御書研鑚の集い 御書研鑽資料
池上兄弟御消息文 16 八幡宮造営事
【八幡宮造営事 弘安四年五月二六日 六〇歳】八幡宮造営事 弘安4年5月26日 60歳御作
【此の法門申し候事すでに廿九年なり。日々の論義、月々の難、】
この法門を言い出して、すでに29年になります。日々の議論、月々に受けた難、
【両度の流罪に身つかれ、心いたみ候ひし故にや、】
伊豆、佐渡と二度の流罪で身も疲れ、心も痛んだ為でしょうか、
【此の七八年が間年々に衰病〔すいびょう〕をこり候ひつれども、】
この7、8年の間、年毎〔ごと〕に衰え、病気がちになって来ましたが、
【なの〔斜〕めにて候ひつるが、今年は正月より其の気分〔けぶん〕出来して、】
それでも大事には、至りませんでしたが、今年の正月より体が衰弱してきて、
【既に一期をわりになりぬべし。】
すでに一生も終わりになったように思われます。
【其の上齢〔よわい〕既に六十にみちぬ。】
その上、年齢も、すでに60歳に満ちました。
【たとひ十に一つ今年はすぎ候とも、】
たとえ、十のうち一つでも、今年を過ごす事ができたとしても、
【一二をばいかでかすぎ候べき。】
あと一、二年を、どうして無事に過ごす事ができるでしょうか。
【忠言は耳に逆らひ良薬は口に苦しとは先賢の言〔ことば〕なり。】
忠言は、耳に逆〔さから〕い、良薬は、口に苦いとは、昔の賢人の言葉です。
【やせ病の者は命をきらう、】
病身の者は、自らの命を嫌い、
【佞人〔ねいじん〕は諌〔いさ〕めを用ひずと申すなり。】
心の曲がった人は、人の諫めを用いないと言われています。
【此の程は上下の人々の御返事申す事なし。】
この頃は、上下の人に関わらず、どの手紙にも、返事を書く事さえありません。
【心もものうく、手もたゆ〔弛〕き故なり。】
何となく気もすすまず、手もだるい為です。
【しかりと申せども此の事大事なれば】
しかしながら、この事は、非常に大事なことですから、
【苦を忍んで申す。】
苦しいのを耐えて返事を書いております。
【ものうしとおぼすらん。】
あなたにとっては、不満に思われる手紙でしょうが、
【一篇きこしめすべし。】
ぜひ、この一篇は、読んで心に入れておいてください。
【村上天皇、前〔さき〕の中書王〔ちゅうしょおう〕の】
村上天皇が前の中書王〔ちゅうしょおう〕、兼明親王〔かねあきらしんのう〕の
【書を】
漢詩である莵裘賦〔ときゅうふ〕を
【投げ給ひしがごとくなることなかれ。】
投げ捨てたような事がないように御願い致します。
【さては八幡宮の御造営〔ごぞうえい〕につきて、】
さて、八幡宮の御造営〔ごぞうえい〕の事については、
【一定〔いちじょう〕ざむそう〔讒奏〕や有らんずらむと疑ひまいらせ候なり。】
必ず、あなた方を讒奏〔ざんそう〕する者があるだろうと心配しておりました。
【をや〔親〕と云ひ、我が身と申し、二代が間きみにめしつかはれ奉りて、】
あなた方の親も、あなた方自身も、親子二代にわたって幕府に仕えている事であり、
【あくまで御恩のみ〔身〕なり。】
あくまでも、御恩を受けている身であります。
【設ひ一事相違すとも、】
たとえ、ひとつぐらい自分の希望に添わない事があったとしても、
【なむ〔何〕のあらみかあるべき。】
どうして主君をないがしろにして良い事があるでしょうか。
【わがみ賢人ならば、設〔たと〕ひ上よりつかまつるべきよし仰せ下さるゝとも、】
自分が賢人であるならば、たとえ主君より八幡宮造営の工事を仰せつけられても、
【一往はなに事につけても辞退すべき事ぞかし。】
一往は、何事につけても辞退すべきでしょう。
【幸ひに讒臣〔ざんしん〕等が、こと〔事〕を左右によせば】
幸いなことに、讒臣〔ざんしん〕たちが、あなた方のことを、いろいろ言って、
【悦んでこそあるべきに、】
御造営の工事から除かれるのであれば、それを喜ぶのが当然であるのに、
【望まるゝ事一の失〔とが〕なり。】
それを自分から八幡宮造営の工事を望まれることは、一つの誤りです。
【此はさてをきぬ。五戒を先生〔せんじょう〕に持ちて】
このことは、さておいて、不殺生戒などの五戒を過去世で持って修行した結果、
【今生〔こんじょう〕に人身を得たり。】
今世に人間として生まれる事ができたのです。
【されば云ふに甲斐なき者なれども、】
したがって、たとえ、取るに足らない無益な者であっても、
【国主等謂〔いわ〕れなく失にあつれば守護の天のいかりをなし給ふ。】
国主などが理由もなく罪に処せば、守護の諸天善神は、怒りを成すのです。
【況んや命をうばわるゝ事は天の放ち給ふなり。】
まして命を奪うと云う事は、諸天善神が、その国主を見放した事になるのです。
【いわうや日本国四十五億八万九千六百五十九人の男女をば、】
まして日本の45億89659人の男女は、
【四十五億八万九千六百五十九の天まぼ〔守〕り給ふらん。】
45億89659の諸天善神が守護されているのです。
【然るに他国よりせめ来たる大難は脱〔のが〕るべしとも見へ候はぬは、】
そうであるのに、他国より攻められ、大難を免〔まぬが〕れるとも思えないのは、
【四十五億八万九千六百五十九人の人々の天にも捨てられ給ふ上、】
45億89659人の人々が、諸天にも、捨てられたうえ、
【六欲・四禅・梵釈・日月・四天等にも】
六欲天、四禅天、梵天、帝釈天、日天、月天、四天王などにも
【放たれまいらせ給ふにこそ候ひぬれ。然るに日本国の国主等、】
見放されてしまったからなのです。そうであるのに日本の国主である幕府は、
【八幡大菩薩をあがめ奉りなばなに事のあるべきと思はるゝが、】
八幡大菩薩を崇〔あが〕めれば、何事もなく済むと思っていますが、
【八幡は又自力叶ひがたければ、】
八幡大菩薩は、自分の力では、到底、この日本を守る事などできないので、
【宝殿を焼きてかくれさせ給ふか。】
きっと宝殿を焼いて隠れてしまったのでしょう。
【然〔しか〕るに自〔みずか〕らの大科〔だいか〕をばかへりみず、】
しかるに、日本の国主などは、自らの正法誹謗の重い科〔とが〕を顧みないで、
【宝殿を造りてまぼ〔守〕らせまいらせむとおもへり。】
八幡大菩薩の宝殿を造り、八幡大菩薩に日本を守ってもらおうと思っているのです。
【日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生が、】
日本国の45億89659人の一切衆生が、
【釈迦・多宝・十方分身の諸仏、地涌と娑婆と他方との諸大士、】
釈迦、多宝、十方分身の諸仏や、地涌の菩薩や、娑婆世界と他方の世界の諸菩薩や、
【十方世界の梵釈・日月・四天に捨てられまひらせん分斉の事ならば、】
十方世界の梵天、帝釈、日天、月天、四天王に捨てられてしまえば、
【はづ〔僅〕かなる日本国の小神〔しょうしん〕天照太神・八幡大菩薩の】
どうして日本の小神たる天照大神や八幡大菩薩の
【力及び給ふべしや。其の時八幡宮はつくりたりとも】
力が及ぶ事があるでしょうか。このような時、あなた方が八幡宮を造ったとしても、
【此の国他国にやぶられば、くぼ〔凹〕きところ〔処〕にちり〔塵〕たまり、】
この日本が他国に破られれば、くぼんでいる処に塵がたまり、
【ひき〔低〕ゝところに水あつまると、日本国の上一人より下万民にいたるまで】
低い処に水が集まるように、日本の上下万民が
【さた〔沙汰〕せむ事は兼ねて又知れり。】
あなたに様々に悪い噂をたてる事は、兼ねてから、わかっていることです。
【八幡大菩薩は本地は阿弥陀ほとけにまします。】
世間の人々が八幡大菩薩の本地は、阿弥陀仏であり、
【衛門〔えもん〕の大夫〔たいふ〕は念仏無間地獄と申し、】
右衛門大夫(宗仲)は、念仏を無間地獄に堕ちると言って、
【阿弥陀仏をば火に入れ水に入れ、其の堂をやきはらひ、】
阿弥陀仏を、火に入れ、水に入れ、その堂を焼き払い、
【念仏者のくびを切れと申す者なり。】
念仏者の首を斬れと言う者の弟子となっている。
【かゝる者の弟子檀那と成りて候が、八幡宮を造りて候へども、】
そのような者が、八幡宮を造ったとしても、
【八幡大菩薩用ひさせ給はぬゆへに、】
八幡大菩薩が日本を護られるはずがないので、
【此の国はせめらるゝなりと申さむ時は】
この国が蒙古に攻められたのであると言われた時は、
【いかゞすべき。】
どのようにするつもりなのでしょうか。
【然るに天かねて此の事をしろしめすゆへに、】
しかるに天は、以前から、この事を知っておられたが故に、
【御造営の大ばんしゃう〔番匠〕をはづされたるにやあるらむ。】
あなたを御造営の役目から、外されたのではないでしょうか。
【神宮寺の事のはづるゝも】
また八幡宮の境内にある神宮寺の造営の工事から外されたのも
【天の御計らひか。】
天の御計いでしょうか。
【其の故は去ぬる文永十一年四月十二日に、】
その故は、去る文永11年4月12日に大風が吹きましたが、
【大風〔だいふう〕ふきて其の年他国よりおそひ来たるべき前相なり。】
これは、その年に他国より攻めて来るべき前兆であったのです。
【風は是天地の使ひなり。】
風は、天地の使いであり、
【まつり事あらければ風あらしと申すは是なり。】
国の政治が粗末であれば、暴風が吹くと云うのは、この事なのです。
【又今年四月廿八日を迎へて此の風ふき来たる。】
また、今年4月28日を迎えて、この大風が吹き荒れました。
【而るに四月廿六日は八幡むね〔棟〕上げと承〔うけたま〕はる。】
しかるに4月26日は、八幡宮の棟上げであったと承〔うけたまわ〕っております。
【三日の内の大風は疑ひなかるべし。】
3日の内に大風が吹いた事は、疑いのないことです。
【蒙古の使者の、】
もし、蒙古の使者であるかのように言われている
【貴返が八幡宮を造りて此の風ふきたらむに、】
あなたが、八幡宮を造って、この大風が吹いたのであれば、
【人わらひさたせざるべしや。】
世の中の人は、笑い、また、必ず、とやかく言うでしょう。
【返す返す穏便にして、あだみうらむる気色なくて、】
今は、穏やかな態度で、造営を外された事を恨んでいるような様子もなく、
【身をやつし、下人をもぐ〔具〕せず、よき馬にものらず、】
身なりも目立たないものにし、下人などもつれず、良い馬にも乗らないで、
【のこぎ〔鋸〕り・かなづ〔鎚〕ち手にも〔持〕ちこし〔腰〕につけて、】
のこぎり、かなづちを手にもち、腰につけて、
【つねにえ〔笑〕めるすがたてにておわすべし。】
常に、にこやかな姿でいてください。
【此の事一事もたがへさせ給ふならば、】
もし、この事を、ひとつでも違えられたならば、
【今生には身をほろぼし、後生には悪道に堕〔お〕ち給ふべし。】
今生には、身を亡ぼし、未来世は、悪道に堕ちるでしょう。
【返す返す法華経うらみさせ給ふ事なかれ。】
何度も申し上げますが、僅〔わず〕かな事で法華経を恨んではなりません。
【恐々。】
恐れながら申し上げます。
【五月廿六日 日蓮花押】
5月26日 日蓮花押】
【大夫志〔たいふさかん〕殿】
大夫志(宗仲)殿
【兵衛志殿】
兵衛志(宗長)殿