日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


兄弟抄 05 悪知識により本心を失う


第04章 悪知識により本心を失う

【又此の経を経のごとくにと〔説〕く人に値〔あ〕ふことが難きにて候。】
この法華経を、この経文に書かれている通りに説く人に会うことは、実に難しく、

【設〔たと〕ひ一眼の亀は浮木には値ふとも、はちす〔蓮〕のいと〔糸〕をもって】
たとえ一眼の亀が海の上で浮木に会うことがあっても、蓮の繊維で

【須弥山〔しゅみせん〕をば虚空にか〔掛〕くとも、】
須弥山を空中に引っ張りあげることが出来たとしても、

【法華経を経のごとく説く人にあ〔値〕ひがたし。】
法華経を経文通りに説く人には、会い難いのです。

【されば慈恩大師と申せし人は、玄奘〔げんじょう〕三蔵の】
それ故、慈恩大師と言う人は、玄奘三蔵の弟子であり、

【御弟子太宗〔たいそう〕皇帝の御師なり。】
唐の太宗皇帝の師であるのです。

【梵漢を空〔そら〕にう〔浮〕かべ、一切経を胸にたゝ〔湛〕へ、】
梵語、漢語の書を暗唱して空に浮かべ、一切経を理解して胸に納め、

【仏舎利を筆のさき〔先〕より雨〔ふ〕らし、】
仏舎利を筆の先から雨のように降らし、

【牙より光を放ち給ひし聖人なり。】
説法の時は、歯の先から光を放った聖人なのです。

【時の人も日月のごとく恭敬〔くぎょう〕し、】
当時の人も慈恩大師を太陽や満月のように尊敬し、

【後の人も眼目とこそ渇仰〔かつごう〕せしかども、】
後世の人も自分の眼のように、その言葉を頼りにしていましたが、

【伝教大師これをせ〔責〕め給ふには】
伝教大師は、この慈恩大師を責めて

【「法華経を讃〔ほ〕むと雖も還って法華の心を死〔ころ〕す」等云云。】
「法華経を讃めるといえども、かえって法華の心を殺す」と破折したのです。

【言ふは彼の人の心には法華経をほ〔讃〕むとをも〔思〕へども、】
この言葉の意味は、慈恩大師は、自分では法華経を讃〔たた〕えているつもりでも、

【理のさ〔指〕すところは】
法華経の価値の大きさがわかっていないので、その道理の示しているところは、

【法華経をころす人になりぬ。】
法華経の価値を貶〔おとし〕める人になっていると言う意味なのです。

【善無畏三蔵は月支国うぢゃうな〔烏杖那〕国の国王なり。】
善無畏三蔵は、北インドのウッディヤーナ国の国王である。

【位をす〔捨〕て出家して天竺五十余の国を修行して顕密二道をきわ〔極〕め、】
位をすてて出家してインドの五十余の国々を修行して顕教と密教の二道をきわめ、

【後には漢土にわた〔渡〕りて玄宗〔げんそう〕皇帝の御師となる。】
のちには漢土に渡って玄宗皇帝の師となった人であり、中国、日本の真言師は、

【尸那〔しな〕日本の真言師、誰か此の人のなが〔流〕れにあらざる。】
誰一人、この善無畏三蔵の流れをくんでいないものは、いないのです。

【かゝるたうと〔貴〕き人なれども】
このように尊い人でありますが、

【一時に頓死して閻魔〔えんま〕のせ〔責〕めにあわせ給ふ。】
ある時、急死して閻魔〔えんま〕大王の責めに会ったのです。

【いかなりけるゆへ〔故〕とも人し〔知〕らず。】
なぜ、このように急死して閻魔の責めにあったのか、その理由を誰も知りませんが、

【日蓮此をかんが〔考〕へたるに、本は法華経の行者なりしが、】
日蓮がこれを考えてみると、善無畏三蔵は、もともとは法華経の行者であったが、

【大日経を見て法華経にまさ〔勝〕れりといゐしゆえなり。】
大日経を見て、法華経より優れていると言ったことが、その原因なのです。

【されば舎利弗・目連〔もくれん〕等が】
したがって舎利弗、目連などの二乗が悪道に堕ちて、

【三五の塵点劫を経しことは十悪五逆の罪にもあらず、】
三千塵点劫、五百塵点劫の長期の罪を経たことは、十悪や五逆罪なのではなく、

【謀反〔むほん〕八虐〔はちぎゃく〕の失〔とが〕にてもあらず。】
また社会的に責められるような罪でもなく、

【但悪知識に値ひて法華経の信心をやぶりて権経にうつりしゆへなり。】
ただ悪知識にあって、法華経の信心を破って、権経に移ったゆえなのです。

【天台大師釈して云はく「若し悪友に値へば則ち本心を失ふ」云云。】
天台大師は、これを「もし悪友にあえば、本心を失ってしまう」と釈しています。

【本心と申すは法華経を信ずる心なり。】
この文章の本意は、法華経を信ずる心の重要さであり、

【失ふと申すは法華経の信心を引きかへて余経へうつる心なり。】
それを失うと言うのは、法華経の信心を失って余経へ移る心のことなのです。

【されば経文に云はく「然〔しか〕も良薬〔ろうやく〕を与ふるに】
それゆえ法華経の寿量品に「しかも良薬を与えるにもかかわらず、

【而〔しか〕も肯〔あ〕へて服せず」等云云。】
あえて服さない」とあるのです。

【天台の云はく「其の心を失ふ者は】
この経文を天台は「法華経を信ずる心を失う者は、

【良薬を与ふと雖も而も肯へて服せず。】
良薬を与えても、服することなく、

【生死に流浪して他国に逃逝〔じょうぜい〕す」云云。】
生死の苦しみの中に流浪し、他国へ逃げて行く」と説明されているのです。

【されば法華経を信ずる人のをそ〔恐〕るべきものは、】
それゆえ法華経を信ずる人が、畏れなければならないものは、

【賊人・強盗・夜打・虎狼〔ころう〕・師子等よりも、】
賊人、強盗、夜打ち、虎狼、師子などよりも、

【当時の蒙古のせ〔攻〕めよりも法華経の行者をなや〔悩〕ます人々なり。】
現在の蒙古の責めよりも、法華経の行者の修行を妨げ、悩ます人々なのです。


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