日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


南条時光御息文 31 上野殿御返事(竜門御書)

【上野殿御返事 弘安二年一一月六日 五八歳】
上野殿御返事 弘安2年11月6日 58歳御作


【唐土に竜門と申すたき〔滝〕あり。たか〔高〕き事十丈、水の下ること】
中国に竜門と言う滝があります。滝の高さは、30メートル、落ちる水の早さは、

【がっぴゃう〔強兵〕がや〔矢〕をいを〔射落〕とすよりもはや〔早〕し。】
強い兵が矢を射るよりも早いのです。

【このたきにをゝ〔多〕くのふな〔鮒〕あつ〔集〕まりてのぼ〔登〕らむと申す。】
この滝のもとに多くの鮒〔ふな〕が集まって登ろうします。

【ふなと申すいを〔魚〕ののぼりぬれば、りう〔竜〕となり候。】
鮒〔ふな〕と言う魚は、滝を登れば、竜になるのです。

【百に一つ、千に一つ、万に一つ、】
しかし、百に一つ、千に一つ、万に一つ、

【十年廿年に一つものぼる事なし。】
また、十年、二十年に一つも登ることが出来ません。

【或ははや〔急〕きせ〔瀬〕にかへり、】
あるいは、滝の落ちる水が、あまりに急なので川の瀬に戻され、

【或いははし〔鷲〕・たか〔鷹〕・とび〔鴟〕・ふくろう〔梟〕にくらわれ、】
あるいは、鷲〔わし〕、鷹〔たか〕、鴟〔とび〕、梟〔ふくろう〕などに食べられ、

【或は十丁のたきの左右に漁人〔いおとるもの〕どもつら〔列〕なりゐて、】
あるいは、1キロ・メートルの幅の滝の左右には、漁師が並んで、

【或はあみ〔網〕をかけ、或はく〔汲〕みとり、】
あるいは、網をかけたり、すくいとったり、

【或はい〔射〕てと〔取〕るものもあり。】
あるいは、射たりして、取るからです。

【いを〔魚〕のりう〔竜〕となる事かくのごとし。】
魚が竜となることは、このように難しいことなのです。

【日本国の武士の中に源平二家と申して、】
日本国の武士の中に源氏と平家の二門があり、

【王の門守〔かどまも〕りの犬二疋〔ひき〕候。】
天皇の御所の門を守り、飼い犬のような役目をしていました。

【二家ともに王を守りたてまつる事、】
両家ともに天皇を護衛するその姿は、

【やまがつ〔山人〕が八月十五夜のみね〔峰〕よりい〔出〕づるを】
ちょうど、漁師たちが、八月の十五夜の月が山の峰から出るのを

【あい〔愛〕するがごとし。】
愛するように、護衛する館の中の殿上人を憧れの想いで守っていたのです。

【てんじゃう〔殿上〕のなんにょ〔男女〕のあそぶをみては、】
殿上の男女が遊ぶのを見ては、

【月と星とのひかり〔光〕をあ〔合〕わせたるを、】
月と星とが光を合わせて、煌〔きら〕めいているのを、

【木の上にてさる〔猿〕のあい〔愛〕するがごとし。】
猿が木の上で、うらやましく眺めているような有様だったのです。

【かゝる身にてはあれども、いかんがして我等てんじゃう〔殿上〕の】
このような下賤の身分の者たちでしたが、何とかして自分も昇殿を許され、

【まじ〔交〕わりをなさんとねがいし程に、】
殿上の交わりをしたいと願っておりました。

【平氏の中に貞盛〔さだもり〕と申せし者、】
平氏の中で貞盛〔さだもり〕と言う人は、

【将門〔まさかど〕を打ちてありしかども、】
天皇に謀反を起こした平将門〔まさかど〕を討ったのですが、

【昇でん〔殿〕をゆる〔許〕されず、】
昇殿は、許されませんでした。

【其の子正盛〔まさもり〕又かなわず。】
貞盛〔さだもり〕の子、正盛〔まさもり〕も、また許されず、

【其の子忠盛〔ただもり〕が時、】
その子孫で、貞盛〔さだもり〕から数えて六代目の忠盛〔ただもり〕の時に

【始めて昇でんをゆるさる。】
初めて昇殿を許され、

【其の後清盛〔きよもり〕・重盛〔しげもり〕等、】
その後、平清盛〔きよもり〕、重盛〔しげもり〕などは、

【てんじゃう〔殿上〕にあそぶのみならず、】
殿上〔てんじょう〕で遊ぶだけではなく、

【月をう〔生〕み、日をいだ〔抱〕くみ〔身〕となりにき。】
月を生み、日を抱く身分にまでなったのです。

【仏になるみち〔道〕、これにをと〔劣〕るべからず。】
凡夫が仏になる道は、これに劣るものではありません。

【いを〔魚〕の竜門をのぼり、】
魚が竜門の滝を登って竜となり、

【地下〔じげ〕の者のてんじゃう〔殿上〕へまい〔参〕るがごとし。】
身分が低い者が、殿上人になるようなものなのです。

【身子〔しんし〕と申せし人は、】
身子〔しんし〕と言う人は、

【仏にならむとて六十劫が間菩薩の行をみ〔満〕てしかども、】
仏に成ろうと誓願して、六十劫と言う長い間、菩薩の修行を積み重ねましたが、

【こら〔堪〕へかねて二乗の道に入りにき。】
堪えられず、退転して、二乗の道に堕ちたのです。

【大通結縁〔だいつうけちえん〕の者は】
また、大通智勝仏の第十六王子によって、法華経に縁を結んだ者は、

【三千塵点劫〔じんでんごう〕、】
退転して三千塵点劫〔じんでんごう〕と言う長い間、

【久遠下種〔くおんげしゅ〕の人の】
また、久遠に法華経の下種を受けた者は、

【五百塵点劫生死にしづ〔沈〕みし、】
五百塵点劫〔じんでんごう〕と言う長い間、生死の大海に沈んだのです。

【此等は法華経を行ぜし程に、第六天の魔王、国主等の身に入りて、】
これらの者は、法華経を修行していた時に、第六天の魔王が国主などの身に入って、

【とかうわづ〔煩〕らわせしかばたい〔退〕してす〔捨〕てしゆへに、】
様々に、その心を悩ませ、煩〔わずら〕わせた為に、法華経を捨て

【そこばく〔若干〕の劫に六道にはめぐ〔巡〕りしぞかし。】
長い間、六道を輪廻したのです。

【かれ〔彼〕は人の上とこそみしかども、】
それらは、今までは、他人の身の上の事であると思っていたのですが、

【今は我等がみ〔身〕にかゝれり。】
今は、我らの身の上のことであり、

【願はくは我が弟子等、大願ををこせ。】
願わくば、我が弟子たちは、この事を、よく理解して大願を起こしてください。

【去年〔こぞ〕去々年〔おととし〕のやくびゃう〔疫病〕に死にし】
去年や一作年の疫病〔えきびょう〕で死んだ

【人々のかずにも入らず、】
人々の数には、入らなかったにしても、

【又当時蒙古〔もうこ〕のせ〔攻〕めにまぬ〔免〕かるべしともみへず。】
蒙古が攻めて来た時には、死を免〔まぬが〕れる事ができるとは限らないのです。

【とにかくに死は一定なり。】
ともかく、死は、間違いないのです。

【其の時のなげ〔歎〕きはたうじ〔当時〕のごとし。】
その時の嘆きは、現在の迫害の苦しみと同じなのです。

【をなじくはかり〔仮〕にも法華経のゆへに命をすてよ。】
同じであるならば、仮にも法華経の為に命を捨てるべきです。

【つゆ〔露〕を大海にあつらへ、ちり〔塵〕を大地にう〔埋〕づむとをもへ。】
これこそ、露を大海に入れ、塵を大地に埋めるようなものであると思ってください。

【法華経の第三に云はく「願はくは此の功徳を以て普〔あまね〕く一切に及ぼし、】
法華経第三の化城喩品に「願わくは、この功徳を以って、あまねく一切に及ぼし、

【我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。】
我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜん」と説かれているのは、この事なのです。

【恐々謹言】
恐れながら謹んで申し上げます。

【十一月六日   日蓮花押】
11月6日   日蓮花押

【上野賢人殿御返事】
上野賢人殿御返事

【此はあつわら〔熱原〕の事のありがたさに申す御返事なり。】
これは、熱原法難で、あなたの活躍の有難さに書いた手紙です。


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