日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


開目抄 7 権経と実経について


【されば、四大声聞の】
そうであればこそ法華経信解品に、四人の大声聞が

【領解〔りょうげ〕の文に云はく】
この事を納得したと、このように書かれているのです。

【「我等今、真に是声聞なり。】
「私達は、今こそ真の声聞となりました。

【仏道の声を以て一切をして聞かしむべし。】
仏の言葉によってすべてを理解する事が出来たのです。

【我等今、真に阿羅漢〔あらかん〕なり。】
私達は、今こそ真の仏法者となったのです。

【緒の世間、天人・魔・梵に於て普く其の中に於て、】
すべての世間の天界、魔界、梵天の中において、

【応に供養を受くべし。】
今まさに供養を受ける事が出来たのです。

【世尊は大恩まします。希有〔けう〕の事を以て、】
世尊は、大変な恩人であるのです。有り得ない力によって、

【憐愍〔れんみん〕教化して、我等を利益したまふ。】
慈悲の心で指導してくださり、私達に利益を与えてくださったのです。

【無量億劫にも、】
無量億劫という大変長い時間においても、

【誰か能く報ずる者あらん。】
その恩に報いる事が出来た人が、いままでにいたでしょうか。

【手足をもって供給し、頭頂〔ずちょう〕をもって】
手足を折って拝み、頭を地につけて

【礼敬(らいぎょう〕し、一切をもって供養すとも、】
礼を言い、すべてを供養したとしても、

【皆報ずること能はじ。若しは以て頂戴し、両肩に荷負〔かふ〕して】
とても、この仏の恩に報いる事は出来ないのです。仏の身体を両肩に背負って、

【恒沙劫〔ごうじゃこう〕に於て心を尽くして恭敬〔くぎょう〕し、】
とても長い時間、心を尽くしてもてなし、

【又美膳〔みぜん〕、無量の宝衣、】
また、美味しい食事や数多くの宝飾された衣、

【及び諸の臥具〔がぐ〕、種々の湯薬を以てし、】
豪華な寝具や種々の体に良い飲み物を用意し、

【牛頭栴檀〔ごずせんだん〕及び諸の珍宝、】
牛頭山でしか取れない貴重な香木や数々の珍しい宝によって

【以て塔廟を起て、宝衣を地に布〔し〕き、】
贅を尽くした宮殿を建てて、美しい布を地面に敷いて、そこに招くのです。

【斯〔か〕くの如き等の事、以用〔もっ〕て供養すること、】
このようにして、長い間、供養したとしても、

【恒沙劫に於てすとも、亦報ずること】
まだ仏にこの恩を報いる事は出来ないです。」と四人の大声聞は、

【能〔あた〕はじ」等云云。】
この経文の中で言っているのです。

【諸の声聞等は前四味の経々に】
それでも、これらの声聞たちは、爾前経においては、

【いく〔幾〕そばく〔許〕ぞの呵責〔かしゃく〕を蒙〔こうむ〕り、】
数々の叱責を受け続け、

【人天大会の中にして恥辱〔ちじょく〕がましき事、其の数をしらず。】
人界や天界の集会の中で、恥辱に満ちた思いを数知れず受けたのです。

【しかれば迦葉〔かしょう〕尊者の】
その為に迦葉尊者の

【渧泣〔ていきゅう〕の音〔こえ〕は、三千をひゞかし、】
泣く声は三千世界に響いて、

【須菩提〔しゅぼだい〕尊者は亡然〔ぼうぜん〕として手の一鉢をすつ。】
須菩提尊者は、あまりの怒りの為に手に持っている鉢を捨てて、

【舎利弗は飯食をは〔吐〕き、富楼那〔るふな〕は】
舎利弗は、食べ物を嘔吐し、富楼那は、

【画瓶〔がびょう〕に糞を入ると嫌はる。】
初心者に仏法を教えている時に、宝器に糞を入れるようなものだと嫌われました。

【世尊、鹿野苑〔ろくやおん〕にしては阿含〔あごん〕経を讃歎し、】
釈迦牟尼世尊は初めて成道した時、鹿野苑において阿含経を讃嘆し、

【二百五十戒を師とせよ、なんど慇懃〔おんごん〕にほめさせ給ひて、】
二百五十戒を師として修業せよと、慇懃に小乗経をほめていながら、

【今又いつのまに我が所説をばか〔斯〕うはそしらせ給ふと、】
今、また、いつの間にか、二百五十戒を師として修行した声聞をここまで謗るとは、

【二言相違の失〔とが〕とも申しぬべし。】
まさに一仏二言の罪と言うべきではないでしょうか。

【例せば世尊、提婆達多〔だいばだった〕を汝愚人、】
たとえば世尊は提婆達多を「あなたは、愚かで人の

【人の唾を食らふと罵詈〔めり〕せさせ給ひしかば、】
唾を食べる。」と罵倒されたので、提婆達多は、

【毒箭〔どくせん〕の胸に入るがごとくおもひて、】
自分の胸に毒矢が食い込むような思いで恨み

【うらみて云はく「瞿曇〔くどん〕は仏陀〔ぶっだ〕にはあらず。】
「釈迦は、仏ではない。

【我は斛飯王〔こくぼんのう〕の嫡子、阿難〔あなん〕尊者が兄、】
自分は斛飯王の王子であり、阿難尊者の兄で、

【瞿曇が一類なり。】
釈迦とは従兄弟ではないか。

【いかにあしき事ありとも、内々教訓すべし。】
どんなに悪い事をしたとしても、内々に諭すべきではないか。

【此等程の人天大会に、此程の大禍を現に向かって申すもの】
これほどの大衆の面前で、一族の者を罵倒するような非常識な者は、

【大人仏陀の中にあるべしや。】
立派な仏であるとは、言えないだろう。

【されば先々は妻のかたき、】
そうであれば、釈迦は、出家する前は恋人を奪った敵であり、

【今は一座のかたき、今日よりは生々世々に】
今は大衆の面前においての敵である。今日よりは、どのような人生においても、

【大怨敵〔おんてき〕となるべし」と誓ひしぞかし。】
必ず釈迦の大怨敵となるだろう。」と誓ったのです。

【此れをもって思ふに、今諸の大声聞は】
これをもって思うに、すべての大声聞は、

【本〔もと〕外道婆羅門の家より出でたり。又諸の外道の長者なりしかば、】
過去の外道の指導者の家から出ているのです。また、外道の長老であったから、

【諸王に帰依せられ諸檀那〔だんな〕にたっと〔尊〕まる。】
諸国の王に帰依され、多くの信者に尊ばれていました。

【或は種姓高貴の人もあり、】
あるいは、その中には高貴な家の人もあり、

【或は富福充満のやからもあり。】
あるいは、財産を持ち裕福な者もあったのです。

【而るに彼々の栄官等をうちすて、】
しかし、この大声聞たちは、これらの栄誉や財産を打ち捨て、

【慢心の幢〔はたほこ〕を倒して、俗服を脱ぎ、】
慢心を打ち破り、身を飾る服を脱いで

【壊色〔えじき〕の糞衣〔ふんね〕を身にまとひ、】
薄墨色の粗末な衣を身にまとい、

【白払〔びゃくほつ〕、弓箭〔きゅうせん〕等をうちすてゝ、一鉢を手ににぎり、】
扇子や弓矢など打ち捨てて仏道修行の托鉢の為に鉢を手に持ち、

【貧人・乞丐〔こつがい〕なんどのごとくして、】
貧乏人や乞食のようになって、

【世尊につき奉り、風雨を防ぐ宅もなく、】
釈尊に付き従い、雨風を避ける家もなく、

【身命をつぐ衣食乏少なりし】
身命をつなぐ食料のあてさえなかったのです。

【ありさまなるに、五天四海皆外道の弟子檀那なれば、】
そのような有様なので、どちらを向いてもすべて外道の弟子や檀那であったから、

【仏すら九横〔くおう〕の大難にあひ給ふ。】
釈迦牟尼仏ですら九横の大難に遭われたのです。

【所謂〔いわゆる〕、提婆が大石をとばせし、】
たとえば、提婆達多が崖から大石を転がして釈迦牟尼仏を殺そうと企てたり、

【阿闍世〔あじゃせ〕王の酔象〔すいぞう〕を放ちし、】
阿闍世王が酒に酔った象を使って釈迦牟尼仏を殺そうとしたり、

【阿耆多〔あぎた〕王の馬麦〔めみゃく〕、】
阿耆多王が九十日の間、馬の餌を釈迦牟尼仏とその弟子に与えたりしました。

【婆羅門〔ばらもん〕城のこんづ〔□〕、】
また婆羅門城下では、腐った食物を与えられ、

【せんしゃ〔旃遮〕婆羅門女が鉢を腹にふせし、】
旃遮と云う婆羅門の女が鉢を腹にふせ釈迦の子供を身ごもったと嘘を言ったのです。

【何に況んや所化の弟子の】
仏ですらこのように難に遭い、ましてや、その弟子たちの

【数難申す計りなし。無量の釈子は波瑠璃〔はるり〕王に殺され、】
受けた迫害は言うまでもないのです。無量の弟子たちが波瑠璃王に殺され、

【千万の眷属は酔象にふまれ、華色比丘尼〔けしきびくに〕は提婆にがいせられ、】
千万の関係者が酔った象に踏みにじられ、華色比丘尼は提婆達多に殺され、

【迦廬提〔かるだい〕尊者は馬糞にうづまれ、】
迦廬提尊者は、馬糞に埋められ、

【目□〔もっけん〕尊者は竹杖〔ちくじょう〕にがいせらる。】
目けん尊者は、竹の杖で外道に殺害されました。

【其の上、六師同心して阿闍世・】
その上、六師外道は共謀して阿闍世王や

【婆斯匿〔はしのく〕王等に讒奏〔ざんそう〕して云はく】
婆斯匿王などに嘘の報告をなし、

【「瞿曇は閻浮〔えんぶ〕第一の大悪人なり。】
「釈迦は、世界で最大の大悪人である。

【彼がいたる処は、三災七難を前〔さき〕とす。】
彼が行く先々では、三災七難が競い起こっている。

【大海の衆流〔しゅる〕をあつめ、】
それは、あたかも大海にあらゆる河川の流れを集め、

【大山の衆木をあつめたるがごとし。】
大山に多くの木々が集まっているように釈迦のいる場所に集まっている。

【瞿曇がところには、衆悪をあつめたり。所謂〔いわゆる〕、迦葉〔かしょう〕・】
つまり、迦葉、

【舎利弗〔しゃりほつ〕・目連・須菩提〔しゅぼだい〕等なり。】
舎利弗、目連、須菩提などがこの悪人の手本である。

【人身を受けたる者、忠孝を先とすべし。】
人間に生まれてきた以上は、忠孝をまず第一としなければならないのに、

【彼等は瞿曇にすかされて、父母の教訓をも用ひず、家をいで、】
彼らは、釈迦に騙されて父母が引き留めるのも聞かずに家を出て、

【王法の宣をもそむいて山林にいたる。】
王の命令や法律に背いて、山林に隠れているのです。

【一国に跡をとゞむべき者にはあらず。】
このような不忠不幸の者たちを、この国に置いておくべきではないでしょう。

【されば天には日月衆星変をなす、】
そのゆえに天上では、日や月や星が異変をなし、

【地には衆夭さかんなり」なんどうったう。】
地上では、多くの不祥事が盛んに起きているのです。」と訴えていたのです。

【堪〔た〕ふべしともおぼへざりしに、又うちそ〔添〕うわざわいと、】
このように、まったく考えられないほどの難を受けているのに、

【仏陀にもうちそ〔副〕ひがたくてありしなり。】
さらに釈迦牟尼仏からも不成仏の者と嫌われていたのです。

【人天大会の衆会の砌にて、】
これらの二乗は、人界や天界の集会の場において、

【時々〔よりより〕呵責〔かしゃく〕の音〔こえ〕をきゝしかば、】
度々、釈迦牟尼仏の呵責の声を聞かされていたので、

【いかにあるべしともおぼへず、】
どうすれば良いかわからず、

【只あわつる〔狼狽〕心のみなり。其の上、大の大難の第一なりしは、】
あわてるのみであったのです。その上、このような状態の中で第一の大難は、

【浄名経の「其れ汝に施す者は福田〔ふくでん〕と名づけず、】
浄名経に「声聞の弟子たちに布施する者は、良い信者とは言えない。

【汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云。】
かえって三悪道に堕ちるのみである。」と説かれていることです。

【文の心は、仏、菴羅苑〔あんらおん〕と申すところにをはせしに、】
この文章の意味は、釈迦牟尼仏が菴羅苑という所にいた時に

【梵天・帝釈・日月・四天・三界諸天・地神・】
梵天、帝釈、日月、四天、三界の諸天、地神、

【竜神等、無数恒沙〔むしゅごうじゃ〕の大会の中にして云はく】
竜神、無数の大衆の中でこのように説法されました。

【「須菩提〔しゅぼだい〕等の比丘等を供養せん天人は】
「須菩提などの僧侶に供養する天界や人界の者は、

【三悪道に堕つべし」と。】
三悪道に堕ちるであろう。」と言ったのです。

【此等をうちきく天人、此等の声聞を供養すべしや。】
これを聞いた天界や人界の人々は、これらの声聞に供養するはずがありません。

【詮ずるところは、仏の御言を用〔もっ〕て、】
つまりは、仏は、言葉の暴力によって、

【諸の二乗を殺害せさせ給ふかと見ゆ。】
これら二乗の弟子たちを殺ろしてしまうのかとすら思われたのです。

【心あらん人々は、仏をもうとみぬべし。】
心ある人々は、かえって釈迦牟尼仏を怪しみ、仏とは、思えぬと疎んだ事でしょう。

【されば此等の人々は、】
そうであればこそ、これらの人々は、

【仏を供養したてまつりしついでにこそ、】
釈迦牟尼仏に供養するついでに、二乗に対してわずかの供養をして、

【わづかの身命をも扶〔たす〕けさせ給ひしか。】
その身命をつないでいたのでしょう。

【されば事の心を案ずるに、四十余年の経々のみとかれて、】
そうであれば、四十余年の爾前経のみを説かれて

【法華八箇年の所説なくて、御入滅ならせ給ひたらましかば、】
法華経八箇年の説法がないまま、釈迦牟尼仏が入滅してしまえば、

【誰の人か此等の尊者をば供養し奉るべき。】
誰がこの声聞たちに供養をするでしょうか。

【現身に餓鬼道にこそをはすべけれ。】
おそらく、供養する者もなく、二乗は、餓鬼道に堕ちる事でしょう。

【而るに四十余年の経々をば、東春の大日輪、寒氷を消滅するがごとく、】
しかし、四十余年の経々を、東から出た太陽が霜を消し去ってしまうように、

【無量の草露を大風の零落するがごとく、】
草の上の露を大風が吹き飛ばすように、

【一言一時に未顕真実と打ちけし、】
一言によって瞬時に「未だ真実を顕さず。」と打ち消してしまったのです。

【大風の黒雲をまき、大虚〔おおぞら〕に満月の処するがごとく、】
まさに大風が黒雲を吹き散らし、大空に満月が輝いているように、

【青天に日輪の懸かり給ふがごとく、】
青空に太陽が輝いているように、

【世尊法久後要当説真実と照らさせ給ひて、】
「世尊の法は久しくして後、要ず当に真実を説くべし。」と照らさせて、

【華光〔けこう〕如来・光明如来等と】
舎利弗は華光如来に、

【舎利弗〔しゃりほつ〕・迦葉〔かしょう〕等を】
また迦葉は光明如来になどと、

【赫々〔かくかく〕たる日輪、明々たる月輪のごとく鳳文〔ほうもん〕にしるし、】
輝く太陽や明るい満月のように敬うべき文章にも記し、

【亀鏡〔ききょう〕に浮かべられて候へばこそ、】
模範となる法華経にその事を解き明かされたので、

【如来滅後の人天の諸檀那等には、仏陀のごとくは仰がれ給しか。】
釈迦牟尼仏が滅した後の人界や天界の信者から、仏のように仰がれたのです。

【水すまば、月、影ををしむべからず。風ふかば、草木なびかざるべしや。】
水が澄むならば月は必ず影を浮べ、風が吹けば草木はなびくのである。

【法華経の行者あるならば、此等の聖者は】
日蓮が法華経の行者であるならば、これらの聖者は、

【大火の中をすぎても、大石の中をとをりても、】
例え、大火をかいくぐってでも、大石を通リ抜けてでも、

【とぶ〔訪〕らわせ給ふべし。】
助けに来るべきではないでしょうか。

【迦葉の入定〔にゅうじょう〕も】
迦葉の葬儀において弥勒の到着を長い間、待っていたと言う事も、

【ことにこそよれ。】
時によりけりで法華経の行者が難に遭っているのに何をしているのでしょうか。

【いかにとなりぬるぞ。】
まったくどういうことでしょうか。

【いぶかし〔不審〕とも申すばかりなし。】
ほんとに考えられないような不手際としか思えません。

【後五百歳のあたらざるか。】
現在が後五百歳と言う事自体が間違いなのでしょうか。

【広宣流布の妄語となるべきか。】
それとも広宣流布と言うのは嘘なのでしょうか。

【日蓮が法華経の行者ならざるか。】
または日蓮が法華経の行者ではないのでしょうか。

【法華経を教内と下して、】
それとも、法華経も教の内であるから、

【別伝と称する大妄語の者をまぼ〔守〕り給ふべきか。】
教外別伝の方が優れていると言う大嘘つきの禅宗の方を守っているのでしょうか。

【捨閉閣抛〔しゃへいかくほう〕と定めて、法華経の門をとぢよ、】
法華経を捨てよ閉じよ

【巻をなげすてよとゑりつけ〔彫付〕て、】
閣け抛てよなどと書いて、

【法華堂を失へる者を守護し給ふべきか。】
法華経を信じない念仏の信徒の方を守護しているのでしょうか。

【仏前の誓ひはありしかども、】
仏の前では、法華経の行者を守護すると誓ったけれども、

【濁世〔じょくせ〕の大難のはげしさをみて】
末法濁世の大難の激しさを見て、

【諸天下り給はざるか。】
諸天が怖れをなして日蓮を守護しないのでしょうか。

【日月、天にまします。須弥山〔しゅみせん〕いまもくづれず。】
日月は、現在も天にあります。須弥山も未だに崩れてもいない。

【海潮も増減す。四季もかたのごとくたがはず。】
海の潮も変わりなく、春夏秋冬の四季もいままで通りですが、

【いかになりぬるやらんと、】
それなのに法華経の行者にさっぱり守護がないというのは、

【大疑いよいよつもり候。】
一体、どういう事なのかと大いなる疑問が、いよいよ強まって来るのです。

【又諸大菩薩、天人等のごときは、】
また、大菩薩や天界人界の人々は、

【爾前の経々にして記□〔きべつ〕をうるやうなれども、】
爾前の経々で記別を受けて成仏するように説かれているようではありますが、

【水中の月を取らんとするがごとく、影を体とおもうがごとく、】
それは水中の月を取ろうとするように月の影を本物と思うようなものであって、

【いろかたちのみあって実義もなし。】
形式的に成仏を許されているのみで実際ではないのです。

【又仏の御恩も】
それゆえに爾前経を説いている釈迦牟尼仏の恩と言うものも

【深くて深からず。】
深いようでいて実は浅いのです。

【世尊初成道の時はいまだ説教もなかりしに、】
釈迦牟尼仏が最初に成道をして未だ初めての説法すらしていない時に、

【法慧〔ほうえ〕菩薩・功徳林菩薩・】
法慧菩薩、功徳林菩薩、

【金剛幢〔こんごうどう〕菩薩・金剛蔵菩薩等なんど申せし】
金剛幢菩薩、金剛蔵菩薩などと言う

【六十余の大菩薩、十方の諸仏の国土より、教主釈尊の御前に来たり給ひて、】
六十余の大菩薩が十方の諸仏の国土より、教主釈尊の前に集まって、

【賢首〔けんじゅ〕菩薩・解脱月〔げだつがつ〕等の】
賢首菩薩、解脱月などの

【菩薩の請〔こ〕ひにをもむいて】
菩薩の要請に応じて、

【十住・十行・十回向〔えこう〕・十地等の法門を説き給ひき。】
十住、十行、十回向、十地などの法門を説いたのです。

【此等の大菩薩の所説の法門は、釈尊に習ひたてまつるにあらず。】
これらの大菩薩の説いた法門は、釈尊に教わったのではありません。

【十方世界の諸の梵天等も来たって法をとく。】
十方世界のもろもろの梵天なども来て、また法を説きましたが、

【又釈尊にならいたてまつらず。】
これもまた釈迦牟尼仏に習ったものではありません。

【総じて華厳会座の大菩薩・天竜等は、】
総じて、華厳の会合に集まった大菩薩、天竜等は、

【釈尊已前に不思議解脱に住せる大菩薩なり。】
釈尊以前に不思議解脱に達した大菩薩なのです。

【釈尊の過去因位の】
これらの人々は、釈迦牟尼仏が過去に仏に成る為の修業をしていた時代の

【御弟子にや有らん。十方世界の先仏の御弟子にや有らん。】
弟子なのでしょうか。いずれにしてもインドに生まれて、

【一代教主、始成正覚の仏の弟子にはあらず。】
三十歳で成道した釈迦の弟子でないことは明らかです。

【阿含・方等・般若の時、四教を仏の説き給ひし時こそ、】
阿含、方等、般若の時、四教を釈尊が説いた時に始めて

【やうや〔漸〕く御弟子は出来して候へ。】
弟子が出来たのです。

【此も又仏の自説なれども】
しかし、これもまた釈迦牟尼仏が自らの説いた説ではありますが、

【正説にはあらず。】
本当に釈迦牟尼仏の教えとは言えないのです。

【ゆへ〔故〕いかんとなれば、方等・般若の別・円二教は、】
なぜならば、方等、般若の別円二教は、

【華厳経の別・円二教の義趣をいでず。】
華厳経の別円二教の範囲を出ていないからなのです。

【彼の別・円二教は、教主釈尊の別・円二教にはあらず、】
ようするに、これらの別円二教は、教主釈尊の教えではなく、

【法慧等の大菩薩の別・円二教なり。】
法慧菩薩などの教えであるのです。

【此等の大菩薩は、人目には仏の御弟子かとは見ゆれども、】
これらの大菩薩は、人目には釈迦牟尼仏の弟子であるかのように見えますが、

【仏の御師ともいゐぬべし。】
かえって釈迦牟尼仏の師とも言うべき人なのです。

【世尊、彼の菩薩の所説を聴聞して智発して後、】
釈迦牟尼仏は、華厳の時に、これらの菩薩が説いた説法を聴聞して、

【重ねて方等・般若の別・円をと〔説〕けり。】
智慧を得たのちに重ねて同じ方等、般若の別円を説いたのです。

【色もかわらぬ華厳経の別・円二教なり。】
方等、般若の別円は、華厳の別円とまったく同じなのです。

【されば此等の大菩薩は釈尊の師なり。】
ですから、これらの大菩薩は釈尊の師匠であると言えるのです。

【華厳経に此等の菩薩をかず〔数〕へて、】
華厳経には、これらの菩薩を数え上げて

【善知識とと〔説〕かれしはこれなり。】
善知識であると説かれているのはこの故なのです。

【善知識と申すは、一向師にもあらず、】
善知識というのは、一概に師匠と言えず、

【一向弟子にもあらずある事なり。】
また弟子と言う立ち場でもない事を言うのです。

【蔵・通二教は又、別・円の枝流なり。】
蔵通の二教は、別円二教と同じであり、

【別・円二教をしる人、必ず蔵・通二教をしるべし。】
また、別円二教を知る人は、必ず蔵通の二経を知る人なのです。

【人の師と申すは、弟子のしらぬ事を教へたるが師にては候なり。】
人が師匠と呼ぶのは、その弟子の知らない事を教えるから師匠と言うのです。

【例せば、仏より前の一切の人天・外道は、】
たとえば、釈迦牟尼仏より以前のすべての人界、天界、外道の者は、

【二天・三仙の弟子なり。九十五種まで流派したりしかども、】
二天、三仙の弟子ではないですか。九十五の流派が存在したけれども、

【三仙の見〔けん〕を出でず。】
結局は、三仙の教えの範囲から出てはいないのです。

【教主釈尊もかれに習ひ伝へて、外道の弟子にてましませしが、】
教主釈尊も、外道の師から教えを受け、その弟子となって、

【苦行・楽行十二年の時、】
苦行、楽行を十二年間続けて、

【苦・空・無常・無我の理をさとり出だしてこそ、】
やっと、苦、空、無常、無我の理論を悟ったからこそ、

【外道の弟子の名をば離れさせ給ひて、無師智とはなのらせ給ひしか。】
はじめて外道の弟子の名前を離れて「無師智」と名乗られたのです。

【又、人天も大師とは仰ぎまいらせしか。】
それでまた人界、天界の者も釈迦牟尼仏を大師匠と仰いだのです。

【されば前四味の間は教主釈尊、】
そうであれば、前四味、四十余年の間は、

【法慧菩薩等の御弟子なり。】
釈尊は法慧菩薩などの弟子となってしまうでしょう。

【例せば、文殊は釈尊九代の御師と申すがごとし。】
たとえば、文殊は、釈尊の九代前の師匠と言われている通りです。

【つねは諸経に不説一字ととかせ給ふもこれなり。】
常々、多くの経文に「一字をも説かず」と書かれているのは、この事なのです。

【仏御年七十二の年、摩竭提国〔まかだこく〕】
釈迦牟尼仏が御年七十二歳の時、摩竭提国の

【霊鷲山〔りょうじゅせん〕と申す山にして、無量義経をとかせ給ひしに、】
霊鷲山と言う山において無量義経を説かれた時に、

【四十余年の経々をあげて、枝葉をば其の中におさめて、】
四十余年の経々を、すべて枝葉の教えであると言って、

【四十余年未顕真実と】
「四十余年の間には、未だ真実を現していない。」と

【打ち消し給ふは此なり。】
打消した理由はここにあるのです。

【此の時こそ諸大菩薩・諸天人等は、】
その時に多くの大菩薩、諸天や人界などの人々は、

【あはてゝ実義を請せんとは申せしか。】
慌てて「それでは真実の教えは、どこにあるのですか」と質問したのです。

【無量義経にて実義とをぼしき事】
無量義経には、真実と思える事が、無量義は一法より生ずと、

【一言ありしかども、いまだまことなし。】
ただ一言だけ説かれていますが、まだその実義は現れていないのです。

【譬へば月の出でんとして、其の体〔かたち〕東山にかくれて】
たとえば月が出る時に、まだ月そのものが東の山に隠れており、

【光西山に及べども、諸人月体〔つきしろ〕を見ざるがごとし。】
光は西山を照らしているのに月自体が見えていないのと同じなのです。

【法華経方便品の略開三顕一の時、】
法華経方便品第二の略開三顕一の時、

【仏略して一念三千心中の本懐を宣べ給ふ。】
仏は略して一念三千を説き、心の中の本懐を述べられました。

【始めの事なれば、ほとゝぎすの音〔ね〕を、】
しかし、始めての事なので、ほととぎすが遠くで鳴いた音を

【ね〔寝〕をび〔惚〕れたる者の一音きゝたるがやうに、】
寝ぼけた者が一瞬だけ聞いたように、

【月の山の半〔は〕をば出でたれども薄雲のをほへるがごとく、】
月が山から出て来たものの薄雲がこれを覆っているように、

【かそ〔幽〕かなりしを、】
極、微かなものであったのです。

【舎利弗〔しゃりほつ〕等驚きて諸天・竜神・大菩薩等をもよをして】
舎利弗などは、驚いて諸天、竜神、大菩薩などを加えて、

【「諸天竜神等、其の数恒沙の如し、】
経文に「諸天、竜神などが川の砂のように多く集まり、

【仏を求むる諸の菩薩、大数八万有り。】
仏を求める多くの菩薩が八万も有って、

【又諸の万億国の転輪聖王〔てんりんじょうおう〕の至れる、】
また万億の国から転輪聖王が来られて、

【合掌して敬心〔きょうしん〕を以て、具足の道を聞かんと欲す」等とは】
合掌し心から敬って、具足の法門を聞こうと思われたのです。」とあるように

【請ぜしなり。】
釈迦牟尼仏に対して真実の教えを求めたのです。

【文の心は、四味三教四十余年の間いまだきかざる法門】
この文章の意味は、爾前経を説かれた四十余年の間、未だ聞かざる法門である

【うけ給はらんと請ぜしなり。】
法華経を教えて下さいと言う事なのです。

【此の文に「欲聞具足道」と申すは、大経に云はく】
この文章の「具足の道を聞かんと欲す」と言う問いに対して涅槃経に

【「薩とは具足の義に名づく」等云云。無依無得大乗四論玄義記に云はく】
「薩とは、具足の意味である。」と書かれており、また、大乗四論玄義には

【「沙〔さ〕とは訳して六と云ふ。胡法〔こほう〕には六を以て】
「沙とは訳して六という。インドでは六をもって

【具足の義と為すなり」等云云。吉蔵の疏に云はく】
具足の意味となすのである。」と書かれており、さらに吉祥大師の注釈書には

【「沙とは翻〔ほん〕じて具足と為す」等云云。】
「沙とは、訳すと具足となる」と書かれているのです。

【天台の玄義の八に云はく「薩とは梵語〔ぼんご〕】
天台の玄義の八には「薩とは梵語であり、

【此〔ここ〕に妙と翻ずるなり」等云云。】
中国の言葉では妙と訳すのです。」と書かれています。

【付法蔵の第十三、真言・華厳・】
法の蔵を付属された十三番目の人であり、真言、華厳、

【諸宗の元祖、本地は法雲自在王如来、】
その他の宗派の元祖であり、その本地が法雲自在王如来であり、

【迹に竜猛〔りゅうみょう〕菩薩、】
現実には竜樹菩薩と名乗った人が、

【初地の大聖の大智度論千巻の肝心に云はく】
仏法の入門書である大書、大智度論千巻の主題として

【「薩とは六なり」等云云。】
「薩とは六である。」と書かれています。

【妙法蓮華経と申すは漢語なり。】
妙法蓮華経と言うのは、漢語であるのです。

【月支には薩達磨分陀利伽蘇多攬〔さだるまふんだりきゃそたらん〕と申す。】
インドにおいては、薩達磨分陀利伽蘇多攬と言います。

【善無畏〔ぜんむい〕三蔵の法華経の肝心真言に云はく】
善無畏三蔵が法華経の主題であるとして説いた真言には、

【「曩謨三曼陀没駄南〔のうまくさんまんだぼだなん〕帰命普仏陀 】
「曩謨三曼陀没駄南帰命普仏陀、

【□〔おん〕 三身如来 阿々暗悪〔ああーあんなく〕開示悟入】
唵、三身如来、阿々暗悪開示悟入、

【薩縛勃陀〔さるばぼだ〕一切仏 枳攘□〔きのう〕知 】
薩縛勃陀一切仏、枳攘□知、

【娑乞蒭毘耶〔そきしゅびや〕見 □々曩娑縛〔ぎゃぎゃのうさば〕如虚空性 】
娑乞蒭毘耶見、□々曩娑縛如虚空性、

【羅乞叉□〔あらきしゃに〕離塵相 薩哩達磨〔さりだるま〕正法也 】
羅乞叉□離塵相、薩哩達磨正法、

【浮陀哩迦〔ふんだりきゃ〕白蓮華 蘇駄覧〔そたらん〕経 】
浮陀哩迦白蓮華、蘇駄覧経

【惹〔じゃ〕入 吽〔うん〕遍 鑁〔ばん〕作 発〔こく〕歓喜 】
惹入、吽遍、鑁作、発歓喜、

【縛曰羅〔ばざら〕堅固 羅乞叉□〔あらきしゃまん〕擁護】
縛曰羅堅固、羅乞叉□擁護

【吽〔うん〕空無相無願 娑婆訶〔そわか〕決定成就」と。】
吽空無相無願、娑婆訶決定成就」とこのように書いてあります。

【此の真言は南天竺の鉄塔の中の】
この真言は、南インドの鉄塔の中から発見された

【法華経の肝心の真言なり。】
法華経の主題として説いた真言なのです。

【此の真言の中に薩哩達磨〔さりだるま〕と申すは正法なり。】
この真言の中に薩哩達磨というのは、正法のことです。

【薩と申すは正なり。正は妙なり。妙は正なり。】
薩と言うのは、正であり、正は妙であり、妙は正です。

【正法華、妙法華是なり。】
正法華経と妙法華経とでは、このように二つ違って訳されたのもこの故なのです。

【又妙法蓮華経の上に、南無の二字ををけり。南無妙法蓮華経これなり。】
また妙法蓮華経の上に南無の二字を置き、南無妙法蓮華経と言うのがこれなのです。

【妙とは具足。六とは六度万行。】
妙とは具足と言う意味であり、六とは、菩薩の修行が完成した六度万行の事です。

【諸の菩薩の六度万行を具足するやうをきかんとをもう。】
すべての菩薩が六度万行を具足する有様を聞こうと思うのです。

【具とは十界互具。】
具とは十界互具であり、足とは十界のおのおのに十界を具足するので、

【足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり。】
そのままの位で他の九界をそなえているという意味です。

【満足の義なり。】
つまりは、すべてを満たしているという意味なのです。

【此の経一部・八巻・二十八品・六万九千三百八十四字、】
この法華経は、一部、八巻、二十八品、六万九千三百八十四字、

【一々に皆妙の一字を備へて、三十二相八十種好の仏陀なり。】
すべてに妙の一字を具えているので、三十二相、八十種好の仏陀となるのです。

【十界に皆己界〔こかい〕の仏界を顕はす。】
十界は、すべて、それぞれの界に仏界を現しているのです。

【妙楽云はく「尚仏果を具す、】
妙楽大師は「仏界には、仏果が具わっている。ましてや十界それぞれの果にも、

【余果も亦然り」等云云。】
また仏果が具わっているのは当然の事である。」と言っています。

【仏此を答へて云はく】
釈迦牟尼仏は、その意味について

【「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」等云云。】
「衆生であっても仏が見ている世界を見せる事が出来る」と答えられているのです。

【衆生と申すは舎利弗〔しゃりほつ〕、】
この衆生というのは、舎利弗の事であり、

【衆生と申すは一闡提〔いっせんだい〕、衆生と申すは九法界。】
また衆生というのは、一闡提であり、また衆生というのは九法界であって

【衆生無辺誓願度此〔ここ〕に満足す。】
仏のすべての衆生を救済すると言う誓いがここで成就したのです。

【「我本誓願を立つ。一切の衆をして、】
それで「私は過去に全ての衆生を

【我が如く等しくして異なること無からしめんと欲す。】
仏と等しくして異なる事がないようにしようと誓いました。

【我が昔の願ぜし所の如き、今は已に満足しぬ」等云云。】
この過去の誓願は、すでに成就したのです。」と説かれているのです。

【諸大菩薩・諸天等】
すべての大菩薩や諸天などは、

【此の法門をきひて領解して云はく】
この法門を聞いて、それを理解してこのように言ったのです。

【「我等昔より来〔このかた〕、数〔しばしば〕世尊の説を聞きたてまつるに、】
「私達は、過去より、しばしば釈迦牟尼仏の説法を聞いていましたが、

【未だ曾て是くの如き深妙の上法を聞かず」等云云。】
未だかつて、このような深くて妙なる素晴らしい法を聞かなかった。」と。

【伝教大師云はく】
伝教大師は、このように言っています。

【「我等昔より来、数世尊の説を聞くとは、】
「私達は、過去より、しばしば釈迦牟尼仏の説法を聞いたと言うのは、

【昔法華経の前華厳等の大法を説くを聞けるを謂ふなり。】
昔、法華経の前に華厳経を聞いたけれども、との意味である。

【未だ曾て是くの如き深妙の上法を聞かずと謂ふは、】
未だかつて、このような素晴らしい法を聞かなかったと言うのは、

【未だ法華経の唯一仏乗の教を聞かざるなり」等云云。、】
未だ法華経のただ一仏乗の教えを聞かなかったとの意味である。」とあり、

【華厳・方等・般若・深密・大日等の恒河沙〔ごうがしゃ〕の諸大乗経は、】
これは、要するに、華厳、方等、般若、深密、大日などの川の砂ほどの大乗経でも、

【いまだ一代の肝心たる一念三千の大綱・骨髄たる】
未だ仏教の一番大事な一念三千の主題、骨格である

【二乗作仏・久遠実成等をいまだきかずと領解せり。】
二乗作仏と久遠実成とを未だに示されていないという意味なのです。


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