日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑚資料


三世諸仏総勘文教相廃立 12 十如是と即身成仏


第11章 十如是と即身成仏

【法華経に云はく「如是相(一切衆生の相好本覚の応身如来)、】
法華経に「如是相(一切衆生の相好本覚の応身如来)、

【如是性(一切衆生の心性本覚の報身如来)、】
如是性(一切衆生の心性本覚の報身如来)、

【如是体(一切衆生の身体本覚の法身如来)」と。】
如是体(一切衆生の身体本覚の法身如来)とあり、

【此の三如是より後の七如是出生して合して十如是と成るなり。】
この三如是より、後の七如是が生まれ出て、合わせて十如是と成っており、

【此の十如是は十法界なり。】
この十如是は、いずれも十法界の事です。

【此の十法界は一人の心より出でて八万四千の法門と成るなり。】
この十法界は、一人の心より出て、八万四千の法門と成るのです。

【一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し。】
一人を手本として、すべての衆生が平等であることを説いているのです。

【三世の諸仏の総勘文〔そうかんもん〕にして】
現在、過去、未来のすべての仏の総勘文であって、

【御判慥〔たし〕かに印〔おし〕たる正本の文書なり。】
判が確かに押されている正本の文書なのです。

【仏の御判とは実相の一印なり。印とは判の異名なり。】
この判とは、実相の一印なのです。印とは、判の異名であり、

【余の一切の経には実相の印無ければ正本の文書に非ず。】
他のすべて経には、実相の印が無いので正本の文書ではないのです。

【全く実の仏無し。】
全く真実の仏の印は押されておらず、

【実の仏無きが故に夢中の文書なり。】
真実の仏の印が無いでの夢の中の文書なのです。

【浄土に無きが故なり。】
夢の中が仏が住む浄土では、ないからなのです。

【十法界は十なれども十如是は一なり。】
十法界は、十であるけれども十如是は一つなのです。

【譬〔たと〕へば水中の月は無量なりと雖も】
たとへば水に映る月は、無数にあっても

【虚空〔こくう〕の月は一なるが如し。】
大空の月は、一つであるようなものなのです。

【九法界の十如是は夢中の十如是なるが故に水中の月の如し。】
九界の十如是は、夢の中の十如是であるので水に映る月のようなものです。

【仏法界の十如是は本覚の寤の十如是なれば虚空の月の如し。】
仏界の十如是は、本覚の現実の十如是であるので大空の月のようなものです。

【是の故に仏界の一つの十如是顕はれぬれば、】
この故に仏界の一つの十如是が現れれば、

【九法界の十如是の水中の月の如きも、】
九法界の十如是の水に映る月も、

【一も欠減〔けつげん〕無く同時に皆顕はれて、】
一つも欠けずに同時に、すべてが現れて、

【体〔たい〕と用〔ゆう〕と】
当体である大空の月の体とその作用で現れる水に映る月の用とが

【一具〔いちぐ〕にして一体の仏と成る。】
一具にして一緒に現れて、一体の仏と成るのです。

【十法界を互ひに具足して平等なる十界の衆生なれば、】
十法界を互ひに具足して平等である十界の衆生であれば、

【虚空の本月も水中の末月も、】
大空のほんとうの月も水に映る架空の月も、

【一人の身中に具足〔ぐそく〕して欠〔か〕くること無し。】
一人の身体の中に備わって欠ける事がないのです。

【故に十如是は本末究竟して等しく差別無し。】
それ故に十如是は、本末究竟して等しく差別がないのです。

【本とは衆生の十如是なり。末とは諸仏の十如是なり。】
本とは衆生の十如是であり、末とは諸仏の十如是なのです。

【諸仏は衆生の一念の心より顕はれ給へば衆生は是本なり、諸仏は是末なり。】
諸仏は、衆生の一念の心より現れており、衆生が本であり、諸仏は、末なのです。

【然るを経に「今此三界〔こんしさんがい〕皆是我有〔かいぜがう〕・】
ところが法華経譬喩品第三に「今この三界は、これ我が所有するところである。

【其中衆生〔ごちゅうしゅじょう〕悉是吾子〔しつぜごし〕」(已上)と云ふは、】
その中の衆生は、ことごとく我が子である」と説かれており、

【仏成道の後に化他の為の故に、迹の成道を唱へて】
これは、仏が成道した後に化他の為に、垂迹の成道を唱え、

【生死の夢中にして本覚の寤〔うつつ〕を説きたまふなり。】
生死の夢の中での本覚の現実を説いたのである。

【智慧を父に譬〔たと〕へ、】
智慧を父にたとえて、

【愚癡〔ぐち〕を子に譬へて是くの如く説き給へるなり。】
愚癡を子供にたとえて、このように説いたのです。

【衆生は本覚の十如是なりと雖も、】
衆生は、本覚の十如是であるけれども、

【一念の無明〔むみょう〕眠りの如く心を覆〔おお〕ひ、】
一念の中の無明が睡眠のように心を覆って、

【生死の夢に入りて本覚の理を忘る。】
生死の夢に入りて本覚の論理を忘れているのです。

【髪筋〔かみすじ〕を切る程に】
髪の毛を切る程度のわずかな無明の力で、

【過去・現在・未来の三世の虚夢〔こむ〕を見るなり。】
現在、過去、未来の三世の夢を見ているのです。

【仏は寤の人の如くなれば生死の夢に入りて】
仏は、現実の世界の人であるから、生死の夢の中に入って、

【衆生を驚〔おどろ〕かし給へる智慧は、夢の中にての父母の如く、】
衆生を驚かし目を覚まさせるような智慧があり、その智慧は、夢の中の父母であり、

【夢の中なる我等は子息の如くなり。】
夢の中の我等は子供と同じなのです。

【此の道理を以て悉是吾子〔しつぜごし〕と言〔のたま〕ふなり。】
この道理によって、ことごとく、これ我が子なりと言われているのです。

【此の理を思ひ解けば、諸仏と我等とは本の故にも父子なり、】
この論理を理解すれば、諸仏と我等とは、本でも父子であり、

【末の故にも父子なり。父子の天性は本末是同じ。】
末でも父子なのです。父子の天性は、本末ともに同じなのです。

【斯〔こ〕れに由〔よ〕りて己心〔こしん〕と仏心とは異ならずと観ずるが故に、】
これによって己心と仏心とは、異ならずと観じる故に、

【生死の夢を覚〔さま〕して本覚の寤に還〔かえ〕るを即身成仏と云ふ。】
生死の夢を覚して本覚の現実に還る事を即身成仏と言うのです。

【即身成仏は今我が身の上の天性地体なり。】
即身成仏は、今、我が身の上の天性、地体であり、

【煩〔わずら〕ひも無く障〔さわ〕りも無き衆生の運命なり。】
煩悩もなく、支障もなく、衆生の宿命であり、

【果報なり冥加〔みょうが〕なり。】
果報であり、冥の加護なのです。


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