日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


報恩抄 6 一代諸経の勝劣


第5章 一代諸経の勝劣

【随って法華経の文を開き奉れば】
そう云う事で、この法華経の文章を読んでみると、

【「此の法華経は諸経の中に於て】
そこに「この法華経は、すべての経文の中において

【最も其の上に在り」等云云。】
最も上位にある」と説かれているのです。

【此の経文のごとくば須弥山〔しゅみせん〕の頂に帝釈の居るがごとく、】
この経文によれば、須弥山の頂上の喜見城〔きけんじょう〕に帝釈天がいるように、

【輪王の頂に如意宝珠〔にょいほうじゅ〕のあるがごとく、】
転輪聖王〔てんりんじょうおう〕の王冠に如意宝珠が有るように、

【衆木の頂に月のやどるがごとく、】
多くの木々の頂上に月がかかるように、

【諸仏の頂上に肉髻〔にくけい〕の住せるがごとく、】
諸仏の額に白光を放つ肉髻があるように、

【此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の】
この法華経は、華厳経、大日経、涅槃経などの

【一切経の頂上の如意宝珠なり。】
一切経の頂上についている如意宝珠と同じであるのです。

【されば専ら論師・人師をすてゝ経文に依るならば】
そうであれば論師、人師を捨てて経文に依って考えれば、

【大日経・華厳経等に法華経の勝れ給へることは、】
大日経や華厳経よりも法華経が優れている事は、

【日輪の青天に出現せる時、眼あきらかなる者の天地を見るがごとく】
太陽が晴天の空に昇れば、目が良い者が大地の隅々を見る事が出来るように、

【高下〔こうげ〕宛然〔おんねん〕なり。】
その優劣は、まことに明らかなのです。

【又大日経・華厳経等の一切経をみるに】
大日経や華厳経などの一切経を見てみると、

【此の経文に相似〔そうじ〕の経文一字一点もなし。】
これらの経文には、法華経に相対〔あいたい〕する文章は、一字一句もないのです。

【或は小乗経に対して勝劣をとかれ、】
あるいは小乗経に対しての優劣や、

【或は俗諦〔ぞくたい〕に対して真諦〔しんたい〕をとき、】
あるいは世間の法に対しての優劣や、

【或は諸の空仮〔くうけ〕に対して中道をほめたり。】
あるいは、空諦、仮諦に対して中諦の優劣を示しているに過ぎないのです。

【譬へば小国の王が我が国の臣下に対して】
小さな国の王が自分の部下に対して、

【大王というがごとし。】
自分は大王であると言っているようなものなのです。

【法華経は諸王に対して大王等と云云。】
法華経こそ、諸王に対しての大王であり、

【但涅槃経計りこそ法華経に相似の経文は候へ。】
ただ涅槃経のみが法華経に相対〔あいたい〕する経文と言えるのです。

【されば天台已前の南北の諸師は迷惑して、】
そうであればこそ、天台大師以前の南北の仏法の指導者達は、その事に迷い惑い、

【法華経は涅槃経に劣ると云云。】
法華経は、涅槃経に劣ると言っているのです。

【されども専ら経文を開き見るには無量義経のごとく】
しかし、そう言いながら、経文を開いて無量義経のように

【華厳・阿含・方等・般若等の四十余年の経々をあげて、】
華厳、阿含、方等、般若などの法華経以前の四十余年未顕真実の経文を取り上げて、

【涅槃経に対して我がみ〔身〕勝るとと〔説〕ひて、】
その後に説かれた涅槃経の方が優れていると説いてはいても、

【又法華経に対する時は】
同じくその後に説かれた法華経に対しては、涅槃経の如来性品第九の文章で

【「是の経の出世は乃至法華の中の】
「この経文が説かれた意義は、法華経の中で

【八千の声聞に記□〔きべつ〕を授くることを得て大果実を成ずるが如く、】
八千の声聞が未来において成仏するとの記別を受け、このような大きな果実を得て、

【秋収冬蔵〔しゅうしゅうとうぞう〕して】
秋にそれを収穫し、冬にそれを蔵にしまっているので、

【更に所作〔しょさ〕無きが如し」等云云。】
この経文では、何もやることがない」と説かれているのです。

【我と涅槃経は法華経には劣るとと〔説〕ける経文なり。】
このように涅槃経には、自ら法華経に劣ると説かれているのです。

【かう経文は分明なれども南北の大智の諸人の迷ふて有りし経文なれば、】
このように涅槃経の文章に明確であっても、南北の大学者がその事に迷っており、

【末代の学者能〔よ〕く能く眼をとゞ〔留〕むべし。】
その後の学者は、よくよく、それを注意するべきです。

【此の経文は但法華経・涅槃経の勝劣のみならず、】
この経文は、法華経と涅槃経の優劣だけではなく、

【十方世界の一切経の勝劣をもし〔知〕りぬべし。】
すべての世界の一切経の優劣をも示しているのです。

【而るを経文にこそ迷ふとも】
いかにこの経文に迷うと言っても

【天台・妙楽・伝教大師の御れうけん〔料簡〕の後は】
天台大師、妙楽大師、伝教大師がその優劣を示したからは、

【眼〔まなこ〕あらん人々はしりぬべき事ぞかし。】
心がある人は、その優劣を知る事でしょう。

【然れども天台宗の人たる慈覚・智証すら】
しかしながら、その天台宗の人であるはずの慈覚や智証ですら、

【猶〔なお〕此の経文にくら〔暗〕し、いわ〔況〕うや余宗の人々をや。】
なお、この経文に暗く、ましてや他宗の人々は、その優劣が理解出来ないのです。


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