日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


富木常忍御消息文 21 観心本尊得意抄

【観心本尊得意抄 建治元年一一月二三日 五四歳】
観心本尊得意抄 建治元年11月23日 54歳御作


【鵞目〔がもく〕一貫文、厚綿〔あつわた〕の白小袖一つ、】
銭一貫文、厚綿の白小袖一枚、

【筆十管〔かん〕、墨五丁給〔た〕び畢〔おわ〕んぬ。】
筆十管〔かん〕、墨五丁を頂きました。

【身延山は知〔し〕ろし食〔め〕す如く冬は嵐はげ〔激〕しく、】
身延山は、御存じのように冬は、嵐が激しく、

【ふり積む雪は消えず、極寒の処にて候間、】
降り積もる雪は、なかなか消えません。

【昼夜の行法もはだ〔膚〕うす〔薄〕にては堪〔た〕へ難く】
極寒の所なので、昼夜の修行も薄着では、耐え難く、

【辛苦〔しんく〕にて候に、此の小袖を著ては思ひ有るべからず候なり。】
辛く苦しく思っていたところに、この小袖を着ては、何も辛い事がありません。

【商那和修〔しょうなわしゅ〕は付法蔵の第三の聖人なり。】
商那和修〔しょうなわしゅ〕は、付法蔵の第三の聖人です。

【此の因位を仏説いて云はく】
この因位について仏は、

【「乃往〔むかし〕過去に病の比丘に衣を与ふる故に、】
「過去の世に病〔やまい〕の比丘に衣を与えた功徳によって

【生々世々に不思議自在の衣を得たり」と。】
生死を繰り返す世において自由自在の不思議な衣を得た」と説かれています。

【今の御小袖は】
今、あなたが御送りくださった小袖は、

【彼に似たり。】
ちょうど商那和修〔しょうなわしゅ〕の過去の因行に似ています。

【此の功徳は日蓮は之を知るべからず。】
この功徳の大きさについては、日蓮は、凡夫ですから、わかりませんが、

【併〔しかしなが〕ら釈迦仏に任せ奉り畢んぬ。】
ただ、釈迦仏におまかせ申し上げております。

【抑〔そもそも〕今の御状に云はく、教信の御房、】
さて、この御状によれば、曾谷教信殿が、

【観心本尊抄の「未得」等の文字に付いて】
観心本尊抄の「未得」等の文字について、

【迹門をよまじと疑心の候なる事、】
迹門は、読むべきでないと言う疑義を起こしたとのこと、

【不相伝の僻見〔びゃっけん〕にて候か。】
これは、日蓮が相伝していない間違った考えなのです。

【去ぬる文永年中に此の書の相伝は整足して貴辺に奉り候ひしが、】
去る文永年中に、この書の相伝は、整理して、あなたに御送りしましたが、

【其の通りを以て御教訓有るべく候。】
その通りに教訓されるのがよいと思います。

【所詮、在々処々に迹門を捨てよと書きて候事は、】
要するに日蓮が随所に迹門を捨てよと書いたのは、

【今我等が読む所の迹門にては候はず、】
今、我々が読むところの迹門ではなく、

【叡山〔えいざん〕天台宗の過時の迹を破し候なり。】
比叡山天台宗の、過去、像法時代における法華経迹門の事なのです。

【設〔たと〕ひ天台・伝教の如く法のまゝありとも、】
たとえ天台、伝教のように、経文の通りに受持し弘めても、

【今末法に至っては去年の暦の如し。】
今、末法に至っては、去年の暦〔こよみ〕のようなものなのです。

【何〔いか〕に況んや慈覚より已来、大小権実に迷ひて】
まして慈覚以後は、大乗、小乗、権教、実教の区別に迷って正法を謗〔そし〕り、

【大謗法に同ずるをや。】
大謗法の者と同じになってしまっているのですから、

【然る間像法の時の利益も之無し。】
像法の利益さえなくなってしまい、

【増して末法に於てをや。】
まして末法における利益などあるはずがないのです。

【一、北方〔ぼっけ〕の能化難じて云はく、】
御手紙には、下総国中山の北の方の学問所に住んでいた天台僧が

【爾前の経をば未顕真実と捨て乍ら、】
「日蓮御坊は、法華経以前の諸経は、未顕真実であるとして捨てながら、

【安国論には爾前の経を引き、文証とする事自語相違と。】
立正安国論で爾前の経を引き、文証としているのは、自語相違である」と

【不審の事前々〔さきざき〕申せし如し。】
非難しているとの事ですが、これは、前々にも申した通りなのです。

【総じて一代聖教を大に分かって二と為〔な〕す。】
およそ釈尊の一代聖教を大略二分する事が出来ます。

【一には大綱、二には網目なり。】
一つには大綱〔たいこう〕、二つには網目〔もうもく〕です。

【初めの大綱とは成仏得道の教なり。】
初めの大綱とは、成仏得道の教えであり、

【成仏の教とは法華経なり。】
成仏の教えとは、法華経の事なのです。

【次に網目とは法華己前の諸経なり。】
次に網目とは、法華経以前の諸経の事であり、

【彼の諸経等は不成仏の教なり。】
それらの諸経は、不成仏の教えなのです。

【成仏得道の文言、之を説くと雖〔いえども〕も】
たとえ、その文言の中に成仏得道を説いていても

【但名字のみ有って其の実義は法華に之〔これ〕有り。】
それは、名字ばかりで、その実義は、法華経にあるのです。

【伝教大師の決権実論〔けつごんじつろん〕に云はく】
伝教大師の決権実論〔けつごんじつろん〕には、

【「権智の所作は唯名のみ有って実義有ること無し」云云。】
「仏の方便の説には、唯、名のみ説いて実義がない」と言われている通りなのです。

【但し権教に於ても成仏得道の外〔ほか〕は説相空〔むな〕しかるべからず、】
ただし爾前権教においても、成仏得道の外は、説かれた教えに偽りはないのです。

【法華の為の網目なるが故に。】
法華経の為の網目として説かれたものであるからです。

【所詮成仏の大綱を法華に之を説き、其の余の網目は衆典に明かす。】
すなわち、成仏の大綱を法華経で説き、その他の網目は、諸経で明かしたのです。

【法華の為の網目なるが故に】
法華経の為の網目である故に

【法華の証文に之を引き用ふべきなり。】
法華経を証明する文章として引用して用いる事が出来るのです。

【其の上法華経にて実義有るべきを、爾前の経にして】
その上、法華経において実義が顕れる事を、爾前経によって、

【名字計りのゝ〔罵〕しる事全く法華の為なり。】
名字だけを説いて明らかにしたのは、まったく法華経の為なのですから、

【然る間尤〔もっと〕も法華の証文となるべし。】
なおのこと法華経の証明の文章となっているのです。

【問ふ、法華を大綱とする証如何。】
それでは、法華経を一代聖教の大綱とする文証があるのでしょうか。

【答ふ、天台は】
それは、天台は、法華玄義第十で、

【「当に知るべし、此の経は唯如来説教の大綱を論じて】
「法華経は、ただ如来の説かれた教えの大綱だけを論じて、

【網目を委細にせざるなり」となり。】
網目までは、委細に説いていない」と言われています。

【問ふ、爾前を網目とする証如何。】
それでは、爾前経を網目とする文証は、あるのでしょうか。

【答ふ、妙楽云はく「皮膚毛〔もう〕綵〔さい〕】
それは、妙楽は、法華文句記巻十上に「皮膚毛綵〔ひふもうさい〕は、

【衆典に出在〔すいざい〕せり」云云。】
多くの経典に出在〔すいざい〕せり」と言われているのです。

【問ふ、成仏は法華に限ると云ふ証如何。】
それでは、成仏は、法華経に限ると言う文証はあるのでしょうか。

【答ふ、経に云はく】
それは、法華経方便品に

【「唯一乗の法のみ有って二も無く亦三も無し」文。】
「唯一仏乗のみで二乗、三乗の教などはない」と説かれているのです。

【問ふ、爾前は法華の為との証如何。】
それでは、爾前経が法華経の為と言う文証は、あるのでしょうか。

【答ふ、経に云はく】
それは、同じく方便品に

【「種々の道を示すと雖も其の実は仏乗の為なり」と。】
「種々の教えを説いたが、皆、一仏乗に引き入れる為であった」とあるのです。

【委細に申し度〔た〕く候と雖も、】
なお、詳しい事を申し上げたいのですが、

【心地〔ここち〕違例して候程に省略せしめ候。恐々謹言。】
気分が優れないので、ここで省略致します。恐れながら謹んで申し上げます。

【十一月二十三日   日蓮花押】
11月23日   日蓮花押

【富木殿御返事】
富木殿御返事

【帥殿〔そつどの〕の物語りしは、】
大田乗明の子息の帥〔そつ〕阿闍梨日高〔にちこう〕殿が、かつて話していたのは、

【下総に目連樹と云ふ木の候よし申し候ひし。】
下総に目連樹〔もくれんず〕と言う木があるとのこと、

【其の木の根をほりて十両ばかり、】
その木の根を掘って、20本ばかり

【両方の切目〔きりめ〕には焼金〔やきがね〕を宛〔あ〕てゝ、】
両方の切り口に焼き金を当てて焼き、

【紙にあつ〔厚〕くつゝ〔包〕みて風ひかぬ様にこしら〔拵〕へて、】
厚く紙につつみ、風が当たらぬように、こしらえて、

【大夫次郎が便宜〔びんぎ〕に給び候べきよし御伝へあるベく候。】
大夫次郎が来た時に、頂きたいと伝えてください。


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