日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


聖愚問答抄(上) 02 第01章 執筆の所以を示す

【聖愚問答抄・上 文永五年 四七歳】
聖愚問答抄(上) 文永5年 47歳御作

【夫〔それ〕生を受けしより死を免れざる理〔ことわり〕は、】
この世に生を受けた時から、死をまぬがれないことは、

【賢き御門〔みかど〕より卑〔いや〕しき民に至るまで、】
身分の高い天皇から、卑しい民衆にいたるまで、

【人ごとに是を知るといへども、実に是を大事とし是を歎く者、】
人は、誰れでも知っていますが、これが重要なことであると思う者は、

【千万人に一人も有りがたし。無常の現起するを見ては、】
千万人に一人もいないのです。無常の死の現実を見て、はじめて、

【疎〔うと〕きをば恐れ親しきをば】
今まで仏法に疎遠であったことを恐れ、他の事ばかりに、とらわれていたことを

【歎くといへども、先立つははかなく、】
嘆〔なげ〕くのですが、すでに亡くなった者は、儚〔はかな〕く

【留まるはかしこきやうに思ひて、昨日は彼のわざ今日は此の事とて、】
残った者は、さぞ何も見なかったように、昨日は、あの事、今日は、この事と、

【徒〔いたず〕らに世間の五欲にほだされて、】
いたずらに世間の欲望に縛られ、

【白駒のかげ過ぎやすく、】
まるで白馬の影が一瞬だけ、壁の隙間をよぎるように、歳月が過ぎ去り、

【羊の歩み近づく事をしらずして、空しく衣食の獄につながれ、】
屠殺場に引かれる羊のように、自分の運命を知らず、虚しく衣食の牢獄につながれ、

【徒らに名利の穴にを〔堕〕ち、三途の旧里に帰り、】
いたずらに名聞名利の穴に堕ち、死ねば三途の郷里に帰り、

【六道のちまたに輪回〔りんね〕せん事、】
生きては、六道の巷〔ちまた〕を、めぐる事を、

【心有らん人誰か歎かざらん、】
心ある人ならば、誰が嘆かないで、いられましょうか。

【誰か悲しまざらん。】
誰が悲しまないで、いられましょうか。

【嗚呼〔ああ〕老少不定は娑婆〔しゃば〕の習ひ、】
誰が死ぬか、わからないのは、娑婆世界の習いであり、

【会者定離〔えしゃじょうり〕は浮き世のことはりなれば、】
会った者は、必ず、別れなければ、ならないのは、浮世の道理で、

【始めて驚くべきにあらねども、】
最初から驚くべきでは、ないのですが、

【正嘉の初め世を早うせし人のありさまを見るに、】
正嘉の初めの災害で、世を早く去った人々を見てみると、

【或は幼き子をふりすて、或は老いたる親を留めをき、】
あるいは、幼い子を振り捨て、あるいは、年老いた親を置きざりにし、

【いまだ壮年の齢〔よわい〕にて黄泉の旅に趣く心の中、さこそ悲しかるらめ。】
若くして死出の旅に向かう心中は、どれほど悲しいことでしょうか。

【行くもかなしみ留まるもかなしむ。】
亡くなる者も、生きている者も、ともに悲しむのです。

【彼の楚王〔そおう〕が神女に伴ひし情を一片の朝の雲に残し、】
かの楚王が巫山〔ふざん〕の神女と情を交わしたことを、朝の雲として残し、

【劉〔りゅう〕氏が仙客に値〔あ〕ひし思ひを】
劉氏が仙女と契ったことを想い出し、

【七世の後胤〔こういん〕に慰〔なぐさ〕む、】
七世の子孫を見て慰めとしたように、

【予が如き者、底〔なに〕に縁〔よ〕って愁〔うれ〕ひを休めん。】
私のような愚かな者は、何によって、この鬱屈を晴らせば良いのでしょうか。

【かゝる山左〔やまがつ〕のいやしき心なれば身には思ひのなかれかしと】
「山賊のような卑しい心で、憂いの思いなどないように」と

【云ひけん人の古事〔ふるごと〕さへ思ひ出でられて、】
願った、古い歌人のことさえ思い出されて、

【末の代のわすれがたみにもとて難波〔なにわ〕のも〔藻〕しほ〔塩〕草を】
せめて子孫への形見として、難波の藻塩草〔あまも〕を

【かきあつめ、水くき〔茎〕のあとを形の如くしる〔記〕しをくなり。】
書き集め、故人の筆跡を形ばかり残しておくしかないのでしょうか。


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