御書研鑚の集い 御書研鑽資料
南条時光御息文 46 上野尼御前御返事
【上野尼御前御返事 弘安三年一一月一五日 五九歳】上野尼御前御返事 弘安3年11月15日 59歳御作
【麞牙〔しらげごめ〕一駄(四斗定)・あら〔洗〕ひいも〔芋〕】
麞米〔しらげごめ〕一駄、洗芋〔あらいいも〕一俵を
【一俵送り給〔た〕びて南無妙法蓮華経と唱へまいらせ候ひ了んぬ。】
御送り頂き、南無妙法蓮華経と唱えさせて頂きました。
【妙法蓮華経と申すは蓮〔はちす〕に譬へられて候。】
妙法蓮華経と言うのは、蓮華に譬えられています。
【天上には摩訶曼陀羅華〔まかまんだらけ〕、人間には桜の花、】
天上界では、摩訶曼陀羅華〔まかまんだらけ〕、人間界では、桜の花、
【此等はめでたき花なれども、】
これらは、素晴らしい花では、ありますが、
【此等の花をば法華経の譬へには仏取り給ふ事なし。】
これらの花は、法華経の譬えとして、仏は、取り上げられませんでした。
【一切の花の中に取り分けて此の花を】
一切の花の中で、とりわけて、この蓮華の花を
【法華経に譬へさせ給ふ事は其の故候なり。】
法華経に譬えられたのは、理由があります。
【或は前花後菓と申して花は前〔さき〕、菓〔み〕は後なり。】
それは、前花後菓と言って、花が前に咲き、果実は、その後に成るものがあります。
【或は前菓後花と申して菓は前、花は後なり。】
さらには、前菓後花と言って、果実が先に成り、花は、後に咲くものもあります。
【或は一花多菓、或は多花一菓、】
また、あるいは、一花多菓のもの、あるいは、多花一菓のもの、
【或は無花有菓と品々に候へども、】
あるいは、無花有菓など、いろいろありますが、
【蓮華と申す花は菓と花と同時なり。】
蓮華と言う花は、果実と花が、同時に成り、同時に咲くのです。
【一切経の功徳は先に善根を作して後に仏とは成ると説く。】
一切経の功徳は、先に善根を積んで後に仏になると説きます。
【かゝる故に不定〔ふじょう〕なり。】
そうであるから、成仏は、定まっていません。
【法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り、】
法華経と言うのは、手に取れば、その手が直ちに仏になり、
【口に唱ふれば其の口即ち仏なり。】
口に唱えれば、その口が、そのまま仏なのです。
【譬へば天月の東の山の端〔は〕に出づれば、】
譬えば、天の月が東の山の端に出れば、
【其の時即ち水に影の浮かぶが如く、】
その影が、その時、直ちに水に浮かぶように、
【音とひゞきとの同時なるが如し。】
また、音と響きとが同時であるようなものなのです。
【故に経に云はく「若し法を聞くこと有らん者は】
ゆえに法華経には、「若し法を聞く者があるならば、
【一〔ひとり〕として成仏せずといふこと無けん」云云。】
一人として成仏しない者は、いない」と説かれています。
【文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら、】
この文書の心は、この経を持〔たも〕つ人は、百人は百人、
【千人は千人ながら、一人もかけず仏に成ると申す文なり。】
千人は、千人、一人も欠けずに仏に成ると言う意味なのです。
【抑〔そもそも〕御消息を見候へば、】
そもそも、御手紙を拝見すれば、
【尼御前の慈父〔じふ〕故松野六郎左衛門入道殿の忌日と云云。】
尼御前の慈父、故松野六郎左衛門入道の忌日〔きじつ〕とありました。
【子息多ければ孝養まちまちなり。然れども必ず法華経に非ざれば】
子供が多いので、孝養の仕方も様々ですが、必ず法華経に依るものでなければ、
【謗法等云云。】
謗法となるのでしょうかと記されてありました。
【釈迦仏の金口〔こんく〕の説に云はく】
釈迦牟尼仏の金口の説には、
【「世尊は法久しくして後要〔かなら〕ず当に真実を説きたまうべし」と。】
「世尊の法は、久しくして後、かならず、当に真実を説くであろう」とあり、
【多宝の証明に云はく「妙法蓮華経は皆是真実なり」と。】
多宝如来は、この説を証明して「妙法蓮華経は、皆、これ真実である」と説き、
【十方の諸仏の誓ひに云はく「舌相梵天に至る」云云。】
十方の諸仏の誓いにも「舌を梵天に付けて証明する」とあります。
【これよりひつじ〔未〕さる〔申〕の方に大海をわたりて国あり、】
この日本より、西南の方に向かって、大海を渡ると国があり、
【漢土と名づく。彼の国には或は仏を信じて神を用ひぬ人もあり。】
漢土と言いますが、彼の国には、あるいは、仏を信じて、神を用いない人もいます。
【或は神を信じて仏を用ひぬ人もあり。】
あるいは、神を信じて、仏を用いない人もいます。
【或は日本国も始めはさこそ候ひしか。】
日本も初めは、そうでありました。
【然るに彼の国に烏竜〔おりょう〕と申す手書ありき。】
ところが、その国に鳥竜〔おりょう〕と言う書家がいました。
【漢土第一の手なり。例せば日本国の道風〔とうふう〕・】
漢土、第一の書の名人でした。例えば、日本の小野道風〔とうふう〕や、
【行成〔こうぜい〕等の如し。】
藤原行成〔こうぜい〕のような人です。
【此の人仏法をいみて経をかゝじと申す願を立てたり。】
この人は、仏法を嫌って、経文は、書かないと言う誓いを立てました。
【此の人死期来たりて重病をうけ、】
やげて、この人は、重病となり、死期が近づいて、
【臨終にをよんで子に遺言して云はく、汝は我が子なり。】
臨終の時に、その子供に、おまえは、私の息子である。
【その跡絶えずして又我よりも勝れたる手跡〔しゅせき〕なり。】
私の書の技能の跡を継いで絶やさぬ者であり、また私よりも優れた書の名人である。
【たとひいかなる悪縁ありとも法華経をかくべからずと云云。】
たとえ、どのような悪縁があっても、法華経を書いてはならない」と遺言しました。
【然して後五根より血の出づる事泉の涌くが如し。】
そうした後に、泉が湧くように五根から血が吹き出て、
【舌八つにさけ、身くだけて十方にわかれぬ。】
舌は、八つに裂け、身体は、砕けて十方に分かれたのです。
【然れども一類の人々も三悪道〔さんなくどう〕を知らざれば】
しかしながら、家族や親類は、三悪道を知らなかったので、
【地獄に堕つる先相ともしらず。】
それが地獄に堕ちる姿であるとは、知りませんでした。
【其の子をば遺竜〔いりょう〕と申す。】
その子どもは、遺竜〔いりょう〕と言い、
【又漢土第一の手跡なり。】
父亡き後、やはり、漢土第一の書の名人となりました。
【親の跡を追ふて法華経を書かじと云ふ願を立てたり。】
しかし、親の遺言を守って、法華経は、書かないと言う誓いをたてました。
【其の時大王おはします、司馬氏と名づく。】
その時、司馬氏と言う大王がおられました。
【仏法を信じ、殊に法華経をあふ〔仰〕ぎ給ひしが、】
仏法を信じ、ことに法華経を信仰されていたので、
【同じくは我が国の中に手跡第一の者に】
同じことなら、我が国の中で書の名人に
【此の経を書かせて持経とせんとて】
この法華経を書かせて、自分の持つ経文にしようと思って
【遺竜を召す。】
遺竜〔いりょう〕を召されました。
【竜〔りょう〕の申さく、父の遺言あり、】
それに、遺竜〔いりょう〕は、父の遺言があるので、
【是計〔こればか〕りは免〔ゆる〕し給へと云云。】
こればかりは、御許しくださいと断りました。
【大王父の遺言と申す故に他の手跡を召して一経をうつし了〔おわ〕んぬ。】
大王は、父の遺言と言うので、やむなく他の名人を召して、法華経を写させました。
【然りといへ共〔ども〕御心に叶い給はざりしかば、又遺竜を召して言はく、】
しかしながら、心に叶わなかったので、また、遺竜〔いりょう〕を召して、
【汝親の遺言〔ゆいごん〕と申せば朕〔われ〕まげ〔枉〕て経を写させず、】
親の遺言と言うので、無理に経文を写させる事は、しないが、
【但八巻の題目計りを勅に随ふべしと云云。】
ただ、八巻の題目だけは、勅命に従って書くようにと命令を下されました。
【返す返す辞し申すに、王瞋〔いか〕りて云はく、】
遺竜〔いりょう〕が再度、辞退すると、王は怒って、
【汝が父と云ふも我が臣なり。】
おまえの父と言っても、我が家臣である。
【親の不孝を恐れて題目を書かずば違勅〔いちょく〕の科〔とが〕ありと。】
親への不孝を恐れて、題目を書かなければ、勅命に背く罪となると言われ、
【勅定〔ちょくじょう〕度々重かりしかば、】
度重なる勅命であったので、
【不孝はさる事なれども当座の責めをのがれがたかりしかば、】
不孝は、したくないけれども、当面の責めは、免れ難いことであったので、
【法華経の外題〔げだい〕を書きて王へ上〔ささ〕げ、】
法華経の題目を書いて、王へ差し上げました。
【宅に帰りて父のはか〔墓〕に向かひて血の涙を流して申す様は、】
家に帰って、父の墓に向かって血の涙を流して言うのには、
【天子の責め重きによって、亡き父の遺言をたがへて】
天子の責めが重かったので、亡き父の遺言に背いて、
【既に法華経の外題を書きぬ、】
法華経の題目を書いてしまいましたと報告したのです。
【不孝の責め免れがたしと歎きて、】
不孝の責めを免れることは、できないと歎いて、
【三日の間墓を離れず食を断ち既に命に及ぶ。】
三日の間、墓を離れず、食を断って、もはや、命が絶えようとしていました。
【三日と申す寅の時に已〔すで〕に絶死し畢〔おわ〕って夢の如し。】
三日目の午前3時には、すでに死んだようになり、夢を見ているようでした。
【虚空〔こくう〕を見れば天人〔てんにん〕一人おはします。】
虚空を見ると天人が一人おられました。
【帝釈を絵にかきたるが如し。無量の眷属天地に充満せり。】
帝釈天を絵に描いたようで、その無量の眷属が天地に満ちあふれていました。
【爰〔ここ〕に竜〔りょう〕問うて云はく、何〔いか〕なる人ぞ。】
そこで遺竜〔いりょう〕は、あなたは、いかなる人ですかと尋ねると、
【答へて云はく、汝知らずや、我は是父の烏竜〔おりょう〕なり。】
それに答えて、おまえは、知らないのか。私は、父の鳥竜〔おりょう〕である。
【我れ人間にありし時、外典を執し仏法をかたきとし、】
私が人間であった時、外典に執着し、仏法を敵〔かたき〕となし、
【殊に法華経に敵をなしまいらせし故に無間〔むけん〕に堕つ。】
ことに法華経を敵〔かたき〕としたために、無間地獄に堕ちたのだ。
【日々に舌をぬかるゝ事数百度、或は死し或は生き、】
日々に舌を抜かれること数百度、あるいは、死んだり、あるいは、生きたりした。
【天に仰ぎ地に伏してなげけども叶ふ事なし。】
天を仰ぎ、地に伏して、嘆いたけれども、願いが叶う事はなかった。
【人間へ告げんと思へども便りなし。汝我が子として】
この事を人間に告げようと思っても方法がない。おまえが私の息子として、
【遺言なりと申せしかば、】
遺言であるので、法華経を書写しないと言ったので、
【其の言〔ことば〕炎と成って身を責め、】
その言葉が、炎となって我が身を責め、
【剣と成って天より雨〔ふ〕り下〔くだ〕る。】
剣となって、天から雨のように降って来たのだ。
【汝が不孝極り無かりしかども、我が遺言を違へざりし故に、】
おまえの不孝は、極まり無かったけれども、我が遺言を違えない為であるから、
【自業自得果うらみがた〔難〕かりし所に、】
自業自得の結果で、恨む事など、できないと思っていたところに、
【金色の仏一体無間地獄に出現して、】
金色の仏が一体、無間地獄に出現して、
【仮使〔たとい〕法界に遍せる断善の諸の衆生、】
たとえ世界に満つるほどの善を断じた衆生であっても、
【一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん云云。】
ひとたび、法華経を聞けば、必ず菩提を成ずると言われた。
【此の仏無間地獄に入り給ひしかば、大水を大火になげたるが如し。】
この仏が無間地獄に入られると、大水を大火にかけたように、
【少し苦しみや〔止〕みぬる処に、我合掌して仏に問ひ奉りて、】
少し苦しみが止んだので、私は、合掌して仏に
【何なる仏ぞと申せば、仏答へて、】
なんと言われる仏様ですかと御尋ねすると、仏は、
【我は是汝が子息遺竜が只今書くところの】
私は、おまえの子供である遺竜〔いりょう〕が、ただいま書いたところの
【法華経の題目六十四字の内の妙の一字なりと言ふ。】
法華経の題目、64文字の内の妙の一字であると仰せられた。
【八巻の題目は八八六十四の仏・六十四の満月と成り給へば、】
八巻の題目の64の仏が、64の満月となられたので、
【無間地獄の大闇即大明となりし上、】
無間地獄の大闇は、すぐに明るくなった上、
【無間地獄は当位即妙・不改本位と申して常寂光の都と成りぬ。】
無間地獄は、当位は、即ち妙にして本位を改めずと言って、常寂光の都と成った。
【我及び罪人とは皆蓮〔はちす〕の上の仏と成りて】
私とそこにいる罪人は、皆、蓮の上の仏となって、
【只今都率〔とそつ〕の内院へ上り参り候が、】
ただいま、都率の内院へと昇るところだが、
【先づ汝に告ぐるなりと云云。】
その前に、まず、おまえに、この事を知らせたのであると答えたのです。
【遺竜が云く、我が手にて書きけり、】
遺竜〔いりょう〕は、私の手で書いたものが、
【争〔いか〕でか君たすかり給ふべき。】
どうして父君を助ける事になったのでしょうか。
【而も我が心よりかくに非ず、】
しかも、私は、心から書いたものではありません。
【いかにいかにと申せば父答へて云はく、】
いったい、どういう事でしょうかと言うと、父親は、
【汝はかなし、汝が手は我が手なり。】
おまえは、思慮がない。おまえの手は、我が手である。
【汝が身は我が身なり。汝が書きし字は我が書きし字なり。】
おまえの身は、我が身である。おまえが書いた文字は、我が書いた文字である。
【汝心に信ぜざれども手に書く故に既にたすかりぬ。】
おまえが心では、信じなくても、手で書いた故に、こうして助かったのである。
【譬へば小児〔しょうに〕の火を放つに心にあらざれども物を焼くが如し。】
譬えば、子供が火をつけると、焼く気はなくても、物は焼けるようなものである。
【法華経も亦かくの如し。存の外に信を成せば必ず仏になる。】
法華経も、また、それと同じで、このように信を成せば、必ず仏になるのである。
【又其の義を知りて謗ずる事無かれ。】
また、その義を知って、謗〔そし〕る事があっては、ならない。
【但し在家の事なれば、いひしこと故〔ことさら〕に大罪なれども】
ただし、在家の事であるから、言ったことは、とりわけ大罪では、あるけれども、
【懺悔〔ざんげ〕しやすしと云云。】
懺悔は、しやすいであろうと言いました。
【此の事を大王に申す。大王の言はく、】
遺竜〔いりょう〕は、この事を大王に申し上げました。大王は、
【我が願既にしるし有りとて】
私の法華経書写の願いが、現実に、このような事になったのかと仰せられ、
【遺竜弥〔いよいよ〕朝恩を蒙り、】
遺竜〔いりょう〕は、ますます、大王の御恩をこうむり、
【国又こぞって此の御経を仰ぎ奉る。】
国民も、また、こぞって、この法華経を信仰するようになりました。
【然るに故五郎殿と入道殿とは尼御前の父なり子なり。】
ところで、故五郎殿と入道殿とは、尼御前の父であり、子であります。
【尼御前は彼の入道殿のむすめなり。】
尼御前は、彼の入道殿の娘であります。
【今こそ入道殿は都率の内院へ参り給ふらめ。】
今こそ入道殿は、都率の内院へ参られたでありましょう。
【此の由をはわき〔伯耆〕どの〔殿〕よみきかせまいらせさせ給ひ候へ。】
この内容については、日興殿から、読み聞かせて差し上げてください。
【事々そうそう〔忽忽〕にてくはしく申さず候。】
突然の事ですから、詳しくは、申し上げません。
【恐々謹言。】
恐れながら謹んで申し上げます。
【十一月十五日 日蓮花押】
11月15日 日蓮花押
【上野尼ごぜん御返事】
上野尼御前御返事