御書研鑚の集い 御書研鑽資料
南条時光御息文 39 上野殿母尼御前御返事(中陰書)
【上野殿母尼御前御返事 弘安三年一〇月二四日 五九歳】上野殿母尼御前御返事 弘安3年10月24日 59歳御作
【南条故七郎五郎殿の四十九日御菩提〔ぼだい〕のために送り給ふ物の日記の事、】
故南条七郎五郎殿の四十九日の追善法要の為に送られた御供養の品々の目録、
【鵞目〔がもく〕両ゆひ〔結〕・白米一駄〔いちだ〕・芋一駄・】
銭二百文、白米一駄、芋一駄〔いちだ〕、
【すりだう〔摺豆〕ふ〔腐〕・こんにゃく・柿一籠〔ひとこ〕・】
すり豆腐、こんにゃく、柿一籠、
【ゆ〔柚〕五十等云云。】
柚〔ゆず〕五十個などを確かに受け取りました。
【御菩提の御ために法華経一部・自我偈〔じがげ〕数度・】
追善供養の為に法華経を一部、自我偈を数度、
【題目百千返唱へ奉り候ひ畢〔おわ〕んぬ。】
題目を百千遍を、御唱え申し上げました。
【抑〔そもそも〕法華経と申す御経は】
そもそも、法華経と言う経文は、
【一代聖教〔しょうぎょう〕には似るべくもなき御経にて、】
釈尊一代の経文の中では、他に似るべきものもない優れた経文であり、
【而も唯仏与仏〔ゆいぶつよぶつ〕と説かれて、】
しかも、唯〔ただ〕、仏と仏とのみがと説かれており、
【仏と仏とのみこそし〔知〕ろしめされて、】
仏と仏のみが、知ることができ、
【等覚已下〔いげ〕乃至凡夫は叶はぬ事に候へ。】
等覚の菩薩以下、凡夫に至るまでの衆生では、知る事ができないのです。
【されば竜樹菩薩の大論には、仏已下は】
それゆえ、竜樹菩薩の大智度論には、仏以下の衆生は、
【たゞ信じて仏になるべしと見えて候。】
ただ信じることによってのみ、仏になる事ができると記されているのです。
【法華経の第四法師品〔ほっしほん〕に云はく】
法華経の第四巻法師品には、
【「薬王今汝に告ぐ、我が所説の諸経あり、】
「薬王菩薩よ、今おまえに告げよう。私の説いた多くの経があるが、
【而も此の経の中に於て、法華最も第一なり」等云云。第五の巻に云はく】
これらの経の中で法華経が最第一である」などと説かれ、第五巻安楽行品には、
【「文殊師利〔もんじゅしり〕、此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵なり。】
「文殊師利菩薩よ、この法華経は、諸仏如来の秘密の法蔵である。
【諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。】
諸経の中で最も、その上位にある」などと説かれているのです。
【第七の巻に云はく「此の法華経も亦復是くの如し。】
第七巻薬王菩薩本事品には「この法華経もまた同様である。
【諸経の中に於て、最も為〔こ〕れ其の上なり」と。】
諸経の中で最も上位である」と説かれており、
【又云はく「最も為〔こ〕れ照明〔しょうみょう〕なり。】
また「諸経の中で最も明るく照らす経文である。
【最も為〔こ〕れ其の尊なり」等云云。】
諸経の中で最も尊い経文である」などと説かれています。
【此等の経文、私の義にあらず、】
これらの経文は、私の勝手な義ではありません。
【仏の誠言にて候へば定めてよもあやま〔誤〕りは候はじ。】
仏の真の言葉であり、間違いではないのです。
【民が家に生まれたる者、】
民衆の家に生まれた者が、
【我は侍〔さむらい〕に斉〔ひと〕しなんど申せば必ずとが〔咎〕来たる。】
私は、侍と同じであるなどと言えば、必ず、咎〔とが〕めを受けるはずです。
【まして我国王に斉し、まして勝れたりなんど申せば】
まして、私は、国王と等しいとか、さらには、国王よりも優れているなどと言えば、
【我が身のとが〔咎〕となるのみならず、】
自分に対する咎〔とが〕だけでなく、
【父母と申し、妻子と云ひ、必ず損ずる事、大火の宅を焼き、】
父母や妻子にも、必ず害を及ぼす事になるのは、大火が家を焼き、
【大木の倒るゝ時小木等の損ずるが如し。】
大木〔たいぼく〕が倒れる時、他の木が折れてしまうようなものなのです。
【仏教も又かくの如く、】
仏教も、また同様であり、
【華厳〔けごん〕・阿含〔あごん〕・方等〔ほうどう〕・般若〔はんにゃ〕・】
華厳、阿含、方等、般若、
【大日〔だいにち〕経・阿弥陀〔あみだ〕経等に依る人々の、】
大日経、阿弥陀経などを依経とする人々が、
【我が信じたるまゝに勝劣も弁へずして、】
自分が信じたままに、経文の優劣も理解せずに、
【我が阿弥陀経等は法華経と斉等なり、】
自分が信じる阿弥陀経などは、法華経と同じであるとか、
【将又〔はたまた〕勝れたりなんど申せば、】
また、法華経よりも優れているなどと言えば、
【其の一類の人々は我が経をほめられ、うれしと思へども、】
その仲間の人々は、自分の信じる経文を、ほめられて、嬉しく思うでしょうが、
【還ってとが〔科〕となりて師も弟子も檀那も悪道に墮つること】
返って罪となって、師匠も弟子も檀那も悪道に堕ちることは、
【箭〔や〕を射〔い)るが如し。】
射られた矢のように速いのです。
【但し法華経の一切経に勝れりと申して候はくるしからず、】
ただし、法華経が一切経に優れていると言う事は、何の差し支えもないのです。
【還って大功徳となり候。経文の如くなるが故なり。】
返って大功徳となるのです。それは、その事が経文に説かれているからなのです。
【此の法華経の始めに無量義経と申す経おはします。】
この法華経の開経に無量義経と言う経文があります。
【譬へば大王の行幸〔みゆき〕の御時、】
たとえば、大王が御出かけになる時、
【将軍前陳〔ぜんちん〕して狼藉〔ろうぜき〕をしづむるが如し。】
将軍が前に先立って狼藉〔ろうぜき〕を鎮〔しず〕めるようなものなのです。
【其の無量義経に云はく「四十余年には】
その無量義経に「四十余年の間に説いた経には、
【未だ真実を顕はさず」等云云。】
未だ真実を説き顕していない」などと説かれています。
【此は将軍が大王に敵する者を大弓を以て射はらひ、】
これは、将軍が大王に敵対する者を、大弓で射て追い払い、
【又太刀を以て切りすつるが如し。】
また、太刀で切り捨てるようなものなのです。
【華厳経を読む華厳宗・阿含経の律僧等・観経〔かんぎょう〕の念仏者等・】
華厳経を読誦する華厳宗、阿含経の律僧、観無量寿経の念仏者、
【大日経の真言師等の者共が、】
大日経の真言師などの者達が、
【法華経にしたが〔従〕はぬをせ〔攻〕めなびかす利剣の勅宣なり。】
法華経に従わないのを攻めて、服従させる利剣のような仏の御命令なのです。
【譬へば貞任〔さだとう〕を義家〔よしいえ〕が責め、】
たとえば、安倍貞任〔さだとう〕を源義家〔よしいえ〕が攻め、
【清盛を頼朝の打ち失〔う〕せしが如し。】
平清盛〔きよもり〕を源頼朝〔よりとも〕が打ち滅ぼしたようなものなのです。
【無量義経の四十余年の文は不動明王〔ふどうみょうおう〕の剣索・】
無量義経の「四十余年」の文章は、不動明王の剣と縄、
【愛染明王〔あいぜんみょうおう〕の弓箭〔きゅうせん〕なり。】
愛染明王の弓と矢のようなものなのです。
【故南条五郎殿の死出の山三途〔さんず〕の河を越し給はん時、】
故南条五郎殿が、死出の山や三途の河を越えられる時に、
【煩悩〔ぼんのう〕の山賊・罪業の海賊を静めて、】
煩悩の山賊や罪業の海賊を退〔しるぞ〕けて、
【事故〔ことゆえ〕なく霊山浄土へ参らせ給ふべき御供の兵者は、】
問題なく霊山浄土へ参られる事ができる御供の兵士は、
【無量義経の四十余年未顕真実〔みけんしんじつ〕の文ぞかし。】
無量義経の「四十余年には未だ真実を顕さず」の文章なのです。
【法華経第一の巻方便品に云はく】
法華経第一巻方便品には、
【「世尊は法久しくして後、要〔かなら〕ず当に真実を説きたまふべし」と。】
「世尊の説く法は、久しくして後に、必ず真実を説かれる」とあり、
【又云はく「正直に方便を捨てゝ、但無上道を説く」云云。】
また「正直に方便を捨てて、ただ無上の道を説く」とあります。
【第五の巻に云はく「唯、髻中〔けいちゅう〕の明珠〔みょうじゅ〕」と。】
第五巻安楽行品には「ただ髪の中の明珠」、
【又云はく「独り王の頂上に、此の一つの珠有り」と。】
また「ひとり王の頭の上に、この一つの珠が有り」とあり、
【又云はく「彼の強力の王の、久しく護れる明珠を、】
また「彼〔か〕の力の強い王が、長い間、護持してきた明珠を
【今乃〔すなわ〕ち之を与ふるが如し」等云云。】
今、まさに与える如し」などと説かれています。
【文の心は日本国に一切経〔いっさいきょう〕わたれり、七千三百九十九巻なり。】
この文章の意味は、日本に一切経が渡って来て、その数が7399巻あり、
【彼々の経々は皆法華経の眷属〔けんぞく〕なり。】
それらの経文は、皆、法華経の為に説かれたものであるという事です。
【例せば日本国の男女の数四十九億九万四千八百二十八人候へども、】
たとえば、日本国の男女の人数は、49億9万4828人であるけれども、
【皆一人の国王の家人たるが如し。】
皆、一人の国王の臣下であるようなものなのです。
【一切経の心は愚癡〔ぐち〕の女人なんどの唯一時に心う〔得〕べきやうは、】
仏教に詳しくない女性が、すぐに理解できる譬えとして、一切経の意味は、
【たとへば大塔をくみ候には先づ材木より外に足代〔あししろ〕と申して】
大きな塔を組み建てる時に、まず、塔、本体の他に足代〔あししろ〕と言って
【多くの小木を集め、一丈二丈計りゆ〔結〕ひあ〔上〕げ候なり。】
多くの細い材木を集めて、塔の周りに3メートル、6メートルと足場を組むのです。
【かくゆ〔結〕ひあ〔上〕げて、材木を以て大塔をくみあげ候ひつれば、】
そのように足場を組んで、大塔を組み建てて、その後には、
【返って足代を切り捨て大塔は候なり。】
足場を切り捨てて取り除き、大きな塔だけを、そのまま残すのです。
【足代と申すは一切経なり、】
この足代〔あししろ〕と言うのは、一切経であり、
【大塔と申すは法華経なり。】
大塔と言うのは、法華経なのです。
【仏一切経を説き給ひし事は法華経を説かせ給はんための足代なり。】
仏が一切経を説かれたのは、法華経を説かれる為の足場としてなのです。
【正直捨方便〔しょうじきしゃほうべん〕と申して、】
「正直に方便を捨てて」と言われて、
【法華経を信ずる人は阿弥陀経等の南無阿弥陀仏、大日経等の真言宗、】
法華経を信ずる人は、阿弥陀経などの南無阿弥陀仏、大日経などの真言宗、
【阿含経等の律宗の二百五十戒等を切りすて抛〔なげう〕ちてのち】
阿含経などの律宗の二百五十戒などを、切り捨て、投げ捨てた後に、
【法華経をば持ち候なり。大塔をくまんがためには足代大切なれども、】
法華経をたもつのです。大塔を組み上げる為に、足場は、大切ですが、
【大塔をくみあげぬれば足代を切り落とすなり。】
大塔を組み建ててしまった後は、足場を取り壊してしまうのです。
【正直捨方便と申す文の心是なり。】
「正直に方便を捨てて」と言う文章の意味は、これなのです。
【足代より塔は出来して候へども、塔を捨てゝ足代ををが〔拝〕む人なし。】
足場によって塔は、出来るのですが、塔を捨て、足場を拝む人は、いないのです。
【今の世の道心者等、一向に南無阿弥陀仏と唱へて一生をすごし、】
今の世の仏道修行者で、偏〔ひとえ〕に南無阿弥陀仏と称えて一生を過ごし、
【南無妙法蓮華経と一返も唱へぬ人々は大塔をすてゝ足代ををがむ人々なり。】
南無妙法蓮華経と一遍も唱えない人々は、大塔を捨てて、足場を拝む人なのです。
【世間にかしこく】
世事には、実に上手く立ち振る舞うのですが、
【はかなき人と申すは是なり。】
仏法においては、まことに浅はかな人と言わざるを得ないのです。
【故七郎五郎殿は当世の日本国の人々にはに〔似〕させ給はず。】
それを思うと故七郎五郎殿は、今の日本の人々には、似ておられません。
【をさな〔幼〕き心なれども賢き父の跡をおひ、】
幼い心で、あったけれども、賢い父の跡を受け継ぎ、
【御年いまだはたち〔二十〕にも及ばぬ人が、】
歳も未だ二十歳にもならない人が、
【南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひて仏にならせ給ひぬ。】
南無妙法蓮華経と唱えられて、仏になられたのです。
【無一不成仏とは是なり。】
「ひとりとして成仏しない者はない」と説かれているのは、この事なのです。
【乞ひ願はくは悲母我が子を恋しく思〔おぼ〕し食〔め〕し給ひなば、】
願うところは、母が我が子を恋しく思われるならば、
【南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひて、】
南無妙法蓮華経と唱えられて、
【故南条殿・故五郎殿と一所に生まれんと願はせ給へ。】
故南条兵衛七郎殿、故七郎五郎殿と同じ所に生まれさせ給えと願ってください。
【一つ種は一つ種、別の種は別の種。】
一つの種は、一つの種であり、別の種は、別の種なのです。
【同じ妙法蓮華経の種を心にはら〔孕〕ませ給ひなば、】
同じ妙法蓮華経の種を、心に孕〔はら〕まれるならば、
【同じ妙法蓮華経の国へ生まれさせ給ふべし。】
同じ妙法蓮華経の国へ生まれられるでしょう。
【三人面〔おもて〕をならべさせ給はん時、】
三人が顔を合わせられる時には、
【御悦びいかゞうれ〔嬉〕しくおぼしめすべきや。】
その御悦びは、いかばかりでしょうか。どんなに嬉しく思われる事でしょうか。
【抑〔そもそも〕此の法華経を開いて拝見仕〔つかまつ〕り候へば】
さて、この法華経を、開いて拝見すると、
【「如来則ち、衣を以て之を覆ひたもふ為〔べ〕し。】
「如来は、衣で、この人を覆われるであろう。
【又、他方の現在の諸仏に護念せらるゝことを為〔え〕ん」等云云。】
また、他方の現在の諸仏が、護念して下さるであろう」などと説かれています。
【経文の心は東西南北八方、並びに三千大千世界の外、】
経文の意味は、東西南北、四方八方、並びに、三千大千世界の外、
【四百万億那由他の国土に十方の諸仏ぞくぞくと充満せさせ給ふ。】
四百万億那由佗〔なゆた〕の国土に、十方の諸仏が続々と集まり、満ち溢れ、
【天には星の如く、地には稲麻〔とうま〕のやうに並居〔なみい〕させ給ひ、】
天には、星のように、地には、稲や麻のように並んで、
【法華経の行者を守護せさせ給ふ事、】
法華経の行者を守護される事は、
【譬へば大王の太子を諸の臣下の守護するが如し。】
たとえて言えば、大王の皇子を多くの臣下が護るようなものなのです。
【但四天王一類のまぼ〔守〕り給はん事のかたじけなく候に、】
ただ、四天王の一党が護ってくれる事でさえ、有り難く、嬉しいことなのに、
【一切の四天王・一切の星宿・一切の日月・】
一切の四天王、一切の星宿、一切の日月、
【帝釈〔たいしゃく〕・梵天〔ぼんてん〕等の】
帝釈天、梵天などが、
【守護せさせ給ふに足るべき事なり。其の上一切の二乗・一切の菩薩・】
護られるのですから、十分なのです。その上、一切の二乗、一切の菩薩、
【兜卒〔とそつ〕内院の弥勒菩薩〔みろくぼさつ〕・】
兜率〔とそつ〕内院の弥勒菩薩、
【迦羅陀〔からだ〕山の地蔵・補陀落〔ふだらく〕山の観世音・】
迦羅陀〔からだ〕山の地蔵菩薩、補陀落〔ふだらく〕山の観世音菩薩、
【清涼〔しょうりょう〕山の文殊師利〔もんじゅしり〕菩薩等、】
清凉〔しょうりょう〕山の文殊師利菩薩など、
【各々眷属を具足して法華経の行者を守護せさせ給ふに】
それぞれが配下の者を伴って、法華経の行者を護られるのですから、
【足るべき事に候に、又かたじけなくも釈迦・多宝・十方の諸仏の】
さらに十分であるのに、また、申し訳もなく釈迦、多宝、十方の諸仏が、
【て〔手〕づからみづ〔自〕から来たり給ひて、】
自ら来られて、直接、自分の手で、
【昼夜十二時に守らせ給はん事のかたじけなさ申す計りなし。】
昼夜二十四時間、護られる事の有り難さは、言いようもありません。
【かゝるめでたき御経を故五郎殿は御信用ありて仏にならせ給ひて、】
このように有り難い経文を、故七郎五郎殿は、信心されて、仏になられ、
【今日は四十九日にならせ給へば、】
今日は、四十九日になるので、
【一切の諸仏霊山〔りょうぜん〕浄土に集まらせ給ひて、】
一切の諸仏が霊山浄土に集まられて、
【或は手にすへ、或は頂をなで、或はいだき、】
あるいは、手を添えられ、あるいは、頭を撫でられ、あるいは、抱きかかえられ、
【或は悦び、月の始めて出でたるが如く、】
あるいは、悦ばれ、月が初めて出たように、
【花の始めてさけるが如く、いかに愛しまいらせ給ふらん。】
花が初めて咲いたように、どんなにか愛されていることでしょうか。
【抑〔そもそも〕いかなれば三世十方の諸仏はあながちに】
そもそも、どうして、三世十方の諸仏は、このように強く
【此の法華経をば守らせ給ふと勘へて候へば、道理にて候ひけるぞ。】
この法華経を護られるのだろうかと考えてみると、それも道理なのです。
【法華経と申すは三世十方の諸仏の父母なり、】
法華経と言うのは、三世十方の諸仏の父母であり、
【めのと〔乳母〕なり、主にてましましけるぞや。】
乳母であり、主君であられるのです。
【かえる〔蛙〕と申す虫は母の音〔こえ〕を食とす。】
蛙〔かえる〕は、母の鳴き声を聞いて、食べ物とするのです。
【母の声を聞かざれば生長する事なし。】
母の声を聞かなければ、生長しないのです。
【からぐら〔迦羅求羅〕と申す虫は風を食とす。】
求羅〔ぐら〕と言う虫は、風を食べ物としています。
【風吹かざれば生長せず。】
風が吹かなければ、生長しないのです。
【魚は水をたのみ、鳥は木をすみか〔栖〕とす。】
魚は、水を依りどころとし、鳥は、木を栖〔すみか〕としているのです。
【仏も亦かくの如く、法華経を命とし、食とし、すみかとし給ふなり。】
仏も、また同じく法華経を命とし、食べ物とし、住み家とされているのです。
【魚は水にすむ、仏は此の経にすみ給ふ。】
魚は、水に住んでいます。仏は、この経文に住まわれているのです。
【鳥は木にすむ、仏は此の経にすみ給ふ。】
鳥は、木に住んでいるのです。仏は、この経文に住まわれているのです。
【月は水にやどる、仏は此の経にやどり給ふ。】
月は、水に宿り、仏は、この経文に宿られているのです。
【此の経なき国には仏まします事なしと御心得あるべく候。】
この経文のない国には、仏が居られると言う事は、ないと心得てください。
【古昔〔むかし〕輪陀王〔りんだおう〕と申せし王をはしき。】
昔、輪陀王〔りんだおう〕と言う王がおられました。
【南閻浮提〔なんえんぶだい〕の主なり。】
南閻浮提〔なんえんぶだい〕の主君でした。
【此の王はなにをか供御〔くご〕とし給ひしと尋ぬれば、】
この王は、何を召し上がられていたかと言うと、
【白馬のいなゝくを聞いて食とし給ふ。】
白馬の嘶〔いなな〕きを聞いて食べ物とされていました。
【此の王は白馬のいなゝけば年も若くなり、】
この王は、白馬が嘶〔いなな〕くと、歳も若くなり、
【色も盛んに、魂もいさぎよく、力もつよく、】
顔色も良くなり、心も爽やかになり、力も強くなり、
【又政事〔まつりごと〕も明らかなり。】
また、政治も公明正大に行ったのです。
【故の其の国には白馬を多くあつめ飼ひしなり。】
したがって、その国では、白馬を多く集めて飼っていました。
【譬へば魏〔ぎ〕王と申せし王の鶴を多くあつめ、】
たとえば、魏〔ぎ〕王と言う王が鶴を多く集め、
【徳宗〔とくそう〕皇帝のほたる〔螢〕を愛せしが如し。】
徳宗〔とくそう〕皇帝が、蛍〔ほたる〕を愛したようなものです。
【白馬のいなゝく事は又白鳥の鳴きし故なり。】
白馬が、嘶〔いなな〕くのは、また、白鳥が鳴くからでした。
【されば又白鳥を多く集めしなり。】
それゆえ、また白鳥を多く集めていました。
【或時如何〔いかん〕がしけん、白鳥皆う〔失〕せて白馬いなゝかざりしかば、】
ある時、なぜか白鳥が全て居なくなって、白馬が嘶〔いなな〕かなく、なったので、
【大王供御〔くご〕たえて、盛んなる花の露にしほれしが如く、】
大王は、食べ物が絶えて、盛りの花が、露によって萎〔しお〕れたように、
【満月の雲におほ〔覆〕はれたるが如し。】
満月が雲に覆われたようになってしまったのです。
【此の王既にかくれさせ給はんとせしかば、】
この王が、もはや亡くなろうとしたので、
【后・太子・大臣・一国皆母に別れたる子の如く、】
后、皇子、大臣、国中の人々は、皆、母と別れた子のように、
【皆色をうしなひて涙を袖におびたり。】
みんな、顔色を失って、涙で袖を濡らすのでした。
【如何〔いかん〕がせん如何がせん、其の国に外道多し、】
どうしたものかと嘆き悲しみました。この国には、多くの外道がいました。
【当時の禅宗・念仏者・真言師・律僧等の如し。】
彼らは、今の禅宗、念仏者、真言師、律僧などのようなものです。
【又仏の弟子も有り、当時の法華宗の人々の如し。】
また、仏の弟子もいました。今の法華宗の人々のようなものです。
【中悪〔なかあ〕しき事水火なり。】
これらが、仲の悪い事は、水と火のようであり、
【胡〔こ〕と越〔えつ〕とに似たり。大王勅宣を下して云はく、】
胡〔こ〕の国と越〔えつ〕の国の関係に似ていました。大王は、命令を下して、
【一切の外道此の馬をいなゝかせば仏教を失ひて】
外道の中の誰かが、この白馬を嘶〔いなな〕かせたならば、仏教を滅ぼして、
【一向に外道を信ぜん事諸天の帝釈〔たいしゃく〕を敬ふが如くならん。】
偏〔ひとえ〕に外道を、諸天が帝釈を敬うように信じよう。
【仏弟子此の馬をいなゝかせば】
もし仏弟子の誰かが、この馬を、嘶〔いなな〕かせたならば、
【一切の外道の頸〔くび〕を切り、】
すべての外道の首を切り、
【其の所をうばひ取りて仏弟子につくべしと云云。】
その土地を奪い取って、仏弟子に与えようと言いました。
【外道も色をうしなひ、仏弟子も歎きあへり。】
外道も言葉を失い、仏弟子も嘆〔なげ〕きあったのです。
【而れどもさては〔果〕つべき事ならねば、】
しかしながら、そのままで済む、話ではないので、
【外道は先に七日を行なひき。】
外道は、先に七日間、祈祷を行なったのです。
【白鳥も来たらず、白馬もいなゝかず。】
しかし、白鳥も来ず、白馬も嘶〔いなな〕かったのです。
【後七日を仏弟子に渡して祈らせしに、】
後の七日間を仏弟子に祈らせたときに、
【馬鳴〔めみょう〕と申す小僧一人あり。諸仏の御本尊とし給ふ法華経を以て】
馬鳴〔めみょう〕と言う一人の小僧がいて、諸仏が御本尊とされていた法華経で
【七日祈りしかば白鳥壇上に飛び来たる。】
七日間、祈ったところ、白鳥が壇上に飛来しました。
【此の鳥一声鳴きしかば一馬一声いなゝく。】
この白鳥が一声、鳴いたときに、一頭の馬が一声、嘶〔いなな〕きました。
【大王は馬の声を聞いて病の床よりをき給ふ。】
大王は、馬の声を聞いて、病の床より起き上がりました。
【后より始めて諸人馬鳴に向かひて礼拝をなす。】
后をはじめ、諸人は、馬鳴〔めみょう〕に向かって礼拝をしました。
【白鳥一・二・三乃至十・百・千出来して国中に充満せり。】
白鳥は、一羽、二羽、三羽、十羽、百羽、千羽と出て来て国中に満ち溢れました。
【白馬しきりにいなゝき、一馬・二馬乃至百・千の白馬】
白馬は、しきりに嘶〔いなな〕き、一頭、二頭、百頭、千頭の白馬が、
【いなゝきしかば、】
嘶〔いなな〕いたので、
【大王此の音を聞〔き〕こし食〔め〕し面貌〔かおかたち〕は三十計り、】
大王は、この声を聞いて、顔の表情は、三十歳頃のようになり、
【心は日の如く明らかに、】
心は、太陽のように明らかになり、
【政〔まつりごと〕正直なりしかば、天より甘露ふり下り、】
政冶を正しく行ったので、天から甘露が降り、
【勅風万民をなびかして無量百歳代〔よ〕を治め給ひき。】
王の命令は、万民を従えて、無量百歳の間、世を治めたのです。
【仏も又かくの如く、多宝仏〔たほうぶつ〕と申す仏は】
仏も、また同じであり、多宝仏と言う仏は、
【此の経にあひ給はざれば御入滅、】
この法華経に会われない時は、御入滅になっており、
【此の経をよむ代には出現し給ふ。】
この経を読む時には、出現されるのです。
【釈迦仏・十方の諸仏も亦復かくの如し。】
釈迦牟尼仏や十方の諸仏も、また同様なのです。
【かゝる不思議の徳まします経なれば此の経を持つ人をば、】
このような不思議な徳の経文なので、この経を、たもつ人を
【いかでか天照太神〔てんしょうだいじん〕・八幡大菩薩・】
どうして、天照太神、八幡大菩薩、
【富士千眼〔せんげん〕大菩薩すてさせ給ふべきと】
富士千眼〔せんげん〕大菩薩が見捨てられる事があろうかと思うと、
【たのもしき事なり。】
実に頼もしい事です。
【又此の経にあだをなす国をばいかに正直に祈り候へども、】
また、この経文に怨〔あだ〕をなす国を、いかに正しく祈ったとしても、
【必ず其の国に七難起こりて他国に破られて亡国となり候事、】
必ず、その国に七つの災難が起こり、他国に攻め滅ぼされて亡国となる事は、
【大海の中の大船の大風に値ふが如く、】
大海の中の大船が、大風に遇〔あ〕うようなものであり、
【大旱魃〔かんばつ〕の草木を枯らすが如しとをぼしめせ。】
大旱魃が草木を枯らすようなものであると思ってください。
【当時日本国のいかなるいの〔祈〕り候とも、】
現在、日本の国が、どのような祈りをなしたとしても、
【日蓮が一門法華経の行者をあなづらせ給へば、】
日蓮の一門、法華経の行者を侮〔あなど〕られているので、
【さまざまの御いのり叶はずして、】
様々な祈りも叶わずに、
【大蒙古国〔もうここく〕にせ〔攻〕められて】
大蒙古国に攻められて、
【すでにほろ〔亡〕びんとするが如し。】
もはや、滅びようとしているのです。
【今も御覧ぜよ。たゞかくては候まじきぞ。】
今に御覧になっていてください。このままでは、済まないでしょう。
【是皆法華経をあだませ給ふ故と御信用あるべし。】
これは、皆、法華経を怨〔あだ〕まれる故であると信じてください。
【抑〔そもそも〕故五郎殿かくれ給ひて既に四十九日なり。】
さて、故七郎五郎殿が亡くなられて、既〔まさ〕に四十九日です。
【無常はつねの習ひなれども此の事うちき〔聞〕く人すら】
無常であることは、常の習いであるけれども、このことを聞いた人でさえ、
【なを〔猶〕しの〔忍〕びがたし。】
なお、忍び難いのです。
【いわ〔況〕うや母となり妻となる人をや。】
ましてや母となり、妻となっている人は、なおさらでしょう。
【心のほどを〔推〕しはか〔測〕られて候。】
心中を御察し申し上げます。
【人の子にはをさな〔幼〕きもあり、をとなしきもあり、】
人の子には、幼い者もあり、大人びている者もあり、
【みにく〔醜〕きもあり、かたわ〔不具〕なるもあり、】
醜い者もあり、身体に障害のある者もいますが、
【をもいになるべきにや。】
そうした者でさえ親は、愛しく思うものでしょう。
【をのこ〔男〕ゞ〔子〕たる上、】
まして、故七郎五郎殿は、男の子であるうえ、
【かたわにもなし、ゆみや〔弓矢〕にもさゝひ〔障害〕なし、】
健康な身体で、弓矢を取る武将として何の問題もなく、
【心もなさ〔情〕けあり。故上野殿には盛んなりし時】
心にも情がありました。故上野殿の時には、まだ若くして先立たれて、
【をく〔後〕れてなげき浅からざりしに、】
その歎〔なげ〕きは、浅くなかったので、
【此の子をはら〔孕〕みていまださん〔産〕なかりしかば、】
この子を懐妊していなかったならば、
【火にも入り水にも入らんと思ひしに、此の子すでに平安なりしかば、】
火にも入り水にも入って、後を追おうと思っていたのに、この子が無事に生まれ、
【誰にあつらへて身をもな〔投〕ぐべきと思ひて、此に心をなぐさめて】
誰に、この子を頼んで身を投げようかと思い悩み、自分の心を励まして、
【此の十四五年はすぎぬ。】
この十四、五年、過ごして来たのに、
【いかにいかにとすべき。】
それなのに、どうしたら、良いと言うのでしょうか。
【二人のをのこゞ〔男子〕にこそにな〔担〕われめと、】
二人の男の子に担ってもらえると、
【たのもしく思ひ候ひつるに、今年九月五日、月を雲にかくされ、】
頼もしく思っていたのに、今年、9月5日、月が雲に隠れ、
【花を風にふかせて、】
花が風に吹かれてしまったように、七郎五郎殿は、亡くなってしまわれました。
【ゆめかゆめならざるか、】
夢なのか、夢ではないのか、
【あわれひさ〔久〕しきゆめ〔夢〕かなとなげ〔嘆〕きを〔居〕り候へば、】
憐〔あわ〕れ、なんと長い夢であった事かと嘆いて、起きてみると、
【うつゝ〔現〕にに〔似〕て、すでに四十九日は〔馳〕せすぎぬ。】
これは、現実の事のようで、既に四十九日は、過ぎ去って、しまっていたのです。
【まことならばいかんが〔如何〕せんいかんが〔如何〕せん。】
これが現実であるならば、どうすれば、良いのでしょうか。
【さ〔咲〕ける花はちらずして、つぼめる花のか〔枯〕れたる。】
咲いている花が散らずに、蕾〔つぼみ〕であった花が枯れてしまったように、
【を〔老〕いたる母はとゞまりて、わか〔若〕きこ〔子〕はさ〔去〕りぬ。】
老いた母は、この世に留まって、若い子供は、去ってしまいました。
【なさ〔情〕けな〔無〕かりける、無常かな無常かな。】
なんと情のない、無常の世であることでしょうか。
【かゝるなさけなき国をばいと〔厭〕いす〔捨〕てさせ給ひて、】
このような情のない国を、嫌い捨てられて、
【故五郎殿の御信用ありし法華経につかせ給ひて、】
故七郎五郎殿が御信用されている法華経によって、
【常住不壊〔じょうじゅうふえ〕のりゃう〔霊〕山浄土へまいらせさせ給へ。】
常住不滅の霊山浄土へと参られるように願っております。
【ちゝ〔父〕はりゃうぜんにまします。母は娑婆にとゞまれり。】
父は、霊山におられます。母は、娑婆世界に留まっておられます。
【二人の中間にをはします故五郎殿の心こそ、】
その二人の中間に居られる故七郎五郎殿の心こそ
【をもいやられてあわ〔哀〕れにをぼえ候へ。】
思いやられて、哀れに思われます。
【事多しと申せどもとゞめ候ひ了んぬ。】
申し上げたい事は、まだ多くありますが、これで止めておきます。
【恐々謹言。】
恐れながら謹んで申し上げます。
【十月二十四日 日蓮花押】
10月24日 日蓮花押
【上野殿母尼御前御返事】
上野殿母尼御前御返事