窮〔きわ〕めよ」等云云。】
始めから最後まで窮〔きわ〕めなければならない」と述べています。

【始〔し〕と申すは華厳〔けごん〕経、末〔まつ〕と申すは涅槃〔ねはん〕経。】
ここで始めと言うのは、華厳経であり、最後と言うのは、涅槃経のことです。

【華厳経と申すは仏最初成道の時、】
華厳経と言うのは、釈迦牟尼仏が最初に成道した時、

【法慧〔ほうえ〕・功徳林〔くどくりん〕等の大菩薩、】
法慧〔ほうえ〕、功徳林〔くどくりん〕などの大菩薩が

【解脱月〔げだつがつ〕菩薩と申す菩薩の請に趣〔おもむ〕いて】
解脱月〔げだつがつ〕菩薩と言う菩薩の求めによって、

【仏前にてとかれて候。】
仏前において説かれた経文なのです。

【其の経は天竺〔てんじく〕・竜宮城〔りゅうぐうじょう〕・】
その経文は、インド、竜宮城〔りゅうぐうじょう〕、

【兜率天〔とそつてん〕等は知らず、】
兜率天〔とそつてん〕などで、どうであるかは知りませんが、

【日本国にわたりて候は六十巻・八十巻・四十巻候。】
日本に伝わったものは、六十巻、八十巻、四十巻の三種類です。

【末と申すは大涅槃経、此も月氏・竜宮等は知らず、】
末と言うのは大涅槃経です。これもインド、竜宮などでは、ともかく、

【我が朝には四十巻・三十六巻・六巻・二巻等なり。】
我が国には、四十巻、三十六巻、六巻、二巻などの種類があります。

【此より外の阿含〔あごん〕経・方等〔ほうどう〕経・】
これよりほかの阿含〔あごん〕経、方等〔ほうどう〕経、

【般若〔はんにゃ〕経等は五千・七千余巻なり。】
般若〔はんにゃ〕経などは、五千、七千余巻です。

【此等の経々は見ずきかず候へども、但法華経の一字一句よみ候へば、】
これらの経文を見ずとも聞かずとも、ただ法華経の一字一句を読むならば、

【彼々の経々を一字もを〔落〕とさずよむにて候なるぞ。】
それらの経文を一字たりとも残らず読むことと同じになるのです。

【譬へば月氏・日本と申すは二字、】
譬えば、月氏、日本と言うのは、二文字ですが、

【二字に五天竺・十六の大国・】
この二文字の中に、五天竺の中の十六の大きな国、

【五百の中国・十千の小国・無量の粟散国〔ぞくさんこく〕の】
五百の中くらいの国、十千の小さな国、無量の粟を散りばめたような小国の

【大地・大山・草木・人畜等をさまれるがごとし。】
大地、大山、草木、人畜などが全て治まっているのと同じなのです。

【譬へば鏡はわづかに一寸・二寸・三寸・四寸・五寸と候へども、】
また、譬えば、鏡は、わずか一寸、二寸、三寸、四寸、五寸であっても、

【一尺・五尺の人をもうかべ、】
一尺、五尺の人をも映し、

【一丈・二丈・十丈・百丈の大山をもうつ〔映〕すがごとし。】
一丈、二丈、十丈、百丈の大山をも映すのと同じなのです。

【されば此の経文をよみて見候へば、】
それゆえ、この方便品の経文を読んでみれば、

【此の経をき〔聞〕く人は一人もか〔欠〕けず仏になると申す文なり。】
この法華経を聞く人は、一人も欠けることなく仏になると言う文章なのです。

【九界・六道の一切衆生各々心々か〔変〕われり。】
九界、六道の一切衆生は、おのおの心が異なっていますが、

【譬〔たと〕へば二人・三人・乃至百千人候へども】
譬えば、二人、三人そして百人、千人いても、

【一尺の面〔かお〕の内じち〔実〕にに〔似〕たる人一人もなし。】
一尺の顔が完全に同じ人は、一人もいないのです。

【心のに〔似〕ざるゆへ〔故〕に面もにず。】
心が同じではないから、顔も同じではないのです。

【まして二人・十人、六道・九界の衆生の】
まして、二人、十人、六道、九界の衆生の

【心いかん〔如何〕がか〔変〕わりて候らむ。】
心は、いかに異なっていることでしょうか。

【されば花をあい〔愛〕し、月をあいし、す〔酸〕きをこのみ、】
それゆえ、花を愛し、月を愛し、酸いものを好み、

【にがきをこのみ、ちいさきをあいし、大なるをあいし、いろいろなり。】
苦いものを好み、小さいものを愛し、大きいものを愛し、いろいろであり、

【善をこのみ、悪をこのみ、しなじななり。】
善を好み、悪を好み、様々なのです。

【かくのごとくいろいろに候へども、】
このように、いろいろでは、ありますが、

【法華経に入りぬれば唯一人の身、一人の心なり。】
法華経に入ってしまうと、ただ一人の身、一人の心なのです。

【譬へば衆河の大海に入りて同一〔どういつ〕鹹味〔かんみ〕なるがごとく、】
譬えば、多くの川の水も大海に入れば同じ一つの鹹味〔かんみ〕となり、

【衆鳥の須弥山〔しゅみせん〕に近づきて一色なるがごとし。】
種々の色の鳥も須弥山に近づけば、みな同じ金色となるのと同じなのです。

【提婆〔だいば〕が三逆と】
三逆罪を犯した提婆達多〔だいばだった〕も、

【羅睺羅〔らごら〕が二百五十戒と同じく仏になりぬ。】
二百五十戒を守った羅睺羅〔らごら〕も同じく仏になるのです。

【妙荘厳王〔みょうしょうごんのう〕の邪見と】
妙荘厳王〔みょうしょうごんのう〕のような邪見の者と、

【舎利弗〔しゃりほつ〕が正見と同じく授記をかを〔被〕ほれり。】
舎利弗のような正見の者とが、同じく成仏の記別を受けるのです。

【此〔これ〕即ち無一不成仏のゆへ〔故〕ぞかし。】
これは、一人として成仏しないものはいないゆえなのです。

【四十余年の内の阿弥陀経等には舎利弗が】
四十余年の内の阿弥陀経などには、舎利弗が、

【七日の百万反大善根とと〔説〕かれしかども、】
七日間に弥陀の称号を百万遍唱えたことを大善根であると説かれたのですが、

【未顕〔みけん〕真実〔しんじつ〕と】
その阿弥陀経の教えが無量義経で「四十余年の間は、未だ真実を顕していない」と

【きらわれしかば七日ゆ〔湯〕をわかして】
否定されたので、あたかも七日間、湯を沸かして、

【大海にな〔投〕げたるがごとし。】
大海に投げ入れたような無意味なことになってしまったのです。

【ゐ〔韋〕提希〔だいけ〕が観経〔かんぎょう〕をよみて】
また、韋提希〔いだいけ〕夫人は、観無量寿経を読んで

【無生忍〔むしょうにん〕を得〔え〕しかども、】
無生忍〔むしょうにん〕の位を得たのですが、

【正直〔しょうじき〕捨方便〔しゃほうべん〕とすてられしかば】
法華経、方便品第二で「正直に方便を捨てる」と、観無量寿経が捨てられたので、

【法華経を信ぜずば返りて本の女人なり。】
法華経を信じなければ、もとの愚痴の女性に戻ってしまったのです。

【大善も用ふる事なし。法華経に値〔あ〕はずばなにかせん。】
大善を修めても、法華経にあわなければ、なんの役にも立たないのです。

【大悪もなげ〔歎〕く事なかれ、】
大悪を犯しても、嘆〔なげ〕いてばかりいることはありません。

【一乗を修行せば提婆が】
一乗の法華経を修行すれば、提婆達多〔だいばだった〕の

【跡〔あと〕をもつぎなん。】
跡を継ぐこともできるのです。

【此等は皆無一不成仏の】
これらは、皆、一人として成仏しないことはないとの

【経文のむなしからざるゆへぞかし。されば故阿仏房〔あぶつぼう〕の聖霊は】
経文が虚妄でないからなのです。それゆえ、亡くなられた阿仏房の聖霊は、

【今いづくむにかをはすらんと人は疑ふとも、】
今、どこにおられるであろうかと人は、疑っても、

【法華経の明鏡をもって其の影をうかべて候へば、】
法華経の明鏡をもって、その影を浮かべてみると、

【霊鷲山〔りょうじゅせん〕の山の中に多宝仏の宝塔の内に、】
霊鷲山〔りょうじゅせん〕の山の中、多宝仏の宝塔の内に、

【東む〔向〕きにをはすと日蓮は見まいらせて候。】
東向きに坐っておられると日蓮は、見ているのです。

【若し此の事そらごと〔虚事〕にて候わば、日蓮がひがめにては候はず、】
もし、このことが絵空事であるならば、それは、日蓮の間違いではありません。

【釈迦如来の「世尊〔せそん〕法久後〔ほうくご〕、】
釈迦如来の「世尊の法は、久〔ひさし〕くして後〔のち〕に

【要当説〔ようとうせつ〕真実〔しんじつ〕」の御舌〔おんした〕と、】
要〔かなら〕ず当〔まさ〕に真実を説きたもうべし」と言われた舌と、

【多宝仏の「妙法華経、皆是〔かいぜ〕真実〔しんじつ〕」の舌相〔ぜっそう〕と、】
多宝仏の「妙法蓮華経は、皆、これ真実である」と証明した舌と、

【四百万億那由他〔まんのくなゆた〕の国土にあさ〔麻〕のごとく、】
四百万億那由他の国土に麻〔あさ〕の如く、

【いね〔稲〕のごとく、星のごとく、竹のごとく】
稲〔いね〕の如く、星の如く、竹の如く、

【ぞく〔簇〕ぞく〔簇〕とすきもなく列なりゐてをはしましゝ諸仏如来の、】
ぞくぞくと隙間〔すきま〕もなく列〔つら〕なっている諸仏、如来の、

【一仏もか〔欠〕け給はず広長舌を】
一仏も欠けることなく、広長舌〔こうちょうぜつ〕を

【大梵王宮〔だいぼんのうぐう〕に指〔さ〕し付けてをはせし御舌どもの、】
大梵天王の宮殿につけ、法華経の真実を証明した舌と、それらのすべての舌が、

【くぢら〔鯨〕の死にてくさ〔腐〕れたるがごとく、】
鯨〔くじら〕が死んで腐〔くさ〕ったように、

【いやし〔鰯〕のよりあつまりてくされたるがこどく、】
鰯〔いわし〕が多く集まって腐〔くさ〕ったように、

【皆一時にく〔朽〕ちくされて、】
すべてが一度に腐〔くさ〕って、

【十方〔じっぽう〕世界〔せかい〕の諸仏如来大妄語の罪にを〔堕〕とされて、】
十方世界の諸仏、如来は、大妄語の罪に堕ちて、

【寂光の浄土の金〔こん〕なる大地、はたとわ〔割〕れて、】
寂光の浄土の金〔こがね〕や瑠璃〔るり〕の大地は、はたと割れて、

【提婆がごとく無間〔むけん〕大城にかぱと入り、】
提婆達多〔だいばだった〕のように無間地獄に、かぱっと堕ち、

【法蓮香〔ほうれんこう〕比丘尼〔びくに〕がごとく】
法蓮香比丘尼〔ほうれんこうびくに〕のように、

【身より大妄語の猛火ぱといでて、】
身から大妄語の報いの猛火がぱっと出て、

【実報華王〔じっぽうけおう〕の花のその〔園〕】
実報土である蓮華蔵世界の花園も

【一時に灰〔かい〕じん〔燼〕の地となるべし。】
一時に灰の大地となってしまうことでしょう。

【いかでかさる事は候べき。】
どうして、そのような事があるでしょうか。

【故阿仏房一人を寂光の浄土に入れ給はずば】
亡くなられた阿仏房、一人を寂光の浄土に入れなければ、

【諸仏は大苦に堕〔お〕ち給ふべし。たゞをいて物を見よ物を見よ。】
諸仏は、大苦悩に堕ちるに違いありません。よくよく物事の道理を考えてください。

【仏のまこと〔真〕・そら〔虚〕事は此にて見奉るべし。】
仏の教えが真実であるか、虚妄であるかは、これによって判断するべきなのです。

【さては、をとこ〔夫〕ははしら〔柱〕のごとし、】
さて、男性は、柱のようなものであり、

【女はなかわ〔桁〕のごとし。】
女性は、桁〔けた〕のようなものです。

【をとこ〔夫〕は足のごとし、女人は身のごとし。】
男性は、足のようなものであり、女性は、身のようなものです。

【をとこは羽のごとし、女はみ〔身〕のごとし。】
男性は、羽のようなものであり、女性は、身のようなものなのです。

【羽とみとべちべちになりなば、なにをもってかとぶべき。】
羽と身とが別々になったら、どうして飛ぶことができましょうか。

【はしら〔柱〕たう〔倒〕れなばなかは〔桁〕地に堕ちなん。】
柱が倒れたならば、桁〔けた〕は、地に落ちてしまいます。

【いへ〔家〕にをとこなければ人のたまし〔魂〕ゐなきがごとし。】
家に男性がいなければ、人に魂がないようなものです。

【くうじ〔公事〕をばたれ〔誰〕にかい〔言〕ゐあわせん。】
公〔おおやけ〕のことを誰に相談すれば良いのでしょうか。

【よき物をばたれにかやしなうべき。】
美味〔おい〕しい食物〔たべもの〕があっても、誰に食べさせるのでしょうか。

【一日二日たが〔違〕いしをだにもをぼつかなしとをもいしに、】
一日二日、離れていてさえ心細く思うのに、

【こぞ〔去年〕の三月の廿一日にわかれにしが、】
去年の3月21日に死に別れて、

【こぞ〔去年〕もまちくらせどもみゆる事なし。】
去年、一年待ち暮らしていましたが、会うことは出来ませんでした。

【今年もすで〔既〕に七つき〔月〕になりぬ。】
今年も、すでに七月になりました。

【たといわれこそ来たらずとも、いかにをとづれ〔音信〕はなかるらん。】
たとえ自身で来なくても、どうして音信がないのでしょうか。

【ちりし花も又さきぬ。をちし菓〔このみ〕も又なりぬ。】
散った花は、また咲きました。落ちた果も、また成りました。

【春の風もかわらず、秋のけしきもこぞのごとし。】
春の風も変わらず吹き、秋の景色も去年と同じです。

【いかにこの一事のみかわりゆきて、本のごとくなかるらむ。】
どうして、この事だけが変わってしまって、もとのようにならないのでしょうか。

【月は入りて又いでぬ。雲はきへて又来たる。】
月は、入っても、また出て来ます。雲は、消えても、また出て来ます。

【この人の出でてかへらぬ事こそ】
この人ばかりが旅立ったまま帰らぬことを、

【天もうらめしく、地もなげかしく候へとこそをぼすらめ。】
天もうらめしく、地も嘆かわしいと思っておられることでしょう。

【いそぎいそぎ法華経をらうれう〔粮料〕とたのみまいらせ給ひて、】
急ぎ急ぎ、法華経を旅の粮〔かて〕と頼んで、

【りゃうぜん〔霊山〕浄土へまいらせ給ひて、みまいらせさせ給ふべし。】
霊山浄土へ参って阿仏房に御会いしてください。

【抑〔そもそも〕子はかたき〔敵〕と申す経文もあり。】
そもそも子供は、敵〔かたき〕と言う経文もあります。

【「世人子の為に衆〔もろもろ〕の罪を造る」の文なり。】
心地観経に「世の人、子のために多くの罪をつくる」と言う文章がそれです。

【鵰〔くまたか〕・鷲〔わし〕と申すとり〔鳥〕はをや〔親〕は】
鵰〔くまたか〕や鷲〔わし〕と言う鳥は、

【慈悲をもって養へば子はかへりて食とす。】
親が慈悲をもって養っても、子は、かえって親を食とします。

【梟鳥〔きょうちょう〕と申すとりは生まれては必ず母をくらう。】
梟鳥〔きょうちょう〕と言う鳥は、生まれると必ず母を食べると言います。

【畜生かくのごとし。】
畜生は、このように、ひどいものです。

【人の中にも、はるり〔波瑠璃〕王は心もゆかぬ父の位を奪ひ取る。】
人であっても、波瑠璃〔はるり〕王は、無法にも父の位を奪い、

【阿闍世王〔あじゃせおう〕は父を殺せり。】
阿闍世王は、父を殺しました。

【安禄山〔あんろくざん〕は養母をころし、】
安禄山〔あんろくざん〕は、養母を殺し、

【安慶緒〔あんけいしょ〕と申す人は父の安禄山を殺す。】
安慶緒〔あんけいしょ〕と言う人は、父の安禄山〔あんろくざん〕を殺し、

【安慶緒は子の史思明〔ししめい〕に殺されぬ。】
その安慶緒〔あんけいしょ〕は、史師明〔ししめい〕に殺されました。

【史思明は史朝義〔しちょうぎ〕と申す子に又ころされぬ。】
また、その史師明は、史朝義〔しちょうぎ〕と言う子に、また殺されました。

【此は敵〔かたき〕と申すもことわりなり。】
これでは、子供は、敵〔かたき〕と言われるのも無理はありません。

【善星〔ぜんしょう〕比丘〔びく〕と申すは教主釈尊の御子なり。】
善星〔ぜんしょう〕比丘と言う者は、教主、釈尊の子供ですが、

【苦得〔くとく〕外道〔げどう〕をかたらいて度々父の仏を殺し奉らんとす。】
苦得〔くとく〕外道と一緒になって、たびたび父である仏を殺そうとしました。

【又子は財〔たから〕と申す経文もはんべり。】
しかし、また、子供は、財〔たから〕と言う経文もあります。

【所以〔ゆえ〕に経文に云はく】
それゆえに大乗本生心地観経〔だいじょうほんじょうしんじかんぎょう〕には

【「其の男女追って福を修するを以て大光明有りて地獄を照らし】
「その男女が追って福を修するによって、大光明があって地獄を照らし、

【其の父母に信心を発〔お〕こさしむ」等云云。】
その父母に信心を発〔おこ〕させる」と述べられています。

【設ひ仏説ならずとも眼の前に見えて候。】
たとえ、仏の説ではなくても、事実は、眼前にあります。

【天竺〔てんじく〕に安足〔あんそく〕国王〔こくおう〕と申せし大王は】
インドの安足国王〔あんそくこくおう〕と言う大王は、

【あまりに馬をこのみてか〔飼〕いしほどに、後にはか〔飼〕いな〔慣〕れて】
非常に馬を好んで飼っているうちに馬が好きすぎて、

【鈍馬〔どんめ〕を竜馬〔りゅうめ〕となすのみならず牛を馬ともなす。】
駄目な馬を竜のような優れた馬と言うだけでなく、牛を馬と言い出しました。

【結句は人を馬となしての〔乗〕り給ひき。】
さらには、人を馬に変えて乗ったのです。

【其の国の人あまりになげきしかば、知らぬ国の人を馬となす。】
その国の人があまりに、それを嘆いたので、今度は、別の国の人を馬に変えました。

【他国の商人ゆきたりしかば薬をかいて馬となして】
他国の商人が、その国へ行くと、薬を飲ませて馬にし、

【御〔み〕まや〔馬屋〕につなぎつけぬ。】
馬小屋につないでしまったのです。

【なにとなけれども我が国はこいしき上、】
馬にされた商人は、普通でも故郷の国が恋しいうえ、

【妻子ことにこいしく、しの〔忍〕びがたかりしかども、】
妻子は、特に恋しく、忍びがたかったけれども、

【ゆる〔許〕す事なかりしかばかへ〔帰〕る事なし。】
この王が許さなかったので帰ることも出来ませんでした。

【又かへりたりとも、このすがた〔姿〕にては由なかるべし。】
また帰ったとしても、この馬の姿では、どうする事も出来なかったのです。

【たゞ朝夕にはなげきのみしてありし程に、】
ただ、馬小屋で朝夕に嘆いてばかりいるのでした。

【一人ありし子、父のま〔待〕ちどき〔時〕すぎしかば、】
その頃、一人の子供が父が帰るべき時が過ぎても帰らないので、

【人にや殺されたるらむ、又病にや沈むらむ。】
人に殺されたのであろうか、または、病いにかかっているのであろうかと、

【子の身としていかでか父をたづねざるべきとい〔出〕でた〔立〕ちければ、】
子供の身としては、父の消息を探さないではいられないと旅立ったのです。

【母なげくらく、男も他国にてかへらず、一人の子もすてゝゆきなば、】
母は、夫も他国へ行って帰らず、ただ一人の子も私を捨てて行ってしまえば、

【我いかんがせんとなげきしかども、】
私は、どうしたらよいのかと嘆き悲しみましたが、

【子ちゝ〔父〕のあまりにこいしかりしかば安足国へ尋ねゆきぬ。】
この子供は、父恋しさのあまり、安足〔あんそく〕国へと向かったのです。

【ある小家にやど〔宿〕りて候ひしかば家の主申すやう、】
ある小さな家に泊まったところ、家の主人が言うのには、

【あらふびんや、わどの〔和殿〕はをさな〔幼〕き物なり。】
ああ、可哀そうに、あなたは、まだ年も幼い。

【而もみめかたち人にすぐれたり。】
しかも顔かたちは、人に優れている。

【我に一人の子ありしが他国にゆきてし〔死〕にやしけん、】
私にも一人の子供がいましたが、他国に行って、死んでしまったのか、

【又いかにてやあるらむ。】
また、どうしていることか、

【我が子の事ををもへば、わどのをみてめ〔目〕もあてられず。】
我が子のことを思えば、あなたを見るにしのびない。

【いかにと申せば、此の国は大なるなげき有り。】
なぜかと言うと、この国には、大きな禍〔わざわい〕があります。

【此の国の大王あまり馬をこの〔好〕ませ給ひて不思議の薬を用ひ給へり。】
この国の大王は、馬を好まれるあまり、不思議な草を用いて人を馬にします、

【一葉せば〔狭〕き草をく〔食〕わすれば、人、馬となる。】
その草の狭い葉を食べさせると人が馬となるのです。

【葉の広き草をくわすれば、馬、人となる。】
その葉の広い草を食べさせると今度は、馬が人となるのです。

【近くも他国の商人の有りしを、この草をくわせて馬となして、】
この間も、他国の商人に、この草を食べさせて馬に変えて、

【第一のみまや〔御馬屋〕に秘蔵してつながれたりと申す。】
第一の馬小屋に秘蔵して、つながれているのですと教えました。

【此の男これをきいて、】
その子供は、これを聞いて、

【さては我が父は馬と成りてけりとをもひて返って問ふて云はく、】
さては、我が父がこの王に馬にされたと思って、改めて

【其の馬は毛はいかにとと〔問〕いければ、】
その馬の毛並みは、どうでしょうかと問うと、

【家の主答へて云はく、栗毛なる馬の肩白くぶちたりと申す。】
家の主人は、栗毛の馬で肩が白く、まだらになっていると答えました。

【此の物此の事をきゝて、とかう〔兎角〕はか〔計〕らいて王宮に近づき、】
このことを聞いて、この子供は、何とかして王宮に近づき、

【葉の広き草をぬす〔盗〕みとりて、】
葉の広い草を盗みとって、

【我が父の馬になりたりしに食はせしかば本のごとく人となりぬ。】
馬となっている我が父に食べさせると、もとのように人となったのです。

【其の国の大王不思議なるをもひをなして、】
その国の大王は、このことを聞いて不思議に思い、

【孝養の者なりとて父を子にあづけ、】
孝養の者であるとして、父をこの子供に返し、

【其れよりついに人を馬となす事とゞ〔止〕められぬ。】
それからは、ついに人を馬にすることを止めたのでした。

【子ならずばいかでか尋〔たず〕ねゆくべき。】
子供でなければ、どうして、このようなことがあるでしょうか。

【目連〔もくれん〕尊者〔そんじゃ〕は母の餓鬼〔がき〕の苦をすくい、】
目連〔もくれん〕尊者は、餓鬼道に堕ちた母の苦を救い、

【浄蔵〔じょうぞう〕・浄眼〔じょうげん〕は父の邪見をひるがえす。】
浄蔵〔じょうぞう〕、浄眼〔じょうげん〕は、父の邪見を改めさせました。

【此〔これ〕よき子の親の財となるゆへぞかし。】
これは、善い子供が親の財〔たから〕となった例です。

【而るに故阿仏聖霊は】
しかるに亡くなられた阿仏房殿は、

【日本国北海の島のいびす〔夷〕のみ〔身〕なりしかども、】
日本国、北海の島の賤〔いや〕しい身の上では、ありましたが、

【後生ををそれて出家して後生を願ひしが、】
後生を恐れて出家し、成仏を願っていましたが、

【流人日蓮に値〔あ〕ひて法華経を持ち、去年の春仏になりぬ。】
流人の日蓮にあって法華経を持〔たも〕ち、去年の春、仏になられました。

【尸陀〔しだ〕山の野干〔やかん〕は仏法に値ひて、】
尸陀山〔しだせん〕と言う山の野獣は、仏法にあって、

【生をいとい死を願ひて帝釈〔たいしゃく〕と生まれたり。】
生を嫌い、死を願って帝釈〔たいしゃく〕と生まれました。

【阿仏上人は濁世〔じょくせ〕の身を厭〔いと〕ひて仏になり給ひぬ。】
阿仏上人は、濁悪の世を嫌って仏となられました。

【其の子藤九郎〔とうくろう〕守綱〔もりつな〕は】
阿仏房の子、藤九郎〔とうくろう〕守綱〔もりつな〕は、

【此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、】
これらの跡を継いで、一向に法華経の行者となり、

【去年は七月二日、父の舎利〔しゃり〕を頸〔くび〕に懸〔か〕け、】
去年は、7月2日に父の遺骨を首にかけ、

【一千里の山海を経て甲州波木井身延山に登りて法華経の道場に此をおさめ、】
一千里の山海を越えて、甲州波木井の身延山に登って、法華経の道場にこれを納め、

【今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す。】
今年は、また7月1日に身延山に登って、慈父の墓に参詣〔さんけい〕されました。

【子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし。】
この子に過ぎた財〔たから〕はありません。この子に過ぎた財は、ありません。

【南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。】
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。

【七月二日   日蓮花押】
七月二日   日蓮花押

【故阿仏房尼御前御返事】
故阿仏房尼御前御返事

【追申】
追申

【絹の染め袈裟〔けさ〕一つまいらせ候。豊後房〔ぶんごぼう〕に申さるべし。】
絹の染袈裟一つを差し上げます。豊後房に御話しください。

【既に法門日本国にひろまりて候。】
すでに法華経の法門は、日本全国に弘まったとはいえ、

【北陸道をば豊後房なびくべきに】
北陸道は、豊後房に任せるべきでしょうが、

【学生〔がくしょう〕ならでは叶ふべからず。】
学問がなければ、法華経を弘める事は、かないません。

【九月十五日已前にいそぎいそぎまいるべし。】
9月15日の前に急いで身延へ来てください。

【かずの聖教をば日記のごとく】
多くの聖教を、送って頂いた御手紙のように、

【たんば〔丹波〕房にいそぎいそぎつかわすべし。】
丹波房に持たせて、急いで遣わせてください。

【山伏房〔やまぶしぼう〕をばこれより申すにしたがいて、】
山伏房をこちらから申した通りの方法で、

【これへはわた〔渡〕すべし。】
この身延へよこしてください。

【山伏ふびんにあたられ候事悦び入って候。】
山伏房を哀れに思って、あたってくださっていること悦びいっております。



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