日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


兄弟抄 07 転重軽受を明かす


第06章 転重軽受を明かす

【涅槃経に云はく「横さまに死殃〔しおう〕に罹〔かか〕らん、】
涅槃経には「急死するような災いに遭い、

【呵責〔かしゃく〕・罵辱〔めにく〕・鞭杖〔べんじょう〕・】
訶嘖を受け、罵〔ののし〕られて、辱〔はずか〕しめられ、鞭や杖で打たれ、

【閉繋〔へいけい〕・飢餓・困苦、是くの如き等の現世の】
監禁され、飢餓や困難を受けるのである。このような現世の

【軽報を受けて地獄に堕ちず」等云云。】
軽い報いを受けることによって、未来には地獄に堕ちない」等と説かれています。

【般泥洹〔はつないおん〕経に云はく】
また、般泥洹経には

【「衣服不足にして飲食麁疎〔おんじきそそ〕なり。】
「衣服は不足し、飲食は粗末で少ない。

【財を求むるに利あらず。貧賎の家及び邪見の家に生まれ、】
財を求めても得られず、貧賎の家、邪見の家に生まれ、

【或は王難及び余の種々の人間の苦報に遭ふ。】
あるいは、王難など、その他の種々の人間社会の苦しみに遭うが、

【現世に軽く受くるは斯〔こ〕の護法の功徳力に由る故なり」等云云。】
現世に軽く受けるのは、これは、仏法護持の功徳の力によるのである」とあります。

【文の心は、我等過去に正法を行じける者にあだ〔仇〕をなしてありけるが、】
経文の意味は、我々は、過去において正法を修行していた者に怨をなしたのですが、

【今かへりて信受すれば過去に人を障〔ささ〕へつる罪によて】
今度は、反対に自分が正法を信受して、過去に人の修行を妨げた罪によって、

【未来に大地獄に堕つべきが、】
まさに未来に大地獄に堕ちるところを、

【今生に正法を行ずる功徳強盛なれば、】
現世において正法を行ずる功徳が莫大なので、

【未来の大苦をまね〔招〕きこ〔越〕して】
未来で大地獄に堕ちて大変な苦しみに遭うところを、

【少苦に値ふなり。】
現世における、小さな苦しみに変えていると言う事なのです。

【この経文に過去の誹謗によりてやうやう〔様様〕の果報をう〔受〕くるなかに、】
この経文に、過去の謗法によって、さまざまな果法を受ける中に、

【或は貧家に生まれ、或は邪見の家に生まれ、】
あるいは、貧しい家に生まれ、あるいは、邪見の家に生まれ、

【或は王難に値ふ等云云。】
あるいは、王難に遭うなどと示されています。

【この中に邪見の家と申すは誹謗正法の父母の家なり。】
この中の邪見の家と言うのは、誹謗正法の家であり、

【王難等と申すは悪王に生まれあうなり。】
王難等と言うのは、悪王の世に生まれ合わせることなのです。

【此の二つの大難は各々の身に当たりてをぼへつべし。】
この二つの大難は、あなた達の身にあたるものでしょう。

【過去の謗法の罪の滅せんとて邪見の父母にせ〔責〕められさせ給ふ。】
過去の謗法の罪を滅しようとして、現在、邪見の父母に責められているのです。

【又法華経の行者をあだ〔仇〕む国主にあへり。】
また法華経の行者をあだむ国主に生まれ会わせているのです。

【経文明々たり、経文赫々〔かくかく〕たり。】
このように経文に、明々、白々に説かれているのです。

【我が身は過去に謗法の者なりける事疑ひ給ふことなかれ。】
それ故に、我が身が過去に謗法の者であったことを疑ってはなりません。

【此を疑って現世の軽苦忍びがたくて、慈父のせ〔責〕めに随ひて存の外に】
これを疑って現世の軽苦が忍びがたくて、慈父の責めにあってこれに随い、

【法華経をす〔捨〕つるよしあるならば、我が身地獄に堕つるのみならず、】
ここで法華経を捨てるようなことがあれば、自分が地獄に堕ちるばかりではなく、

【悲母も慈父も大阿鼻地獄に墮ちてともにかな〔悲〕しまん事疑ひなかるべし。】
悲母も慈父も大阿鼻地獄に堕ちて、共に悲しむことは疑いないのです。

【大道心と申すはこれなり。】
大道心と言うのは、このように謗法の父母をも救うものなのです。

【各々随分に法華経を信ぜられつるゆへに】
このように、あなた達、兄弟は、かなり法華経を信じられるようになられたので、

【過去の重罪をせ〔責〕めいだし給ひて候。】
過去世の重罪を現世に出しておられるのです。

【たとへば鉄〔くろがね〕をよくよくきた〔鍛〕へば】
それは、たとえて言えば、鉄を鍛〔きた〕えれば鍛えるほど、

【きず〔疵〕のあらわるゝがごとし。】
内部の疵が表面に現れて来るようなものなのです。

【石はや〔焼〕けばはい〔灰〕となる。金〔こがね〕はや〔焼〕けば真金となる。】
石は、焼けば、灰となりますが、黄金は、焼けば真金となります。

【此度こそまことの御信用はあらわれて、】
このたびの難によって本当の信心が現われて、

【法華経の十羅刹も守護せさせ給ふべきにて候らめ。】
法華経の十羅刹女も、あなた達を必ず守護するに違いありません。

【雪山童子の前に現ぜし羅刹は帝釈となり、】
雪山童子の前に現われた鬼神は、帝釈天であり、

【尸毘王〔しびおう〕のはと〔鳩〕は毘沙門天〔びしゃもん〕ぞかし。】
尸毘王が助けた鳩は、毘沙門天でした。

【十羅刹心み給はんがために】
同じく、十羅刹女が、あなた達の信心を試す為に、

【父母の身に入らせ給ひてせ〔責〕め給ふこともやあるらん。】
父母の身に入って、法華経を信ずる人を責めると言うこともあるでしょう。

【それにつけても心あさ〔浅〕からん事は後悔あるべし。】
ですから信心が弱くては、必ず後悔するに違いないのです。


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