御書研鑚の集い 御書研鑽資料
妙法尼御前御返事
【妙法尼御前御返事 弘安四年 六〇歳】
妙法尼御前御返事 弘安4年 60歳御作
【明衣〔ゆかたびら〕一つ給〔た〕び畢〔おわ〕んぬ。】
夏に着る麻の単衣〔ひとえ〕を一つ、頂戴いたいしました。
【女人の御身、男にもを〔後〕くれ、親類をもはなれ、】
あなたは、女性の身であり、夫にも先立たれ、さらには、親類からも離れ、
【一二人あるむすめもはかばかしからず、便りなき上、】
一人、二人といる娘との仲も、あまり良くなく、便りがない上に、
【法門の故に人にもあだ〔怨〕まれさせ給ふ女人、】
法華経の法門の故に、このように人々に怨〔うら〕まれる、あなたは、
【さながら不軽〔ふきょう〕菩薩〔ぼさつ〕の如し。仏の御姨母〔おば〕】
まるで不軽菩薩のようです。釈迦牟尼仏の姨母〔おば〕の
【摩訶波闍波提〔まかはじゃはだい〕比丘尼〔びくに〕は女人ぞかし。】
摩訶波闍波提〔まかはじゃはだい〕比丘尼〔びくに〕は、女性であるのに、
【而るに阿羅漢とならせ給ひて声聞の御名を得させ給ひ、】
それでも、阿羅漢〔あらかん〕と成られ、声聞〔しょうもん〕の名を得て、
【永不成仏〔ようふじょうぶつ〕の道に入らせ給ひしかば、】
永く成仏できない小乗教の道に入ってしまったのです。
【女人の姿をかへ、きさきの位を捨てゝ、仏の御すゝ〔勧〕めを敬ひ、】
女性の姿を男性に変え、后〔きさき〕の位を捨てて、仏の勧めに従って、
【四十余年が程五百戒を持ちて、昼は道路にたゝずみ、】
四十余年の間、五百戒を持って、昼は、道路に立って托鉢〔たくはつ〕をし、
【夜は樹下に坐して後生をねがひしに、】
夜は、樹の下で坐禅〔ざぜん〕をして、後生を願ったのに、
【成仏の道を許されずして永不成仏のうきなを流させ給ひし。】
成仏の道を許されず、二乗は、永く成仏できないと言われたときは、
【くちをしかりし事ぞかし。】
いかに悔〔くや〕しい思いであったことでしょう。
【女人なれば過去遠々劫〔おんのんごう〕の間、有るに付けても、】
女性であるからには、過去遠々劫〔おんのんごう〕の間、あることないこと、
【無きに付けても、あだな〔虚名〕を立てしは、はづかしく口惜しかりしぞかし。】
悪い評判を立てられ、恥ずかしく、悔しい思いをすることがあったでしょう。
【其の身をいと〔厭〕ひて形をやつし尼と成りて候へば、】
その身を嫌って出家し、尼僧となったからには、
【かゝるなげきは離れぬとこそ思ひしに、】
このような嘆きから、離れることができると思っていたのに、
【相違して二乗となり永不成仏と聞きしは、】
二乗となり、案に相違して、二乗は、永く成仏できないと聞いた時には、
【いかばかりあさましくをわせしに、】
どんなにか、情けなく思われたことでしょう。
【法華経にして三世の諸仏の御勘気〔ごかんき〕を許され、】
ところが、法華経において、三世諸仏に女人成仏が許され、
【一切衆生喜見仏と成らせ給ひしは、】
一切衆生〔いっさいしゅじょう〕喜見仏〔きけんぶつ〕と成られた時は、
【いくら程かうれしく悦ばしくをはしけん。】
どんなに嬉しく、喜ばしいことであったでしょうか。
【さるにては法華経の御為と申すには、】
そういうことで、これらの女性は、法華経の為であれば、
【何〔いか〕なる事有りとも背かせ給ふまじきぞかし。】
どのようなことがあっても、背〔そむ〕かれるはずは、ないと思われたのです。
【其れに仏の言はく「大音声〔だいおんじょう〕を以て、】
それなのに、仏が大きな声で、
【普〔あまね〕く四衆に告げたまわく、】
すべての僧侶、尼僧、男女の信者に対して、
【誰か能く此の娑婆国土に於て、】
この娑婆世界の国土において、
【広く妙法華経を説かん」等云云。】
誰が広く妙法華経を説くのかと問われたときに、
【我も我もと思ふに、】
我も我もと法華経を弘めると誓うであろうと思い、
【諸仏の恩を報ぜんと思はん尼御前・女人達〔たち〕、】
釈迦牟尼仏は、諸仏の恩を報じようと思う尼僧や女性達は、
【何事をも忍びて我が滅後に、】
いかなることにも耐え忍んで、我が滅後において、
【此の娑婆世界にして、法華経を弘むべしと】
この娑婆世界の国土において、法華経を弘めるべきであると
【三箇度までいさめさせ給ひしに、】
三度に渡って、諌〔いさ〕められたのにも関わらず、
【御用ひなくして他方の国土に於て】
その言葉に従わず、娑婆世界ではなく、別の国土において、
【広く此の経を宣べんと申させ給ひしは】
広く、この経を弘めると答えられたときは、
【能く能く不得心〔ふとくしん〕の尼ぞかし。】
まったくの心得〔こころえ〕違いであり、この尼僧たちに対して、
【幾〔いくばく〕か仏悪〔にく〕しとをぼしけん。】
仏は、どんなに腹立たしい思いであったでしょうか。
【されば仏はそば〔外〕む〔向〕きて、】
そこで、仏は、これらの女性以外の方を向いて、
【八十万億〔まんのく〕那由他〔なゆた〕の諸菩薩をこそつくづくと御覧ぜしか。】
八十万億那由佗の諸菩薩を御覧になったのです。
【されば女人は】
そういうわけで、女性は、
【由なき道には名を折り命を捨つれども、】
つまらない世間のことには、名前を汚〔けが〕したり、命を捨てるけれども、
【成仏の道はよはかりけるやとをぼへ候に、】
成仏の道にかける思いは、弱いであろうと思っておりましたが、
【今末代悪世の女人と生まれさせ給ひて、】
ところが、あなたは、今、末代悪世の女性と生まれて、
【かゝるものをぼえぬ島のえびす〔夷〕に、】
このように物の道理を弁〔わきま〕えない日本の野蛮な人達に、
【のら〔詈〕れ、打たれ、】
罵〔ののし〕られ、打たれ、
【責めをしのび、法華経を弘めさせ給ふ。】
責められながら、耐え忍んで、法華経を弘めておられるのです。
【彼の比丘尼には雲泥勝れてありと】
これら過去の比丘尼とは、雲泥〔うんでい〕の差があるほど、優れていると、
【仏は霊山にて御覧あるらん。】
仏は、霊鷲山〔りょうじゅせん〕において御覧になっていることでしょう。
【彼の比丘尼の御名を一切衆生喜見仏と申すは別〔べち〕の事にあらず、】
これらの比丘尼の名を一切衆生喜見仏と名付けられたのは、別のことではなく、
【今の妙法尼御前の名にて候べし。】
今の妙法尼御前の名前でもあるのです。
【王となる人は過去にても現在にても十善を持つ人の名なり。】
王となる人は、過去でも、現在でも、十善戒を持〔たも〕つ人なのです。
【名はかはれども師子の座は一なり。】
名前は、変わることがあっても、師子の座は、一つなのです。
【此の名もかはるべからず。】
同じように、この一切衆生喜見仏と言う名前も同じなのです。
【彼の仏の御言をさかゞへ〔逆反〕す尼だにも一切衆生喜見仏となづけらる。】
仏の言葉に逆らった、これらの尼僧でさえ、一切衆生喜見仏と名づけられました。
【是は仏の言をたがへず、此の娑婆世界にて名を失ひ】
あなたは、仏の言葉に違〔たが〕わず、この娑婆世界での名誉も投げ捨てて、
【命をすつる尼なり。】
命さえ捨てようとしている尼僧なのです。
【彼は養母として】
あの摩訶波闍波提〔まかはじゃはだい〕比丘尼〔びくに〕は、養母として、
【捨て給はず。】
仏は、見捨てられなかったのに、
【是は他人として捨てさせ給はゞ】
あなたのことは、他人であるからと言って見捨てられるならば、
【偏頗〔へんぱ〕の仏なり。争でかさる事は候べき。】
仏は、不公平となり、どうして、そのようなことがあるでしょうか。
【況んや其中〔ごちゅう〕衆生〔しゅじょう〕悉是吾子〔しつぜごし〕の】
まして、その中の衆生は、悉〔ことごと〕く、これ我が子と説かれた
【経文の如くならば】
法華経譬喩品の経文通りであるならば、
【今の尼は女子なり、彼の尼は養母なり。】
今の妙法尼は、子供であり、あの尼僧は、養母となります。
【養母を捨てずして女子を捨てる仏の御意やあるべき。】
養母は、捨てないが、子供を捨てることが仏の意思であるはずがありません。
【此の道理を深く御存知あるべし。】
この道理を深く理解してください。
【しげければとゞめ候ひ畢んぬ。】
わずらわしくなるので、これで筆を止めます。
【日蓮花押】
日蓮花押
【妙法尼御前】
妙法尼御前へ