御書研鑚の集い 御書研鑽資料
南条時光御息文 34 上野殿御返事
【上野殿御返事 弘安三年三月八日 五九歳】上野殿御返事 弘安3年3月8日 59歳御作
【故上野殿御忌日の僧膳料〔そうぜんりょう〕米一たはら〔俵〕、】
故上野殿の御忌日〔おんきじつ〕の僧饍料〔そうぜんりょう〕として、米一俵、
【たしかに給〔た〕び候ひ畢〔おわ〕んぬ。】
確かに頂戴致しました。
【御仏に供しまいらせて、自我偈一巻よみまいらせ候べし。】
御仏前に御供えして、自我偈一巻を読んで差し上げましょう。
【孝養と申すはまづ不孝を知りて孝をしるべし。】
孝養と言う事については、まず、不孝を知ってこそ、孝を知る事が出来るのです。
【不孝と申すは酉夢〔ゆうぼう〕と云ふ者、】
不孝と言えば、酉夢〔ゆうぼう〕と言う者が、
【父を打ちしかば天雷身をさ〔裂〕く。】
父を打擲〔ちょうちゃく〕したところ、雷が落ちて、身を裂かれ、
【班婦〔はんぷ〕と申せし者、】
班婦〔はんぷ〕と言う者は、
【母をの〔罵〕りしかば毒蛇来たりての〔呑〕みき。】
母を罵倒したところ、毒蛇に飲み込まれてしまいました。
【阿闍世〔あじゃせ〕王父をころせしかば白癩〔びゃくらい〕病の人となりにき。】
阿闍世王は、父王を殺した為に白癩〔びゃくらい〕病となりました。
【波瑠璃〔はるり〕王は親をころせしかば河上〔かじょう〕に火出でて】
波瑠璃〔はるり〕王は、親を殺した為、河の上で焼死し、
【現身に無間〔むけん〕にを〔堕〕ちにき。】
生きながらに無間地獄に堕ちました。
【他人をころ〔殺〕したるには、いまだかくの如くの例〔ためし〕なし。】
他人を殺した者には、いまだに、このような例は、ありません。
【不孝をもて思ふに孝養の功徳のおほ〔大〕きなる事もし〔知〕られたり。】
これらの不孝の報いから、孝養の功徳が、とても大きい事がわかります。
【外典三千余巻は他事なし、たゞ父母の孝養ばかりなり。】
外典三千余巻は、ただ、偏〔ひとえ〕に父母への孝養を教えているのです。
【しかれども現世をやしな〔養〕ひて後生をたす〔助〕けず。】
しかし、外道は、現世だけの孝養であり、親の後生を助ける事は、出来ません。
【父母の恩のおも〔重〕き事は大海のごとし、】
父母の恩の重く深い事は、大海のようであり、
【現世をやしなひ後生をたすけざれば一渧〔いってい〕のごとし。】
現世だけを養い、後生を助けないのは、一滴の雫〔しずく〕のようなものなのです。
【内典五千余巻又他事なし、】
内典五千余巻も、また他の事ではなく、
【たゞ孝養の功徳をと〔説〕けるなり。】
ただ、父母の孝養の功徳を説いたものなのです。
【しかれども如来四十余年の説教は孝養にに〔似〕たれども、】
しかし、法華経以前の四十余年の釈尊の説教は、孝養を説いているようであっても、
【その説いまだあら〔顕〕はれず、孝が中の不孝なるべし。】
未だ真実を顕していないので、孝の中の不孝と言うべきなのです。
【目連尊者の母の餓鬼道の苦をすく〔救〕ひしかば、】
目連尊者が母の餓鬼道の苦しみを救ったとしても、
【わづ〔僅〕かに人天の苦をすく〔救〕ひて】
わずかに人界、天界まで救い上げただけで、
【いまだ成仏のみち〔道〕にはい〔入〕れず。釈迦如来は御年三十の時、】
未だ成仏の道には、入れていないのです。釈尊は、御年三十の時、
【父浄飯王〔じょうぼんのう〕に法を説きて第四果をえ〔得〕せしめ給へり。】
父王の浄飯王に法を説いて第四の阿羅漢果を得させられ、
【母の摩耶〔まや〕夫人をば御年三十八の時、阿羅漢果をえ〔得〕せしめ給へり。】
三十八歳の時に母の摩耶夫人に阿羅漢果を得させられました。
【此等は孝養にに〔似〕たれども】
しかし、これらは、孝養に似ていますが、
【還って仏に不孝のとが〔失〕あり。】
返って不孝の失〔とが〕をまぬがれないのです。
【わづかに六道をばはな〔離〕れしめたれども、】
なぜなら、これによって、わずかに六道の苦悩を離れさせただけで、
【父母をば永〔よう〕不成仏の道に入れ給へり。】
返って、父母を永不成仏の道に入れてしまわれたからなのです。
【譬へば太子を凡下の者となし、】
それは、たとえば、皇子を、ただの民衆となし、
【王女を匹夫〔ひっぷ〕にあはせたるが如し。】
王女を身分の賤しい男に嫁がせるようなものなのです。
【されば仏説いて云はく】
それゆえに仏は、法華経方便品に
【「我則ち慳貪〔けんどん〕に堕せん。】
「もし、真実の法を説かなければ、仏は、慳貪〔けんどん〕の罪に堕ちるであろう。
【此の事は為〔さだ〕めて不可なり」云云。】
この事は、絶対に不可である」と説かれています。
【仏は父母に甘露をお〔惜〕しみて】
もし、そのような事になれば、仏は、父母に甘露〔かんろ〕を惜しんで、
【麦飯を与へたる人、】
麦飯を与えた人であり、
【清酒をおしみて濁酒をのませたる不孝第一の人なり。】
清酒を惜しんで濁酒を飲ませるような、不孝第一の人となるのです。
【波瑠璃王のごとく現身に無間大城におち、】
それでは、仏は、波瑠璃〔はるり〕王のように生きながら無間地獄に堕ち、
【阿闍世王の如く即身に白癩〔びゃくらい〕病をもつきぬべかりしが、】
阿闍世王のように身体に白癩〔びゃくらい〕病を受け継ぐべきところでしたが、
【四十二年と申せしに法華経を説き給ひて】
成道して四十二年に、法華経を説かれ、
【「是の人滅度の想ひを生じて涅槃に入ると雖〔いえど〕も、】
「法華已前の諸経に於て滅度の想いを生じて、涅槃に入った二乗も、
【而も彼の土に於て仏の智慧を求めて是の経を聞くことを得ん」と、】
彼の土で仏の智慧を求めて、是の経を聞くことが出来る」と説かれたのです。
【父母の御孝養のために法華経を説き給ひしかば、】
このように父母の孝養の為に法華経を説かれたので、
【宝浄世界の多宝仏も実〔まこと〕の孝養の仏なりとほ〔褒〕め給ひ、】
宝浄世界から来られた多宝仏も「真の孝養の仏である」と讃嘆され、
【十方の諸仏もあつまりて】
十方の諸仏も来集されて
【一切諸仏の中には孝養第一の仏なりと定め奉りき。】
「一切の諸仏の中で孝養第一の仏である」と定められたのです。
【これをもって案ずるに日本国の人は皆不孝の仁ぞかし。】
このことから考えても、日本国の人は、皆、不孝の人と言うべきなのです。
【涅槃経の文に不孝の者は大地微塵よりも多しと説き給へり。】
仏は、涅槃経の文章に不孝の者は、大地微塵よりも多いと説かれています。
【されば天の日月、八万四千の星、各いか〔怒〕りをなし、】
それゆえに天の日月、八万四千の星が、それぞれ怒りをなし、
【眼をいか〔怒〕らして日本国をにらめ給ふ。】
眼を怒〔いか〕らせて、日本国を睨みつけているのです。
【今の陰陽師〔おんようじ〕の天変頻〔しき〕りなりと奏し申す是なり。】
今、陰陽師が天変がしきりに起こっていると奏上しているのは、この事なのです。
【地夭〔ちよう〕日々に起こりて】
また、地夭が日々に起き、日本国は、ちょうど、
【大海の上に小船をう〔浮〕かべたるが如し。今の日本国の小児は】
大海の上に小船を浮かべたようなものであり、今の日本の子供が魂を失い、
【魄〔たましい〕をうしな〔失〕ひ、女人は血をは〔吐〕く是なり。】
女性が血を吐くのは、この為なのです。
【貴辺は日本国第一の孝養の人なり。】
あなたは、日本国、第一の孝養の人なのです。
【梵天・帝釈を〔降〕り下りて左右の羽となり、】
梵天、帝釈が、降りて来て、左右の翼となり、
【四方の地神は足をいたゞいて父母とあを〔仰〕ぎ給ふらん。】
四方の地神は、足元に跪〔ひざまず〕いて、父母と仰ぐことでしょう。
【事多しといへどもとゞ〔止〕め候ひ畢〔おわ〕んぬ。】
なお申し上げたい事がありますが、これで止めておきます。
【恐々謹言。】
恐れながら謹んで申し上げます。
【弘安三年三月八日 日蓮花押】
弘安3年3月8日 日蓮花押
【進上 上野殿御返事】
進上 上野殿御返事