日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


兄弟抄 12 隠士・烈士の故事


第11章 隠士・烈士の故事

【西域と申す文にか〔書〕きて候は、】
大唐西域記と言う本に、次のように書いてあります。

【月氏に婆羅痆斯〔ばらなし〕国施鹿林〔せろくりん〕と申すところに】
インドのバラナシ国の施鹿林と言うところに、

【一〔ひとり〕の隠士〔いんし〕あり。】
仙人を目指す一人の道士がいました。

【仙の法を成ぜんとをも〔思〕う。】
この道士は、ある仙法を得ようと思っていました。

【すでに瓦礫〔がりゃく〕を変じて宝となし、】
すでに瓦礫〔がれき〕を宝に変え、

【人畜〔にんちく〕の形をか〔変〕えけれども、】
人と畜生の形を変える力を持っていたのですが、

【いまだ風雲にの〔乗〕て仙宮にはあそ〔遊〕ばざりけり。】
まだ風雲に乗って、建物の上を自由に飛ぶことは出来ませんでした。

【此の事を成ぜんがために一〔ひとり〕の烈士〔れっし〕をかた〔語〕らひ、】
そこで、この事を成し遂げる為に、一人の弟子に言い聞かせて、

【長刀をも〔持〕たせて壇の隅に立てゝ息をかくし言をた〔絶〕つ。】
長刀を持たせて壇の隅に立たせ、何も言うなと息をひそめさせ言葉を断ったのです。

【よひ〔宵〕よりあした〔朝〕にいたるまで】
宵から次の朝に到るまで、この弟子が

【もの〔物〕い〔言〕わずば仙の法成ずべし。】
何も言葉を発しないならば、仙法を成就することが出来るのでした。

【仙を求むる隠士は壇の中に坐して】
仙法を求める道士は、壇の中に座って、

【手に長刀をと〔取〕て口に神呪〔しんじゅ〕をずう〔誦〕す。】
手に長刀をとり、口に呪文を誦し、

【約束して云はく、設ひ死なんとする事ありとも物言ふ事なかれ。】
弟子に、たとえ死ぬような事があっても何も言ってはならないと教えたのです。

【烈士云はく、死すとも物い〔言〕はじ。】
それに応えて弟子は、死んでも、何も言いませんと誓ったのでした。

【かくのごとくしてすでに夜中をす〔過〕ぎて】
このようにして、すでに夜中を過ぎて、

【よ〔夜〕まさにあ〔明〕けなんとす。】
まさに夜が明けようとしたときに、

【いかんがをもひけん、あけんとする時烈士をゝきに声をあげて呼ばはる。】
なんと思ったのでしょうか、弟子は、大声をあげて叫んだのです。

【すで〔既〕に仙の法成ぜず。隠士烈士に云はく、】
この一声で、もう仙法は、成就できなかったのです。そこで道士は、弟子に、

【いかに約束をばたが〔違〕ふるぞ、くち〔口〕惜しき事なりと云ふ。】
どうして約束を守らなかったのか、実に残念なことだと言ったのです。

【烈士歎いて云はく、少し眠りてありつれば、】
弟子が歎いて言うのには、少し眠っていたら、

【昔仕へし主人自ら来たりて責めつれども、】
昔、仕えた主人がやって来て、何も言わない私を責めたけれども、

【師の恩厚ければ忍んで物い〔言〕はず。】
あなたの教えがあったので、その恩に応えようと忍んで何も言わなかったのです。

【彼の主人怒って頸をは〔刎〕ねんと云ふ。】
それで、その主人が怒って首をはねるぞと脅したのですが、

【然〔さ〕れど又物い〔言〕はず。遂に頸を切りつ。】
それでも何も言わず、主人は、遂に私の首を斬ったのです。

【中陰〔ちゅういん〕に趣く我が屍〔しかばね〕を見れば惜しく歎かし。】
中陰に向かう自分の死骸を見ると実に残念で嘆かわしく思いましたが、

【然れど物い〔言〕はず。遂に南印度の婆羅門の家に生まれぬ。】
それでも何も言わずに、次に南インドの婆羅門の家に生まれました。

【入胎出胎するに大苦忍びがたし。然れど息を出ださず、又物い〔言〕はず。】
入胎出胎するときの大苦は、忍び難かったけれども、何も言いませんでした。

【已〔すで〕に冠者〔かじゃ〕となりて妻をとつ〔娶〕ぎぬ。】
やがて若者となって妻をめとり、

【又親死しぬ。又子をまう〔儲〕けたり。】
また親が死に、さらに子をもうけました。

【かな〔悲〕しくもあり、よろこ〔悦〕ばしくもあれども物い〔言〕はず。】
悲しくもあり、悦しくもあったけれども、何も言いませんでした。

【此くの如く年六十有五になりぬ。我が妻かた〔語〕りて云はく、】
このようにして、65年になりました。我が妻が言うのには、

【汝若し物い〔言〕はずば汝がいとを〔愛〕しみの子を殺さんと云ふ。】
あなたが何も言わなければ、あなたの愛する子供を殺しますと言うのです。

【時に我思はく、我已〔すで〕に年衰へぬ、】
そのとき、私は、すでに年老いています。

【此の子を若し殺されなば又子をまう〔儲〕けがたしと思ひつる程に、】
もし、この子供を殺されたならば、また子供を授かることは難しいと思ったので、

【声をおこ〔発〕すとをも〔思〕へばをどろ〔驚〕きぬと云ひければ、】
声を出したのです。その時に目が覚めたのです。

【師が云はく、力及ばず、我も汝も魔にたぼらかされぬ。】
師の道士は、力が及ばなかった。私もお前も、魔にたぼらかされた。

【終に此の事成ぜずと云ひければ、烈士大いに歎きけり。】
遂にこのことは、成すことが出来なかったと告げたので、弟子は、大いに嘆き、

【我が心よは〔弱〕くして師の仙の法を成ぜずと云ひければ、】
私の心が弱かった為に師の仙法を成就することが出来なかったと言ったので、

【隠士が云はく、我が失〔とが〕なり。】
道士は、私の責任である。

【兼ねて誡〔いまし〕めざりける事をと悔ゆ。】
あらかじめ、誡めておかなかったことが失敗だったと悔いたのです。

【然れども烈士師の恩を報ぜざりける事を歎きて、】
しかし弟子は、師の恩を報ずることが出来なかったことを歎いて、

【遂に思ひ死にしゝぬとか〔書〕ゝれて候。】
遂に思いつめて死んだと書かれています。

【仙の法と申すは漢士には儒家より出で、月氏には外道の法の一分なり。】
仙法と言うのは、漢土で儒家から出ており、インドでは外道の法の一つです。

【云ふにかひ無き仏教の小乗阿含経にも及ばず、】
語るほどもない仏教の小乗の阿含経にすら及ばず、

【況んや通別円をや。況んや法華経に及ぶべしや。】
また通教、別教、円教にも及ばず、まして法華経には、及ぶべくもないのです。

【かゝる浅き事だにも成ぜんとすれば四魔競ひて成じがたし。】
このような浅い教えでさえも、成し遂げようとすれば、四魔が競って成就し難く、

【何に況んや法華経の極理南無妙法蓮華経の七字を、】
ましてや法華経の極理である南無妙法蓮華経の七字を、

【始めて持たん日本国の弘通の始めならん人の、】
初めて持〔たも〕ち、日本の弘通の最初となる人の、

【弟子檀那とならん人々の大難の来たらん事をば、】
弟子檀那となる人々に大難が襲いかかるであろうことは、

【言をも〔以〕て尽くし難し。心をも〔以〕てを〔推〕しはか〔量〕るべしや。】
何度、言葉にして言い尽くしても足りず、また心で推し測ることも出来ないのです。


ページのトップへ戻る