御書研鑚の集い 御書研鑽資料
聖愚問答抄(上) 05 第04章 律宗を破折する
【其の時に愚人礼拝〔らいはい〕恭敬〔くぎょう〕して云はく、】
その時、愚者は、智者を礼拝して、このように告げました。
【我今日より深く此の法を持ち奉るべし。】
私は、今日より深く、この五戒、二百五十戒を受持いたします。
【爰〔ここ〕に予が年来〔としごろ〕の知音〔ちいん〕、】
ここで、私の年来の知り合いで、
【或所に隠居せる居士一人あり。】
ある所に隠居している念仏者が一人おり、
【予が愁歎〔しゅうたん〕を訪〔と〕はん為に来たれるが、】
私の憂鬱を、なぐさめるために訪れて来ました。
【始めには往事渺茫〔びょうぼう〕として夢に似たる事をかたり、】
始めには、過去が広漠としていて、夢に似ている事などを語り、
【終はりには行く末の冥々として弁へ難き事を談ず。】
終わりには、行く末の暗々として見定め難いことを語りましたが、
【欝〔うつ〕を散じ思ひをのべて後、】
しばらく欝積〔うっせき〕を晴らし、思いを述べたのちに、
【予に問うて云はく、抑人の世に有る誰か後生を思はざらん。】
この念仏者が私に「ところで人は、世にある限り、誰でも死後を考えるものだが、
【貴辺何〔いか〕なる仏法をか持ちて出離をねがひ、】
あなたは、どのような仏法を持って死の苦しみから離れようと願い、
【又亡者の後世をも訪ひ給ふや。】
また亡くなった者の後世を弔〔とむら〕うのですか」と質問したのです。
【予答へて云はく、】
私は、それに対して、このように答えたのです。
【一日或〔ある〕上人来たって我が為に五戒・二百五十戒を授け給へり。】
先日ある上人が訪ねて来られて、私に五戒、二百五十戒を授けてくれたのです。
【実に以て心肝にそ〔染〕みて貴し。】
ほんとうに心に染まり貴く思いました。
【我深く良観上人の如く、及ばぬ身にもわろき道を作り、】
私は、良観上人のように、及ばずながらも、悪い道を良くし、
【深き河には橋をわたさんと思へるなり。】
深い河には、橋をかけたいと思ったのです。
【其の時居士示して云はく、】
そのとき、この念仏者は、このように告げたのです。
【汝が道心貴きに似て愚かなり。】
あなたの考えは、志が貴いように見えて、実は愚かな考えです。
【今談ずる処の法は浅ましき小乗の法なり。】
今、あなたが言った仏法は、浅はかな小乗の法であり、
【されば仏は則〔すなわ〕ち八種の喩〔たと〕へを設け、】
それゆえ仏は、清浄〔しょうじょう〕毘尼方広経によって八種の譬喩を設け、
【文殊は又十七種の差別を宣〔の〕べたり。或は螢火・日光の喩へを取り、】
文殊は、また十七種の差別を述べて、小乗を螢火、大乗を日光に譬え、
【或は水精〔すいしょう〕・瑠璃〔るり〕の喩へあり。】
また、小乗を水精、大乗を瑠璃に譬えて、小乗を下しているのです。
【爰を以て三国の人師も其の破文一に非ず。】
このようにインド、中国、日本の人師にも、小乗を破折した文章は、数多くあり、
【次に行者の尊重の事、必ず人の敬ふに依って】
戒律を守る者を、人々が尊重し敬うことについては、
【法の貴きにあらず。】
必ずしも人が敬うからと言って、その仏法が尊いわけではなく、
【されば仏は依法不依人〔えほうふえにん〕と定め給へり。我伝へ聞く、】
それゆえ、仏は、「法に依って人に依らざれ」と定められているのです。
【上古の持律の聖者の振る舞ひは】
私が伝え聞くところでは、昔の戒律を守る聖者は、
【「殺を言ひ収を言ふには知浄の語有り、】
殺害や収奪と言う言葉を使うことさえ、はばかって別の言葉に言い変え、
【行雲廻雪〔こううんかいせつ〕には死屍〔しし〕の想ひを作〔な〕す」と。】
美女を見ても屍〔しかばね〕と思うほどであったのですが、
【而るに今の律僧の振る舞ひを見るに、】
それなのに、今の律宗の僧侶の振る舞いを見ると、
【布絹・財宝をたくはえ利銭・借請を業とす。】
絹を身にまとい、財宝を蓄え、利息を取って金を貸す仕事をしており、
【教行既に相違せり。誰か是を信受せん。】
教えと行いとが相違しており、誰がこんな者を信じることができましょうか。
【次に道を作り橋を渡す事、還って人の歎きなり。】
また、道を作り橋をかけることが、返って人々の嘆きとなっているのです。
【飯島の津にて六浦〔むつら〕の関米〔せきまい〕を取る、諸人の歎き是多し。】
そのために飯島の津で六浦の通行人から米を取るので、人々の歎きは、多いのです。
【諸国七道の木戸、是も旅人のわづらひ只此の事に在り、】
諸国の七つの道の関所も、旅人の迷惑となっているのは、
【眼前の事なり、汝見ざるや否や。】
眼前の事実ですが、あなたは、これを知らないのですか。
【愚人色を作して云はく、汝が智分をもて上人を謗じ奉り、】
この指摘に愚者は、顔色を変えて、あなた程度の浅い智慧で上人を謗〔そし〕り、
【其の法を誹〔そし〕る事謂〔いわ〕れ無し。知って云ふか、愚にして云ふか、】
その仏法を謗られるいわれなど、何もない。知って言うのか、愚かだから言うのか。
【おそろしおそろし。】
まことに恐ろしいことだと反論しました。
【其の時居士笑って云はく、嗚呼おろかなりおろかなり。】
その時、この念仏者は、笑って、あなたこそ愚かな人だ。
【彼の宗の僻見〔びゃっけん〕をあらあら申すべし。】
それでは、この律宗の間違いを、少々、話しましょう。
【抑〔そもそも〕教に大小有り、宗に権実を分かてり。】
そもそも仏教には、大乗と小乗とがあり、宗派には、権宗と実宗とがあるのです。
【鹿苑施小〔ろくおんせしょう〕の昔は】
小乗の教えは、釈尊が初めて説法をされた鹿野苑の時には、
【化城の戸ぼそに導くといへども、】
小乗教によって人々を、化城の扉に導くことが出来たけれども、
【鷲峰〔じゅぶ〕開顕の莚〔むしろ〕には其の得益更に之無し。】
霊鷲山で法華経の開顕があった後には、なんの利益もない教えとなったのです。