日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


南条時光御息文 13 南条殿御返事(初春書)

【南条殿御返事 建治二年一月一九日 五五歳】
南条殿御返事 建治2年1月19日 55歳御作


【はる〔春〕のはじめの御つか〔使〕ひ、自他申しこ〔籠〕めまいらせ候。】
新春の初めに御使いを送ってくださり、御互いの御祝を申し上げます。

【さては給はるところのすず〔種々〕の物の事、】
さて頂いた御供養の品々、

【もちゐ〔餅〕七十まい〔枚〕、さけ〔酒〕ひとつゝ〔一筒〕・】
餅〔もち〕七十枚、酒一筒〔っつ〕、

【いも〔芋〕いちだ〔一駄〕・河のりひとかみぶくろ〔一紙袋〕・】
芋一駄〔だ〕、河海苔〔のり〕一紙袋、

【だいこん〔大根〕ふたつ〔二〕・やまのいも七ほん〔本〕等なり。】
大根二把、やまのいも七本などを受け取りました。

【ねんごろの御心ざしはしなじな〔品品〕のものにあらはれ候ひぬ。】
このような真心のこもった品々に、あなたの御志が顕れております。

【法華経の第八の巻に云はく】
法華経の第八巻普賢品に

【「所願虚〔むな〕しからず亦〔また〕現世に於て其の福報を得ん」と。】
「願いは、必ず叶い、また現世において、その果報を得る」とあり、

【又云はく「当〔まさ〕に現世に於て】
また同じく普賢品に「まさに現世において

【現の果報を得べし」等云云。】
現実の果報を得ることができる」などと説かれております。

【天台大師云はく「天子の一言虚しからず」と。】
天台大師は、法華文句の中で「天子の一言は、虚言はない」と書かれ、

【又云はく「法王虚しからず」等云云。】
また「法王である仏に虚言はない」などと仰せになっております。

【賢王となりぬれば、たとひ身をほろぼせどもそら〔虚〕事せず。】
賢王になれば、たとえ身を滅ぼすような事があっても、虚言だけは、しないのです。

【いわ〔況〕うや釈迦如来は普明王〔ふみょうおう〕とおはせし時は、】
ましてや、釈迦如来は、過去世において普明王〔ふみょうおう〕であった時に、

【はんぞく〔班足〕王のたて〔館〕へ】
一度は、逃げる事が出来た班足〔はんぞく〕王の館に

【入らせ給ひき。】
この王との約束を守る為に、戻られたのです。

【不妄語〔ふもうご〕戒を持たせ給ひしゆへなり。】
それは、普明王〔ふみょうおう〕が不妄語戒を持って、おられたからなのです。

【かり〔迦梨〕王とおはせし時は、】
また、釈迦如来は、過去世において、迦梨〔かり〕王に

【実語〔じつご〕少〔しょう〕人〔にん〕大〔だい〕】
手足、耳鼻を切られた時に、真実の言葉は、少なくとも人にとって最も大事であり、

【妄語〔もうご〕入地獄〔にゅうじごく〕とこそおほせありしか。】
妄語は、人を地獄に堕とすのであると仰せられています。

【いわ〔況〕うや法華経と申すは、】
まして法華経は、

【仏、我と要当説真実〔ようとうせつしんじつ〕となのらせ給ひし上、】
仏、自らが「要〔かなら〕ず当〔まさ〕に真実を説く」と述べられた上で、

【多宝仏十方の諸仏あつまらせ給ひて、】
多宝仏、十方の諸仏が集まられて、

【日月衆星のなら〔並〕ばせ給ふがごとくに候ひしざせき〔座席〕なり。】
まるで日月や星々のように並ばれる、特別な場所において説かれたのです。

【法華経にそら〔虚〕事あるならば、なに〔何〕事をか人信ずべき。】
法華経に嘘があるならば、人は、何を信じれば、よいのでしょうか。

【かゝる御経に一華一香をも供養する人は、】
このような法華経に、ひとつの花、ひとつの香でも供養する人は、

【過去に十万億の仏を供養する人なり。】
過去世において十万億の仏に供養した人なのです。

【又釈迦如来の末法に世のみだ〔乱〕れたらん時、】
また、釈迦如来の末法において、世が乱れている時に、

【王臣万民心を一にして一人の法華経の行者をあだ〔怨〕まん時、】
王臣、万民が心を合わせて、一人の法華経の行者を迫害している時に、

【此の行者かんばち〔旱魃〕の少水に魚のす〔栖〕み、】
この行者が、旱魃〔かんばつ〕の中の水溜まりにいる魚となり、

【万人にかこ〔囲〕まれたる鹿のごとくならん時、】
大勢の狩人に囲まれた鹿のようになっている時に、

【一人ありてとぶら〔訪〕はん人は生身の教主釈尊を一劫〔こう〕が間、】
一人で助けに、訪ねて来られる人は、生身の教主釈尊を一劫と言う長い間、

【三業〔さんごう〕相応して供養しまいらせたらんより】
身口意の三業に相応して、供養する人よりも、

【なを〔尚〕功徳すぐ〔勝〕るべきよし〔由〕如来の金言分明なり。】
なお、功徳が優れているのは、如来の金言であり、間違いないのです。

【日は赫々〔かくかく〕たり、月は明々たり。】
このように太陽が赫々〔かくかく〕と光り、月が明々〔めいめい〕と輝くように、

【法華経の文字はかくかくめいめいたり。】
法華経の文字も、赫々明々〔かくかくめいめい〕と光り輝いているのです。

【めいめいかくかくたるあき〔明〕らかなる鏡にかを〔顔〕をうかべ、】
この明々赫々と光り輝いている法華経の明鏡に顔を映し、

【す〔清〕める水に月のうかべるがごとし。】
現世である澄める水に、功徳である天月の影を浮かべているようなものなのです。

【しかるに亦於〔やくお〕現世〔げんぜ〕得其福報〔とくごふくほう〕の】
それであるからこそ、また現世においてその福報を得んと言う

【勅宣〔ちょくせん〕、】
如来の法華経、普賢菩薩勧発品の勅宣や、

【当於〔とうお〕現世〔げんぜ〕得現果報〔とくげんかほう〕の】
必ず、まさに今世において現の果報を得べしと言う

【鳳詔〔ほうしょう〕、】
法華経、普賢菩薩勧発品の経文が、

【南条の七郎次郎殿にかぎりてむな〔空〕しかるべしや。】
南条七郎次郎殿に限って、空しいはずがありません。

【日は西よりいづ〔出〕る世、月は地よりなる時なりとも、】
日が西より昇るような世の中になり、月が大地を割って出るような時であっても、

【仏の言〔みこと〕むな〔空〕しからじとこそ定めさせ給ひしか。】
仏の御言葉に嘘は、ないと定められているのです。

【これをもて〔以〕おも〔思〕ふに、】
これをもって推し量れば、

【慈父過去の聖霊〔しょうりょう〕は教主釈尊の御前にわたらせ給ひ、】
亡くなられた慈父の聖霊は、教主釈尊の御前に居られて、

【だんな〔檀那〕は】
さらに、その教主釈尊の信徒である南条殿は、

【又現世に大果報をまねかん事疑ひあるべからず。】
また、現世に大果報を招くことは、疑いありません。

【かうじん〔幸甚〕かうじん。】
まことに幸いであり、おめでたいことです。

【正月十九日   日蓮花押】
正月19日   日蓮花押

【南条殿御返事】
南条殿御返事


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