御書研鑚の集い 御書研鑽資料
南条時光御息文 27 上野殿御返事
【上野殿御返事 弘安二年一月三日 五八歳】上野殿御返事 弘安2年1月3日 58歳御作
【餅九十枚・薯蕷〔やまのいも〕五本、わざと御使ひをもって】
餅〔もち〕九十枚、薯蕷〔やまのいも〕五本、わざわざ使いの者に持たせて、
【正月三日ひつじ〔未〕の時に、駿河国富士郡上野の郷より】
正月三日の午後2時に、駿河〔するが〕国、富士郡、上野郷から、
【甲州波木井の郷身延山のほら〔谷〕へおくりたびて候。】
甲斐〔かい〕国、波木井〔はぎり〕郷の身延の山中に送ってくださいました。
【夫〔それ〕海辺には木を財〔たから〕とし、山中には塩を財とす。】
海辺では、木材が財産であり、また、山中では、塩が財産なのです。
【旱魃〔かんばつ〕には水をたからとし、】
旱魃〔かんばつ〕では、水が宝であり、
【闇中には灯を財とす。】
また、闇の中では、灯火〔ともしび〕が財産なのです。
【女人はをとこ〔夫〕を財とし、をとこ〔夫〕は女人をいのち〔命〕とす。】
また、女性は、夫を宝とし、夫は、妻を命とします。
【王は民ををや〔親〕とし、民は食を天とす。】
国王は、民衆を頼みとし、民衆は、食べ物を天のように尊く思うものです。
【この両三年は日本国の内に大疫起こりて人半分げん〔減〕じて候上、】
この二、三年の間、日本中に疫病が大流行して、人々も半分に減じたようです。
【去年〔こぞ〕の七月より大なるけかち〔飢渇〕にて、】
その上、去年の七月から、大変な飢饉〔ききん〕で、
【さといち〔里市〕のむへん〔無縁〕のものと】
人里を遠く離れている無縁の者や、
【山中の僧等は命〔いのち〕存しがたし。】
山中に住む僧侶などは、命をつなぐことも覚束〔おぼつか〕ない有様なのです。
【其の上日蓮は法華経誹謗〔ひぼう〕の国に生まれて】
その上、日蓮は、法華経、誹謗の国に生まれて、
【威音王仏〔いおんのうぶつ〕の末法の不軽菩薩のごとし。】
あたかも威音王仏〔いおんのうぶつ〕の末法の不軽菩薩か、
【はた又歓喜増益仏の末の覚徳比丘の如し。】
あるいは、歓喜増益〔かんぎぞうやく〕仏の末法の覚徳比丘のようです。
【王もにく〔悪〕み民もあだ〔怨〕む。衣もうす〔薄〕く食もとぼ〔乏〕し。】
国主からも憎まれ、民からも恨まれています。衣も薄く、食べ物も乏しいので、
【布衣〔ぬのこ〕はにしき〔錦〕の如し。】
布衣でも綿〔にしき〕のように、
【くさ〔草〕のは〔葉〕はかんろ〔甘露〕とをも〔思〕う。】
草の葉でも甘露〔かんろ〕のように感じられるのです。
【其の上去年〔こぞ〕の十一月より】
それのみならず、去年の十一月から
【雪つもりて山里路たえぬ。】
雪が降り積もって、山里に通う路も途絶えてしまいました。
【年返れども鳥の声ならではをと〔訪〕づるゝ人なし。】
年が改まったけれども、鳥の声が聞こえるばかりで、訪ねて来る人もいません。
【友にあらずばたれ〔誰〕か問ふべきと心ぼそ〔細〕くて過〔すご〕し候処に、】
友でなければ、誰が訪ねて来るであろうかと心細く過ごしているところに、
【元三〔がんざん〕の内に十字〔むしもち〕九十枚、満月の如し。】
正月三日の間に、満月のような蒸餅〔むしもち〕、九十枚を送られてきました。
【心中もあきら〔明〕かに、生死のやみ〔闇〕もは〔晴〕れぬべし。】
心の中も明るくなり、生死の闇〔やみ〕も晴れたような思いがしました。
【あはれなりあはれなり。こ〔故〕うへのどの〔上野殿〕をこそ、】
まことに有難い御心遣いです。亡くなられた上野兵衛七郎殿こそ、
【いろ〔色〕あるをとこ〔男〕と人は申せしに、】
情けに厚い人と言われていましたが、その御子息であるから、
【其の御子なればくれな〔紅〕いのこ〔濃〕きよしをつたへ給へるか。】
御父の優れた素質を受け継がれたのでしょうか。
【あい〔藍〕よりもあを〔青〕く、】
あたかも青は、藍より出でて、藍より青く、
【水よりもつめ〔冷〕たき氷かなと、】
氷は、水より出でて、水よりも冷たいと感嘆しております。
【ありがたしありがたし。恐々謹言。】
実に有難いことです。恐れながら謹んで申し上げます。
【正月三日 日蓮花押】
正月3日 日蓮花押
【上野殿御返事】
上野殿御返事