日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


報恩抄 26 弘法・慈覚の悪現象


第25章 弘法・慈覚の悪現象

【弘法大師は去ぬる天長元年の二月大旱魃〔だいかんばつ〕のありしに、】
日本の弘法大師は、去る天長元年の二月に大旱魃〔かんばつ〕があった時に、

【先には守敏〔しゅびん〕祈雨〔あまごい〕して七日が内に雨を下らす。】
先には守敏〔しゅびん〕が祈雨をして、七日の内に雨が降りましたが、

【但し京中にふりて】
ただ、京都の中だけに雨が降って、

【田舎〔いなか〕にそゝがず。】
肝心の田畑がある地方にはまったく降らなかったのです。

【次に弘法承け取りて】
次に弘法大師がそれを引き継いで

【一七日に雨気〔あまけ〕なし、二七日に雲なし。】
7日の間、まったく雨が降る様子もなく、14日間、雲も出なかったのです。

【三七日と申せしに、天子より和気〔わけの〕真綱〔まつな〕を使者として、】
21日経った時に和気真綱〔わけのまつな〕を使者として

【御幣〔ぬさ〕を神泉苑〔しんせんえん〕にまい〔進〕らせたりしかば、】
天皇より、供え物を神泉苑の池に捧げたところ、

【雨下る事三日。此をば弘法大師並びに弟子等、此の雨をうば〔奪〕ひとり、】
三日間、雨が降ったのです。これを弘法大師やその弟子達は、

【我が雨として、今に四百余年、弘法の雨という。】
自分の手柄として今まで四百余年、弘法の祈祷による雨だと言い張っているのです。

【慈覚大師の夢に日輪をい〔射〕しと、】
慈覚大師が夢で太陽を射落とし、

【弘法大師の大妄語〔だいもうご〕に云へる、】
弘法大師は、これこそ真言が正しい証拠だと仏法違背の大妄語を言っているのです。

【弘仁〔こうにん〕九年の春大疫〔だいやく〕をいのりしかば、】
さらには、この弘法大師は、弘仁9年春に大疫病を封じる祈祷をしたら

【夜中に大日輪出現せりと云云。】
夜中に太陽が出たと大嘘をついているのです。

【成劫〔じょうこう〕より已来住劫〔じゅうこう〕の第九の減、】
この世が現れて以来、現在に至るまでの

【已上二十九劫が間に、日輪夜中に出でしという事なし。】
二十九劫の間に太陽が夜中に出たと云う事はないのです。

【慈覚大師は夢に日輪をいるという。】
慈覚大師は、夢で太陽を射たと云うが、

【内典五千七千、外典三千余巻に日輪をい〔射〕るとゆめにみるは、】
内典五千七千、外典三千余巻に太陽を射たと云う夢が、

【吉夢という事有りやいなや。】
良い夢であると言う事があるでしょうか。

【修羅は帝釈をあだみて日天をい〔射〕たて〔奉〕まつる。】
阿修羅王は、帝釈天王をあだみて太陽を射ましたが、

【其の矢かへりて我が眼にたつ。】
逆にその矢が跳ね返って自分の目にあたったのです。

【殷〔いん〕の紂王〔ちゅうおう〕は日天を的にい〔射〕て身を亡ぼす。】
中国古代の悪王である殷の紂王は、太陽を的にして矢を放ち、我が身を亡ぼし、

【日本の神武天皇の御時、度美長〔とみのおさ〕と】
日本の神武天皇の時代には、度美長と五瀬命が合戦した時に

【五瀬命〔いつせのみこと〕と合戦ありしに、命の手に矢たつ。】
五瀬命の手に矢があたって敗れたのです。

【命の云はく、我はこれ日天の子孫なり。】
それに五瀬命は、自分は、日天の子孫であるのに、

【日に向かひ奉りて弓をひくゆへに、】
この戦いで太陽がある南の方角に向かって弓を引いたので

【日天のせめをかをほ〔蒙〕れりと云云。】
敗れたと言っているのです。

【阿闍世王は仏に帰しまい〔参〕らせて、】
インドの阿闍世王は、釈迦牟尼仏に帰依した後のある日、

【内裏〔だいり〕に返りてぎょしん〔御寝〕なりしが、】
宮廷に帰って就寝しましたが

【をどろいて諸臣に向かって云はく、日輪天より地に落つとゆめにみる。】
突然、起きて家臣に太陽が空より地に落ちるのを夢に見たと告げました。

【諸臣の云はく、】
それを聞いた家臣達は、

【仏の御入滅か云云。】
仏が入滅したのかと騒いだのですが、まさにその通りだったのです。

【須跋陀羅〔しゅばっだら〕がゆめ又かくのごとし】
釈迦牟尼仏の最後の弟子となった須跋陀羅が見た夢もこの通りだったのです。

【我が国は殊にい〔忌〕むべきゆめなり。】
日本でも太陽を射ると言う事は、不吉な夢であり、

【神をば天照という、国をば日本という、】
神を天照と言い、国を日本と言うのです。

【又教主釈尊をば日種〔にっしゅ〕と申す。摩耶夫人〔まやぶにん〕日を】
また教主釈尊を日種と訳しているのです。それは、つまり摩耶夫人が太陽を

【はら〔孕〕むとゆめにみてまう〔儲〕け給へる太子なり。】
宿した夢を見て誕生したのが釈迦牟尼仏だからなのです。

【慈覚〔じかく〕大師は大日如来を叡山に立てゝ釈迦仏をすて、】
慈覚大師は、大日如来を比叡山に立て釈迦仏を捨てて、

【真言の三部経をあが〔崇〕めて法華経の三部の敵となりしゆへに、】
真言の三部経を崇めて法華経三部経の敵となった故に、

【此の夢出現せり。】
こんな夢を見たのです。


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